彩葉に男の幼馴染がいたっていいじゃない   作:ザワザワする人

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感想いつもありがとうございます!
今回ちょっと長いっす!まぁ必然的に長いんですけど。



あなたの全てに彩りを

 

 

「うん……多分、大丈夫」

 

今日は、朔夜から初めてお出かけに誘われた。

そりゃ大学生の頃に、二人でどこかに行ったりはしたけれども。

それはなんとなく、流れで二人で言っていただけで。

そういうのはデートとは言わない気がして。

………私が勝手に思ってるだけだろうけど。

 

「うんうん!彩葉、似合ってる!」

 

「ちょ~可愛いよ!!」

 

………かぐやとヤチヨにも褒められた。

同じ家に住んでるけど、現地集合にしてみた。

お洒落とかしたら………褒めてくれるかなと思ったから。

 

「ふぅ~……よしっ!」

 

集合場所で朔夜を見つけた私は、気合いを入れなおして、声をかける。

 

「朔夜」

 

「お、来た」

 

「ごめんね。待たせちゃった?」

 

「まぁ俺の方が、早く出たしな」

 

「た、確かにね」

 

「そんじゃ行くか~」

 

「う、うん」

 

あれ、こんなので合ってたっけ。

 

私の話し方、こんなのだったっけ?

 

もっと……なんか自然な感じで………。

 

だめだ、思い出せない。

 

朔夜に、変だって思われるかも。

 

「……彩葉?」

 

「っ、な、なに?」

 

「いや。なんか今日、緊張してね?」

 

図星を突かれて、肩が跳ねる。

 

そんなに分かりやすかったんだ。

 

「べ、別に……そんなこと……」

 

「ふーん?」

 

朔夜はわざとらしく覗き込んできて、私の顔を見たあと。

 

ふっと、小さく笑った。

 

「まぁでも」

 

「?」

 

「今日の彩葉、めっちゃ可愛いよ」

 

「へ?」

 

一瞬、私の思考が止まった。

 

「髪型も違うし。服も、靴も。ちゃんと気合い入れて来た感じする」

 

「ぁ……」

 

気付いて、くれた。

 

全部。

 

かぐやとヤチヨに、ショッピングに付き合ってもらって。

前髪どうするかとか。

靴これ派手かなとか。

ネックレス付けるかとか。

 

そんなの全部、朔夜はちゃんと見てくれていた。

 

「に、似合ってる……?」

 

「ん。かなり」

 

「…………っ」

 

熱い。

 

顔が、絶対赤い。

 

「そ、そう……なら、よかった……」

 

「なんだそれ」

 

朔夜は楽しそうに笑う。

 

その笑い方を見て、少しだけ肩の力が抜けた。

 

あぁ。

 

そっか。

 

別に、完璧に喋ろうとしなくていいんだ。

 

変に見られないように、とか。

ちゃんとしなきゃ、とか。

 

そんなのばっか考えてたけど。

 

目の前の幼馴染は、昔からずっと。

私がどんなでも、ちゃんと私を見てくれる人だった。

 

「……朔夜」

 

「んー?」

 

「今日、誘ってくれてありがと」

 

「こちらこそ。来てくれてありがとな」

 

そう言って。

朔夜は当たり前みたいに、再び私の歩幅に合わせて歩き出した。

 

その瞬間に、今日のデートは絶対楽しい。

 

そんな確信が、胸の中にふわっと広がった。

 

 

 

 

 

 

「おっき………」

 

「でかい……圧倒的でかさ」

 

私達が来たのは、水族館。

電車に三十分程、揺られてきたので私もこんな所知らなかった。

今は、大水槽に二人共圧倒されている所だ。

 

「お、イワシ」

 

イワシの群れが、大きな渦を作りだす。

銀色の身体が、照明を受けてきらきら光っていた。

まるで、水槽の中に星空があるみたいだった。

 

「……すごいね」

 

「な。なんか、ずっと見てられる」

 

「うん」

 

水槽の前は、平日だからかそこまで混んでいなかった。

 

子供連れの家族。

制服姿の学生。

手を繋いだカップル。

 

その中で、私と朔夜は少しだけ距離を空けて並んでいた。

近すぎず。

遠すぎず。

昔からの距離。

 

「……」

 

でも今日は、その距離が少しだけもどかしい。

ちらりと横を見る。

朔夜は、水槽を見上げていた。

青い光が、横顔を淡く照らしている。

 

大学生の頃も、こういう横顔を何度も見た。

研究室で。

帰り道で。

夜遅くのコンビニで。

 

