「配信、一旦切るか?」
「いやもうここまで来たら逆に切らない方が面白いだろ」
「コメント欄の勢いも過去一」
『伝説回確定』
『乃依ちゃん壊れた』
『さっくー保護案件』
『かわいすぎる』
「うぅ……なんでぇ……」
十歳くらいになった朔夜は、ぶかぶかの服の袖を引っ張りながら涙目になっていた。
その姿が、あまりにも破壊力が高い。
乃依は顔を覆ったまま深呼吸していた。
「……乃依」
雷が静かに声をかける。
「落ち着け」
「……むり」
「落ち着け」
「……がんばる」
「頑張ってそれかよww」
朝日が笑いを堪えながら言う。
乃依はしばらく無言だった。
呼吸を整えて。
何回か目を閉じて。
それからようやく、ゆっくり朔夜の方を見る。
「……さっくー」
「うん……?」
「………………」
だめだった。
可愛い。
しかも本人が全く自覚してない。
乃依は再び顔を押さえた。
「乃依お姉ちゃん?」
「ッッッ……!!!」
「うわまた致命傷だ」
「えぇ……?」
本人は本気で分かっていなかった。
むしろ困惑している。
その時だった。
ぴこん、と再びシステムウィンドウが浮かぶ。
『対象プレイヤーは現在、NPC保護対象状態です』
『一定時間ごとに恐怖値が上昇します』
『恐怖値上昇時、対象プレイヤーはパニック状態へ移行します』
『保護行動を推奨します』
「…………なんだろこれ?」
朔夜が小さい声で呟く。
それと同時に明かりが消え、教室の奥から。
ギギ………。
また、あの女が動いた。
「ぁ」
首が、ゆっくりこちらへ向く。
「────────ッ!!!」
女の方を見ていた朔夜がびくっと震えて、反射的に乃依の服を握りしめる。
『恐怖値上昇を確認』
『対象プレイヤーを安心させてください』
「あ、安心ってどうする………?」
「抱っこじゃね?」
乃依が聞くと、朝日が軽いノリで言った。
「…………え」
「いや、子供状態なんだし。理には適ってるだろ」
「………………」
乃依はゆっくり、朔夜を見る。
涙目。
小さい身体。
震える手。
そして。
「乃依お姉ちゃん……こわい……」
「────っ」
乃依は無言でしゃがみ込むと、そのまま朔夜を抱き上げた。
「わ、ぁ……!?」
びっくりするくらい軽かった。
朔夜は突然の浮遊感に目を丸くしている。
「の、乃依お姉ちゃん……?」
「……大丈夫」
乃依はできるだけ平静な声を出そうとしていた。
でも耳は真っ赤だった。
「俺がいるから」
『保護行動を確認』
『恐怖値安定化』
コメント欄がさらに爆発する。
『抱っこきたぁぁぁぁぁ!!!』
『乃依ママ』
『さっくーちっちゃい』
『このゲーム運営わかってる』
「うぅ……恥ずかしい……」
抱き上げられたまま、朔夜が顔を赤くする。
すると乃依は、小さく目を逸らした。
「……こっちの方が恥ずかしい」
「え?」
「なんでもない」
朔夜はよく分かっていない顔をしていた。
でも、抱っこされている安心感はあるらしい。
さっきまで強張っていた身体から、少しだけ力が抜けていた。
その様子を見て、雷が静かに言う。
「……落ち着いたな」
「まぁ、保護者見つかったしな」
「誰が保護者」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「………………」
否定しなかった。
できなかった。
なぜなら腕の中のさっくーが、安心したみたいに乃依の肩へこてんと頭を預けたから。
「……乃依お姉ちゃん、あったかい……」
「────────ッ」
「乃依?」
「……大丈夫」
「全然大丈夫そうじゃないな」
「心拍数上がってるぞ」
「雷お兄ちゃん分析しないでぇ……」
さっくーが半泣きで言う。
その声すら幼くて。
乃依はもう、これ以上顔を見ないようにするので精一杯だった。
それでも抱きしめた小さな身体は、ちゃんと安心してくれているのが分かる。
乃依に抱き上げられたまま、ストーリーを進めることになった。
正直。
乃依は恥ずかしい。
