彩葉に男の幼馴染がいたっていいじゃない   作:ザワザワする人

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感想いつもありがとうございます!!


きっと止まない輝く夜を

「てな訳で!オタク共ぉ!復活ライブするぞぉ!!」

 

「オタク言わない」

 

「ぴったり今日から一か月後だからな!絶対予約開けとけよぉ!」

 

「無視かい」

 

「ち・な・み・に、今かぐやが考えてるのは~リアルとツクヨミの二重ライブ!!」

 

「リアルでも!ツクヨミでも!一緒にライブすんの!」

 

「リアルでは朔夜として~、ツクヨミで彩葉とヤチヨとするの!」

 

『さ、流石に無理ちゃう?』

『さっくーとって事は、同じ曲じゃないだろうし』

『ってかさっくーがライブすんの!?!?歌って!?踊るの!?』

 

かぐやがグリンと首を回して、俺の方を見る。

その目は妙にキラキラしてて。

考えてる事はすぐに分かった。

 

「一か月………ねぇ………」

 

現実とのフルダイブ連携。

それでかぐやの現実とツクヨミでの意識体の分離。及び同時処理。

あとは………シンプルに会場と、呼び込みと、スタッフさんと、演出……は俺とヤチヨで出来るし…。

 

「俺がライブに出るかは置いといて………」

 

「うんうん!!」

 

「………出来ない事じゃない」

 

「じゃあやってくれるの!?」

 

「……分かってる癖に聞かないの」

 

「は~い!朔夜大好き~!」

 

『まじかよさっくー………』

『研究職の方は大丈夫?』

 

目に入ったコメントに俺は返事する。

 

「まぁちょっと止めるくらいなら大丈夫だと思う」

「それにかぐやの復活ライブは、今までで最高のライブにしたいから」

 

『おう………』

『尊死』

 

「朔夜…………」

 

かぐやは振り返ったまま。パソコンに対して顔を見せず。

大きめのクッションを抱えながら。

 

「好き」

 

今度は優しくつぶやいた。

かぐやは相変わらずクッションを抱えたまま、こっちを見ている。

いつものみたいな大声でも、全力の抱きつきでもない。

ただ、ぽつんと月明かりみたいに、言葉だけを置いてきた。

 

コメント欄は案の定、爆発していた。

 

『はい終わり』

『尊死二回目』

『さっくー返事しろ』

『逃げるな』

『逃げるな』

『逃げるな』

 

「お前ら一致団結すな」

 

「朔夜?」

 

かぐやが首を傾げる。

俺は、頭を掻いた。

 

「……俺も」

 

「俺も?」

 

「……大事だよ。かぐやのこと」

 

『逃げたな』

『大事は逃げ』

『でもこれはこれでさっくーらしい』

 

「うるさいなぁ!!」

 

俺が声を荒げると、かぐやは満面の笑みになった。

 

「えへへ。大事だって」

 

「そこだけ切り取るな」

 

「切り取る!今日のショートにする!」

 

「するな」

 

「する!」

 

「するなって」

 

「じゃあライブ成功したらする!」

 

「何で条件付きになった」

 

俺が反論を探している間に、かぐやはパソコンへ向き直った。

 

「というわけで!一か月後!かぐや復活ライブ、決定でーす!」

 

『うおおおおおお!!』

『予約開けた』

『仕事辞めた』

『学校辞めた』

『人生辞めるな』

『さっくー出る?』

『さっくー歌う?』

『さっくー踊る?』

 

いつにも増してうるさいコメント欄に、俺が見逃せない疑問があった。

 

「朔夜は歌う!!」

 

「歌わない」

 

「踊る!!」

 

「踊らない」

 

「かぐやへの、愛を叫ぶ!!」

 

「叫ばない!!」

 

「えー」

 

「えーじゃない!」

 

すると、部屋の扉が開いた。

 

「かぐや」

 

低い声が部屋に響く。

その声を聞いた瞬間、俺とかぐやは同時に背筋をピンと伸ばした。

 

「……はい」

 

「配信中に勝手に一か月後の二重ライブを発表したってことで、合ってる?」

 