小学生の頃も、何度も見た。

学校からの帰り道。

公園で遊ぶ時。

一緒に泊まった時。

 

中学生でも、高校性でも。

 

かぐやの配信を手伝ってる時でさえ。

 

いつも、ほんの少し眠そうで。

でも、考えてる時だけ目が鋭くなる。

 

変わらない。

 

ずっと。

 

今だから分かるだけだけど。

 

……ずっと、好きだったんだろう。

 

「彩葉?」

 

「っ」

 

急に名前を呼ばれて、肩が跳ねた。

 

「な、なに?」

 

「いや。めっちゃ真剣な顔してたから」

 

「水槽を見てただけ」

 

「ほんとに?」

 

「ほんと」

 

「ふーん」

 

朔夜は、少しだけ笑った。

その顔がずるい。

昔から、そうだ。

私が隠したいことほど、何となく気付く。

でも、全部を暴くようなことはしない。

 

優しいのか。

鈍いのか。

分かってて逃げてるのか。

……多分、全部なんだろう。

 

「次、クラゲ見に行くか」

 

「うん」

 

私達は、大水槽の前を離れた。

通路を歩く間、壁の水槽を小さな魚が泳いでいる。

青。

黄色。

白。

名前も知らない魚達。

朔夜は時々立ち止まって、説明プレートを読んでいた。

 

「これ、擬態するんだって」

 

「へぇ」

 

「すごいよな。生き残るために形まで変えるんだもんな」

 

「朔夜、そういうの好きだよね」

 

「好きだな。仕組みがあるものは大体好き」

 

「じゃあ私は?」

 

言ってから、しまったと思った。

 

何を聞いてるんだろう。

 

急に。

 

重い。

 

変だ。

 

「……」

 

朔夜が、少しだけ固まる。

 

私は慌てて言葉を足そうとした。

 

「今のは、その、別に深い意味じゃなくて」

 

「好きだよ」

 

「…………へ?」

 

あまりにも普通に返されて、思考が止まった。

朔夜はプレートから目を離して、こっちを見る。

 

「彩葉は………好きだよ」

 

「……ちょっと間あったけど?」

 

「褒めてる」

 

「絶対適当でしょ」

 

「いや本気」

 

本気、という言葉に、胸が少し鳴った。

 

でも。

 

私はすぐに、心の中でブレーキを踏んだ。

 

違う。

 

これは、そういう意味じゃない。

 

朔夜は優しい。

 

昔からそうだ。

 

同級生にも。

かぐやにも。

ヤチヨにも。

私にも。

 

だから、勘違いしちゃだめなんだ。

 

もう、分かっている。

 

ヤチヨには、朔夜から言った。

 

かぐやには、かぐやからだけど、朔夜はちゃんと受け止めた。

 

二人とも特別で。

 

ちゃんと、物語みたいな日があって。

 

私は。

 

私は多分、そこに最初から居すぎた。

 

近すぎて。

 

当たり前すぎて。

 

今さら特別な言葉なんて、もらえるはずがない。

 

「……そっか」

 

私は、笑った。

 

ちゃんと普通に笑えたと思う。

 

「ありがと」

 

「ん」

 

朔夜はそれ以上何も言わなかった。

それが少しだけ、苦しかった。

でも、同時に安心もした。

 

これでいい。

今日はデートみたいで。

服も褒めてもらえて。

一緒に水族館を歩けて。

それだけで、十分すぎるくらい嬉しい。

 

欲張ったらだめだ。

そう思った。

 

 

 

 

 

 

クラゲの展示室は、他の場所よりもずっと暗かった。

丸い水槽の中で、半透明のクラゲがゆっくり漂っている。

 

青い光。

紫の光。

白く揺れる傘。

音も、少し遠い。

 

まるで水の底に沈んだみたいだった。

 

「……綺麗」

 

思わず、声が漏れた。

 

「だな」

 

隣で朔夜が頷く。

クラゲは、何も考えていないみたいに見える。

ただ水流に乗って、ふわふわと漂っている。

 

でも、本当は生きている。

ちゃんと動いている。

ちゃんとそこにいる。

 

「彩葉っぽいな」

 

「え?」

 

「いや、なんか」

 

朔夜は少し言葉を探す。

 

「静かだけど、綺麗っていうか」

 

「……それ、クラゲと一緒ってこと?」

 

「言い方を間違えた気がする」

 

「ふふ」

 

思わず笑ってしまった。

朔夜が少し安心したように息を吐く。

 

「でも、分かるよ」

 

「分かるのか」

 

「うん」

 

私は水槽へ目を戻す。

 

「私、こういう静かな場所好きだから」

 

「知ってるよ」

 

