万博に行ってきました☆   作:永多真澄

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万博とタイムマシン

「先輩、万博に行きたいんスよ……」

 

 学祭が終わり、どこか燃え尽きた雰囲気の十月初頭。夏の名残の風が構内を吹き抜け、未だ青い銀杏並木をさざめかせていた。

 いっぽう理工学部棟の隅にあるSF研の部室は、西日を遮るために日焼けしたポスターで窓を目張りされ、いつも薄暗く、散らかっていて小汚い。壊れかけの空調は生きてるんだか死んでるんだかわからない音を立てている。季節感はゼロだ。

 

 狭い部屋の中央、長机を挟んで向かい側。

 しおれたパーカーをやる気なく着こなした後輩が、虚空をじっと眺めながらそのようなことを言った。

 肩までの髪をひとつに結んで、目だけやたらギラギラしているこの女――入学と同時にSF研に迷い込んできたストレンジャー――を、僕はただ「後輩」と呼んでいる。

 本名を聞いた気もするが、記憶の海に消えた。特に不便はないので、それで通している。

 

「行けばいいじゃん」

 

 僕――後輩には「先輩」とだけ呼ばれている大学3年生の冴えない男――は、ノートPCから目を離さずに答えた。

 明日に迫るレポートの締切に追われ現実逃避に来たら、現実逃避の化身みたいな輩に絡まれている。悲しいが、いつもの事だ。

 

「いや、違くて」

 

 後輩が咎めるように視線を僕に移したので、仕方なくキーボードを叩くのを止める。

 

「今やってる大阪・関西万博じゃなくて、EXPO'70……1970年当時の大阪万博に行きたいんスよ。太陽の塔!」

 

 ばさりと大仰に両手を広げる。その拍子に机の上の紙束が崩れて床に散らばった。僕は冷ややかな目をして言った。

 

「あとで拾っとけよ」

 

「先輩、太陽の塔っスよ? あのでっかい顔がドーン! 背中にも顔ドーン! 中にうねうねがドーン! ロマンじゃないスか」

 

「万博記念公園行けよ」

 

「違うんスよ。リアルタイムのパッションを感じたいんスよ!」

 

 後輩はバンバンと机をたたいて主張した。残っていた紙束が抵抗もむなしく床に散る。僕は鼻を鳴らして半眼になる。

 1970年大阪万博。記録映像やフィルムで見たことがある程度の、遠い昔のイベントだ。

 

「あのなあ。残念ながらそのイベントは50年も前に終わってる。大阪までの旅費はバイトで工面するにしても、過ぎた時間までは買い戻せないだろ。タイムマシンにアテでもあるのか?」

 

「それなんスよ~。タイムマシン、欲しいっスよね~」

 

 後輩は、机に頬杖をついて遠い目をした。

 

「人類はなぜ、未だ時間旅行を実現しえないのか……。一般相対性理論、量子論、はたまた予算不足」

 

「まぁ、そんな研究に予算は付かないだろうな」

 

「やっぱ予算ッスか~。JAXAの研究費を全額タイムマシンに回せばワンチャン」

 

「雀の涙だろ。せめてNASAって言え」

 

「あそこも落ち目じゃないっスか」

 

 与太の応酬が続く。所詮二人しか部員のいない弱小サークルはいつもこんなもんだ。新作アニメの感想、古い小説の話、現実離れしたガジェットの妄想。

 僕は結局、そんな気安く何の役にも立たない空気が割と好きで、何となく居座り続けている。

 

「70年の現地って、どんな感じだったんスかねえ」

 

 後輩が、空の紙コップをくるくる回しながら言う。

 

「やっぱ、未来! って感じだったんスかね。パビリオンとか。あ~でも70年だとまだエアコンそんな普及してないっスかね? 夏場ヤバそう」

 

「知らんがな。僕、まだ生まれてないし」

 

「先輩、『生まれてないから知りません』で片付けるの良くないスよ。時間旅行者の矜持はどこにやっちゃったんスか」

 

