前話の話なのですが、朔夜自身の月人であった時や幼少期のヤチヨとの記憶はヤチヨが消していました。
でなければ、かぐや視点でなんで朔夜が覚えてないか分からないですね。
七年後。
「酒寄所長~。あはようございま~す」
「はい。おはよ~」
「あ、神代副所長も~。お疲れ様で~す」
「…………」
「あれ?」
「朔夜は昨日頑張ってたからね。今寝てるの」
「仮眠室あるのに…………」
今日もまた、彼らの
□
「はっ……!」
「おはよ、朔夜」
眼を覚ますと、振り返った彩葉に声を掛けられた。
「………どんくらい寝てた?」
「多分4時間くらい?」
「…………」
「ヤチヨが怒るよ~?」
「はいはい」
頭を起こす為に、俺は研究所の仮眠室に行って顔を洗った。
(髪伸びたかな~)
そう言えば何日間、家に帰ってないのか分かんないな。
(でも、まじでもうちょいだし…………)
そう思って、俺はほっぺを叩いて改めて気合を入れなおす。
「うっし、ラスト調整」
「そっちは良い感じなんだ?」
フォンッとスマートウォッチからヤチヨが出現した。
まったくもって心臓に悪い。
「もち。今週中には調整が終わる……はず」
「じゃあさじゃあさ!ツクヨミでおめでと会しよ!」
「終わってないのに?」
「だからこそ!」
「…りょ~かい。じゃあ土曜な」
「やった~☆」
ヤチヨは消えて、おそらく今頃彩葉に報告しに行ってるんだろう。
「さてと、やりますか」
俺は自分の机に座り、そしてコーヒーを一飲み。
そして俺は、文字通りこのクソでかいパソコン内に
月人である俺は、パソコン内部にも余裕で入れる。機材ならなんでもござれだ。
そして俺はある機材に入り込み、隙間なく、チェックを始める。
(待ってろよ…………かぐや)
□
「「「かんぱ~~い!!」」」
今日は土曜日。ヤチヨと約束してたおめでと会の日だ。
「はい、ヤチヨ」
「ありがと朔夜~」
ヤチヨに、皿に盛りつけたパンケーキを手渡す。
生クリーム、イチゴジャム、イチゴ全部乗せの一品だ。
ヤチヨは三段に積まれたパンケーキの一番上をフォークでぶっさし。
「あ~~ん!」
そして一口で一枚目を平らげた。
「ん~~~~!!!!
「うん。味覚に問題はないね」
彩葉もハムハムとパンケーキを頬張る。
いつでも研究者目線は怖すぎるんですが。
「やっぱ朔夜は天才だね~☆」
二枚目を口に放り込む前にヤチヨが嬉しそうに言ってくる。
今から、5年前くらいかな。
それくらいにツクヨミに味覚、嗅覚は実装できるプログラミングは出来た。
大学一年でぱぱ~っと作ったから最初の精度はまぁひどかったけど。
でも、倫理的な問題もあって実装出来たのは去年だ。
ヤチヨっていうAIがいて~。プレイヤーごとに管理して~と、言いまくったら、お偉いさん方もなんとか認めてくれた。
「彩葉の方はどう?」
ヤチヨが首をかしげる。
「完成したよ。もういつ来てもばっちり」
二人が話してるのはかぐやのボディの事だ。
人工義体。
ゼロから作んのはまぁ~大変だった。
「で、俺の方はちょうど昨日チェックが終わったと」
「遂に……だね」
「緊張してんの?」
「そ、そりゃするでしょ!」
「な~んで。ダイジョブダイジョブ。俺と彩葉で作ったんだ、心配なんてないっての」
「それはまぁ………そうだけど…………」
「……ヤチヨも手伝ったもん~!!」
ヤチヨが分裂して、俺と彩葉に一体ずつ飛びこんできた。
ヤチヨがぴこぴこと跳ねるみたいに騒いで、俺は思わず眉をひそめた。
「うるさいうるさい。分裂してまで主張すんな」