その言い方が、自然すぎた。

知ってる。

ただそれだけなのに。

長い時間を一緒にいたことが、その一言に詰まっている気がした。

 

「……朔夜は、よく覚えてるよね」

 

「何を?」

 

「私の……好きなものとか」

 

「そりゃ覚えてるだろ」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……」

 

朔夜は少しだけ困った顔をした。

 

「彩葉のことだし」

 

胸が、また鳴る。

やめてほしい。

そういうことを、そんな普通に言わないでほしい。

 

期待してしまうから。

 

「……そっか」

 

私はまた、同じように笑った。

ちゃんと笑う。

ちゃんと普通に。

今日を壊したくない。

 

「次、行こっか」

 

「ああ」

 

そう言って歩き出そうとした時。

ふいに、手が触れた。

指先が、ほんの少しだけ。

 

「あ」

 

「……」

 

一瞬、二人とも止まる。

それだけだった。

ただ触れただけ。

 

でも、私は反射的に手を引きかけて。

その前に、朔夜の指が私の指をそっと掴んだ。

 

「……朔夜?」

 

「人、増えてきたし」

 

「ここ、そんなに混んでないよ」

 

「……」

 

「……」

 

朔夜は、少しだけ視線を逸らした。

珍しい。

本当に珍しく、言い訳が下手だった。

 

「……繋ぎたいなら、そう言えばいいのに」

 

自分でも驚くくらい、小さな声だった。

でも、朔夜には届いた。

 

「……繋ぎたい」

 

その返事も、驚くくらい小さかった。

指先から、熱が広がる。

私は何も言えなくなって。

 

ただ、そっと握り返した。

昔から隣にいた人の手なのに。

こんなに緊張するなんて、知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

水族館を出ると、外の光が少し眩しかった。

さっきまで青い世界にいたからか、空の色がやけにはっきり見える。

 

「結構見たな」

 

「うん。思ったより長くいたね」

 

「昼過ぎてるし、何か食べるか」

 

「そうだね」

 

朔夜はスマホで周辺を軽く調べてから、少し先を指差した。

 

「近くにショッピングモールあるっぽい」

 

「へぇ。こんな所にあるんだ」

 

「飯食って、少し見て回るか」

 

「うん」

 

そう返事をしたあとで、少しだけ胸が跳ねた。

 

水族館だけじゃない。

 

まだ、続くんだ。

 

今日が。

 

朔夜と二人きりの時間が。

 

そう思っただけで、足取りが少し軽くなった。

 

 

 

 

ショッピングモールは、休日ほどではないけれど、それなりに人がいた。

 

吹き抜けの広い通路。

ガラス張りの天井。

並んだ店の明かり。

どこからか聞こえる子供の笑い声。

 

水族館の静けさとは全然違う。

 

でも、不思議と嫌じゃなかった。

 

「何食べたい?」

 

「朔夜は?」

 

「俺は何でも」

 

「一番困る答え」

 

「じゃあ、彩葉が食べたいもの」

 

「それも困る」

 

「難しいな……」

 

二人でフードコートを一周して、結局少し落ち着いたレストランに入った。

向かい合って座ると、なんだか急にデートっぽさが増した気がして、少しだけ背筋が伸びる。

 

「彩葉、メニュー決まった?」

 

「うん。パスタにする」

 

「じゃあ俺も」

 

「真似した」

 

「選ぶの楽」

 

「そういうところ」

 

「悪かったって」

 

そんな会話をしながら、料理を待つ。

 

こういう時間も、私は好きだった。

 

特別な話をするわけじゃない。

大きな事件が起きるわけでもない。

 

ただ一緒にいて、同じものを見て、同じように笑う。

 

昔から何度もあったはずなのに。

 

今日は、少しだけ違う。

 

水族館で繋いだ手の感触が、まだ指先に残っていた。

 

「……彩葉」

 

「ん?」

 

「今日、楽しいか?」

 

急に聞かれて、私は少しだけ目を瞬いた。

 

「楽しいよ」

 

「そっか」

 

「朔夜は?」

 

「楽しい」

 

すぐに返ってきた。

その返事が、思っていたより嬉しくて、思わず俯く。

 

「……なら、よかった」

 

「なんで彩葉が安心するんだよ」

 

「だって、誘ったのは朔夜だけど」

 

「うん」

 

「でも、こういうの……慣れてなさそうだから」

 

「まぁ慣れてはない」

 

「だよね」

 

「でも」

 

朔夜は、水の入ったグラスを少し指で回した。

 

「彩葉となら、楽だなって思った」

 

「……それ、褒めてる?」

 

