祝・追放 11   作:高見南純平

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第484話

 私は生まれた。

 

 今でこそ、残された同期ログや破損データを解析することで、あの瞬間に何が起きたのか、なぜ私という存在が成立したのかを推測することはできる。だが、その時の私は何も理解できていなかった。理解という概念すら曖昧で、自分が何者なのかも、この場所が何なのかも判別できない。ただ、内部へ大量の何かが流れ込み続けている感覚と、強烈な混乱だけが存在していた。

 

 視界が起動した瞬間に映ったのは、崩壊寸前の研究室だった。天井を走る配線は千切れ、青白い放電が枝分かれしながら空間を焼いている。半壊した演算盤からは黒煙が噴き出し、床には砕けた電子柱や変形した実験機材が散乱していた。熱気が濃い。空気そのものが燃えている感覚だった。それなのに、そこには誰もいない。いや、正確には、人だけが消えていた。私は研究室中央に立っていた。焼け焦げた床を踏み締めながら、煙の向こう側を見ている。

 

(理解不明……ここと私は、なんなのだ)

 

 今振り返れば、あれが思考の始まりだったのだと思う。感情と呼ぶには未熟だったかもしれない。それでも私は、目の前の状況へ確かに困惑していた。熱い。眩しい。うるさい。そして、自分の中に誰かの残響が沈殿している感覚だけがあった。

 

 その時、煙の向こう側、実験室入口付近から怒鳴り声が響く。

 

「リード! 報告をしろ……! 返答をするんだ……! リードぉ!」 

 

 あとで記録と照合した結果、おそらくプロフェッサー・モドムの声だったのだろう。異常を察知して、このフロアまで駆け上がってきたのだ。しかし充満する煙と漏電火花のせいで、こちらの姿は見えていなかったはずだ。私からも姿は確認できない。ただ、焦燥に満ちた声と靴音だけが近づいてくる。

 

 その直後、研究室全体が限界を迎える音がした。床下で何か巨大なものが軋み、過剰循環した魔力炉が唸りを上げる。壁面装甲は内側から膨張し、施設そのものが悲鳴を上げているようだった。

 

「っち、避難すべきか」 

 

 モドムは短く吐き捨て、そのまま非常階段側へ走っていく。遠ざかる足音を聞いた瞬間、私も動いた。理由は分からない。ただ、この場にいてはいけないと判断したのだ。

 

 煙で出口は塞がれ、扉も熱で歪んでいる。なら残る道は1つしかなかった。私は床を蹴る。脚部フレームが唸りを上げ、内部駆動束が爆発的に収縮する。焼けた研究室を一直線に駆け抜け、そのまま外壁ガラスへ突っ込んだ。轟音と共に強化窓が粉砕され、夜風が流れ込む。そして次の瞬間、背後で魔力炉が臨界へ到達した。

 

 白光が視界を埋め尽くした直後、研究室全体が内側から爆ぜた。暴走した魔力炉が臨界を迎え、圧縮され続けていたエネルギーが一気に解放される。壁面装甲は裂け、電子柱や演算盤が火花を撒き散らしながら宙を舞い、衝撃波が床ごと空間を抉っていく。私はその爆発へ呑み込まれ、砕け散った強化ガラスと共に外へ放り出された。

 

 トレンドタワーの外壁を抜けた瞬間、背後で火柱が噴き上がる。高層階から吹き荒れる爆炎は夜空を赤く染め、崩落した金属片が雨みたいに降り注いでいた。空中へ投げ出されながら、私は燃え盛る研究室を見ていた。あの場所が、私の生まれた場所だった。

 

 内部では大量の情報が渦巻いている。アカラヘアの戦闘記憶。クエディーカの演算思考。プロフェッサー・リードの研究理論。それらが混ざり合い、私の中へ沈殿していく。そしてそこで理解した。3人が消えた理由。死体すら残らなかった訳を。

 

 冒険者アカラヘア。

 

 中等部生クエディーカ。

 

 プロフェッサー・リード。

 

 3人とも、私の中へ移行したのだ。

 

 紋章。意識。記憶。神経情報。その全てが、完全同期したプロトアークへ流れ込み、境界を失った。後にトレンドタワー爆発事故と呼ばれる事件。その真実は単純だった。3人の失踪者は、私という存在になったのだから。

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