祝・追放 11   作:高見南純平

6 / 47
第446話

 怪人の自作絵を見ると、女子生徒はこくんと頷く。

「酷似しているよ。禍々しさをまといながらも、どこか整った均衡を保っていて、異質でありながら形として完成されている体」

 ララクはその反応を受け、わずかに息を吐く。

「言質がとれてよかった。そうか、やっぱりこの学校に潜入していた形跡があるんだな」

 確認を終えたうえで、視線を戻す。次に問うべき内容は、これまでよりも踏み込んだものになる。わずかに間を置き、呼吸を整えてから口を開いた。

「キミは、その怪人がクエディーカくん本人だと思うかい?」

 問いは静かだが、芯を突いている。

 少女はすぐには答えず、ゆっくりと首を巡らせる。視線がわずかに宙を漂い、思考をなぞるように動いた後、やがて小さく首を横に振る。

「ただの噂話。消失と出現の時期が重なっているから、人がそこに意味を見出したくなるのも分かるけれど、それだけで結びつけるにはあまりに粗い連想」

 落ち着いた調子だった。

 学院内で囁かれている、怪人と天才少年の亡霊を結びつける話。その存在自体は、彼女もすでに知っているようだった。

 だが、それを否定する材料も同時に持っている。

「……クエディーカは、私と、そうねあなたと身長がそう変わらないから。だけど黒衣の者は、二頭身ぐらい離れていた気がする」

 その言葉に、ララクの思考が一気に引き戻される。

「……!」

 雨の中で対峙したあの存在。濡れた地面、視界を歪ませる水の幕。その中で感じた圧と距離。見上げる形で捉えた輪郭。

 記憶が、はっきりとした実感を伴って蘇る。

「身長は盲点だった。成長期とはいえ、いきなりそこまで変化するのは不自然か」

 ララクは低く呟く。

 重要なのは時期だ。

 クエディーカが爆発事件に巻き込まれた数か月後には、すでに怪人の目撃証言が出ている。

 ララクが遭遇したのはそこからさらに2年後。成長による体格差があっても不自然ではない。特に男子であればなおさらだ。

 だが、目の前の少女が目撃したのは、その初期段階。

 当時の彼を知る者からすれば、その変化は急激すぎる。

 友人の姿として受け入れるには、明らかに時間が足りない。

 ララクはわずかに視線を落とし、思考を巡らせる。

 断片だった情報が、少しずつ形を持ち始めていた。

「……過去を思い出すのは辛いと思うけど、貴重な情報提供をありがとう」

「気にしないで。思い出すことは常日頃からやっていることだから」

 淡く言い残し、少女は踵を返す。裾の長いズボンが床を擦り、乾いた音が規則的に遠ざかっていく。振り返ることもなく、そのまま廊下の奥へと消えていった。

 静けさが戻る。

 ララクはしばらくその背を見送っていたが、やがて小さく息を吐き、手元の紙を閉じた。

 その頃、少女は一人、廊下を歩きながら過去へと意識を沈めていた。

 視界に重なるのは、屋外の光景。風の通る開けた場所。空は高く、遮るものは何もない。

 その中心で、ドローンが軽やかに浮かんでいる。

 その傍らに立つのは、クエディーカ少年。

 機体へ向ける視線は真っ直ぐで、指先の動きには無駄がない。制御に対する理解と没頭が、そのまま姿勢に表れていた。

『刮目していてね』

 少女は小さく笑い、ドローンの上にマシュマロを乗せる。次の瞬間、機体を半回転させる。回転の勢いでマシュマロがふわりと宙へ放り出され、そのまま少女の方へと飛んでくる。

 ぱくり、と口で受け止める。

 頬が少しだけ膨らみ、声がわずかに崩れる。

『特技に認定しようと思うの』

 柔らかく崩れた発音。それでもどこか誇らしげで、楽しげな響きがあった。

 その様子を見て、クエディーカ少年は目を細める。

『エクセレントすぎるね。僕は戦闘技術、運送、捜索のためにそれらはチューニングした。だけど君は道芸に昇華させて見せた。操縦者は開発者の想像を超えてくる。僕もそんな使い手になりたいよ』

 迷いのない称賛。言葉に一切の濁りがない。

 クエディーカ少年は、少し堅い言い回しをするところがあった。だがそれは気取りではなく、思考をそのまま形にした結果だった。だからこそ、言葉には誠実さが宿る。

 そして何より、相手を喜ばせることを自然に選べる性格だった。

 少女はその記憶を胸の内でなぞる。

 風の感触。ドローンの羽音。口に残る甘さ。クエディーカ少年の声。

 ひとつひとつが、確かにそこにあった。

 やがて足が止まる。

 現実の廊下。人の気配。日常のざわめきが、ゆっくりと戻ってくる。

 少女はわずかに目を伏せた。

(あなたではないと、理は静かに告げているの

 けれど願いは別の方角を指し示していて

 消えた軌跡の先に、もう一度だけ輪郭を求めているの)

 心の奥で、言葉が静かに揺れる。

 それは否定でも肯定でもない。ただ残り続ける余白のようなものだった。

 少女は再び歩き出す。

 過去と現在の境界をまたぎながら、その足取りは変わらず静かだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。