そして次回から遂に………。
「で、どうする?」
「いやいや拾える訳ないじゃん!!」
私がそういった瞬間に。
━━━もうどなってもいいんだぁ!!ひっく。
━━━ガッシャーーン!!
━━━あおーん。
━━━キキーーっ。
酔っ払いの叫び声とガラスの割れる音に野良犬の遠吠えと車の乱暴なブレーキ音が矢継ぎ早に聞こえてきた。
急に治安が悪くなったな。こんな町だったっけか。
まぁ放置は危ないか、警察に届けよう……。
「お~よちよち。可愛いね~」
「勝手に持つな!!!」
私が考えを巡らしている内にこの男はっ………。
「一旦、俺の家に入れるよ。ここに置く訳にもいかないし」
「………え」
「いや、引くなや。あ、でもオムツとかいるのか」
「なんで育てる気なの~」
「今日は金曜の夜。土日休みで月曜が祝日。はっきり言ってどこに預けたらいいか分からんけど少なくとも警察じゃない」
「となるとやっぱり保育所とか、保健所、市役所になる。でもどこもだいたい土日開いてないし祝日も同じ」
「とりあえずこの三日間は俺たちで凌ぐしかない」
……すごいな。
ただ普通にそう思った。
大人というか、私よりもずっと余裕があるんだなって。
「てな訳で、いったん彩葉の家に置いてて。おむつとか買ってくる」
「え、あ、わ、分かった」
朔夜の指示に従うまま、私はこの謎の赤ん坊を抱きながら自分の部屋に入った。
「ふぅ………とりあえず一安心かな」
「え、え、え………」
「え、いやちょっと待って待って待ってお願いだから!」
「ふええええええええええええん!!!!!」
赤ん坊が伝家の宝刀を引き抜いた。
満身の不満を、己に許された唯一可能な方法で訴え続けた結果、
━━━どんっ!
お隣さんからの壁への一撃を招いた。
「か、壁ドン………初めてされた…」
ショックを感じている暇もなく、一呼吸おいて赤ん坊がその暴力じみた声を振り回す。
「ふやぁぁぁぁぁぁ!!!」
━━━ドンッ!!ドンッ!!
泣き声も壁ドンも鳴りやまない。ど、どうしよ。
私が悩みに悩み続けた結果、無意識的に電話をかけていた。
(って、何してんの私!!朔夜に聞いて分かるか!!)
「どうした彩葉。なんか問題?」
別に用がないと言って切るのもどこか失礼な気がしたので、私はありのままを伝えた。
「え、えと、赤ちゃんが泣き出して泣き止んでくれなくて」
「……子守歌」
「子守歌?そんなん分かんないって!お母さんの記憶とかお説教しかないよ!」
「……なんでもいい!彩葉が一番心が安らぐ歌!!それ歌ってあげろ!」
(私が一番、安らぐ………歌)
思い浮かんだのは、一曲だけだった。
相も変わらずどこまでいっても私はヤチヨのファンらしい。
「大切なメロディーは━━流れてるよ━━あなたのハートに━━」
『Remember』
一番も終わらないうちに赤ちゃんは眠りについていた。
「ヤチヨパワーすげ~」
「ごめんね、朔夜。急に電話しちゃって」
「……え、あ、いや別に。もう大丈夫だろ?俺も着いたからもう切るわ」
「うん、何から何までありがとね」
ツーツーと、通話が切れた音がするのと同時に眠気が私を襲ってきた。
何とか眠っている赤ちゃんを布団に横たわらせて、私もそのまま横になった。
(あとは………朔夜が何とかしてくれるよね………)
幼馴染に後を託して、私は心地よく眠りについた。
□
赤い通話終了ボタンを押すのと同時に、溜まっていた息を吐きだした。
(……心臓に悪い!!)