朔夜もめちゃくちゃ恥ずかしい。
「お、降ろしてよぉ……」
「だめ」
「なんでぇ……」
「また怖がるから」
「子供扱いしないで……!」
「今は子供」
「ぐっ……」
反論できない。
現にさっきから、廊下の奥で物音が鳴る度に乃依の服を掴んでしまっている。
しかも、そのたびに乃依の耳が赤くなる。
「いやぁ、いい絵面だなぁ」
「朝日、楽しんでるな」
「もちろん」
3-2の教室の中は、不自然なくらい静かだった。
さっきまでいた女の姿も消えている。
代わりに、黒板へ新しい文字が浮かんでいた。
『カエシテ』
「返して?」
「何をだ?」
雷さんが教室を見回す。
カタ、カタッ。
教室の奥。
一番後ろの机だけが、小さく揺れていた。
「絶対怖いやつ……」
「行くよ」
「待ってぇ……」
乃依に抱っこされたまま近づく。
机の中には、一冊の古いノートが入っていた。
表紙には、小さく名前。
『水瀬 花音』
その瞬間。
ぶつん。
教室の電気が消えた。
「ぃっ……!」
真っ暗。
でも今度は、さっきほどパニックにならなかった。
乃依がしっかり抱きしめてくれていたから。
「……大丈夫」
耳元で小さく声がする。
その直後。
教室の前方に、ぼんやり白い影が現れた。
あの女子生徒だった。
けれど今度は、首を折っていない。
ただ、泣いている。
『……かえして……』
低い声。
ノイズ混じりの音。
怖い。
でも。
さっきとは少し違った。
「……このノート?」
俺が震えながら呟くと、女がゆっくり顔を上げた。
『……それ……』
ノートが淡く光る。
ページが勝手に開いた。
そこには、途切れ途切れの日記。
『ひとりはいや』
『みんなかえった』
『おいていかないで』
『こわい』
最後のページだけ、ぐしゃぐしゃに文字が潰れていた。
『たすけて』
教室が静まり返る。
乃依の腕が、少しだけ強くなるのが分かった。
「……閉じ込められたのか」
雷さんが低く呟く。
「昔の怪談系か」
「助けを呼んだけど、誰も来なかった……みたいな?」
朝日さんが珍しく真面目な声を出す。
女は、俺達を見ていた。
いや。
正確には。
俺を見ていた。
『……ひとり……いや……』
その声を聞いた瞬間。
頭の奥で、何かが引っかかった。
このゲーム。
なんで“幼い少年”が必要だった?
なんで俺だけ子供になった?
その答えが、なんとなく分かった気がした。
「……この子」
朝日さんは小さく息を呑む。
「弟を探してたんじゃないか……?」
「弟?」
「たぶん……」
日記の途中。
子供っぽい文字で、一箇所だけ書かれていた。
『今日は弟も学校に来た』
『ちゃんと守らなきゃ』
『お姉ちゃんだから』
「…………あ」
乃依が小さく声を漏らした。
女の視線は、ずっと俺へ向いている。
今の俺は、十歳くらいの見た目。
きっと。
この子の弟と同じくらい。
『……こわかったよね……?』
女が、ゆっくり聞いてくる。
怖かった。
めちゃくちゃ怖かった。
でも。
その声はもう、最初みたいな化け物の声じゃなかった。
ただ、泣いているだけだった。
「……うん」
俺は小さく頷く。
「でも、大丈夫だったよ」
『…………』
「一人じゃなかったから」
乃依の服をぎゅっと掴む。
「ちゃんと、そばにいてくれる人いたから」
その瞬間。
女の目が、大きく揺れた。
ノイズが走る。
教室中の机がガタガタ震え始めた。
「うおっ!?」
『──あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!』
突然、女が苦しそうに頭を抱えた。
黒い影が体から溢れ出す。
『いや……っ……いやだ……!!』
「なんだこれ!?」
雷さんが一歩前へ出る。
するとシステムメッセージ。
『怨念体を確認』
『対象の未練を解除してください』
「解除ってどうやるんだよ!?」
その時。
俺の腕の中のノートが、ふわりと浮いた。
最後のページが開く。
空白。
