「もう少し同調出力をあげてみようか?」
研究モニターへ何枚もウィンドウを重ねながら、リードが高揚した声音で提案する。画面上では脳波同期率、生体電波伝達、魔力循環負荷、人工筋繊維の反応速度が秒単位で更新され続けており、どの数値も当初の予測値を越え始めていた。特にアカラヘアとクエディーカ、2人の同期反応が異常なほど高い。
「ガンガン上げちゃってよ。アークの体がなじんでくる」
ヘッドギアを装着したアカラヘアは、簡易チェアへ深く腰掛けたまま軽く肩を回す。だが、その集中力は完全ではなかった。彼女の横には甘味菓子の包装が既に積み上がっており、脳負荷が増加するたびに糖分を補給しているらしい。しかも同調率上昇の影響で、その雑念までクエディーカ側へ流れ込み始めていた。
「アカラヘアさん、集中してください。さっきから甘味系統の思考が断続的に侵入してくる」
クエディーカは眉間を押さえながら視線をモニターから外さない。同期というより、半分感覚共有に近づいている状態だった。運動イメージだけではない。無意識下の思考断片や身体感覚まで、薄膜みたいに互いへ漏れ始めている。
「え、今そっちにプリン飛んでった?」
「飛来しました」
「マジかぁ。脳って怖いねぇ」
そんな軽口が交わされている間も、私の内部では駆動反応が加速していた。胸部へ埋め込まれた透明樹芯が一定周期で脈動し、そのたびに青白い魔力光が導電結晶を通って全身へ走り抜けていく。人工筋繊維は細かく震えながら収縮を繰り返し、関節内部では姿勢補助機構が断続的に重心補正を実行していた。
これまでの私は、固定補助なしでは数十秒も安定できなかった。わずかな傾斜だけで脚部出力が暴走し、重心制御を失って転倒していた。だが今は違う。アカラヘアの身体感覚と、クエディーカの制御演算が同時に流れ込むことで、人型機体として必要な自然な動きが少しずつ成立し始めている。
そして、それは確かな結果として現れた。
「58,59,60……! 1分を超えたぁ! しかもかなり安定している」
リードの叫び声が研究室へ響く。
研究区画中央で、私は補助機構なしの状態で直立していた。
これまで背部を支えていた〈グリッド・リンカー〉は停止状態のまま上部へ退避している。機体を支えているのは、遠隔接続された2つの脳波だけだった。アカラヘアの重心感覚が脚部駆動へ反映され、クエディーカの演算補助が関節制御を支えている。その結果として、180を超える大型フレームが、ようやく立っていると言える状態へ到達していた。
もちろん完全ではない。上半身は細かく揺れ続けているし、脚部出力もまだ不安定だ。人工筋繊維が過剰反応を起こすたび、関節内部から硬い駆動音が漏れ、装甲表面へ走る魔力光も断続的に明滅している。それでも以前のように即座に崩れない。揺れながら、踏ん張りながら、私は研究室中央で自立し続けていた。
「一歩踏み出せる気がする……っ」
アカラヘアが前傾姿勢になりながら息を漏らす。その瞬間、私の右脚側へ出力が集中し、床面へ重量が沈み込んだ。人工筋繊維が強く収縮し、骨格内部で連続的な駆動音が鳴り響く。重心が前方へ流れたことで機体全体が大きく傾き、一瞬だけ転倒しかける。
「バランサーで合わせます」
クエディーカの声と同時に補正入力が走った。左右脚部の出力配分が即座に再調整され、崩れかけた重心がわずかに引き戻される。膝関節が細かく震え、足裏装甲が床を擦りながら姿勢維持を試みる。
そして。
私の右脚が、ゆっくりと前方へ踏み出された。
重量級フレームが軋み、人工筋繊維が張り詰める。続けて左脚も引きずるみたいに移動し、不格好ながら再び床へ接地する。歩幅は小さい。姿勢制御も未熟だ。それでも、その動作は確かに歩行だった。
研究室にいた3人は、その瞬間だけ完全に呼吸を止めていた。
人間にとって歩くことは当たり前すぎる行為だ。だが今この場で行われているのは、2つの脳を遠隔接続し、人型機体へ直接同期させることで成立した人工歩行だった。しかも支えているのは大型戦闘ユニット。失敗すれば即座に転倒し、機体損傷どころか研究そのものが停滞しかねない。
それでも私は、ふらつきながら研究室の床を進み始めていた。