サイフウとゼマが校庭で試行錯誤を続ける様子を、少し離れた農作エリアからカライジは眺めていた。暴走したロッドの軌跡がまだ地面に残り、2人のやり取りが遠目にも分かる。技術と発想がぶつかり合う中心から一歩引いた場所で、土の匂いに包まれながら、その光景を静かに見つめていた。
「ま~だ、俺たちの出番はありそうだな」
ぽつりとこぼす。雑用でも何でも構わない。関われる余地があるなら、そこに入りたいという意志が滲む。
隣のレッツタに視線を向けるが、相変わらず反応はない。蝶の軌道を目で追いながら、思考の奥へ沈んでいる。
「はぁ、でもなぁ、それだけで俺との距離が縮むとは思わないんだよな~。俺に眼中ないっていうか、武器に集中しているっていうか。ゼマ先生の方が好感度高いでしょ、あれ」
肩を落とし、視線だけが自然とサイフウへ向く。整った所作、無駄のない動き。才色兼備という言葉がそのまま形になったような存在。
「な~んか、ソロで冒険者やるつもりらしいさぁ。一緒に仲間になるルートを探してるんだけどさぁ……。レッツタ、お前でもこの難題は解決できないか?」
その一言が引き金になる。
レッツタの首が、ぐいとカライジの方へ向いた。
視線が合う。思考が一気にこちらへと向けられる気配。
レッツタと会話するのは難しくない。問いを投げればいい。ただし、その分だけ全力で返ってくる。
「俺らとサイフウが一緒に行動したのは、以前のクエストくらいだしね。カライジと結ばれる可能性は、米粒よりも極小な気がするよ」
淡々とした口調。だが内容は容赦がない。
「……っげ……。この3年間、臆して接近できなかったしわが、押し寄せてるな……」
現実を突きつけられ、カライジは顔をしかめる。
「卒業までの期間で高密度な関係になりたいなら、荒療治でも彼女の心を引き寄せる必要がある」
「強引でも、そんな方法があるのかよ」
「古から伝わるシンプルながら効果があるのか証明されていない方法が1つあるよ」
「おいおい、エビデンスないのかよ」
「物事の最初に根拠なんてないだろう。カライジが第一人者になればいい」
言い切る。その言葉が、不思議と背中を押す。
「……お前、やる気にさせるようなこと言うなぁ」
小さく笑いながらも、その胸の内には確かに火が灯る。今まで踏み出せなかった距離。ほとんどゼロに近い可能性。それでも、わずかでも上げられるなら試す価値はある。
「それでその昔からの方法って?」
前のめりに問うカライジに対し、レッツタはほんのわずかに口元を動かす。
「カライジの活躍が必須、だし、俺の力が必要不可欠だ」
その表情が、ほんの一瞬だけ変わったように見えた。
珍しく、楽しんでいるような気配。
カライジはそのまま、真剣な顔で耳を傾ける。
その秘策の全容を聞くために。
◇◇◇
学生たちが学際に向けて学院で作業を進めるその裏側で、最先端の国ヌーツの都市にそびえるトレンドタワー。その内部、かつて爆発事故のあった階層の一角にある研究室で、激しい衝突音が響いていた。
「【ライトニングナックル】!」
「出力最大鋼拳」
ほぼ同時に放たれた声。次の瞬間、2つの拳が一直線にぶつかり合い、そのまま互いの頬を打ち抜く。鈍い衝撃が空間を震わせ、空気が一瞬だけ押し潰されるように歪む。
ララク・ストリーンの拳には雷が宿っていた。弾ける光が軌跡を描き、打撃の余波として散る。一方、その衝撃を正面から受け止めたのは、メタリックボディに覆われた人型ユニット、アーク。機械の躯体がわずかに軋み、だがその動作は一切乱れない。
衝突の反動で、両者の体が同時に弾かれる。数歩分、床を滑るように後退し、ようやく静止する。
ララクはすぐに体勢を立て直し、呼吸を整える。胸が上下し、わずかに肩が揺れる。対してアークは、まるで最初から動いていなかったかのように、静かに構えを維持していた。
その時、室内に別の声が割り込む。
「一度、アークの熱を冷まそう。キミも継続戦闘で、休息を挟みたい頃だろ」
モニター越しではなく、直接響く落ち着いた声。
「ふぅ……、えぇ。アークとの戦闘は、死闘に近しいですから」
ララクは短く応じ、頬に触れる。殴られた箇所にじんとした感覚が残っている。完全に制御された打撃とはいえ、その威力は容赦がない。
アークに一瞥を送り、ララクは戦闘室を後にする。
扉を抜けると、空気が変わる。そこは戦闘訓練室ではなく、研究室だった。机の上にはパソコンや化学器具が無造作に広がり、資料や部品が積み重なっている。整然とは程遠いが、使われ続けている痕跡が濃い空間。
ここはプロフェッサー・モドムの専用研究室。
モニターの前には、その本人が座り込むようにして画面を見つめていた。姿勢は崩れているが、意識は完全に内部へと向いている。
ララクはその様子を一瞥し、慣れた動作で棚へ向かう。コップを取り、粉末を入れ、ポットから湯を注ぐ。湯気が立ち上り、ほんのりと甘い香りが広がる。
そのままコップを手に、軽く息をつく。
今日は一日、プロフェッサー・モドムとアークに付き合っていた。戦闘と検証、その繰り返し。その合間に訪れるわずかな休息が、身体にじんわりと染みていく。