祝・追放 11   作:高見南純平

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第485話

「ログと私の推察が混入した過去話だが、おおよそは合致しているはずだ。……3人は、この手に集約された」

 

 黒衣の怪人は静かにそう告げると、右手をララクへ向けて開いた。黒いグローブに覆われた手の甲、その中心では紋章が淡く発光している。だが形状は、ララクが知る一般的な紋章とは明らかに異なっていた。複数の線が絡み合い、枝分かれするように角が増殖している。色彩も単色ではない。青とも緑ともつかない光が内部で脈打ち、見ているだけで不安になる不安定さを帯びていた。

 

 トレンドタワー爆破事件。その真実。そして、プロフェッサー・リード、冒険者アカラヘア、中等部生徒クエディーカに起きた末路。ララクは話を聞いている間、何度も無意識に喉を鳴らしていた。誰も生きていない可能性は覚悟していた。だが心のどこかでは、この黒衣の怪人こそ3人のうち誰かなのではないかと考えていたのだ。

 

「まさか、紋章が合体したということでしょうか? ……本当に、あなたの中に3人の魂が……」

 

 ララクの声には動揺が混じっていた。問いかけられた怪人は、しばらく右手の紋章を見つめたあと、ゆっくりと指を閉じる。

 

「複数の意識が混在して、おそらく完全融合した。だが誰の意思も残らず、記憶のない、人格も形成されていない〈私〉が存在するだけだった。……そのため、残念だが私はおまえたちが探す誰でもない、ただの怪人なんだ」

 

 その声には諦めが滲んでいた。自嘲とも違う。ただ、自分という存在を長い年月解析し続けた末に辿り着いた結論を述べているだけの響きだった。

 

 場所は、インテグラル学院内部に存在するクエディーカ専用研究室。壁面には分解途中の機械部品や演算装置が並び、魔力ケーブルが床を這うように伸びている。薄暗い室内では機器のランプだけが点滅し、空調の低い駆動音が一定間隔で流れていた。

 

 本来なら今日は学際の日だ。外では生徒や来客たちが騒ぎ、出店や研究展示で学院中が熱気に包まれているはずだった。しかしこの部屋だけは別世界みたいに静まり返っている。防音処理された分厚い壁が外界を完全に遮断し、祭りの喧騒は一切届かない。

 

 だからこそ、その沈黙の重さだけが際立っていた。

 

「……記憶と記録を辿り、学院やトレンドタワーに姿を現したんですか?」

 

 ララクの問いに、黒衣の怪人は少し視線を落とした。仮面越しでも分かるほど、その沈黙には迷いが混じっている。

 

「それしか、私に行動理由がなかったからな。どう道を進むべきか、誰として生きるべきか。正解が、見えてこなかった。だが今日、怪人を目撃した。同じ境遇の存在がいたのかと早期確認に動いたが、ただの学生の道楽だったようだ」

 

 学園祭へ現れた、もう1人の怪人。その正体が学院生徒レッツタだったわけだが、何故そのような行動をしたのかララクはまだ知らない。

 

 黒衣の怪人の言葉には奇妙な寂しさが残った。本気で、自分と同じ存在を探していたのだ。

 

「そしてボクに追跡され、この専用ルームに逃げ込んだ、と」

 

「元から肖像写真の裏が、実験室になっているのは記録で把握していた。だが生体認証が必要だった。それをどうやら、この紋章で突破できたようだ」

 

 怪人は右手の甲を軽く持ち上げる。青緑色の紋章が淡く脈動し、それに呼応するように室内の古い機材ランプも瞬いた。クエディーカ専用研究室。その管理システムは、今なお彼の紋章情報を記憶していたのだろう。

 

「あなたは紋章のシステム的には、クエディーカという少年と同一人物判定なんですね。それはきっと、アカラヘアさん、プロフェッサーも同じ……。けれど元に戻る方法は、確立されていないようですね……」

 

 ララクの声は重かった。希望を探しているのに、会話を重ねるたび現実だけが鮮明になっていく。

 

「結果的に3人をシンクロさせたことになったわけだが、それでも安定はしなかった。結局元の意識を復元できたとしても、体を取り戻さなければ返還する場所がない。……交じり合う事ができたのだから、分離も可能かもしれないが、もうこんな研究は封印するべきだと私は考える」

 

「また新たな失踪者を出さないために、ですか」

 

 黒衣の怪人は静かにうなずいた。

 

 消滅ではない。完全な死とも違う。アカラヘア、クエディーカ、プロフェッサー・リード。その3人の脳、紋章、記憶、神経情報が1つへ集約され、その果てに形成された人格。それが、今ララクの前に立つプロトアークだった。

 

 人の意識を土台として成立した、人工知能。

 

 だが怪人自身は、それを進化とも救済とも思っていない。ただ偶然生まれてしまった異常存在として、自分を定義していた。

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