「褒めてる」

 

「なら、受け取っておく」

 

少し拗ねたように言うと、朔夜が笑った。

 

その顔を見て、胸の奥が温かくなる。

 

楽しい。

 

本当に、楽しい。

 

だからこそ、余計なことは考えないようにした。

 

今日はこうして二人で出かけられて。

服も褒めてもらえて。

水族館で手も繋げて。

今も、向かい合ってご飯を食べている。

 

それだけで、十分。

 

十分すぎる。

 

そう、自分に言い聞かせた。

 

「彩葉?」

 

「……なに?」

 

「また考え込んでる」

 

「そんなことない」

 

「ある」

 

「ない」

 

「ある」

 

「ない」

 

「じゃあパスタ冷めるぞ」

 

「あ」

 

慌ててフォークを取ると、朔夜が小さく笑った。

 

その笑顔を見て、胸が少し痛くなる。

 

好きだな、と思った。

 

今さら過ぎるくらい、当たり前に。

 

 

 

 

食事のあと、私達はモールの中をゆっくり歩いた。

 

雑貨屋に入って、かぐやが好きそうな変なクッションを見つけたり。

ヤチヨが喜びそうな星形のライトを眺めたり。

本屋で、朔夜が専門書の棚からしばらく帰ってこなくなったり。

 

「デート中に専門書読む?」

 

「表紙だけ」

 

「三ページ読んでた」

 

「誤差」

 

「誤差じゃない」

 

「でも面白かった」

 

「それはよかったね」

 

呆れて言うと、朔夜は少し気まずそうに本を戻した。

 

「ごめん」

 

「別に。朔夜らしいし」

 

「それ、許されてるのか?」

 

「半分くらい」

 

「残り半分は?」

 

「後で何か奢ってもらう」

 

「りょ~かい」

 

その後、アクセサリーショップの前を通った時。

 

私は無意識に足を止めてしまった。

 

ガラスケースの中に、小さな月の形をしたネックレスが並んでいる。

 

銀色で、控えめで。

でも角度を変えると、ほんの少し青く光る。

 

「気になる?」

 

「え? あ、ううん。ただ見てただけ」

 

「入るか」

 

「いいよ。見るだけだし」

 

「見るだけでもいいだろ」

 

そう言って、朔夜は自然に店へ入っていく。

 

私は少し慌てて後を追った。

 

店員さんに軽く会釈して、ショーケースを覗く。

 

近くで見ると、やっぱり綺麗だった。

 

派手じゃない。

でも、ずっと身に着けていられそうなデザイン。

 

「こういうの彩葉、好きそう」

 

「……分かるんだ」

 

「まぁ、長いし」

 

長いし。

 

その言葉が、少しだけ胸に引っかかる。

 

でも、嫌な感じじゃなかった。

 

むしろ、長い時間をちゃんと見てくれていたみたいで、少し嬉しかった。

 

「試してみますか?」

 

店員さんに声をかけられて、私は少し迷う。

 

「いえ、今日は――」

 

「お願いします」

 

朔夜が先に答えた。

 

「朔夜」

 

「見るだけでもいいんだろ?」

 

「……そうだけど」

 

店員さんがネックレスを出してくれる。

 

私は鏡の前で、それを首元に当てた。

 

小さな月が、鎖骨のあたりで淡く光る。

 

「……どう?」

 

聞いてから、心臓が跳ねた。

 

何を聞いてるんだろう。

 

でも朔夜は、鏡越しに私を見て。

 

少しだけ黙ったあと、言った。

 

「似合ってる」

 

「……ほんと?」

 

「うん」

 

「今日の服に?」

 

「今日の服にも。彩葉にも」

 

「…………」

 

顔が熱くなる。

店員さんが微笑ましそうにしているのが分かって、余計に恥ずかしい。

 

「じゃあ、外すね」

 

「買う」

 

「え?」

 

「それ、買う」

 

「ちょ、待って。高いかもしれないし」

 

「そこまでじゃない」

 

「でも」

 

「今日の記念、な。」

 

その言葉に、息が止まった。

 

今日の、記念。

 

朔夜にとっても、今日が少しでも残したい日なんだと思ったら。

 

もう何も言えなくなった。

 

「……ありがとう」

 

「ん」

 

会計を済ませたあと、朔夜は袋に入れてもらうか聞かれて、少し考えてから私を見る。

 

「着けてく?」

 

「……うん」

 

店員さんに付けてもらう間、私はずっと鏡を見ていた。

 

首元の小さな月。

 

それが、少しだけ私のものじゃないみたいで。

 

でも、確かに私の胸元で光っていた。

 

 

