「プロフェッサー、今すぐアカラヘアさんとプロトアークの脳波リンクを切ってください……っ」
「ああ、早急にね。機械と生命がここまで同調できるとは……」
リードは困惑を隠せないまま操作卓へ身を乗り出し、緊急遮断用スイッチを押し込んだ。だが反応がない。もう一度、今度は別系統の出力制御へ切り替える。しかし同期波形は落ちない。むしろ数値はさらに深く結び付き始めていた。
実験室へ、冷却装置の低い駆動音だけが流れる。
「……!! そんなぁ、脳波のシンクロを切れない……し、出力を下げることも出来ない!」
リードの指が高速で操作盤を叩いていく。強制停止。外部切断。遮断処理。あらゆる命令が入力されるが、同期回路そのものが命令を拒絶しているみたいに沈黙したままだった。
クエディーカの表情も変わっていた。普段は冷静に数値を分析する少年の瞳が、今は明確な動揺を帯びている。
「……まさか……アカラヘアさんの意識が、データのように完全にプロトアークへ移行されたとでも……?」
その言葉へ、すぐにアカラヘアが反応する。
「クエくん、君もこっちに来たんじゃない?」
「?? 僕の意識はまだ……っぁあ、く、口が」
クエディーカは反射的に自分の口元へ触れようとした。
その瞬間、違和感が走る。
指先へ返ってきたのは、人肌の柔らかさではない。冷たい金属装甲の感触だった。表面は滑らかで硬く、わずかに内部駆動の振動まで伝わってくる。
そして理解する。
さっきから聞こえている自分の声。その発生源が、自分自身の肉体ではないことを。
「2人の意識が、プロトアークに混在しているのか……。すぐに復路を考えるよ」
リードは解析モニターを何枚も切り替えながら、同期回路の分離方法を探り始める。脳波遮断。魔力伝達の停止。神経同調の強制解除。次々と制御命令を入力していくが、どの操作にもプロトアーク側が反応しない。同期率は落ちるどころか、逆に深度を増していた。
実験室中央では、プロトアークが微細に揺れている。腕部装甲が細かく震え、脚部フレームも一定周期で重心を崩しかける。2人分の意思が、1つの身体内部で衝突し合っているのだ。
「これがさ、この研究の最終地点だったりする?」
響いたのはアカラヘアの声。だが発声源は、簡易チェアへ座る本人ではない。黒銀色の頭部装甲、その内部スピーカーから機械ノイズ混じりに流れ出していた。
「……確かに、自身の体を動かすのと寸分違わない領域で操縦できるのだとすれば、プロフェッサー・リードの人型戦闘ユニットとしては完成系かもしれないけれど……」
返答するクエディーカの声もまた、プロトアーク内部から響く。2人が同じ視界を共有し、同じ身体を経由して会話している。その異常な状態の中で、プロトアークの指先がぎこちなく開閉した。
「だったらこのまま、データ収集のお時間に使えば……んぅ、っぐ……!」
突然、アカラヘアの声が乱れた。
頭部装甲が大きく揺れ、片腕が側頭部を押さえるみたいに持ち上がる。内部同期ログによれば、この瞬間、アカラヘア側の脳波が急激に乱れていた。
現在の私では、当時の内部感覚を完全に再現することはできない。だが残されている記録から推測できることはある。
大量の知識が、一斉に流れ込んだのだ。
『ニューロ・シンクロ率上昇』『マギア粒子伝達異常』『サブフレーム演算開始』『高密度マナリアクター接続』『重力偏向フィードバック』『多重レイヤー神経回路』『バランサー自動補正』『アクティブ・モーション・リンク』『超電導パルス循環』『機動補正アルゴリズム更新』『疑似生体レスポンス形成』『空間認識マッピング』『マギア駆動式外骨格』『高機動戦術パターン』『反射速度最適化』『オートバランシング補助』『人工神経束アクセス』『位相同期エラー』『思考補完プロセス』『次世代ヒューマノイド兵装理論』
さらに、クエディーカが日常的に頭の中で組み立て続けていた設計理論や制御思考まで混線し始める。
『直立安定率を維持するなら脊椎フレーム制御を優先』『マギア循環圧を上げれば疑似筋束の応答速度はまだ伸びる』『重心補正が0.3秒遅延』『第4関節軸を独立制御』『戦術行動予測パターン更新』『自律補正演算開始』『接地感覚のズレを逆位相制御で補正』『脚部出力と上半身慣性の同期率不足』『空間認識マップ再構築』『高機動戦闘時は反射演算を先行入力』
単なる知識ではない。演算処理の優先順位、設計時の発想、問題発生時の改善案、戦闘ユニットを成立させるための思考工程そのものが、境界を失ってアカラヘア側へ流れ込んでいた。
意味を理解する前に次の理論が押し寄せ、脳内へ無理やり研究資料を流し込まれているみたいな状態になる。その中でアカラヘアは、苦しそうに頭部を押さえながら声を漏らした。
「……これ、クエくんの思考……流れ込んできてる……」