「だって大事な日じゃ~ん!」
「……まあ、それはそう」
彩葉はフォークを置いて、いつもの無表情のままこくりと頷いた。
「明日、最終実験するよ」
その一言で、さっきまでの甘ったるかった空気が少しだけ引き締まる。
ヤチヨも流石に察したのか、俺の肩からひょこっと顔を出したまま黙った。
「成功率は?」
俺が訊くと、彩葉は一拍置いてから答えた。
「限りなく百に近い。でも百じゃない」
「研究者らしいこった」
「朔夜だってそうじゃん」
その通りすぎて、俺は苦笑するしかなかった。
かぐやを取り戻すための準備は、全部終わった。
ボディは完成。感覚同期も問題なし。人格保存領域も、俺が何度も潜って点検した。
あと足りないのは――最後の一押しだけだ。
「……なあ」
気づけば、そんな声が漏れていた。
「もし、会ったかぐやがさ」
自分でも情けないくらい弱い声だった。
「俺のこと、忘れてたらどうする?」
可能性としてはある。
俺はヤチヨが廻る筈だった輪廻をぶっ壊そうとしてるんだ。
ヤチヨが俺の記憶を思い出したのと同じようには、いってないかもしれない。
ヤチヨは何も言わなかった。
彩葉だけが、まっすぐ俺を見た。
「その時は、また思い出を作ればいい」
「簡単に言うなあ……」
「簡単じゃない。でも、朔夜はきっとそうするよ」
彩葉の声音は静かだったけど、不思議とそれが一番、胸に響いた。
ヤチヨもようやく口を開く。
「だいじょうぶだよ」
珍しく、ふざけない声だった。
「だって
その言葉に、俺は少しだけ目を伏せる。
怖い。
そりゃ怖いに決まってる。
七年だ。
かぐやが待った時間としては、笑っちゃうくらい長い。
でも、やっとここまで来たんだ。
「……よし」
俺は立ち上がって、俺の皿の上の最後のパンケーキを口に放り込んだ。
…………二枚はヤチヨに食べられてたんだけど。
□
ヤチヨとかぐやは同一人物。
今この瞬間の時間軸には、二人は同時に存在している。
この矛盾は、月のかぐやがタイムスリップする事によって解決される。
未来での事象が、現在に影響を与えているこの状況を利用する。
「時間軸を固定する??」
「タイムスリップだって出来るんだ。月の技術使えばいける」
ヤチヨが内在してる時間軸の固定。
かぐやとヤチヨが、もしこの場で会った場合、消えるのはおそらくヤチヨの方だ。
ヤチヨがタイムスリップしている以上、時間軸をずらしているのはヤチヨの筈。
だから、ヤチヨの時間軸を固定する。
でも、それはかぐやが俺に月で再会した瞬間じゃないといけない。
その瞬間にヤチヨの存在は確定されず、ヤチヨは消える。
「じゃ、行ってくる」
月に行けるのは俺だけ。ヤチヨは論外。
地球の人はそもそも行けない。
「頑張って」
彩葉が抱えた画面越しにヤチヨに励まされる。
消えるかもしれない事を忘れたかのような、その吞気さに思わず笑みがこぼれる。
「……もし、ヤチヨが消えたらさ」
俺は、何気ない風を装って口を開いた。
けど、多分。
声はちょっとだけ掠れてた。
画面の中のヤチヨは、ぱちぱちと瞬きをする。
「ん~?」
「いや……だから」
言葉にしようとすると、妙に喉が詰まる。
「朔夜」
隣から、彩葉が呆れたように口を開いた。
「その言い方は、重いんじゃない?」
「いや、別に…………」
「だって遺言みたい」
「そこまでじゃねぇよ!?」
ヤチヨがぶふっと吹き出す。
「たしかに~!朔夜、急にシリアス入るんだもん!」
「お前らなぁ……」
二対一。どうやら完全に分が悪い。
彩葉は小さく肩をすくめる。