そもそもこんな至近距離で彩葉の声を聴いたのは小学生以来。
あの頃はどっちも男女の仲なんて気にしてなかったけど、
(今となっては………)
彩葉は美人だと思う。
事実として学校でも何人か告ってるらしいし、バイト先でも常連客によく言い寄られてる。
(綺麗な歌声だったな………)
それこそ、そこら辺のライバーとは勝負にならない程だ。
彩葉もライバーすれば、なんて邪推はしない。
あいつは勉強して、いい大学に行って、就職して………
きっとどこかの誰かと結婚するんだろう。
だって引く手数多だろうしな。
その席に、俺は多分着けない。
別に、悲劇のヒロインぶってんじゃない。ただ現実を知ってるだけだ。
彩葉は昔から何でも出来た。勉強も、運動も、人付き合いも。
その一歩後をずっと付いてってたのが俺だ。
あいつの真似をしたら、嫌いな勉強も意外にできた。
運動はコツをそのまま教わった。
人との会話で笑顔を絶やさないのも、彩葉の真似事だ。
そんな真似事しか出来ない自分が嫌で、ツクヨミでライバーとやらをやってみた。
最初は全然うまくいかなかったけど、友達とかに色んなコツを聞いたりしたり。
今となっちゃまぁまぁ有名になれた。
(結局、トップは取れそうにないけれども………)
KASSENの大会でも万年二位。
チームの誘いは来るけれども、別に入る気はない。
学生は勉強をしなければ、という殊勝な心得があるわけじゃない。
(………一緒の大学行きたいし)
自分の考えを整理するだけで、どれだけ彩葉の事が出てくるかおもしろい程だ。
結局、俺は彩葉が好きらしい。
理由は………ありすぎてよく分からない。
顔が可愛いとか、歌が上手いとか、頭がいいとか。
そういう分かりやすい理由も、もちろんある。
でも多分、それだけじゃない。
小さい頃からずっと隣にいたとか、
気付いたら一緒に帰るのが当たり前になってたとか、
気付いたらお互いに一番最初に相談する相手になってたとか。
そういう、よく分からない積み重ねの結果なんだと思う。
(……きもいな俺)
自分で考えてて、ちょっと引く。
いや、かなり引く。
でもまぁ、今さらどうこうするつもりもない。
別に告白するとか、そんな勇気はないし。
仮にしたところで、成功する未来もあんまり見えない。
それに。
(今の関係、嫌いじゃないしな)
幼馴染━━便利な言葉だ。
近すぎず、遠すぎず。
一緒にいても不自然じゃなくて、でも踏み込みすぎてもいけない。
……まぁ、その距離に甘えてるだけなんだけど。
俺はコンビニ袋を持ち直した。
中身がガサッと音を立てる。
オムツ。ミルク。ガーゼ。
(ほんと何してんだろうな、俺)
高校生の夜の買い物としては、完全におかしい。
しかも理由が、電柱から出てきた赤ちゃん。
意味が分からない。
いや、マジで。
普通に考えたら夢オチ案件。
でもまぁ。
(彩葉があんな顔してたらな)
あいつ、結構パニックになってたし。
強がってるけど、ああいう時は割と脆い。
……いや、違うか。
弱いんじゃなくて、責任感が強すぎるんだ。
放っておいたら、多分一人で全部抱え込む。
だからまぁ、三日くらいは付き合うしかないか。
どうせ連休だし。
ゲームの大会予選も来週だし。
……それに。
(ちょっとくらい頼られるのも悪くない)
そんなことを考えている自分に、少しだけ笑ってしまう。
結局俺は彩葉の隣にいる理由を、必死に探してるだけなんだろう。
理由なんてなくても、昔からずっと隣にいたのに。
「……まぁいいか」
俺はアパートの階段を上りながら、小さく呟いた。
とりあえず今は。
電柱から出てきた赤ちゃんと、幼馴染と、訳の分からない三連休を乗り切ることだけ考えよう。
多分それだけで、十二分に忙しい。
□
「さ、朔夜!!」
「はいはいお湯沸かしますよっと」
相変わらず私が全部言わずとも分かってくれる幼馴染だこと。
て、泣いちゃってる!!