「ハナから持っとらんわ。……とりあえず、今よりは涼しいんじゃないか。真夏でも30℃とかの時代だし」

 

「最近死ぬほど暑いっスもんね~」

 

 そんなふうに今日も、他愛のない与太話で時間は過ぎる。気付けばすっかり夕方だ。ポスターの隙間から、オレンジ色の光が細く差し込んでいる。

 僕は結局レポートを一行も進められないまま、ノートPCを閉じた。

 

「っし、帰るわ。レポートは未来の僕に託す」

 

「いい判断っス。未来の可能性は無限大っスからね。過去は変えられないっスけど」

 

「なんかフラグっぽいからやめろ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 半月後。

 またしても、僕はレポートから逃げて部室にいた。進捗は聞くな。

 

「先輩~~!」

 

 廊下の向こうから景気のいい声が聞こえてきた。今日も元気なことだ。

 僕がノートPCを諦めの心境で閉じるのと同時に、ガラッと乱暴にドアが開いた。

 

 息を弾ませ、戸口で仁王立ちしている後輩が、何かを抱えている。

 それは、金属とプラスチックとケーブルがごちゃ混ぜになった、電子レンジと公衆電話の中間のようなものだ。

 

 ………………なんだそれ。

 

「見てくださいよこれ!!」

 

「駅前のTSUTAYAで爆弾の作り方が書いてある本でも買ったか?」

 

「ちがいますよ! 夢とロマンの結晶っス!」

 

 机にドンと置かれたそれは、見るほどに奇妙な物体Xだった。上部に透明なドームが被さっていて、中で青白い光がぐるぐる回っている。

 側面にはやたらと無意味そうなダイヤルとスイッチの群れ。そして、マジックで雑に書かれた文字。

 

《TIME MACHINE 1.0》

 

「……いやいやいや」

 

 僕はこめかみを押さえた。

 

「お前な、いまさらこんな。学祭はもう終わったぞ」

 

「ややや、マジなんスよ! ひょんなことからタイムマシン、できちゃったんスよ!」

 

 後輩は目をぎらつかせて、満面の笑みで胸を張る。僕はズレたメガネを直した。

 

「ひょんなことから、って言えば何でも通ると思うなよ」

 

「いやマジなんスよ。ほら、学祭前。教授が『余ってる部品、欲しい奴いたら持ってけ』って言ってたじゃないスか」

 

「ああ、研究室の大掃除ね」

 

「それでジャンク箱漁ってたら、なんか凄そうなチップとか、怪しいコイルとか、謎のフレームとか出てきてですね」

 

「既製品しか置いてなかったろ」

 

「それをこう、インスピレーションの赴くままにがッチャンコして、プログラムをダッと書いて、ガーッて焼き込んで、パパッと配線したら、なんか動いたんスよ!」

 

「全部擬音やめろ」

 

 後輩のなにも伝わらない説明はともかく、僕は謎の物体Xに目をやる。

 ……たしかに、目の前の装置は「なんか動いて」いる。低いハミングが唸り、周期的に光が明滅する見た目は確かに、なんというか、それっぽい。僕はゴクリと喉を鳴らしていた。

 

「で、これが……?」

 

「そうっス! 名付けて『なんか1970年大阪万博行けそうマシン』!」

 

「ネーミングセンスどこで落としてきた」

 

 あんまりな名付けに呆れながらも、僕は少しだけ……少なからず……結構……だいぶ……盛大に、好奇心をそそられていた。

 しょうがないだろう、SF好きのサガだ。

 

「動作実験はしたのか? 何が起きる」

 

 決して信じているわけではないが……僕は得意げな後輩に尋ねた。まってましたとばかりに後輩の目がぎらつく。

 

「それがですね、どーも時間座標を弄れるっぽいんスよ」

 

「時間座標?」

 

「見たほうが早いっスね」

 

 後輩は装置の横に取り付けられた、古い液晶パネルを指差した。そこには、日付と時刻が表示されている。

 

【2025/10/20 15:34:12】

 

「……今日の日付だな」

 

 大阪・関西万博が閉幕してちょうど1週間だ。万博には結局行けなかったな。

 

「これ、リアルタイムで今の時間を読んでるんス。で、ここをこうすると――」

 

 後輩がダイヤルをぐるぐる回すと、日付部分が「2025」から「1970」に変わった。

 

【1970/03/15 00:00:00】

 

「な?」

 

「な? じゃねえよ。表示変えただけだろうが」

 

「ふふふ、ここからが本番っス」

 

 後輩は、装置の横についている大きな赤いボタンを誇らしげに見せつけた。大型の加工機械なんかについている、緊急停止釦だ。これを押すのか?