「そもそも、まだ確定じゃないし」
「……まあな」
「時間固定が成功したら残る可能性もある。逆に、理論通りなら消える」
「最後の最後で運ゲーみたいに言うなよ。俺、頑張ったのに」
「科学です」
「むぅ……大体合ってる」
ヤチヨがけらけら笑いながら、画面の中をぴょこぴょこ飛び回る。
「でもねでもね!」
「ん?」
「もし消えても、私は結構満足だよ?」
その言葉に、俺は眉を寄せた。
そもそも、そんな事を言うとは思ってもいなかったし。
「簡単に言うな」
「簡単じゃないよ~?」
ヤチヨは笑ったまま続ける。
「だって七年もこんなに楽しかったし!」
「…………」
「朔夜と彩葉といっぱい遊べたし、いっぱい怒られたし!」
「主にヤチヨが悪さするからな」
「あとパンケーキいっぱい食べた!」
「そこ最重要事項?」
「重要です!」
びしっとヤチヨが胸を張る。
彩葉がふっと笑った。
「確かに、味覚が出来てからはツクヨミに行く度にパンケーキ食べてたね」
「えへへ~☆」
いつも通りの、騒がしい空気。
でも、その明るさが逆に胸に刺さる。
ヤチヨは、本当は怖がってないわけじゃない。
多分。
それでも、最後まで笑ってようとしてる。
「……ヤチヨはさ」
俺はぽつりと呟く。
「なんでそんな普通でいれるんだ?」
ヤチヨは少しだけきょとんとして、それから笑った。
「だってぇ」
その声は、びっくりするくらい柔らかかった。
「二人はかぐやを助けたいって思ってくれたから」
「…………」
「それに、二人がここまで頑張ったの、私ずっと見てたし」
ヤチヨは画面越しに、まっすぐ俺を見る。
「だから最後で怖がって止まるの、もったいないじゃん?」
その言葉に、何も返せなくなる。かぐやらしさ全開だな。
彩葉が静かに口を開いた。
「……ヤチヨは強いね」
「えへへ~。でしょ~?」
「いや、ほんとに」
彩葉は、少しだけ優しい顔で笑った。
「私だけじゃ耐えられなかったよ」
「二人がいてくれて本当に良かった」
彩葉は小さくため息をついた。
「七年だもん」
その一言だけだった。
でも、それで十分だった。
七年。
ずっと一緒にいた。
研究所にも。
日常にも。
この非日常の真ん中にも。
だから消えるかもしれないって事実が、こんなにも重い。
「……絶対、無駄にしない」
気づけば、そんな言葉が出ていた。
ヤチヨが、嬉しそうに笑う。
「うん!」
「ちゃんとかぐや連れて帰ってきてね!」
「任せろ」
俺達は、互いに両手のピースを突き出す。
「「「ピースからの~ちょっきんからの~コンッ!!」」」
研究所の奥で、転移装置が低く唸る。
彩葉がゲートへ視線を向けた。
「朔夜」
「あいよ」
俺は深く息を吸う。
「……行ってくる」
七年前に別れたお姫様を、今度こそ迎えに行く為に。
□
「お久しぶりですね…………とでも言えばいいか?」
「お前は…………」
俺の転送位置は俺が決めた。
「よ、俺を生んだ人たち」
月のお偉いさん方々の目の前に、俺の意識は転送された。
「ちょいちょい。急になぐりかかってくるはないだろ」
ひらりと拳を交わすと、一人はそのままこけて畳に激突した。
「先に言っとく。俺はこの世界を丸ごとハッキングした。消そうと思えば、いつでも世界ごと消せる」
「つ、つまらぬ嘘をっ…………」
「ほんとだっての。あんたから消えるか?」
俺が手をかざすと、そいつの右足はプツンと世界が閉じて消えた。
「はい、俺らに痛みはないけど分かったろ」
「…………くそっっ…………」
「そんなに俺が嫌いかよ」
「…………」
「だんまり。お話にならないっての」