「ほらほら~大丈夫だよ~」
「ううっ」
「ほら彩葉。子守歌」
「わ、分かったから………ちょっと耳栓してて」
「なんでだよ!もう一回聞いてるっての!!」
「いいから着けて!!」
「分かった分かった分かりました!!」
全く………私は人前で歌うなんてとても出来やしない。
それは幼馴染の前でも、ネットの海の中でも変わらない。
「大切なメロディーは━━流れてるよ━━あなたのハートに━━」
「ふひひひ」
相変わらず、この歌がこの子は好きなようだ。
赤ちゃんはよく泣いたけど、それ以上によく笑った。
一度笑ったら、また次の笑顔が見たくなる。
子供が生まれると子供中心の生活になるとは聞いてたけど、まさしく子供を笑わせる為に三連休が過ぎていた。
「もういい~?」
「あぁ、うん。いいよ」
そう言えば、三連休の間ずっと朔夜も私の部屋にいて手伝ってくれた。
流石に寝てる時は自分の部屋に帰ってたけど。
同じアパートだからって少し面倒を見てくれ過ぎな気もするけれど、まぁ昔からそんなもんか。
でもお礼はちゃんと言わないと。
「朔夜」
「ん?どうした?」
うちの洗い場に立っている朔夜にも見慣れたものだ。
「その………ありがとね。三連休」
「は?何が?」
「ずっと手伝ってくれたじゃん。朔夜も勉強したかったんじゃないの?」
実際に私がそうだ。
この三連休は勉強に捧げるつもりだったというのに。
赤ちゃん中心の生活になってしまって、まともに机にも向かえていない。
「まぁ………俺的には彩葉の方が大事だし」
「………え?」
「いや、そんな深い意味ないけど!いや俺的には!彩葉を超える為に勉強やってるんだし?まぁ彩葉が勉強してない時に俺だけするのはズル~みたいな(いや俺なに言ってんの?バカなの?)」
「ふ………ふふ………」
「笑い堪えるな!せめて普通に笑え!!」
「いやちょっとっ………意味不明過ぎてっ………」
私を笑わせる為じゃないって事だけは分かる。
天然ボケというやつだろうか。
でも、久しぶりに腹の底から笑いっていうのが出てきた気がする。
「ありがと、朔夜。ちょっと元気でた」
「さいですか。そりゃ幼馴染冥利に尽きますわ」
「私、お風呂入ってくる。赤ちゃん見てて」
「うぃ~。お~やっぱかわいい」
□
「ん~、いい湯でした~。朔夜も部屋に帰って………」
「す~………」
「す~………」
私がお風呂を上がった時には、朔夜と赤ちゃんは壁に寄りかかって仲良く眠りに付いてた。
「まったく………どっちも可愛く寝息立てちゃって」
私は朔夜に抱かれてる赤ちゃんの顔を覗き込む。
気持ちよさそうだ。よかったよかった。
そしてそのまま私は、朔夜の顔も覗き込む。
(まつ毛なっが)
もしかしたら私よりも長いかもしれない。
全体で見ても相変わらず、昔から顔の整ってるやつだ。女の子みたい。
配信者でもして、顔出し配信なんてしたら人気は爆増だろうに。
(ま、そんな事は言わないけどね)
実際に朔夜はあんまり興味はなさそう。
あ、でもKASSENはやってるんだっけ。朔夜の友達が言っていた気がする。
聞くところによると、凄腕だとか。
(器用だよね……昔から)
朔夜は昔から上達が滅茶苦茶に早かった。
私がちょろっと基礎を教えただけで、私以上のスピードでそれを発展させて応用させて。
━━━もっと効率よくやり。神代さん家の子みたいに。
また母の言葉が出てくる。
だからって、朔夜を嫌いになるなんて事は無かったけど。
(あれ………)
そうして朔夜の顔を眺めてると、違和感に気づいた。
すごい隈だ。多分化粧か何かで隠してたんだろうけど、今はそれが少し取れている。
━━ピロン。
すると、朔夜のスマホから通知音が鳴った。
好奇心のままに私はそれを覗き込む。
どうやら朔夜は調べものをしていて、寝落ちしてしまったようだ。
検索アプリが開かれていて、スマホの上から通知の合図が出ていた。
『赤ちゃんを育てているそこの夫さんへ!!今回紹介するコツは………』
表示できる文字数に限界が来たようで、文章はそこで途切れていた。
そして検索アプリの履歴にはズラリと。
『赤ちゃん、抱っこの仕方』
『赤ちゃん、ミルクの飲ませ方』
『赤ちゃん、哺乳瓶洗い方』
こういったものばかりが並んでいた。
妙に手馴れているなとは、思ったけれど。
(………バカ)
ちょっとは、頼って欲しかった。
小さい頃なんて、ずっと私が頼りっぱなしだったのに。
(明日、ちょっとちゃんと話そう)
どこまでいっても私と朔夜は幼馴染だ。
頼ってばかりじゃいけない。それは対等な関係じゃない。
(………私も寝よっかな)
畳んだ布団に抱き着きながら、私は眠りに落ちた。