彩葉が立っていた。

片手にはマグカップ。

もう片方の手には、いつの間に印刷したのか分からないスケジュール表。

怖い。

手際が怖い。

 

「あの、彩葉。これはその、勢いというか」

 

「朔夜」

 

「……はい」

 

「止めなかったの?」

 

「止める前に走り出してた」

 

「ブレーキは?」

 

「少なくともかぐやの身体にその機能を付けた覚えはない」

 

「そっかぁ~………」

 

やめてください。冗談ですって。薄ら笑いしないでくださいよ。

 

「じゃじゃ~ん!!完成したよ彩葉~!」

 

彩葉の後ろから、今度はカレンダーを両手に掲げたヤチヨが入って来た。

 

そこには色んな印が書かれており、一か月後の日にライブ!!と大きく書かれていた。

 

「ヤチヨと私で、大体のスケジュールを組んだから。これに従ってね」

 

「流石、彩葉」

 

「彩葉ママ~」

 

「ママじゃない」

 

「ぴぃ」

 

かぐやは素直にクッションへ顔を埋めた。

彩葉はコメントを一瞥して、ふっと息を吐いた。

 

「それで?朔夜。本当にできるの?」

 

「……技術的には」

 

「一番信用できない返事」

 

「いや、出来るか出来ないかなら出来る。ただ、一つ激やばの問題がある」

 

「最大の問題が、かぐや」

 

「かぐや?」

 

かぐやが顔を上げる。

 

「リアルでもツクヨミでも同時にライブするってことは、現実の身体とツクヨミ上の意識体を並列で動かす必要がある」

 

「おぉ」

 

「おぉ、じゃない。普通は脳がコンガリ」

 

「焼けるの!?」

 

「比喩な」

 

「よかったぁ」

 

「ただ、負荷は本物。かぐやの義体と人格保存領域、ヤチヨ側の補助演算、それからツクヨミのサーバーをかませれば理論上は可能」

 

「理論上」

 

彩葉が繰り返した。

その声には、ちょっとだけ不安が混ざっていた。

 

「危険なの?」

 

「危険にはしない」

 

俺は即答した。

彩葉が目を細める。

 

「危険にはしない、じゃなくて。危険はあるの?」

 

「……ゼロじゃない」

 

かぐやの表情が少しだけ曇った。

さっきまでの勢いが、クッションの端っこに吸い込まれていくみたいに小さくなる。

 

「かぐや……また迷惑かける?」

 

「迷惑じゃない」

「俺がやりたくてしようとしてるんだよ」

「それで、かぐやがちょっと危ないかもしれないから迷ってるの」

 

「そっかぁ~………」

 

かぐやはちょっとだけ天井を仰いで。

 

「じゃあ大丈夫」

 

「かぐやは、彩葉とヤチヨと朔夜を、信じてるから」

 

「………うん」

 

「ありがとかぐや」

 

「がんばろ~☆」

 

その日の配信は、発表だけで終わるはずだった。

 

でも結局、かぐやが嬉しすぎて歌いだし、ヤチヨが即興でハモり、彩葉が途中からキーボードを弾き、俺はなぜかリズムを取らされ。

 

『もうライブじゃん』

『一か月後まで待てない』

『有給取った』

『上司に土下座した』

『親に説明できない』

『復活ライブって名前だけでもう泣ける』

 

画面の向こうも、こっちの部屋も、ばかみたいに騒がしくなった。

そして騒がしいまま、地獄の一か月が始まった。

 

 

 

 

 

 

一週間目。

 

まずするのは、やっぱりかぐやの意識の問題。

 

「かぐや、あ~って声出して」

 

「あ~」

 

「そのまま、ツクヨミの方でい~って言って」

 

「あ~~~~~~」

『い~~~~~~~~』

 

「………ましにはなってるな」

 

身体の動き。つまるところダンスの振り付けは、ツクヨミの動作補助のお陰である程度上手くいくようになってきた。

だけど声がどうにも上手くいかない。

 

(考えろ………動作補助を口の動きにも………)

(でもそれだと………かぐやの声じゃなくなるし………)

 

「………かぐや」

 

「今頑張ってるから!ちょっと待っててぇ!!」

 

