黒衣の怪人は、自分という存在そのものを災害の種みたいに扱っていた。ララクには問いただしたいことが尽きない。3人分の記憶はどこまで残っているのか。融合した紋章に異常性はないのか。そもそも完全自立型戦闘ユニットという技術自体、ララクには半分も理解できていない。神経接続だの魔力演算だの、聞けば聞くほど世界そのものが別物へ変質していく感覚さえあった。
けれど、今ララクの胸中を最も圧迫していたのは別の問題だった。
この真実を、残された者たちへどう告げるべきなのか。
クエディーカを待つ人間がいる。アカラヘアを慕う冒険者もいる。そしてリードの研究を追い続けた者たちも。彼らへ「3人は1つになった」と伝えた時、それは救いになるのか。それとも二度と立ち直れない絶望になるのか。答えを探しているうちに、ララクの口は自然と閉ざされていた。
その沈黙を叩き割るように、研究室全体が鈍く震えた。
重機が壁へ衝突したみたいな衝撃音。
次いで、もう一撃。
分厚い隔壁扉の蝶番が悲鳴をあげ、電子ロック部分から火花が飛び散る。
「!? 誰かが、こじ開けようとしている……?」
ララクが息を呑む横で、黒衣の怪人は扉を見据えたまま低く答える。
「確かに、クエディーカ少年と関わりのある学院職員しか正当な方法で開閉することはできない。例えば、学長はそれに該当するはずだ」
「怪人、……さんを追って誰が」
学院では黒衣の怪人の噂が半ば都市伝説化している。正体を暴こうとする人間は少なくない。だが、研究室の防壁を殴り壊して侵入してくる存在など、ララクの想像にはなかった。
そして次の瞬間。
扉の中央が内側へ弾け飛ぶ。
鋼鉄板を突き破って現れた拳が、そのままフレームごと隔壁を引き裂いた。金属片が散弾みたいに室内へ飛散し、壁に飾られていたクエディーカ少年の肖像写真がバラバラに裂ける。紙片となった笑顔が空中を舞う光景に、ララクは背筋を冷やした。
「!! 発表会の……ガルアーク!!」
破壊された入口に立っていたのは、青白い装甲を纏う人型戦闘ユニット。昼間、学際展示で学院中の注目を集めていた最新型アーク、その完成機ガルアークだった。
だが、展示場とは条件が違う。
関節部が低く駆動音を唸らせ、2本の脚で自重を支え切っている。補助ワイヤーもない。魔力糸の操作痕も見当たらない。それなのに機体は微塵もふらつかず、重量感だけを床へ沈ませながら研究室へ踏み込んできた。
「どうして、完全自立を……。それに、何故ここに急襲を」
ララクの思考が追いつかない。ガルアークは、まだ疑似自立段階だったはずだ。特殊な魔力糸による補助制御、さらに専用フィールド内でのみ安定稼働可能。それが発表会での説明だった。
しかし目の前の機体には、そうした補助機構が見当たらない。
青白い装甲を軋ませながら、ガルアークはゆっくり研究室へ踏み込んでくる。重い足音。滑らかな重心移動。そして、発光する双眼が静かにララクたちへ向けられた。
誰かに操縦されている気配もない。
それなのに、その動きだけは異様なほど自然だった。
「答えは自己紹介をすれば、君なら瞬時に理解できるんじゃないかな。私は、モドム。このガルアークの開発者だ」
その瞬間、ララクの背骨へ雷撃みたいな衝撃が走った。
ガルアークの口元装甲が動いたのだ。
発光するスリット内部から響いた音声には、聞き覚えがあった。低く渋みのある男の声。依頼主として何度も会話した、あの研究者の声音。
プロフェッサー・モドム。
つまり今、ガルアークは単なる搭乗兵器ではない。さっき黒衣の怪人から聞かされた、人と戦闘ユニットが深層同期した状態。それと酷似した現象が起きている。
「プ、プロフェッサー!? そんな、ガルアークと同期したっていうんですか!?」
「人の動きを再現するには、人が動かせばいい。そんな誰でも思いつくことに、私は今の今まで辿り着けなかったのは情けない。いや……私の脳内はその領域に干渉していたのかもしれない。足りなかったのは覚悟だったのかもしれない。怪人とやらの真実を聞き、あいつの、リードの研究を知りえた今だから、私はアークとリンクすることが出来たのだろう……!」
ガルアークはゆっくり片手を開閉する。金属指が滑らかに駆動するたび、そこへ人間らしい感触が宿っているようで不気味だった。
そして何より異様なのは、その声に歓喜が滲んでいることだった。
研究者として未知へ到達した高揚。
長年閉ざされていた扉を、自分の手でこじ開けた人間の熱。
それが機械越しでも伝わってくる。
「盗聴でもしていたか」
黒衣の怪人が低く問うと、ガルアークは首部をわずかに傾けた。
「ああその通りだよプロトアーク。発信源は、そこの少年のほうだがね」
「ボクの事、監視を?」
「それが条件だったじゃないか。君のデータを取り込むためにね。私と相対していない間も、その範囲に入れていただけさ」
ララクは咄嗟に自分の足元を見る。
シューズ側面、その銀色の装飾だと思っていた極小金具が、わずかに発光していた。最新型の超小型盗聴兼測定機器。おそらくモドムは専用ゴーグルか解析機器を通して、ララクの行動ログや戦闘データを継続的に収集していたのだろう。
データ採取自体は契約内容に含まれていた。だが、ここまで徹底的に監視されていたとは、ララクも想定していなかった。