祝・追放 11   作:高見南純平

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第447話

学院の校庭エリアから少し外れた場所に、農作エリアが広がっている。整えられた花壇の列、その奥には実際に収穫して食べることもできる野菜や果物の畑が続く。土の匂いと水気を含んだ空気が、校舎とは違う落ち着きを作っていた。

 

その一角で作業をしているのは、学生服ではなく作業服に着替えた男子生徒、カライジだった。背が高く、骨格のしっかりした体で、鍬を振るたびに土が規則的に返されていく。力任せではない。土の重さや湿り気を確かめながら、均等に耕していく手つきには慣れがある。

 

ひと区画を終えると、カライジは立ち上がり、隣に植えられた花へと歩く。背丈ほどもある茎の先に、まだ硬く閉じたつぼみをつけている花だった。淡く光を帯びる薄紫の花弁を内に秘めたその植物は、陽光を受けてわずかに脈動するように見える。

 

「学際までには、満開になりそうだな」

 

静かに言いながら、水を与える。土に染み込んでいく水音と、葉がわずかに揺れる気配。

 

その花はルミナスブロッサム。野生では過酷な環境でも自生する強さを持つ一方で、人工的な環境下での安定した開花条件はまだ確立されていない。カライジがここで育てているのは、その再現のためだった。

 

彼は冒険者志望であり、同時に農業にも強い関心を持っている。外の環境でしか得られない知見を持ち帰り、それを管理された土地で再現する。そのために冒険へ出る。それが彼の動機だった。

 

その後ろ、少し離れたベンチに、レッツタが座っている。背もたれに体を預け、視線はどこか一点に固定されている。

 

ひらひらと舞う蝶。

 

その軌道を追いながら、思考を巡らせていた。

 

(あの小ささで飛行形態を維持していける秘訣は……)

 

羽ばたきの周期、空気の抵抗、質量と推進力のバランス。見えているのはただの蝶でも、レッツタの中では分解され、再構築されていく。

 

やがて作業を一段落させたカライジが、額の汗を拭いながら歩いてくる。そのままベンチに腰を下ろし、持っていたスポーツドリンクを一気に飲み干した。

 

「はぁ……、あとでまた、あっちの手足としてこき使われに行きますか」

 

軽く息を吐きながら、校庭の方向へ視線を向ける。

 

可変魔獣グレグリーライノの解体は、すでに前日で終わっている。校庭にあった巨体は跡形もなく消え、作業員の姿もない。切り分けられた素材はそれぞれの目的に応じて分配され、核となる重要部位はサイフウの元へ。カライジたちも一部を預かり、農具への応用を試みている。残りは売却され、研究資金として回される予定だった。

 

そんな静けさを取り戻した校庭で、別の熱が生まれていた。

 

「よっし、動け! クリスタルロッド」

 

ゼマが声を張り、天高くロッドを掲げる。魔晶石とグレグリーライノのスキル機構を組み込んだ試作品。光を受けて内部の結晶がわずかに輝く。

 

しかし次の瞬間、その勢いは途切れる。

 

「……あらららら。なんか、【伸縮自在】すら発動しないけど」

 

拍子抜けしたようにロッドを見下ろすゼマ。その隣に、すぐさまサイフウが駆け寄る。

 

「……調和できていないのかな、元の技術と。プロとアマの差か」

 

冷静に呟きながらロッドを受け取り、そのまま校庭の端に設けられた簡易作業場へと移動する。台の上に置き、外装を慎重に開いていく。内部構造は繊細で、ほんのわずかなズレでも機能に影響する。

 

細い工具で内部を削り、調整を重ねる。ロッドは外部端末に接続され、構造と魔力の流れが画面に映し出されていた。見えないはずの内部が、数値と波形で可視化されていく。

 

「これで再挑戦で、ゼマ先生」

 

調整を終え、ロッドを差し出す。

 

「うっし、今度こそ可動せよ!」

 

ゼマが受け取り、魔力を流し込む。その瞬間だった。

 

形が、変わる。

 

「っお、成功じゃない……って、うあわぁ!」

 

ロッドの先端が枝分かれする。一本だったはずの形状が、複数へと分裂し、うねるように伸び始める。【可変型】と【伸縮自在】が同時に発動し、制御が追いつかない。

 

ぐにゃりと歪みながら増殖するように広がり、暴走に近い挙動で空間を侵食していく。伸びた先端が地面へ突き刺さり、さらに別の方向へと分岐する。

 

「ちょ、ちょっと待ってこれ止まらないんだけど!?」

 

ゼマの声に焦りが混じる。

 

その一部が、サイフウの方向へと伸びる。

 

「予想通り予想外」

 

短く言い切り、サイフウは即座に距離を取る。足運びに無駄がなく、反応は速い。冒険者志望として鍛えられた身体が、危険からの離脱を迷いなく選択する。

 

暴走するロッドはなおも形を変え続け、校庭の地面に不規則な軌跡を刻んでいった。

 

「ダメじゃこりゃ」

 

ゼマはあっさりと手を放す。魔力の供給が途切れた瞬間、暴れていたロッドは徐々に動きを鈍らせ、枝分かれしていた先端が引き戻されるように収束していく。地面に突き刺さっていた部分も抜け、歪んだ軌跡だけを残して、やがて最初の一本の形へと戻った。

 

静まり返った空気の中、わずかに土の崩れる音だけが残る。

 

「これはララク先生に、【伸縮自在】の【スキル付与】を解いてもらった方がいいね」

 

軽く言いながら、ゼマは肩を回す。

 

このロッドには、ララクの力によって【伸縮自在】が付与されている。本来の構造に、外部からスキルを重ねた状態。それが【可変型】と干渉し、制御不能な形で同時発動を引き起こしていた。

 

サイフウはロッドを拾い上げ、先端の状態を確認する。表面に傷はないが、内部の調整が甘いことは明らかだった。

 

(同時運用はまだ早い……なら、まずは一つずつ)

 

思考を整理する。機能を絞り、制御精度を優先する。段階的に組み上げるしかない。

 

視線を落としたまま、わずかに眉を寄せる。

 

その横で、ゼマはロッドを眺めながら、どこか楽しげに口元を緩めていた。

 

「学生って、研究って自由で解放的だな」

 

ぽつりとこぼれる言葉。失敗の残骸すら、どこか新鮮に映っている。

 

ゼマは田舎の出身だった。限られた環境の中で積み上げてきた経験とは違い、この学院には設備も人材も揃っている。試して、壊して、また組み直す。その循環が当たり前のように許されている空気。

 

それを実感するように、もう一度校庭を見渡す。

 

サイフウはその言葉を聞きながらも、ロッドの構造に意識を戻していた。先ほどの暴走の軌跡を頭の中でなぞり、どこで制御が破綻したのかを分解していく。

 

静かな校庭に、再び思考の密度が満ちていった。

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