やっとの事で、片足を引きずりそいつは元いた席に戻った。
うだうだやる気はない。さっさと本題から入る。
「俺の目的は一つ。かぐや返せ」
「………貴様ごときに!姫を渡せるか!!」
「話は最後まで聞け。俺だって無条件とも思ってない」
「こっちから出すのは全自動の事務処理のプログラミングだ。これがあれば、かぐやはお前らにとって要らない」
一番えらそうなやつが、少し悩んだ末に口にした。
「断る」
「なんでだ」
「姫は、この国に欠けてはならぬ存在なのだ」
「欠けてた時期はあっただろ」
「失敗から学ぶのだ。あの時、国がどれだけ荒れたかはお主は知るまい」
「…………」
「姫様は月の象徴。民の支え。心そのものだ」
「だから閉じ込める?」
俺が返すと、空気がぴりついた。
老人の一人が、ぎろりと俺を睨む。
「貴様に何が分かる!」
「分かるね」
俺は即答した。
「少なくとも、かぐやが死ぬほど面倒くさがってたのは知ってる」
その瞬間に、部屋が静まり返った。
「…………」
「お前ら、
畳の上を、一歩進む。
「国の為。
民の為。
月の為」
吐き捨てるみたいに言葉を並べた。
「でも、
「姫様はお優しい御方だ。必ず理解される」
「理解した上で苦しんでんだろうが」
俺の声が、少し低くなったのが自分でも分かった。
「そもそもな。じゃあなんでお前らは俺を生み出したんだよ」
「…………」
「仕事を早くする為?かぐやを見張る為?どうせちげぇだろ」
「お前らが俺を生んだのは、俺を次期、月の王にする為だ」
「…………」
長老どもは沈黙を貫いている。
「お前らは地球を観測してた」
「羨ましかったんだろ」
「自由ってものが」
確信を突かれたようで、明らかに冷や汗を形どった何かを流す。
「俺らの想像以上に、人間は自由だよ」
「だから、お前らの気持ちも痛いほど分かる」
「お前らは月に、
「…………」
まだ、沈黙を続ける。
「その作戦は見事に成功。俺っていう
「ウイルスは存在するだけで、月に感情を広げていった」
「でも、そのおっそい速度に我慢できなかったお前らはもっと促進させようとした」
「だから俺をかぐやに会わせたんだろ」
「かぐやは有名人も有名人。周りは当然、俺に注目した」
「爆発的に、感情は拡散。お前らのたくらみはハッピーエンド」
「って訳にもいかなかった」
「俺っていうウイルスは感情の統制も行ってた。無意識だけどな」
「俺が地球に行った後。これは俺の推測だけど、起きたんだろ」
「一揆、反乱、もしくはお前らへの暗殺ってところか?」
「…………暗殺だ」
やっとこさ重い腰をあげたようで、長老は口を開いた。
「チキンなお前らは俺の痕跡全てを月から消す事によって、月をリセットした」
「………合っているとも」
「…………バカらしい」
「自由が欲しかったくせに、いざ感情が暴れたら怖くなった」
「だから全部消した?」
「都合悪くなったから、俺ごと?」
長老の一人が、ぎりっと歯を食いしばる。
「……あれは、必要な処置だった」
「必要?」
「感情を生み出したのはお前らだろうが」
「制御出来ぬ感情など毒でしかない!」
「じゃあなんで欲しがった」
俺が一歩踏み出す。
畳に、重い音が落ちた。
「人間を見て、羨ましかったんだろ」
「泣いて。笑って。怒って」
「誰かを好きになって」
「そういう無駄に憧れた」
「…………」
「なのに、いざ本当に手に入ったら怖くなった」
俺は、長老たちを見渡す。
「だから月は、いつまで経っても半端なんだよ」
その言葉に、空気が張り詰めた。
