第478話
研究区画中央に固定されたプロトアークの頭部には、無数の測定シールが貼り付けられていた。銀色の薄膜端子が額から後頭部まで帯状に連結され、その隙間を青白い魔力光が脈みたいに流れている。端子から伸びた細線ケーブルは天井側の中継装置へ集束し、さらにそこから別機材へ分岐していた。脳波測定。魔力伝達解析。生体同期率観測。今回の実験は、ただ機体を動かすためだけのものではない。人間の感覚情報そのものを、直接プロトアークへ流し込む試みだった。
接続先となる実験協力者は2人。研究区画端へ並べられた簡易チェアへ、アカラヘアとクエディーカが座っている。背もたれ付きの簡素な椅子だったが、周囲には補助計測装置が何層も展開され、床を這うケーブルが2人の足元へ集中していた。頭部には大型ヘッドギア。金属骨格と透明導線を組み合わせた半球状装置で、耳元から首筋にかけて複数の感応端子が固定されている。装着中は微細な魔力振動が断続的に流れ続ける仕様らしく、アカラヘアはやや落ち着かなそうに眉を揺らしていた。
「あー、健康診断みたいで緊張する」
細かく瞼を動かしながら椅子へ深く座り直す。ヘッドギア側面では小さな魔力ランプが順番に点灯しており、そのたび微弱な電子音が鳴っていた。
「身体動作の確認、という意味では、似たような物かな」
隣のクエディーカは比較的落ち着いている。既に手元端末へ同期数値を表示させ、接続遅延や魔力ノイズを確認していた。だが彼の首元にも普段より僅かな緊張が残っている。今回の方式は、これまでのコントローラー操作と根本的に異なっていたからだ。
研究室奥では、無数のモニターに囲まれたリードが高速でウィンドウを操作している。空間投影された半透明画面には、生体波形、魔力流量、神経同期率が次々と描き出されていた。やがて全接続確認を終えると、彼は椅子ごと振り返り、少しだけ興奮を滲ませながら声を上げる。
「それじゃあ、第1回 身体同調実験を始めるよ。君たち2人の、魔力、生体電波、脳波、様々な伝達機能をプロトアークに流し同期する。簡単に言えば、君たち自身がコントローラーとなり、直接操作する」
「んで、うちが体担当でしょ」
「そして僕がそのサポートと、細かなギミックの操縦」
「冒険者であるアカラヘアくんと、メカニックで操縦士でもあるクエディーカくん。2人なら、アークの直立と歩行が可能にさせることができるかもしれなぁい」
それが、クエディーカの提案だった。
従来の遠隔入力方式では、どうしても操作伝達に僅かな遅延が生まれる。特に二足歩行のような複雑動作では、その誤差が即座に姿勢崩壊へ直結してしまう。ならば最初から、人間そのものを操作基盤に変換してしまえばいい。歩行感覚。重心移動。筋肉出力のイメージ。そういった生体側の信号を直接アークへ同期させれば、人型制御へ限りなく近づけるかもしれない。
発想としては狂気じみていた。
だが少なくとも、この研究室にいる誰1人として、それを笑う者はいなかった。
「心技体集中で、スタートだ……!」
リードの指先が操作盤中央の承認ボタンへ触れた瞬間、研究室全体へ低く重たい駆動音が広がった。天井付近へ設置された中継装置が順番に起動し、青白い魔力光が透明ケーブル内部を一気に走り抜けていく。アカラヘアとクエディーカが装着しているヘッドギアも淡く発光し、脳波測定端子から抽出された生体電波と魔力情報が、無線同期を通じてプロトアークである私の内部へ流し込まれていった。
胸部へ組み込まれた透明樹芯が脈動し始める。内部導線へ光が走り、人工筋繊維が細かく震えながら収縮を繰り返した。それまでの外部入力とは違い、今度は人間側の感覚信号そのものが機体へ直接接続されている。アカラヘアの反応速度。クエディーカの制御演算。その両方が混ざり合いながら、私の関節機構へ反映されていた。
