「場数を踏んでいるであろう君に問うけど、実際アークの戦闘力はどう思う? 君はレベルで測れる強さじゃないからね、理屈が欲しいんだ」
モニターから目を離さないまま、プロフェッサー・モドムが問いを投げる。画面には先ほどの戦闘ログが流れ、数値と波形が絶えず更新されていた。
ララクはココアを一口飲み、わずかに息を整えてから口を開く。
「直感で言えば、ボクと互角。という感じですかね。毒や睡眠などの状態異常スキルが効かないので、純粋なパワー勝負になります。殺意に近しい本気で戦ってますけど、なかなか損傷させることも出来ませんし」
拳を当てた感触を思い出す。確かに命中している。それでも決定的な破壊には至らない。硬度だけではなく、受け流し方や姿勢制御まで計算されているような手応え。
「君からのお墨付きほど嬉しいものはないな」
画面の数値を追いながら、モドムの口元がわずかに緩む。
「そんな、ボクも成長途中……だと思いますよ」
ララクは肩の力を抜きながら返す。だが、その言葉の裏には確かな実感がある。まだ届かない領域があるという認識。
「はは、君はレベルアップの可能性を秘めているもんな。そうだ、アークはレベルで換算するとどの帯だと考える?」
その問いに、ララクは少しだけ視線を上げる。思考の中で、これまで戦ってきた相手と比較していく。
「レベル70台は余裕でしょうね。この前、それぐらいのモンスターと戦ったんですけど、同じかそれ以上の手ごわさを感じます。戦闘力もそうですけど、ボクの動きに合わせてくる、えっと人工知能、AIでしたか。それが厄介で」
言いながら、先ほどのやり取りが頭をよぎる。
ララクが放ったナックル。その軌道とタイミングに合わせ、アークも同様の打撃で応じてきた。単なる反応ではなく、予測と選択が含まれている動き。
野生のモンスターにも知能の高い個体は存在する。だがそれとは質が違う。経験の蓄積ではなく、瞬時に最適解へ近づいてくるような思考。
その異質さを、ララクははっきりと感じていた。
「君とやり合えるなら、戦闘力の課題は山積みではなさそうだ」
プロフェッサー・リードはそう言いながら、手元のカップを持ち上げる。立ち上る湯気の中に、強い酸味の香りが混ざる。ひと口含み、わずかに目を細めてから、視線だけをララクへ向けた。
「これは私のクエスト依頼ではないけれど、学院のほうは順調なのかい?」
研究の話題から、自然に別の領域へ移る。その切り替えの速さに、ララクは軽く背筋を伸ばして応じた。
「はい、そちらのクエストは成功しそうです。今ゼマさんと生徒さんたちが武器の改良をしています」
校庭の光景が脳裏をよぎる。暴走しかけた試作品、それを制御しようとする試行錯誤。まだ完成には遠いが、確実に前へ進んでいる感触。
「それじゃあ学長もにんまりだな。……怪人、そして爆発事故については?」
一瞬だけ、空気が変わる。軽い話題から、核心へ。
ララクはココアのカップを少しだけ見つめてから、言葉を選ぶ。
「……警察の人たちや冒険者方が調べた以上の事は、あまり……。ただ怪人は、学院と関係がある人物ということは間違いがなさそうです。いずれ、再び遭遇できればいいんですけど」
ここ数日、ララクは単独で調査を続けていた。プロフェッサー・リード、冒険者アカラヘア、天才少年クエディーカ。その3人の足取りを辿り、関連する場所をいくつも回った。目撃証言や映像も拾い上げたが、爆発事故に直結する決定的な要素は見つからない。
そして何より、事故以降の怪人の目撃情報が、途絶えている。
「私も、それが目当てというわけではないんだけど、今度学院に赴くことになったよ」
「っえ、モドムさんも? あ、でも学長とお知り合いなんですもんね」
ララクは少しだけ驚いた様子で顔を上げる。
「前々から学際の来賓として来てくれないかとは言われていたんだ。丁度いいから、発表会にも参加しようと思って」