一人が立ち上がる。
「貴様……!」
「違うか?」
即座に返す。
「お前らは想いを知った。でも、責任は持てなかった」
「…………っ」
図星だったんだろう。
誰も反論しない。
俺は小さく息を吐いた。
「俺はさ」
声が、少しだけ静かになる。
「別に月を壊したいわけじゃない」
「…………?」
「むしろ逆だ」
地球で過ごして。
彩葉を好きになって。
友達だってできて。
色んなものを見たから分かる。
「感情ってのは、面倒くさい」
長老たちが黙って聞いている。
「苦しいし、失敗するし、後悔もする」
「でも、それでも」
俺は笑った。
「だから、生きてるって感じるんだろ」
━━━━━カタン。
俺がそう言うと、俺の後ろから襖を開ける音が緩やかに部屋を包んだ。
「朔夜…………?」
俺は振り返らずに、手のひらに抱えていた起動スイッチを押す。
ヤチヨの時間軸固定装置の発動スイッチ。数コンマ遅れたかもだが、今は心配しても仕方ない。
「久ぶ………うぉぉ!!」
「さくや!!さくやぁぁ!!!
振り向く前に後ろから抱き着かれて俺は前に倒れる。
「ちょ、待っ……!」
勢いそのままに押し倒され、俺は畳に顔面から突っ込んだ。
「いっっっっだぁ!?」
「朔夜!朔夜!ほんとに朔夜!?」
「そうだよ!離れろ暑い!!」
「やだ!!」
ぎゅうううううっと。
背中から回された腕に、さらに力が入る。
……いや、ほんとに離れねぇ。
後ろで長老たちが絶句してる気配がした。
「姫様っ……!」
「きゃ~うるさ~い。今忙しいから後にして~」
「忙しいって……」
「七年ぶりの再会だよ!?」
「そうだけど!」
俺がなんとか身体を起こすと、かぐやは俺の肩を掴んだまま、じっと顔を覗き込んできた。
金色の髪。
泣きそうなくらい嬉しそうな顔。
でも、その目だけは七年前より少し大人びていた気がした。
「……ほんとに来てくれた」
ぽつりと。
小さな声だった。
「あたりまえだろ」
「でも月だよ?」
「知ってる」
「めちゃくちゃ遠いよ?」
「知ってるって」
「七年だよ?」
「…………知ってる」
その瞬間。
かぐやの瞳が、ふにゃっと崩れた。
「ばかぁ……」
ぽす、と頭が俺の肩に落ちる。
「遅いよぉ……」
「悪かったって」
「いっぱい寂しかった……」
「…………うん」
俺はゆっくり、かぐやの頭を撫でた。
その感触に、かぐやがぴくっと肩を震わせる。
「……忘れて、なかったんだね」
「忘れないよ」
むしろ。
忘れられるわけがなかった。
七年間ずっと。
研究して。足掻いて。壊して。作って。
全部、かぐやに会う為だったんだから。
「……帰るぞ」
俺がそう言うと、かぐやは顔を上げた。
「へ?」
「地球」
「…………」
「迎えに来たんだから当然だろ」
数秒かぐやはぽかんと固まって。
「行く!!!!」
「声でっか!?」
後ろで長老たちがざわめいた。
「な、ならぬ!!」
「姫様がまた地球などに……!」
「月はどうなるのだ!!」
「知らねぇよ」
俺は即答した。
「少なくとも、かぐやを犠牲にして維持する国なんざ終わってる」
「貴様……!」
「あと安心しろ。仕事回るようにプログラムは残す」
「問題はそこでは……!」
「じゃあ何だよ」
俺は長老たちを見る。
「お前ら、本当は分かってんだろ」
静かに言った。
「かぐやは
その言葉に誰も返せなかった。
かぐやが、そっと俺の服を掴む。
「……朔夜」
「ん?」
「ほんとに、帰れるの?」
不安そうな声だった。
多分。
こいつも怖いんだ。
俺らは舟なんて用意してきてないし、当然だな。