「うおーー、摩訶不思議な感覚~」
アカラヘアは背もたれへ身体を預けたまま、落ち着かない様子で肩を揺らす。その隣ではクエディーカがモニター群を睨み、同期率推移と神経波形を高速で確認していた。
「同期率は安定しています。神経反応も……想定より高い」
その呟きとほぼ同時に、私の右手指がゆっくりと持ち上がった。続けて手首が回転し、肘関節が軋むような音を立てながら屈折する。動きそのものはまだ鈍い。だが、これまでの単純な遠隔操作とは明確に異なる挙動だった。
「よっし、ペアリングは成功だ……! ……ここからは、制御を外すよ」
興奮を抑えきれない声音と共に、リードが立位固定機構〈グリッド・リンカー〉の補助制御を解除する。背部を支えていた保持出力が段階的に低下し、それまで固定されていた私の機体が、自力制御状態へ移行した。
直後、重心が大きく崩れた。
脚部へ流れ込む出力配分が乱れ、上半身が前方へ傾く。人工筋繊維が過剰反応を起こし、関節内部から断続的な駆動音が鳴り響いた。床へ踏み込んだ右脚が滑りかけ、それを補正しようとして今度は左脚側へ重量が偏る。180を超える大型フレームが研究室中央で不安定に揺れ続ける姿は、完成品というより、巨大な試験生物が無理やり立ち上がろうとしているようだった。
「およよよよ、っと」
アカラヘアが反射的に身体を傾ける。チェアへ座っているにも関わらず、感覚同期の影響で、本当に自分の脚で踏ん張っているみたいに重心を戻そうとしていた。
「……手元の操作と、勝手が違いすぎる……な」
クエディーカも額へ汗を浮かべながら、補助入力を細かく調整していく。これまでのコントローラー制御は、あくまで外側から機械を操縦する感覚だった。だが今は違う。脚を出そうと考えれば脚部が反応し、重心を動かそうと意識すれば、その負荷まで機体側へ反映される。
私の右脚が前へ出る。
続けて左脚が床を擦りながら移動する。
上半身は大きく揺れ続けている。それでも転倒だけは避けようとするように、人工筋繊維と関節補正機構が必死に出力を調整し続けていた。電子柱の青白い光が装甲表面を流れ、人工筋繊維の収縮に合わせて骨格内部が脈動する。その光景は、これまでの兵器実験とは別種の何かへ近づき始めていた。
だが、不安定さまでは誤魔化せない。
数十秒後、姿勢制御が限界へ達する。後方へ流れた重心を補正しきれず、私の機体は尻もちをつくように床へ倒れ込んだ。重量級フレームが接地した瞬間、研究室の床へ鈍い振動が広がる。
「……一発成功とはいかないかぁ……。未来はそんなに甘くないかぁ」
リードは肩を落としながら頭を掻いた。だが、実際に同期していた2人の反応は真逆だった。
「これ最高だよ、プロフェ。マジで自分の体動かしてるみたいな感覚になる。何度も練習すればバシッバシッと走れるようになるって」
「僕もその意見に同調します。倒れたとはいえ、シンクロ自体は成功しているのだから」
クエディーカは呼吸を整えながら、既にモニターへ表示されている同期率データを確認していた。完全制御には程遠い。それでも、人型機体へここまで生体反応を接続できた時点で、研究成果としては異常な領域へ足を踏み込み始めている。
「そうか、君たちは感覚的に何か掴みそうなんだね? よっし、どんじゃんとトライしていこう!」
落ち込みかけていたリードの声へ、再び熱量が戻る。
実際、アカラヘアとクエディーカは、この瞬間に確かな手応えを掴んでいたのだろう。思考と機体動作が繋がる感覚。重心移動の癖。人工筋繊維が反応するまでの微細な遅延。その全てが、積み重ね次第で歩行へ届く未来を予感させていた。
そしてこの日を境に、私と2人とのシンクロ率は、実験を重ねるたび少しずつ上昇していくことになる。