 

「これ押すと、どうなるんだ」

 

「時間座標をこの値に固定して、対象オブジェクトを時空間的に転送するんス!」

 

「日本語でおk」

 

「かいつまむと、対象に指定した物体が、設定したその時間にワープする……はずっス!」

 

「はず」

 

「ややや、ちゃんと実験はしたっスよ。昨日」

 

 後輩は、バッグからよくわからないロボットのミニフィグを取り出した。

 

「この子を対象に指定して、日付をちょっと過去にして、ポチッとやると――」

 

「やると?」

 

「……いつの間にか、机の下に落ちてたっス」

 

「時間移動っていうか瞬間移動じゃん。いや、十分頭おかしいんだけど」

 

「ん~~、過去に存在した同一個体と重複しちゃって位置ズレしたんじゃないかなって思うんスけど」

 

「これ現実の話だよな?」

 

 僕は急に重くなった眉間を数度揉みこんだ。明らかに荒唐無稽な話である。いつもの妄想、与太の類。そのはずだ。

 それなのに……それなのに、後輩の目の輝きは、本気そのものなのだ。僕はぶるりと体が震えた。

 

「…………いや、流石に信じられんて。ありえんだろそれは」

 

「信じらんない気持ちはわかるっスよ~。自分でも半信半疑っス。でも、もし本物だったら」

 

「……だったら?」

 

 そんな僕の気も知らずに、後輩はにやーっと笑って、ガッと僕の肩に腕を回した。

 

「こないだ自分が『万博行きたい』って言った時、先輩、『行けばいいじゃん』って言いましたよね」

 

 いや言ったけども。あれは大阪・関西万博のことで――

 

「というわけで、先輩。行きましょう、1970年の大阪万博に」

 

 後輩はしれっと言った。帰りにマック寄りましょう、くらいのノリで言った。

 僕は頭を抱えた。

 こいつのノリには毎回巻き込まれてきたが、さすがにタイムマシンは度が過ぎている。僕は絡みつく後輩の腕をうっとおしげに払うと、ズレたメガネを直した。

 

「……仮に時間移動できるとして、実験データが少なすぎる。人体にどんな影響が出るかもわかってないんだろ? さすがにこえーよ」

 

「あー、ですよねえ……。さっき、教授にちょっと話しに行こうとしたんスよ。『ひょんなことから時間座標いじれる装置作ったっぽいんスけど』って」

 

「黄色い救急車呼ばれなかった?」

 

「それが見事に捕まんなくて」

 

「完全に逃げられたな」

 

「だから、先輩から聞いてほしいんスよ~。教授、先輩のこと気に入ってるみたいですし」

 

「気に入られてるかぁ……?」

 

 だが、教授のリアクションは少し気になった。

 タイムマシン作ったなんて、普通は鼻で笑うか、バカにするなと怒るかのどっちかだろうけど。

 

「わかったよ。今から聞きに行くか」

 

「ヒュゥ! さすが先輩!」

 

 後輩は身を乗り出してきて、目をぎらぎらさせた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「…………君たちは何を言っとるのかね」

 

 強面の教授は、雁首揃えたバカ二人(僕たちのことだ)を見下げて、ひどく嘆かわしそうに溜息をついた。

 

「だいいち、1970年の大阪万博は太陽の塔の爆発事故で大勢の犠牲者が出た大惨事だろう。そのように茶化すのは感心せんぞ」

 

 えっ、太陽の塔が爆発した!?!?

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