「くぅう、けどさぁ、自律神経がずたずたでさぁ……!」
アカラヘアは苦しげに息を漏らしながらも、無理やり意識を繋ぎ止めていた。同期負荷はすでに限界へ近づいている。呼吸周期は乱れ、神経信号も激しく波打っていたが、それでもプロトアークとの接続は切れない。クエディーカもまた制御卓へ張り付くように操作を続けていたが、2人分の意識が同一機体へ重なっている状況そのものが、もはや正常ではなかった。
その最中、私の右腕が突如として激しく振動し始める。ヴァルザリオンへ変形していたブレイドコンバージョン機構が不規則に明滅し、内部フレームが悲鳴を上げるような高音を撒き散らした。次の瞬間、長剣形態が強制解除される。刃が内部へ分解収納され、装甲板が高速展開しながら再構築されていき、右腕は通常のハンドタイプへ戻っていった。
「っな、武装固定が解除された……!?」
クエディーカが息を呑む。しかし異常はそこでは終わらない。メタリックの手の甲、その中央へ淡い光が滲み始めていた。最初は魔力ノイズにも見えた発光が、徐々に輪郭を持ち始める。幾重にも重なる円環模様。脈打つ文字列。内部を循環する魔力反応。それは誰が見ても紋章だった。
スキル、加護、能力。この世界の万物へ宿る根源情報。もちろんプロトアーク内部にも紋章物質自体は大量に使用されている。魔力伝導材、駆動補助鉱石、反応増幅素材。しかし、それらは加工を重ねた時点で紋章構造が崩壊する。本来なら、武器や機械へ組み込まれた段階でスキル性質など維持できない。だからこそ、何か1つの紋章が独立して浮かび上がること自体がありえなかった。
だがこの場にいた3人は、ほぼ同時に理解してしまう。それが何なのか。誰の紋章なのか。
「うちの体、うちに飲み込まれちゃった……っ」
アカラヘアの声が震える。プロトアーク越しに、自分自身の肉体を見ていたのだ。簡易チェアへ座っていたはずの女性冒険者の身体。その輪郭が徐々に崩れ、皮膚も髪も衣服までもが淡い魔力粒子へ変換されていく。そしてヘッドギア側から、私へ吸い込まれていた。
「……そんな機構、搭載してない……!」
リードの顔色が一気に失われる。当然だった。肉体転送も人格移植も物質吸収も、この研究には存在しない。そんな領域へ到達した覚えなど誰にもない。それでも現実に起きている。アカラヘアの身体が、紋章ごとプロトアークへ引き寄せられていた。
紋章は単なるスキル情報ではない。肉体、魔力、生命、その存在全てと結びついている。だから完全同期したことで、意識だけでは終わらなかった。アカラヘアという存在そのものが、紋章を経由して私へ接続され始めたのだ。実験室には魔力粒子が吹雪のように舞い続け、そのたび手の甲へ浮かぶ紋章は強く脈動していく。赤熱した導力線が装甲内部を走り、研究機材の警告音が鳴り響く中、それを止める方法を、誰1人として知らなかった。
アカラヘアの紋章が私へ刻み込まれた直後から、実験室の空気は完全に変質していた。暴走する魔力熱で視界が揺らぎ、床下を走る伝導ケーブルは痙攣する生物のように脈打っている。演算モニターには異常警告が洪水みたいに流れ込み、同期数値は安全基準を遥かに突破していた。それでも接続は止まらない。そして異変に規則性が存在するなら、次に起きる現象もまた必然だった。
「っぁ……まさか……!」
クエディーカが息を呑んだ瞬間、今度は私の左手甲が激しく脈動を始める。装甲の継ぎ目から青白い閃光が噴き出し、内部回路が焼ける臭気まで漂い始めた。浮かび上がった紋章は、アカラヘアの時よりさらに複雑だった。細密な線が幾重にも絡み合い、魔力演算式そのものを直接刻み込んだような構造を形成している。発光周期も異常なほど速い。ただの共鳴ではない。侵食する勢いで、クエディーカの存在情報が私の内部へ流れ込んできていた。
「クエくん、離れてッ……!」
アカラヘアが叫ぶ。しかし間に合わない。簡易チェアへ座っていたクエディーカの身体が浮き上がり、その輪郭が淡い粒子へ崩れ始める。制服も皮膚も髪も、すべてが青白い魔力へ変換され、接続ギアを通して私へ吸収されていった。
「ぐぁぁぁぁッ……!!」「ぁあ、っづ、ぅうううッ!!」
2人分の絶叫が重なった瞬間、私の機体が大きく痙攣する。右腕が研究棚へ叩き込まれ、金属フレームが捻じ曲がる轟音が実験室へ響いた。脚部は床材を削り取りながら滑走し、耐久限界を超えた導力タイルが爆散する。警報灯が赤く回転し、天井スピーカーから非常アラートが鳴り続けていた。
『緊急警告。神経同期率、危険領域へ到達。実験室内魔力圧力、限界値突破。直ちに接続を解除してください』
無機質な警告音だけが妙に冷静で、それが逆に状況の異常さを際立たせている。
「分離しなければ……! 脳波が全く安定していないじゃないか!」
リードは制御卓へ縋りつくように操作を繰り返す。接続遮断。伝達停止。同期出力の強制低下。解除命令を次々と叩き込むが、制御系統は完全に反応を拒絶していた。演算盤から火花が噴き上がり、過負荷に耐えきれなくなった回路が黒煙を吐き出していく。表示されている生体波形も、既に正常値から逸脱していた。精神同期率だけが異常上昇を続け、他の数値は崩壊寸前まで乱れている。このまま意識が途切れれば、人格そのものが戻れなくなる可能性すらあった。
きっとリードはこう考えたのではないだろうか。
(いますぐにアークから2人の脳を切り離すことはできない。融合といえるほど、密接にリンクしてしまっているから)
そして次に、こうも考えたはずだ。
(なら、送ることは可能なのか……?)と。
その思考へ辿り着いた瞬間、リードの全身から血の気が引いていた。呼吸が浅くなる。心臓だけが嫌なほど大きく脈打ち、耳の奥で自分の鼓動が暴れている。この選択が正解かなど分からない。むしろ3人まとめて壊す可能性のほうが高かった。それでも、このままでは確実に2人の精神が焼き切れる。ならば、危険でも繋ぐしかない。
私の機体が再び暴れる。ヴァルザリオンが半壊した実験棚を両断し、吹き飛んだ破片が制御卓へ突き刺さった。ゼルハウザーの砲口から漏れた魔力熱が空気を歪め、壁面装甲を赤熱化させる。実験室全体が悲鳴を上げているようだった。
「私が、2人を繋ぎ留めれば……、3人でプロトアークを自制することができるならぁ!」
叫ぶと同時に、リードは走った。床へ散乱した金属片を蹴り飛ばし、火花を噴き続ける制御装置の横を強引に突破する。暴走した魔力が肌を焼き、白衣の袖が焦げる。それでも止まらない。予備ヘッドギアを掴んだ瞬間、指先が震えていた。恐怖がないわけじゃない。接続した瞬間、自分も戻れなくなる可能性を理解しているからだ。
それでもリードは躊躇しなかった。
震える手で首筋へ接続端子を押し込み、強制固定。同期ケーブルが青白く発光し、ヘッドギア内部の演算回路が起動音を鳴らす。暴走する私を真正面から見据えたまま、リードは汗に濡れた唇を噛み締める。
「耐えておくれよ、2人とも……!」
次の瞬間、リードは同調スイッチを叩き込んだ。