「いいから落ち着け。一曲歌ってみ。まぁ二曲か」

 

「え、でも………」

 

「いいから。ヤチヨ。音源流して」

 

「りょ~♪」

 

流れたのは、かぐやが昔から歌っている定番曲。

 

静かなピアノ。

 

そこへ重なる、柔らかい電子音。

 

リアル側のかぐやが、小さく息を吸った。

 

『「――――♪」』

 

同時に、ツクヨミ側の歌声も響く。

 

二つの声。完全に互いに独立してる。

 

「おぉ……」

 

ヤチヨが感心したみたいに目を丸くする。

 

彩葉もモニターを見つめたまま、小さく息を吐いた。

 

「……」

 

「いけてるな……」

 

かぐやは、そのまま楽しそうに歌っていた。

 

リアル側では軽くステップを踏み。

ツクヨミ側では、ライブ用アバターがまったく違う動きをする。

 

人間なら脳が処理しきれない。

 

だけど、俺らは月人だ。

 

いける。

 

『――――♪』

 

一番が終わる。

 

問題はここから。

 

「かぐや、無理なら止めろよ」

 

「だいじょぶー!」

 

軽い返事。

 

そして。

 

二番のイントロへ入った瞬間だった。

 

「――――っ」

 

かぐやの身体が、ぴたりと止まった。

 

『……っ、ぁ……』

 

ツクヨミ側の歌声がノイズ混じりに揺れる。

 

リアル側のかぐやが、頭を押さえた。

 

「かぐや!?」

 

「いっ……た……」

 

顔色が、一気に白くなる。

 

モニター上の数値が跳ねた。

 

ヤチヨが画面を操作する。

 

「現実の人格領域側にツクヨミの情報が逆流してる!」

 

「ちっ……!」

 

俺はすぐにかぐやの肩を支えた。

 

「かぐや、聞こえるか」

 

「……う、ぅ……」

 

「今どっち見えてる」

 

「……どっち、も……」

 

まずい。

 

感覚の分離が崩れ始めてる。

 

リアルとツクヨミ。

二つの視界。

二つの身体。

二つの音。

 

それを同じものと考えて、処理しようとして、脳側が悲鳴を上げてる。

 

「…………」

 

かぐやは、苦しそうに眉を寄せていた。

 

それを見た瞬間。

 

喉を締め付けられるみたいに。

 

俺も呼吸が上手くできなくなりそうだった。

 

俺は小さく舌を噛んで。

 

「ヤチヨ。現実側だけ残してくれ」

 

「了解!」

 

「彩葉、感覚遮断補助」

 

「もうやってる」

 

流石。仕事が早い。

俺はかぐやの頭へ手を添えた。

 

「かぐや。ゆっくり聞いてくれ」

 

「……ぅ……」

 

「今から、ツクヨミ側の処理を切る」

 

「歌……」

 

「歌は逃げない」

 

「でも……」

 

「ライブ本番で倒れたいか?」

 

「……やだ」

 

「なら今は止まれ」

 

かぐやは少しだけ悔しそうにして。

 

それでも、小さく頷いた。

 

「……うん」

 

その瞬間、ツクヨミ側の同期を切断。

 

数秒遅れて、モニターの警告表示が消えた。

 

かぐやは俺の肩へ額を預けたまま、浅く息をしている。

 

「……ごめん」

 

「謝んな」

 

俺は、かぐやの前髪を軽く避けた。

 

少し汗をかいてる。

 

「無理するのは分かってた。止めるのが俺達の役目」

 

「でも、できなかった……」

 

「いや」

 

俺はモニターを見る。

 

二番に入るまでは、完璧だった。

 

つまり。

 

「ここまでは届いてる」

「あと少しだ」

 

ヤチヨも頷く。

 

「うん。むしろ希望見えた感じ!」

 

彩葉は端末を操作しながら、小さく息を吐いた。

 

「もうちょっとだね」

 

俺ら全員の意思は同じだ。

 

「俺らがいる。安心しろ」

 

「………うん」

 

 

 

 

 

 

二週目。

 

現実会場をなんとかゲットできた。

 