でも、下の方に小さく文字が浮かび上がる。
『だいじょうぶ』
『おねえちゃんがいるから』
「…………」
俺は、乃依を見る。
乃依も俺を見ていた。
なんとなく。
言いたいことが分かった。
「……乃依お姉ちゃん」
「っ……!」
「ぎゅーってして」
「────────」
「今です。やっちゃってください乃依さん」
「帝うっさい」
でも。
乃依はちゃんと、俺を強く抱きしめてくれた。
安心するくらい。
優しく。
俺は、そのまま女の子を見る。
「大丈夫だよ」
できるだけ。
怖がらせないように。
「お姉ちゃん、ちゃんといたから」
女の動きが止まる。
黒い影が、静かに薄れていく。
『……ぁ……』
泣きそうな顔だった。
『……よかった……』
その瞬間。
ふわり、と女の姿が光になって消えた。
光は、静かだった。
さっきまで教室中を満たしていた嫌な気配が、少しずつ消えていく。
揺れていた机も止まり。
壊れかけの蛍光灯だけが、じじ、と小さく鳴っていた。
『……ありがとう』
最後に、女の子は確かに笑った。
『ゲームクリア』
『脱出処理を開始します』
無機質なシステム音声だけが、静かな廃校へ響く。
「……終わったぁ……」
朔夜は、乃依の腕の中で完全に力が抜けていた。
怖かった。
本当に怖かった。
もう二度とホラゲーはやらないと心に誓えるくらいには。
「お疲れ、さっくー」
乃依が小さく頭を撫でる。
子供状態だからか、撫でられる感覚がやたらくすぐったい。
「うぅ……恥ずかしい……」
「今さら?」
「今さらでもぉ……!」
朝日さんが笑いながら近づいてくる。
「いやぁ、神回だったな」
「他人事だと思ってません!?」
「思ってる」
「即答!!」
『配信史に残る』
『最終回みたいだった』
『乃依ママぁ~』
雷さんは、崩れた窓の外を見ながら小さく息を吐いた。
「……綺麗に終わったな」
その言葉と同時。
ふわり、と教室の奥に小さな光が浮かぶ。
みんなが振り返る。
そこにいたのは。
あの女の子だった。
もう黒い影はない。
普通の、小学生くらいの少女。
彼女は少しだけ困ったように笑って。
『……おねえちゃん、ちゃんといた』
乃依の腕の中の朔夜を見る。
そして。
『……よかったね』
優しい声だった。
怖さなんて、もうどこにもない。
少女はぺこりと頭を下げると、そのまま光になって消えていった。
『ゲームからのログアウトを開始します』
視界が白く染まり始める。
「あ、やっと帰れる……」
「疲れた?」
「疲れたぁ……」
乃依は少しだけ笑った。
「でも、途中からそんな怖がってなかったじゃん」
「……乃依お姉ちゃんいたから」
「さっくー」
「な、なに……?」
「それ、戻ってからも呼んで」
「なんで!?」
『草』
『本音出た』
『乃依ちゃん終わってる』
「絶対やだぁ!!」
「じゃあ抱っこやめる」
「呼ぶ!!!!」
「よし」
朝日さんが腹抱えて笑っていた。
雷さんはもう諦めた顔をしている。
そんな騒がしい声の中。
白い光が、全員を包み込む。
最後に見えたのは乃依が、少しだけ嬉しそうに笑っている顔だった。
□
ゲームからのログアウト処理が完了した瞬間。
視界を覆っていた白い光が、ゆっくりと消えていく。
「っはぁ……」
いつものツクヨミへ戻った感覚に、朔夜は大きく息を吐いた。
『おつかれぇぇぇぇ!!』
『神回だった』
『さっくー生きてる?』
「……終わった……ほんとに終わったぁ……」
安心しきった声が、思わず朔夜から漏れる。
「………………」
しかし誰も、動かなかった。
「……え?」
朝日が数回、瞬きをする。
雷も、また無言だった。
乃依だけが、息を止めたみたいに固まっている。
「……なんで」
朔夜は首を傾げる。
視界が、低い。
袖が、ぶかぶか。
椅子から降りた瞬間、足が床へ届かなかった。
「…………え?」
朔夜は恐る恐る、自分の震える手を見る。
あまりにも、小さい。
あのゲーム内と、同じ。
「………………え?」
声も高いままだった。
