怪人の自作絵を見ると、女子生徒はこくんと頷く。
「酷似しているよ。禍々しさをまといながらも、どこか整った均衡を保っていて、異質でありながら形として完成されている体」
ララクはその反応を受け、わずかに息を吐く。
「言質がとれてよかった。そうか、やっぱりこの学校に潜入していた形跡があるんだな」
確認を終えたうえで、視線を戻す。次に問うべき内容は、これまでよりも踏み込んだものになる。わずかに間を置き、呼吸を整えてから口を開いた。
「キミは、その怪人がクエディーカくん本人だと思うかい?」
問いは静かだが、芯を突いている。
少女はすぐには答えず、ゆっくりと首を巡らせる。視線がわずかに宙を漂い、思考をなぞるように動いた後、やがて小さく首を横に振る。
「ただの噂話。消失と出現の時期が重なっているから、人がそこに意味を見出したくなるのも分かるけれど、それだけで結びつけるにはあまりに粗い連想」
落ち着いた調子だった。
学院内で囁かれている、怪人と天才少年の亡霊を結びつける話。その存在自体は、彼女もすでに知っているようだった。
だが、それを否定する材料も同時に持っている。
「……クエディーカは、私と、そうねあなたと身長がそう変わらないから。だけど黒衣の者は、二頭身ぐらい離れていた気がする」
その言葉に、ララクの思考が一気に引き戻される。
「……!」
雨の中で対峙したあの存在。濡れた地面、視界を歪ませる水の幕。その中で感じた圧と距離。見上げる形で捉えた輪郭。
記憶が、はっきりとした実感を伴って蘇る。
「身長は盲点だった。成長期とはいえ、いきなりそこまで変化するのは不自然か」
ララクは低く呟く。
重要なのは時期だ。
クエディーカが爆発事件に巻き込まれた数か月後には、すでに怪人の目撃証言が出ている。
ララクが遭遇したのはそこからさらに2年後。成長による体格差があっても不自然ではない。特に男子であればなおさらだ。
だが、目の前の少女が目撃したのは、その初期段階。
当時の彼を知る者からすれば、その変化は急激すぎる。
友人の姿として受け入れるには、明らかに時間が足りない。
ララクはわずかに視線を落とし、思考を巡らせる。
断片だった情報が、少しずつ形を持ち始めていた。
「……過去を思い出すのは辛いと思うけど、貴重な情報提供をありがとう」
「気にしないで。思い出すことは常日頃からやっていることだから」
淡く言い残し、少女は踵を返す。裾の長いズボンが床を擦り、乾いた音が規則的に遠ざかっていく。振り返ることもなく、そのまま廊下の奥へと消えていった。
静けさが戻る。
ララクはしばらくその背を見送っていたが、やがて小さく息を吐き、手元の紙を閉じた。
その頃、少女は一人、廊下を歩きながら過去へと意識を沈めていた。
視界に重なるのは、屋外の光景。風の通る開けた場所。空は高く、遮るものは何もない。
その中心で、ドローンが軽やかに浮かんでいる。
その傍らに立つのは、クエディーカ少年。
機体へ向ける視線は真っ直ぐで、指先の動きには無駄がない。制御に対する理解と没頭が、そのまま姿勢に表れていた。
『刮目していてね』
少女は小さく笑い、ドローンの上にマシュマロを乗せる。次の瞬間、機体を半回転させる。回転の勢いでマシュマロがふわりと宙へ放り出され、そのまま少女の方へと飛んでくる。
ぱくり、と口で受け止める。
頬が少しだけ膨らみ、声がわずかに崩れる。
『特技に認定しようと思うの』
柔らかく崩れた発音。それでもどこか誇らしげで、楽しげな響きがあった。
その様子を見て、クエディーカ少年は目を細める。
『エクセレントすぎるね。僕は戦闘技術、運送、捜索のためにそれらはチューニングした。だけど君は道芸に昇華させて見せた。操縦者は開発者の想像を超えてくる。僕もそんな使い手になりたいよ』
迷いのない称賛。言葉に一切の濁りがない。
クエディーカ少年は、少し堅い言い回しをするところがあった。だがそれは気取りではなく、思考をそのまま形にした結果だった。だからこそ、言葉には誠実さが宿る。
そして何より、相手を喜ばせることを自然に選べる性格だった。
少女はその記憶を胸の内でなぞる。
風の感触。ドローンの羽音。口に残る甘さ。クエディーカ少年の声。
ひとつひとつが、確かにそこにあった。
やがて足が止まる。
現実の廊下。人の気配。日常のざわめきが、ゆっくりと戻ってくる。
少女はわずかに目を伏せた。
(あなたではないと、理は静かに告げているの
けれど願いは別の方角を指し示していて
消えた軌跡の先に、もう一度だけ輪郭を求めているの)
心の奥で、言葉が静かに揺れる。
それは否定でも肯定でもない。ただ残り続ける余白のようなものだった。
少女は再び歩き出す。
過去と現在の境界をまたぎながら、その足取りは変わらず静かだった。