えげつない金額がかかったけども、かぐやがクラウドファンディングを行ってくれていたようで。

 

いわゆるドームになった。

 

ツクヨミ側の会場は、ヤチヨが用意してくれた。

 

巨大な鳥居が浮かぶ水上ステージ。

 

観客席は無数の鳥居と光の橋で繋がれていて、現実会場の照明と連動する。

 

現実で手拍子が鳴ると、ツクヨミ側の水面に光の輪が広がる。

 

ツクヨミで歓声が上がると、現実会場のペンライトが淡く震える。

 

ヤチヨ曰く、こんなのちょちょいのちょい!だそう。

 

『復活ライブだよ?やりすぎくらいでちょうどいいのです!』

 

「否定できないのが悔しい」

 

彩葉はステージ図面を見ながら、黙っていた。

 

「彩葉?」

 

「……綺麗」

 

ぽつりと、それだけ言った。

かぐやが嬉しそうに笑う。

 

「でしょ!」

 

「うん」

 

「彩葉の曲も、ここで歌うんだよ」

 

「……うん」

 

彩葉は少しだけ目を伏せて。

でも、逃げなかった。

 

 

 

 

 

 

三週間目。

 

一番問題だったのは、俺の出演だった。

 

「出ない」

 

「出る」

 

「出ない」

 

「出る」

 

「出ない」

 

「出る!」

 

かぐやと俺の押し問答は三日続いた。

彩葉は最初、我関せずという顔をしていたが、最終的に俺の逃げ道を塞いできた。

 

「朔夜」

 

「はい」

 

「歌えるよね」

 

「歌えるけど」

 

「踊れとは言ってない」

 

「歌うだけ?」

 

「一曲だけ」

 

「……」

 

「かぐやの復活ライブで、朔夜が一曲も出ない方が不自然じゃない?」

 

ぐぅの音も出ない。

 

「でも俺が出たら………かぐやガチ勢が荒れるぞ」

 

「もう荒れてる」

 

「………確かに」

 

「なら同じ」

 

「同じではない」

 

「同じ」

 

かぐやが横から頷く。

 

「朔夜は出る!」

 

「なんでそんな確信に満ちてる」

 

「だって、かぐやのライブだよ?」

 

かぐやは当然みたいに俺を見つめて言った。

 

「朔夜がいないと、ハッピーエンドが足りない!」

 

「……」

 

………逃げにくい。

 

「一曲だけな」

 

「いやったぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「踊らないからな!!」

 

「おっけい!!」

 

結局、俺は一曲だけかぐやと出る事になった。

 

多分、かぐやの性格的にラストの曲なんだろう。

 

練習しないと………。

 

 

 

 

 

 

最後の通しリハが終わったのは、日付が変わる少し前だった。

 

彩葉に怒られないギリギリの時間。

 

いや、もう怒られる時間かもしれない。

 

「全員、撤収」

 

彩葉の声で、その場の空気が締まった。

 

スタッフが片付けを始める。

 

ツクヨミ側の接続も順に落としていく。

 

かぐやはステージ中央に立ったまま、客席を見ていた。

 

「かぐや?」

 

「……明日、ここにいっぱい来るんだよね」

 

「そうだな」

 

「ツクヨミにも、いっぱい」

 

「ああ」

 

「みんな、かぐやに会いに来てくれるんだよね」

 

「そうだな」

 

かぐやは、ゆっくり振り返った。

少しだけ目が潤んでいた。

 

「朔夜」

 

「ん?」

 

「帰ってきてよかった」

 

その言葉だけで。

一か月分の疲れが、全部どこかへ飛んでいきそうになった。

 

「……まだ本番終わってないぞ」

 

「うん。でも、もう思った」

 

「早いって」

 

「早くても思ったの!」

 

かぐやが両手を伸ばす。

ピース。

 

その意味は、言われなくても分かる。

 

俺も両手でピースを出した。

 

その片方に、彩葉のピースが重なる。

 

少し遅れて、ヤチヨの両手も。

 

「ピースからの〜」

 

かぐやが言う。

 

「ちょっきんからの〜」

 

彩葉が続ける。

 