それでも。
「帰れるよ」
俺は笑った。
「お前の身体は地球に用意してある」
「……身体?」
「彩葉と一緒に作った」
「え」
「超頑張った」
「えぇ……」
かぐやの顔が引きつる。
「なにそれ怖……」
「第一声それ?」
「だって朔夜の技術ちょっと変態寄りだし……」
「否定できねぇ……」
「否定してよ!?」
思わず吹き出した。
ああ、ほんとに。
帰ってきたんだな。
この空気。この会話。この騒がしさ。
全部、大事な宝物だ。
「……じゃ、行くか」
俺が立ち上がると、かぐやもその手を取って立ち上がる。
「ま、待て!!月の指導者はどうする!!」
「お前らがやれ」
「…………っ」
「地球にも、成功した指導者なんていないさ」
「でもな、次に俺かかぐやみたいな人を作ったらどうなるか」
「よく考えろ」
俺の言葉に、長老たちは黙る事しか出来なくなった。
「朔夜………こわ~い」
「ここ残りたい?」
「いや~~~!!」
俺は手を振るい、移動の準備をする。
元よりハッキングはできてたんだ。逃げるのもお茶の子さいさい。
「かぐや、もっと近づいてくれ」
「え、なんで?」
「意外とポータルが狭い。くっつかないと、意識が飛んでくぞ」
「あ、良い事思いついた!!お姫様抱っこして!!」
「はい?」
「はや~く~~~!!」
だめだな。こうなったらかぐやはもう聞かない。
「はいはい……首に手回して」
「分かった!」
「絶対離すなよ、
「っ…………うん!」
□
「で、かぐやは帰ってきたって訳」
『ほへ~~』
『ほ~~~ん』
『なる~~~~』
「信じてないな!ちょっと朔夜!これ消して!」
かぐやが配信画面の右上にある文字を手で擦って消そうとする。
そんなんで消えるか。
※この物語はフィクションです。
これがなかったらどうなってると思ってんだこのかぐや姫は。
「朔夜がかっこよかったって言いたかったのに~~!!」
『ニヤニヤ』
『ニヤニヤニヤ』
「ニヤニヤすな」
『かぐやちゃんがいなくなった後の配信のさっくーもかっこよかったけどな~?』
「あ、おい!」
「なになにそれ~!聞きたいぃ!」
『めっちゃ切り抜きとか出てるで』
『子宮が震えましたわ。男やけど』
かぐやが爆速で自分のパソコンに打ち込み、秒でその動画を特定した。
「うぉぉぉ!」
「なんでもう興奮してんだよ」
【雑談】今後のこととか
『うお、配信だ』
『久しぶり』
『かぐやちゃん卒業してから初?』
七年前の俺が、画面の向こうで軽く手を振る。
今より少し幼い顔。
まだ学生っぽさが残ってる。
「昔の朔夜だぁ~」
『ども~』
机の上には、マグカップのコーヒー。
『まあ、タイトル通り。今後のこと話そうかなって』
『チャンネルどうするん?』
『名前変える?』
『かぐやちゃんおらんやんもう』
そのコメントを見て、七年前の俺は「あ~」と小さく笑った。
『もうチャンネル名のかぐやって要らないんじゃないのかのって事だろ?』
隣で見ていたかぐやが「あっ……」と小さく声を漏らした。
かぐやいろPさっくーチャンネル。
元々は、かぐやが付けた名前だ。俺は長いって反対したけどな。
動画の中の俺は、少しだけ椅子にもたれた。
『まあ、普通に考えたら変えるべきなんだろうけど』
『でもさ』
『別に、いなくなったからって』
『無かったことになるわけじゃない』
コメント欄の流れが少し緩やかになる。
『……』
『たしかに』
『せやな』
『あいつがいた時間も』
『一緒にやってきたことも』
『俺の中では、ちゃんと残ってるし』
『だから、名前は変えない』
