祝・追放 11   作:高見南純平

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第480話

「歩いている! アークがついに!」

 

 モニターへ表示された数値を見た瞬間、プロフェッサー・リードは勢いよく椅子から立ち上がった。研究室中へ散乱していた工具が足へ当たるが、そんなことに構っている余裕すらない。視線の先では、補助支柱なしで直立したプロトアークが、わずかに重心を揺らしながらも、自力で床を踏み締めていた。

 

「クエちゃん、激動するからついてきて」

 

「戦闘可能領域か確認済ますか」

 

 同調状態のまま返答した2人の脳波が、無線同期装置を通して私へ流れ込んでいく。身体制御の主導権を握っているのはアカラヘアだった。短剣使い特有の鋭い踏み込み、腰の回転、軸足の使い方。その感覚が、人工筋繊維の収縮パターンへ直接変換されていく。一方でクエディーカは、重心補正、出力配分、関節制御を並列処理しながら、姿勢崩壊を抑え込んでいた。

 

 その結果として、プロトアークは今までと比較にならない速度で研究区画を動き始める。

 

 脚部人工筋繊維が瞬時に圧縮され、床を蹴った機体が前方へ滑る。直後、身体を半回転させながら腕部が振り抜かれ、空間へ銀色の残光が走った。実際には武器を持っていない。それでもアカラヘアの戦闘感覚が流れ込んでいるせいで、動作そのものが完全に実戦型だった。

 

 電子柱の隙間を抜ける際も、ほとんど減速が発生していない。足運びに合わせてクエディーカが細かな補正を入れているため、転倒寸前だった旧制御時代とは比較にならないほど挙動が滑らかだった。右脚着地と同時に上半身が沈み込み、その反動を利用して次の動作へ繋げる一連の流れには、機械特有の硬さがほとんど残っていない。

 

「機械人形の舞い! 人と同調することで、こうもスムーズに動くのか」

 

 リードは半ば叫ぶみたいに呟きながら、凄まじい速度でモニター群を切り替えていく。表示されているのは、同期率、神経模倣反応、関節遅延、脳波接続安定率。どれも従来記録を大幅に更新していた。

 

 人が操作する前提で開発されていたプロトアーク。その根幹思想は、人間に近い形状へ寄せることで、操縦者側の違和感を極限まで削ることだった。そして今、その理論は現実として成立し始めている。脳から送られたイメージが、直接肉体動作として再現される。コントローラー入力を介していた頃とは比較にならないほど、動作速度も自然性も向上していた。

 

 研究室の中央で、私は連続的に動き続ける。踏み込み。旋回。姿勢変更。低姿勢からの加速。人間の戦闘動作を模倣した連携が、ほとんど遅延なく成立していた。

 

 だが、その実験データを確認していたリードの表情が、途中からわずかに変化する。

 

「……ん? この肩のあがりよう……」

 

 視線が止まったのは、同期率推移グラフだった。

 

 本来なら同調出力を上げなければ数値も上昇はしない。だが現在、シンクロ率が徐々に上昇しているのだ。

 

 しかも上がっているのは、一時的な誤差ではない。

 

 脳波接続精度そのものが、時間経過と共に深く噛み合い始めていた。

 

 リードは即座にモニター表示を切り替え、同期波形を確認したあと、普段より少しだけ強い声を実験室へ飛ばした。

 

「一度、停止して欲しい。少し波長に問題があるかもしれない」

 

 この段階では、まだ接続異常の延長程度に考えていたのかもしれない。実験を止め、ヘッドギアを外し、同期を遮断すれば正常へ戻る。そう判断していた。だが事態はすでに、予測より深い領域へ到達していた。

 

「うっし、機械にも深呼吸が必要なのかな~」

 

 軽い調子で返答したアカラヘア。その瞬間、リードの顔色が一気に抜け落ちた。青白くなった指先が操作卓へ叩きつくように伸び、同期モニターを何枚も切り替えていく。数値。脳波波形。魔力伝達率。接続深度。その全てが、想定外の領域へ入り込んでいたからだ。

 

 実験室中央で直立しているプロトアーク。その顎部装甲が僅かに開閉し、内部音声装置から機械ノイズ混じりの音声が流れていた。発せられているのは間違いなくアカラヘアの声。

 

「あ、アカラヘアくん……いや、アークが発声した、だと……?」

 

 掠れた声だった。ついさっきまで会話していたのは、ヘッドギアを装着したアカラヘア本人だった。だが今は違う。声の発信源そのものが、完全にプロトアーク側へ移っている。

 

「っぇ、なになに。うわ、ほんとじゃん。最先端の腹話術……?」

 

 アカラヘアは反射的に自分の肉体へ視線を向ける。簡易チェアへ座った自分自身。瞼は半分落ち、頭部にはヘッドギアが装着されたまま。そして口は、完全に閉じていた。

 

 なのに、自分の声だけが実験室へ響いている。

 

 その違和感に引っ張られるように、今度はプロトアークの腕部が視界へ入る。黒銀色の装甲。内部で脈打つ疑似筋束。金属指の微細な動き。立っている感覚も、腕を動かしている感覚も、全部が直接神経へ繋がっているみたいに流れ込んできていた。

 

 クエディーカも異変へ気づいていた。操作卓へ置いていた指が止まり、同期モニターを食い入るように見つめている。

 

「……脳波接続率が、限界値を突破してるのでは?」

 

 表示されている数値は、本来の想定値を大幅に超えていた。これは単なる遠隔操作ではない。入力補助でもない。アカラヘアの神経信号そのものが、直接プロトアーク内部へ流れ込み、機体側を「自分の身体」として認識し始めている。

 

 だから同期率が異常な速度で上昇していた。

 

 プロトアークを操縦しているのではない。

 

 アカラヘア自身が、プロトアークへ入り込み始めていたのだから。

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