「「「「こんっ!!」」」」

 

俺達の指先が、軽く触れ合った。

 

その瞬間、ツクヨミ側の水面に小さな光の輪が広がった。

 

リハーサルは終わった。

 

明日は、本番。

 

かぐやの復活ライブ。

 

二つの世界を繋いで、今度こそ胸を張って言うためのライブ。

 

帰ってきた、と。

 

ここにいる、と。

 

そして、これからも一緒にいる、と。

 

 

 

 

 

 

 

ライブは、終わりへ向かっていた。

 

現実のドームも、ツクヨミの水上ステージも、今だけは同じ夜の中にある。

 

ペンライトの光が波みたいに揺れている。

 

ツクヨミ側では、水面に浮かぶ鳥居が淡く光り、空には人工の星が散っていた。

 

かぐやとヤチヨと彩葉の、最後の曲が終わったあと。

 

歓声が、まだ止まらない。

 

「かぐやぁぁぁぁ!!」

『おかえり!!』

「最高だった!!」

『泣いた』

「ずっと待ってた」

 

現実とツクヨミの皆の声が分かれて聞こえる。

 

かぐやはステージの中央で、息を弾ませながら笑っていた。

 

リアル側の身体も。

ツクヨミ側の意識体も。

 

どちらもちゃんと立っている。

 

最後まで、倒れなかった。

 

最後まで、歌い切った。

 

「……みんな」

 

かぐやの声が、会場に響く。

 

さっきまであんなに騒がしかった観客席が、少しずつ静かになっていく。

 

「今日は、来てくれてありがとう!!

 

その声は、いつもの元気いっぱいなものじゃなかった。

疲れもあったのかもしれない。

 

「かぐや、帰ってきたよぉぉ!!!!」

 

その一言で、また歓声が爆発した。

 

ツクヨミの水面が光を跳ね上げる。

 

現実の天井照明が、星みたいに瞬いた。

 

かぐやは少しだけ笑って、それから演出を操作してた俺の方を見た。

 

「朔夜」

 

「……はいはい」

 

「最後、お願い」

 

そう言われて、俺は小さく息を吐いた。

 

逃げ場はない。

 

最初から、逃げるつもりもなかったけど。

 

ステージ袖から出ると、会場のざわめきが一瞬で変わった。

 

「さっくー!?」

「出た!!」

「本当に出た!!」

「逃げなかった!!」

 

「みんな、うるさいなぁ……」

 

思わず呟くと、かぐやが隣でくすっと笑った。

 

「逃げなかったね」

 

「一曲だけって約束だからな」

 

「うん。一曲だけ」

 

かぐやがそう言って、マイクを両手で握る。

 

ステージの照明が落ちた。演出のプログラミングは完璧。

現実のドームの天井が開き、静かな夜の色が満ちる。

ツクヨミの空には、大きな月が浮かんだ。

 

ゆっくりと、イントロが流れ出す。

夏の終わりみたいな悲しいピアノ音。

遠くで花火が上がる、その直前みたいな静けさ。

 

 

 

『打ち上げ花火』

 

 

 

かぐやが、サビ前でゆっくりと息を吸う。

 

「━━━パッと光って、咲いた」

 

その声が、夜に溶けた。

柔らかくて。

少しだけ、切なくて。

俺は、その後を追うように声を重ねる。

 

「━━━この夜が続いて欲しかった」

 

自分でも驚くくらい、まっすぐな声だった。

観客席の光が、ゆっくりと揺れる。

現実ではペンライトが波のように。

ツクヨミでは、水面が星空みたいに。

二つの世界で、同じ夜が広がっていた。

 

かぐやは前を向いたまま、歌う。

俺も、横を見ないまま歌う。

けど。

サビに入る直前、かぐやの手が、そっと俺の袖を掴んだ。

 

ほんの少しだけ。

観客の誰もが見逃すくらい、小さく。

 

「「━━━はっと息を飲めば 消えちゃいそうな光が」」

 

そのまま、声が重なる。

俺は半歩だけ近づいた。

それだけで、距離はゼロになった気がした。

 

