研究区画に充満していた熱気がようやく落ち着き始めたころでも、クエディーカの視線だけはモニター群へ縫い付けられたままだった。画面上では歩行補助負荷、姿勢制御遅延、人工筋繊維の摩耗率が秒単位で更新され続けている。二足歩行という結果自体は出ていた。だがそれは、かろうじて成立しているだけの状態だ。補助支柱〈オービット・スパイン〉なしでは機体重心を保持し続けられず、人型というより“転倒を先送りしている構造物”に近い。
「クエディーカくん、二足歩行の初期段階としては素晴らしい操作性だと私は思うけどねぇ」
リードは電子柱へ肩を預けながら、研究区画中央に立つ私を眺めていた。疲労は隠しきれていない。目の下には濃い影が沈み込み、髪も乱れている。それでも瞳だけは異様な熱を帯びていた。歩き、避け、攻撃した。その事実だけで、彼の研究欲はまだ燃料切れを拒んでいるらしい。
「操作技術は、努力で昇華させることは可能かと。ただ……補助具なしで、自由移動させる方法が今の技術では見通しが経たない」
クエディーカは静かな声で返す。けれど、その指先は無意識にコントローラーのスティックへ触れていた。彼の脳内では既に次段階の課題整理が始まっている。歩行そのものではない。“自然に立ち続ける”という、人類が当たり前にこなしている動作が、戦闘ユニットへ置き換えた途端に異常な難題へ変貌していた。
その時だった。
研究室入口側から、重量物を引きずる車輪音が響いてくる。
振り返ると、台車いっぱいに段ボール箱を積み上げた男が現れていた。白衣姿。細いフレーム眼鏡。後ろへ雑に流された髪。眠気を削り残したような顔つきとは対照的に、運び込まれた機材群だけは異常な密度を放っている。分解済みの砲身ユニット、用途不明の金属筒、配線束、焼け跡の残る基板、弾倉型パーツまで、廃棄兵装庫をそのまま回収してきたみたいだった。
「リード、かき集めてきたぞ」
「おー、モドム~。備品がこ~んなにいっぱい」
「ジャンク品だぞ」
モドムは呆れた口調のまま台車を壁際へ寄せる。その途中、段ボールのひとつが傾き、中から薬莢みたいな金属部品が乾いた音を立てながら零れ落ちた。
「それでもクエディーカくんの手にかかれば、戦闘ユニットに早変わりさ」
「? あー、新しく雇ったといったインテグラルの学生か」
「うちの従業員だよ」
アカラヘアは妙に誇らしげな顔で、胸元へ両手を添えながらクエディーカを示した。自分が発掘した逸材だと主張しているみたいな仕草だった。対するクエディーカ本人は特に表情を変えない。ただ、その視線だけは運び込まれた機材群へ強く吸われている。
「どうも、私はモドム。名前を呼ぶのが気恥ずかしいなら、プロフェッサーと呼んでてくれてもかまわない」
「プロフェッサー・モドム。……僕が重火器に魅了されたのは、あなたの論文を読んだからなのです。〈ヘヴィブラスト・アルケイン〉、〈グラビティノヴァ・バレル〉。どれらも高出力を成立させながら、量産性まで考慮している設計思想が、僕にとっての尊敬ポイントです」
その瞬間、モドムの目元がわずかに変化した。
研究者特有の反応だった。ただ名前を知っている相手ではない。思想ごと読み取っている相手を前にした時の顔だ。
「中等部、の生徒だったよな。っふ、あの学長が推薦しそうな若人だ」
モドムは軽く鼻で笑いながら、研究区画中央へ立つ私へ視線を向ける。補助支柱に支えられた未完成の人型戦闘ユニット。人工筋繊維。外部制御。無理やり成立させている歩行機構。普通の研究者なら非効率と切り捨てる構造だ。
だが、モドムは笑わなかった。
むしろ観察するみたいに細かく視線を走らせている。
プロフェッサー・モドム。この研究フロアとは別階層に主研究室を持つ、トレンドタワー上位職員のひとり。当時の私は人格も知識整理能力も持っていなかったため、その時は理解していない。ただ後から記録を確認したことで理解した。
彼は、実績ある研究者だった。
高出力兵装を、現実的なコストラインへ落とし込む。その分野で名前を知られている人物。そしてリードとは長い付き合いがあり、研究思想こそ違えど、互いの狂気を理解している関係だったらしい。
一方のアカラヘアは、初対面に近い距離感だったにも関わらず、すでに馴染み切っていた。
「モドムって、顔だけ見て分かるけど、絶対徹夜してる人種だよね」
「人種は君と同じだろう。それに風貌だけで判断するのは、コンプライアンス的に時代に逆行しているよ」
「でも正解でしょ?」
「……ああ。体は薬漬けさ。エナジードリンクでな」