その声は、思ったよりずっと自然だった。
無理して明るくしてる感じじゃない。
『それに』
七年前の俺が、少しだけ笑う。
『………いつか、また戻ってくるかもしれないし』
『その時、かぐやの名前が無くなってたら困るだろ』
「…………」
隣で、かぐやが完全に固まってる。
「おーい」
「…………」
「かぐや?」
「……戻る場所、残してくれてたんだ」
小さな声だった。
画面の中では、昔の俺がコメント欄を見ながら苦笑している。
『いや別に重い意味じゃなくて』
『普通に。
『だから、残しとくよ』
その言葉にかぐやが、ふにゃっと笑った。
でも次の瞬間。
「好き~~~~!!!!」
「うおっ!?」
俺はかぐやに押し倒されて、ソファに寝転がされた。
「朔夜~~~!!好き好き好き~!!!」
「………はいはい、ありがと」
「温度差ぁ!!」
ぐりぐりと頬を押しつけられる。
重い。暑い。近い。
「ちょ、髪当たってくすぐった……!」
「えへへへ~♪」
完全にご機嫌モードに入ったかぐやは、俺の上に乗ったまま離れる気配がない。
配信コメントも大荒れだ。
『\1000 てぇてぇ』
『やっぱこれよ』
『\3000 かぐさくは強い』
『さっくー諦めろ』
「お前ら面白がってんじゃねぇ」
『だって嬉しそうだし』
『顔真っ赤で草』
「赤くない!」
「赤いよ?」
かぐやが至近距離でにやにやしてくる。
「近い近い近い」
「え~?七年分だよ~?」
「量がおかしいんだって……」
ガチャッ。
配信部屋の扉が開いた。
「うるさい」
「わぁ、ほんとに押し倒してる」
「「…………」」
俺とかぐやが同時に固まる。
彩葉とヤチヨだった。
しかもヤチヨは、今はもう画面の中じゃない。
白いパーカー姿の、かぐやよりも少し背が高い小柄な少女。
輝かしい白髪を揺らしながら、彩葉の隣でぱちぱちと瞬きをしている。
かぐやと同じ顔。でも雰囲気は全く違う。
「あ、ヤチヨ~!」
「かぐや~!」
次の瞬間、ヤチヨが勢いよく飛び込んできた。
「ぐぇっ!!?」
俺の上に、かぐや。
その上に、ヤチヨ。
圧死しかけた。
「ちょ、おま、重っ……!」
「えへへ~☆」
「かぐやだぁ~!」
「ヤチヨだぁ~!」
きゃっきゃしながら抱き合う二人。
『や、ヤチヨに体が!!!!????』
『どういう事だってばよ!!』
「は、配信してたの!?せ、説明して朔夜!!」
「無茶言うな!!」
彩葉が呆れた顔でため息をつく。
「だから言ったのに!一般公開はまだ早いって」
「俺のせい!?」
「朔夜のせい~」
ヤチヨが笑いながら、かぐやの頬をむにむに引っ張る。
二人共、実体が懐かしいのか体ができてからはよくこういう事をしている。
「えへへ~、ほんとに触れる~」
「そりゃ身体あるからね!」
ヤチヨの身体。
それは、かぐや用の義体を完成させる過程で生まれた副産物だった。
もし時間固定が成功して、ヤチヨが残れた時の為。
彩葉が保険として、もう一体分を用意していたのだ。
「普通、保険で身体作る?」
「作るでしょ」
「作らねぇよ」
「朔夜もノリノリだったくせに」
「…………」
否定できない。
だって全部上手くいった時に、一人だけ体がないなんてかわいそうじゃん。
「というか彩葉」
俺は二人に潰されながら言う。
「助けて」
「ん」
彩葉は頷いて。
そのままスマホを構えた。
カシャ。
「撮るなぁぁぁぁ!!」
『草』
『記念写真で草』
『家族写真かな?』
「家族……」
かぐやが、その言葉を小さく反芻する。
ヤチヨも一瞬だけ目を丸くして。
それから、ふにゃっと笑った。
