祝・追放 11   作:高見南純平

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第445話

 倉庫のような一角で、ララクは足を止めた。薄暗い空間に棚と資材が重なり、埃の匂いとわずかな湿気が混じる。手にしたメモを開き、書き込まれた目撃情報をなぞりながら、実際の配置と照らし合わせる。視線は止まらず、通路の幅、棚の高さ、奥へ続く階段の位置まで細かく拾っていく。

 

 やがて紙束の中から1枚を引き抜いた。プリントアウトされた写真。上から俯瞰した構図で、この倉庫全体が映し出されている。現在の光景と大きく変わらない配置。その中央に、小柄な女子生徒が写っていた。肩をすくめ、目を見開き、何かに押されたように後ずさる寸前の姿勢。

 

 ララクはその表情を見つめる。

 

(怪人に遭遇したとしたら、こんな顔になるよな)

 

 だが、その周囲には何もない。人影も異常も、写真の中には存在しない。

 

 ゆっくりと顔を上げ、天井へ視線を移す。設置された機械。監視カメラ。空間を常に切り取り、記録し続ける装置。ララクのいた国にはなかった仕組みが、ここでは当たり前のように機能している。

 

(最先端の国は監視と記録社会だな)

 

 プロフェッサーモドムの研究を手伝った時の感覚が蘇る。この国では出来事を逃さない。爆破で多くが崩れても、失踪者プロフェッサーリードやアカラヘア、クエディーカの会話すら断片として残っていた。記録が繋がることへの強さ。その一方で、常に見られているという圧も、こうして現場に立つと否応なく意識に引っかかる。

 

 ララクは再び写真に目を落とし、現場と重ねる。突き当りの構造、1階の奥行き、上へ続く階段。今は学際準備のため荷物が増え、棚の前にも資材が積まれているが、骨格は一致している。

 

(うん、やっぱりここも死角だ)

 

 小さく呟き、倉庫扉の端へと移動する。壁に沿うように立ち、写真を同じ角度で見直す。その瞬間、わずかなズレに気づく。

 

 写真の中に、この一角が収まっていない。

 

 完全にではない。だが、確実に欠けている。

 

(死角がある……でもこんなの、カメラの位置を完全に把握していないと、簡単に映ってしまうよな)

 

 視線を上げ、カメラの向きと高さ、レンズの角度を順に追う。どこまでが映り、どこからが外れるのか。足元の位置と照合しながら、ララクはその境界を頭の中で描いていく。

 

 記録されるはずの空間の中に、意図的に残されたような空白。その一点に立ったまま、ララクは静かに思考を深めていった。

 

 ここに来る前にも、ララクは他の目撃場所を巡っていた。廊下の曲がり角、階段の踊り場、人の少ない通路。そのどれにも小さな死角はある。監視カメラは最小限だが、無作為に動けば必ずどこかに映る配置。それを確かめてきたからこそ、ララクの中でひとつの考えが浮かんでいた。(潜入していたってことなのか)偶然では辿れない位置取り。その思考に、足音が重なる。

 

 倉庫の静けさを引きずるように、小柄な女性が近づいてくる。裾の長いズボンが床を擦り、乾いた音が一定のリズムで響く。制服には作業の汚れが残り、頬にも薄く煤がついている。現実からわずかに遅れてきたような歩み。

 

「っあ、キミは目撃者の」

 

 ララクは声をかけながら写真を持ち上げる。俯瞰で切り取られた倉庫、その中央で目を見開く少女。視線を戻せば、目の前の人物と重なる。

 

 少女はその写真に目を落とし、わずかに目を細める。

 

 そして、静かに言葉を紡いだ。

 

「その写真は、あまり好ましくないの。

 驚愕の一瞬だけが切り取られていて、余白も文脈も欠けたまま露わになってる。

 整いも均衡もなくて、ただ崩れた表情だけが残っているから

 あまり、見つめないでほしいの」

 

「え、あー、申し訳ない」

 

 ララクは、その独特な言い回しに一瞬だけ言葉を失う。思考が遅れ、聞いた内容を頭の中で組み直す。

 

(驚いている顔が恥ずかしいから、あんまり見ないで欲しい、って意訳でいいのかな?)

 

 自分なりに落とし込み、ひとまず納得する。視線を写真から外し、改めて彼女を見る。真正面に立っているはずなのに、どこか焦点が合わない。目が合いそうで、わずかにずれる。風のように、輪郭だけを残してすり抜けていくような気配をまとっていた。

 

「わざわざここまで足を運んでくれてありがとう。ボクは今、怪人の調査をしていて」

 

 言葉を整えながら伝えると、少女はわずかに首を傾ける。

 

「学長より、その旨は受け取っているの

 消えた友を辿る歩みに、わたしが関われるなら

 それは小さな縁の再接続

 有益であるかは定かではないけれど

 持ち得る記憶は、静かに差し出すつもり」

 

 ララクは小さくうなずく。今回の呼び出しは、学長を通して行ったものだ。怪人と遭遇した当日の話を聞くために。

 

「友人、キミは、えっとクエディーカくんと同級生なんだよね?」

 

 確認するように問いかけると、少女は少しだけ視線を遠くに流す。

 

「彼は空を渡る装置に心を預けていて

 わたしはその傍らで、手を貸していたの

 風を読むように機体を操って

 落ちてくるマシュマロを受け止めるくらいには

 あの小さな飛行体と、呼吸を合わせられるようになった」

 

「ドローン、って万能なんだね」

 

 ララクはわずかに苦笑する。最先端の技術で作られた小型飛行体。その用途の広さに、改めて感心する。

 

 そして表情を引き締め、目的に戻る。

 

「それでキミに確認したいのは、目撃した怪人がこの様子と似ているかって事なんだ」

 

 一歩近づき、メモと写真の間に挟んでいた白い紙を取り出す。そこにはララクの手書きの絵。ラクガキに近い、というよりはデフォルメされたキャラの絵に近かった。ララクとしてはリアルな頭身で描いたつもりなのだが、どうも縮んでしまった。【筆適性】のおかげで、妙に線が綺麗だった。

 

黒い人型、顔を覆う仮面、そして淡く添えられた紫の光。

 

 記憶を頼りに描いた、あの怪人の輪郭だった

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