花火が上がる。

現実では天井いっぱいに光の演出が咲き、

ツクヨミでは夜空全体が爆ぜた。

赤、青、金、白。

一瞬で消えていく光たち。

 

なのに、その余韻だけが、ずっと胸に残る。

かぐやの声が、震える。

 

「━━━離さないで」

 

それは歌詞なのか、本音なのか、分からなかった。

俺はそのまま、言葉を重ねる。

 

「━━━離れないで」

 

楽譜にはない言葉だった。

でも、多分。

今ここで言うべき言葉だった。

 

「「━━━この夜が続いて欲しかった」」

 

最後の歌詞が終わって、ゆっくりと曲も落ち着いていく。

最後の音が、静かにほどける。

花火も、ゆっくりと消えていく。

 

『うわああああああ!!!』

 

『最高ぉぉぉぉぉぉ!!』

 

『ありがとう!!』

 

歓声が、波みたいに一気に押し寄せた。

 

現実も、ツクヨミも、全部まとめて飲み込むくらいに。

 

かぐやは、マイクを下ろした。

 

それから、ゆっくりと俺を見る。

 

目が、少し潤んでいた。

 

でも、笑っていた。

 

「……朔夜」

 

「ん?」

 

「一緒に見たね」

 

かぐやは、夜空を見上げる。

もう花火はない。

だからもう分からない。

今の事なのか。それとも。

 

でも、確かにそこに残ってる何かがあった。

 

「綺麗だったね」

 

「……ああ」

 

俺も、同じ方向を見る。

 

そうして、かぐやがぽつりと言葉を零した。

 

「朔夜」

 

名前を呼ばれる。

たったそれだけで、鼓動がどくんと増える。

 

「かぐやね」

 

一歩、かぐやが俺に近づく。

本当に、もう手を伸ばせば触れる距離。

 

「ずっと思ってたの」

 

その声は、少しだけ震えていた。

でも、止まらない。

 

「もし、またここに立てたら」

 

観客席の光が、静かに揺れている。

誰も茶化さないし、騒がない。

 

「もし、またみんなに会えたら」

 

かぐやは、笑った。

さっきまでの無邪気な笑いじゃない。

どこか、覚悟を決めた顔。

 

「ちゃんと言おうって」

「朔夜」

 

「……ん?」

 

気付けばかぐやは、まっすぐ俺を見ていた。

逃げ道なんて最初から用意してない目だ。

 

「かぐやと、これからも一緒にいてくれますか」

 

歓声も、ざわめきも、呼吸の音すら遠い。

 

その言葉だけが、ドームのまんなかに残る。

 

軽く受け取れるものじゃない。

流していいものでもない。

 

俺は、一瞬だけ目を伏せた。

心臓の音が、やけにうるさい。

 

「……かぐや」

 

少しだけ、空気が緩む。

 

俺は息を吐いて、顔を上げた。

 

「それさ」

 

言葉を選ぶ。

 

「一緒にいる。で済ませるつもりか?」

 

かぐやの瞳が、ほんの少し揺れる。

 

戸惑いと、期待と。その両方が混ざった顔。

 

俺は、そのまま続けた。

 

「どうせなら、ちゃんと最後まで言え」

 

静かに。

 

でも確実に、一歩を踏み込む。これは俺の意思だ。

 

かぐやが、息を呑む。

 

一瞬だけ迷って。それでも、逃げなかった。

 

「……っ」

 

ぎゅっと、マイクを握る。

 

ライブの光の中で。

 

世界中に見られながら。

 

それでもちゃんと、自分で言おうとしている。

 

「……朔夜」

 

震えてる声。

 

でも、止まらない。

 

「かぐやね」

 

もう半歩、かぐやが俺に近づく。

 

俺の目と鼻の先。息がかかるくらい。

 

「朔夜と」

 

息を吸って。

 

覚悟を決めて。

 

「ずっと一緒にいたい」

 

会場の空気が、揺れた。

 

「これからも」

 

「どこにいても」

 

「どんな形でも」

 

「……隣にいたい」

 

涙が、ぽろっと落ちる。

 

それでも。

 

それでも、笑っている。

 

「だから」

 

ほんの一瞬だけ、かぐやの声が詰まる。

 