「戻ってねぇ」
「え」
「戻ってないな」
雷が淡々と確認する。
「身体データ固定バグか?」
「いやいやいやいや待って!!!!」
朔夜の悲鳴が部屋に響く。
「なんで!?!?なんでぇ!?!?!?」
『!?!?!?』
『え、ツクヨミでも!?』
『バグった!?』
『さっくーちっちゃいまま!?!?』
コメント欄が、一瞬で加速し、時々赤いものが見えた。
「うそだろおい……」
朝日が笑い半分、引き半分の顔をする。
「運営案件じゃねぇかこれ」
「システムエラーの可能性が高いな」
雷は冷静だった。
しかし視線は、完全に小さくなった朔夜へ向いている。
朔夜本人はもう半泣きだった。
「やだぁ……戻してぇ……!」
涙目で袖を握る。
完全に十歳くらいの姿。
ゲームのアバターではなく。
ツクヨミ側のフルダイブ体にも、その状態が反映されていた。
「うぅ……なんでぇ……」
「……さっくー」
乃依が、ゆっくり近づく。
その声が妙に静かで、朔夜は反射的にそちらを見る。
「乃依お姉ちゃん……」
「────ッ」
だめだった。
破壊力が、ゲーム中より上がっていた。
学校内ではあくまで暗い為、詳しく顔は見えていなかった。
しかし今は小さくなった朔夜が、不安そうに自分を見上げている。
乃依は数秒、真顔で停止したあと。
すっ、と顔を逸らした。
「……雷兄」
「なんだ」
「無理」
「何がだ」
「理性」
「諦めるな」
朝日さんが吹き出した。
「いやでもこれ無理だろww」
『乃依ちゃん終了のお知らせ』
『脳が焼けてる』
『さっくー保護しろ』
「配信切ってぇぇぇ!!!」
朔夜が涙目で叫ぶ。
しかし、もう既に遅かった。
数多の視聴者による切り抜き確定である。
その時。
「「「朔夜ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」
女性三名の声がツクヨミへとひびく。
朔夜のぶかぶかのパーカー。
そして涙目。
かつ、不安そうな顔。
「………………」
彩葉が口を押さえ。
かぐやが固まり。
ヤチヨだけが、ゆっくり息を吐く。
「……朔夜?」
「やちよぉ……」
その瞬間に朔夜の顔が、ふにゃりと崩れた。
安心した顔だった。
心から助かったみたいに。
今にも泣きそうなくらい、ほっとした顔。
「っ……」
乃依の胸が、強く痛んだ。
その表情を見た瞬間に、考えずとも分かってしまった。
自分がどれだけ特別になれても。
どれだけ近くにいても。
朔夜が本当に安心して、弱い顔を見せる相手は。
きっと、別にいる。
それは多分。
ずっと前からいて。
でも。
抱っこして。
名前を呼ばれて。
甘えられて。
嬉しかった。
死ぬほど嬉しかった。
でも。
今の朔夜の顔は。
自分に向けられていたものより、ずっと朗らかだった。
「……乃依?」
雷が小さく呼ぶと、乃依は静かに笑った。
「……ん。大丈夫」
その声は、ちゃんといつも通りだった。
だからこそ雷は何も言わなかった。
ヤチヨが小さくなった朔夜を抱き上げる。
「うわ、軽~!!いと、かわゆし~!!」
「うぅ……」
朔夜は抵抗しなかった。
むしろ安心したみたいに肩へ額を押し付ける。
乃依は、その光景から目を逸らした。
胸が、苦しかった。
でも、不思議と後悔はなかった。
恋だった。
ちゃんと。
どうしようもなく。
叶えたいと思うくらいには。
でも。
多分。恋って、そういうものだから。
乃依はゆっくりと後ずさりして。
誰にも悟られず。
そっと、自らの幕を閉じた。
この後にショタ朔夜は、色々三人に弄ばれた後、ヤチヨにポンッ!と直されました。
IFバットエンド見たいっすか?
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黙れ、純愛しか認めんぞ
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来い!来てみろ!かかってこい!!