「……いいね~それ」
彩葉も、小さく笑う。
「うん。そだね」
俺だけが、ソファに埋まりながら天井を見上げた。
「……俺に人権は?」
「ないよ~☆」
「なし!」
「ないね」
即答三連コンボ。
コメント欄はもう笑いの嵐だった。
でもその騒がしさが、妙に心地よかった。
七年前に想像だけが出来た未来。
月のお姫様と。
お姫様と同一人物のAIと。
天才の幼馴染。
そんな三人に囲まれて、俺は今日も三者三様で振り回されている。
楽しい事ばかりじゃないだろう。
喧嘩だってもちろんするだろう。
この先もきっと。
かぐやは騒ぐし、ヤチヨは悪ノリする。
彩葉は呆れながら全部まとめて、最後に俺へ飛んでくる。
最近は研究所より、家の方が疲れる。
無茶して。
失敗して。
彩葉に怒られて。
ヤチヨにも怒られて。
それでも、やめなかった。
今思えば、必死だったんだろう。
なのに不思議と、思い出すのは静かな記憶ばかりだ。
夜中のコンビニ。
研究所に差し込む朝日。
机に突っ伏して寝た俺に掛けられてた毛布。
人は多分、本当に大切だった時間ほど、うまく言葉に出来ない。
窓の外を見る。
地球の夜は騒がしい。
車の音。
誰かの笑い声。
眠らない街の明かり。
月は、静かだった。
綺麗なくらいに。
でも、綺麗すぎるものは少し寂しい。
何も壊れない代わりに、何も変わらないからだ。
地球は違う。
不格好で。
面倒くさくて。
感情ばっかり溢れてる。
好きだから苦しくなるし。
大切だから、不安になる。
本当に非効率だ。
でも、寂しさを知ったからこそ、人は誰かを求める。
失くしたくないと思ったから、手を伸ばす。
傷つくって分かってるのに、それでも隣にいたいと思ってしまう。
多分、それが
くだらない。
本当に。
でも、そんなくだらなさが、今は愛おしい。
昔の俺は、救いたいばかりだった。
かぐやを助けて。
連れ戻して。
笑わせたかった。
でも、本当に欲しかったものは、多分もっと簡単だ。
同じ時間を生きたかった。
朝を迎えて。
「おかえり」って言って。
くだらない事で笑い合う。
ただ、それだけ。
月が見える。
俺がいるはずだった場所。
遠くて。
静かで。
少しだけ寂しそうな光。
でも今は、あそこを不幸な場所だとは思わない。
あいつらも今の所は上手くやっているようだ。
あの月があったから。
俺は、かぐやに会えた。
だからきっと。
遠回りも。
痛みも。
失った時間も。
全部、無駄じゃなかった。
月のお姫様は、もう籠の中にはいない。
俺達はハッピーエンドの続きを、呼吸するみたいに普通に生きる。
これこそハッピーエンドを超える
遂に完結でございます~~。
長かったようで、短かったような。
皆さんの感想や、評価だったりのお陰でここまで来る事が出来ました!
本当にありがとうございます!
さてと、やっぱり完結後に楽しみといえば+αで何か書きたいですよね。
ここはみなさんにお任せしようかなと考えてます。
てな訳で書いて欲しいイベントであったり自分が前に言っていたルート分岐だったり、もうなんでもいいですけど、ご要望をお待ちしております。
え?EX-Yotogibanashi(R18)?もうまじで誰か書いてくんないかな………。書ける気しないですけど、まぁ一応は頑張ってはみます。
マジで無理だったら改めて言いますね。
感想ではなく、こちらに送ってください~。よろしくです~。
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