けれど。

 

かぐやは。

 

ちゃんと勇気を持っているから。

 

「かぐやと、家族になってください」

 

誰も声を出せない。

 

その重みを、全員が理解してるから。

 

「……はぁ」

 

俺は小さく、息を吐いた。

 

参ったな、ほんと。

 

ここまで、()()()()言わせるか、俺。

 

少しだけ頭を掻いて。

 

それから、かぐやを見る。

 

泣いてるくせに、真っ直ぐで。

 

逃げるとか、一切ない顔。

 

「……ずるいな、それ」

 

「うん、ずるい」

 

ちょっとだけ笑う。

 

いい顔してる。

 

ほんとに。

 

かわいい。

 

「朔夜なら、逃げないって知ってるもん」

 

「……逃げるって言っただろ」

 

「逃げないよ」

 

完全に、理解してくれてる。

 

「だって、朔夜だもん」

 

俺のこと。

 

全部。

 

「……はぁ……」

 

観念して、息を吐く。

 

もう、いいか。

 

じゃあ。

 

「かぐや」

 

「うん」

 

「俺な」

 

少しだけ、言葉を探す。

 

けど。

 

飾っても意味はない。

 

ヤチヨの時と一緒だ。

 

飾らずに。

 

「かぐやのこと、大事に思ってるよ」

 

かぐやの目が、少しだけ開く。

 

「こういうのはちょっと苦手だけど」

 

「うん」

 

「でも」

 

一歩、距離を詰める。

 

俺が勝手に作ってた心の距離を。

 

今度は、俺から。

 

「隣にいられるなら、それでいいって思ってた」

 

「……」

 

「けどさ」

 

そこで、少しだけ笑う。

 

「それじゃダメだよな」

 

かぐやが、小さく頷く。

 

「ダメ」

 

即答。

 

思わず、笑いそうになる。

 

「だよな」

 

一拍。

 

間を置いて。

 

ちゃんと、言う。

 

「じゃあ」

 

「その覚悟は、こっちも持つ」

 

かぐやの呼吸が、止まる。

 

次の瞬間。

 

「かぐや」

 

俺は、真っ直ぐに見て。

 

ほんの少し、かぐやみたいに微笑んで。

 

言った。

 

「よろしく」

 

それだけ。

 

でも。

 

その一言で、十分だった。

 

ぽろっと、かぐやの涙がもう一粒落ちる。

 

でもすぐにぐしゃぐしゃの顔で、笑った。

 

「……うん!!」

 

その声が。

 

現実のドームにも。

 

ツクヨミの夜にも。

 

同時に、響いた。

 

一拍遅れて。

 

「うわああああああああああああああ!!!!!!」

 

歓声が爆発する。

現実では、ペンライトが一斉に揺れ。

ツクヨミでは、水面に無数の光の輪が広がる。

 

花火の残光が、もう一度夜に灯った。

 

誰かが叫ぶ。

 

誰かが泣く。

 

誰かが笑う。

 

全部混ざって。

 

世界がぐちゃぐちゃになるくらいの音。

 

その中心で。

 

かぐやは、俺の袖をぎゅっと掴んだ。

 

ライブのときと同じ。

 

でも、さっきより、強く。

 

離さないみたいに。

 

「……朔夜」

 

「ん?」

 

「逃げられなくなったね」

 

「最初からそのつもりないし、かぐやもないだろ」

 

「うん」

 

満面の笑み。

 

「最初からそのつもりだった!」

 

「だろうな」

 

俺は呆れたように笑って。

 

でも、その手を払わなかった。

 

「ごめんな、かぐや」

 

「………何が?」

 

「言わせちゃって」

 

「……気にしなぁい~!!」

 

そう言って。

 

むしろ。

 

少しだけ、握り返した。

 

二つの世界の真ん中で。

 

ようやく。

 

ちゃんと、繋がった気がした。

 

 

 





「かぐや……良かったねぇ………」

「………」

「彩葉?」

「………………なんでもない」

IFバットエンド見たいっすか?

  • 黙れ、純愛しか認めんぞ
  • 来い!来てみろ!かかってこい!!
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