「発表会、ゼマさんたちも出ると言っていました。ということは、モドムさんの研究は……」
問いの先を察したように、プロフェッサーは軽く頷く。
「当然、アークだよ。その過程で君の事も話すことになるかもしれないが、了承してくれるかい?」
「それは断る権利ないですよ。協力内容のクエストですから」 ララクは即答する。むしろ当然だというように。
「っま、それ前提で、論文は作っているけれど」
わずかに肩をすくめるプロフェッサー。その軽さの裏に、すでに準備が進んでいる確信が見える。
ララクは一度頷いてから、ふと思い出したように口を開く。
「でも、お言葉ですが、アークは学院でも動くんでしょうか?」
戦闘訓練室の環境は特殊だ。あの精度と出力を、そのまま外で再現できるのかという疑問。
「ノーでありイエスだね。今、魔力制御システムを会場に配備して貰っている。あとアーク本体と接続すれば、あの部屋のような動きは可能だ」
さらりと言うが、その裏には大規模な準備がある。空間全体を制御するための設備、それを前提とした動作設計。
「なら十分、その性能を公に伝えられますね」
ララクは静かに言う。戦闘力だけでなく、その再現性と公開性。それが揃えば、技術としての価値は一段上がる。
研究室の中、機材の光が静かに明滅する中で、2人の会話は次の段階へと進もうとしていた。
「だが私の悲願は完全自立制御。君のようにあれほど稼働できるのに、何故かアークの知能だけでは直立することが出来ない」
プロフェッサー・リードはモニターに映る挙動ログを指でなぞりながら言う。拳の軌道、関節の角度、出力の変動。どれも理想に近い数値を示しているにもかかわらず、ある一点だけが噛み合っていない。
「不思議ですよね、もう人以上の躍動感があるのに」
ララクは率直に返す。戦闘中の動きは、すでに人の領域を越えている。反応速度、精度、再現性。そのどれを取っても完成度は高い。
「私は人体も、機器も深く理解しているつもりなんだが、ここまで二足を再現するのが難しいとは」
言葉の端に、わずかな苛立ちと執念が滲む。理論上は到達しているはずの領域。それが現実では成立しない。
「人体の神秘、ということでしょうか」
ララクはココアを持ったまま、少し首を傾ける。
「そうだなぁ、それとアークの限界なのかもしれない」
「限界?」
その単語に、ララクの視線がわずかに鋭くなる。
「アークには、自分で動く意思がない。あったとしても私に創られたものだ。歩き出す、という行為は、私たちが理解するよりも強き信念が必要な行動なのかもしれない」
リードは椅子にもたれながら、天井へと視線を向ける。単なる運動制御ではない。そこにあるのは選択であり、意思であり、理由だ。
「……ボクたちからしたら当たり前な事が、機械には再現できない……。となると、アークはボディ面ではなく、AIの進化により自立が可能になる、ってことでしょうか」
ララクの言葉はゆっくりと形になる。戦闘の中で感じた違和感。それは肉体ではなく、判断の起点にあった。
「……それが一番の可能性かな。……確かに、ララクくんと同レベルなら肉体強度は過剰ともいえる。これからは、ブレインの方に注力するべきか」
結論に至ると同時に、迷いは消える。リードはカップを手に取り、そのまま残っていたコーヒーを一気に飲み干した。強い酸味が喉を通り抜ける。
「君との会話は、新しいものが生まれる兆しを感じさせてくれる」
その言葉には、純粋な興味と期待が込められている。
「ボクも、最先端の現場に居合わせられて光栄な思いでいっぱいです」
ララクはそう返し、ココアを口に運ぶ。甘さが広がり、わずかに口元に色が残る。気づいていないまま、軽く息をつく。
その様子を見て、リードは小さく笑みを浮かべる。張り詰めた議論の中に残る、年相応の無防備さ。
ララクはティッシュを取り、口元を拭う。研究室の空気は変わらないが、その一瞬だけ、わずかに柔らいだ。