学園祭までの間ゼマとサイフウが研究室で試行錯誤を続ける中、ララクには直接関われる作業がほとんどなかった。
資材運びや細かな補助ならいくらでもある。だがそれも、カライジとレッツタが手際よく分担している。自分が入る余地は、思っていたよりも少ない。
研究室の扉の外に立ち、ララクは一度だけ中を振り返る。紙の擦れる音、器具の微かな振動音、議論の気配。そこには確かな積み重ねがあった。
短く息を吐き、視線を落とす。
彼は事前に『ボクは怪人の噂について調査しています』とゼマたちに伝えていた。するとゼマは『おーたのもぜ、私今何のクエストしてんのか完全把握できてないから』と謎に自慢げに答えていた。
彼らは現在、複数のクエストを同時進行中。
1【アカラヘア! どこにいんだおめぇ!】依頼主・オチルレインボーカル ロドナル
2【研究・最新型戦闘ユニットの協力者を要請】依頼主・プロフェッサー モドム
3【引率・課外授業を頼んだよ】依頼主・インテグラル学院長
それぞれ許諾があるので、同時進行に問題はない。プロフェッサー・モドムのクエストは休止しているだけで、研究協力が完全に終了したわけではない。
学院長のクエストも課外授業とはあるが、それは可変魔獣グレグリーライノ討伐だけではない。冒険者としての手順を教える、というのが主な内容。武器を開発し終えるまでがクエストだ。
ゼマはこれら全てをどれくらい進行しているのかこんがらがっている状態に加えて、今はロッドの研究につきっきりのため、他のクエストの事はあまり考えられなかった。
そんな激務に追われるゼマを見守り、ララクは踵を返し、廊下へと歩き出した。
足音が静かに響く。昼下がりの学院は人の往来こそあるが、どこか落ち着いた空気に包まれている。
ララクは歩きながら紙を開く。そこに書かれているのは、目撃情報の断片。日時、場所、簡単な証言。
2年前、トレンドタワー爆破事件の後。この学院内で数回確認されたという怪人の記録。
「……情報は最小限だな」
指で印をなぞる。点はまばらで、線として繋がるには弱い。
(目撃数は少ないだけで、もっと潜入している可能性はあるか)
歩みを緩め、壁際に寄る。窓から差し込む光が紙の上を照らす。
あの時の光景が、脳裏に浮かぶ。
停電したトレンドタワーの室内。明かりを失った空間の中で、異様に耳についたのは、配線をかじる音だった。壁際に群がる小型のモンスターグレムリンが、露出したケーブルに噛みつき、火花を散らしている。断続的な光が暗闇を揺らし、焼けた匂いが空気に混ざる。
その中で、ひとつの動きだけがはっきりしていた。
フードを被り、仮面をつけた怪人。
迷いのない一閃で、グレムリンを切り裂く。無駄のない動き。騒ぎを鎮めるためでも、助けるためでもない。ただ処理するような、乾いた所作だった。
その瞬間、わずかに滲む紫の光。
強くはない。だが、確かに目に残る色。
ララクは、その場でその姿を見ている。
そして次の記憶は、外だ。
雨の中。建物を出た先で、再び対峙したあの存在。濡れた地面、落ち続ける水滴、その中で向き合った感覚だけが、強く残っている。
室内で見た静かな動きと、外での対峙。
繋がっているはずの二つの場面が、どこか断絶した印象のまま、ララクの中に残り続けていた。
(グレムリンの悪さを予期していた……とは考えにくい)
ならば、目的は別にある。
(あの一帯に、常習的に出ている?)
紙の上の点を追いながら、次の地点へと足を向ける。
廊下の角を曲がり、階段を下りる。足裏に伝わる感触、空気の温度、わずかな音の変化。そのすべてを拾いながら進む。
(犯人は現場に戻る……いや、犯人じゃないとしても)
思考が途切れず続く。
(失踪者の出た場所に現れる存在、か)
ララクは髪を軽くかき上げる。指先に触れる感覚で、わずかに意識を切り替える。
再び歩き出す。
普段と変わらない学院の風景。談笑する生徒、資料を抱えて急ぐ者、静かに読書する影。
そのすべての中に、違和感が紛れている可能性を考えながら、ララクは一つずつ地点を辿っていく。
日常の中に潜む、わずかなズレ。その痕跡を探すように。