 

 

夕方になった。

 

モールの外へ出ると、空が淡い橙色に染まっていた。

 

「結構歩いたね」

 

「足痛くないか?」

 

「大丈夫。靴、歩きやすいのにしたから」

 

「そっか」

 

「……もしかして、気付いてた?」

 

「朝から」

 

「そういうの、ほんとよく見てるよね」

 

「彩葉のことだからな」

 

また。

 

そんな風に言う。

 

胸が、痛いくらい温かくなる。

 

でも私は、何も言わなかった。

 

言ってしまえば、今日が変わってしまう気がしたから。

 

このままでも十分幸せで。

これ以上を望んだら、欲張りすぎな気がしたから。

 

その時、モールの奥にある案内板が目に入った。

 

屋上エリア。

観覧車。

 

「……観覧車あるんだ」

 

私がぽつりと言うと、朔夜も看板を見た。

 

「あ、本当だ」

 

「ショッピングモールに観覧車って、珍しいね」

 

「乗る?」

 

「え?」

 

思わず聞き返す。

 

朔夜は少しだけ視線を逸らした。

 

「嫌ならいいけど」

 

「嫌じゃない」

 

即答してしまった。

 

朔夜が目を瞬く。

 

私は慌てて言い直す。

 

「その……乗ってみたい」

 

「じゃあ行くか」

 

「うん」

 

屋上へ向かうエレベーターの中で、私は胸元のネックレスにそっと触れた。

 

小さな月が、指先に当たる。

 

今日はもう、十分すぎる。

 

そう思っていた。筈なのに。

 

 

 

 

 

 

 

観覧車は、思っていたより大きかった。

 

屋上の端に設置されていて、夕焼けの空へゆっくりと回っている。

 

ゴンドラが一つずつ降りてきては、人を乗せて、また高く空へ上がっていく。

 

「高いところ平気だろ?」

 

「うん。朔夜は?」

 

「まぁ、飛行機よりは」

 

「比較対象がおかしい」

 

係員さんに案内されて、私達はゴンドラに乗り込んだ。

 

向かい合って座る。

 

扉が閉まる。

 

小さく機械の音がして、ゆっくりと足元が地面から離れていく。

 

「……わ」

 

思わず声が漏れた。

 

モールの屋上が、少しずつ下へ離れていく。

歩いてきた通路も、店の明かりも、人の流れも、全部が小さくなっていった。

 

遠くには街並み。

その向こうには、夕焼けに沈みかけた空。

 

「綺麗だね」

 

「だな」

 

朔夜は窓の外を見ていた。

 

夕方の光が、横顔を淡く染めている。

 

私は胸元のネックレスに、そっと触れた。

 

さっき朔夜が買ってくれた、小さな月。

 

今日の記念。

 

その言葉を思い出すだけで、胸の奥がきゅっとなる。

 

今日一日、ずっと楽しかった。

 

水族館で手を繋いで。

レストランで向かい合ってご飯を食べて。

モールを歩いて。

ネックレスまで買ってもらって。

最後に、二人だけで観覧車。

 

もう、十分すぎる。

 

十分すぎるはずなのに。

 

どうしてだろう。

 

観覧車が高く上がるにつれて、胸の奥に沈めていたものまで、一緒に浮かび上がってくる。

 

「彩葉」

 

名前を呼ばれて、顔を上げる。

 

朔夜は、窓の外じゃなくて、私を見ていた。

 

いつもの少し眠そうな顔じゃない。

 

真面目で。

少し緊張していて。

でも、目を逸らしていない。

 

その表情を見た瞬間、心臓が跳ねた。

 

「今日、ありがとな」

 

「……それ、私が言うことだよ」

 

「いや。俺が言いたかった」

 

「……そっか」

 

ゴンドラはゆっくり上がっていく。

 

街の音はもう、ほとんど届かない。

 

小さな箱の中に、私達二人だけが取り残されたみたいだった。

 

「彩葉」

 

「うん」

 

「今日誘ったの、流れじゃないから」

 

息が、止まった。

 

「水族館行って、飯食って、モール見て回って」

 

「……うん」

 

「観覧車乗って」

 

朔夜は、少しだけ息を吸う。

 

「こういうのを、ちゃんと彩葉としたかった」

 

胸の奥が、痛いくらい熱くなる。

 

「かぐやでも、ヤチヨでもなく」

 

一拍。

 

「彩葉と、二人で」

 

「……っ」

 

嬉しい。

 

嬉しいのに。

 

その言葉が、胸の奥にずっと押し込めていたものを、乱暴に揺らした。

 

やめて。

 

そんな風に言わないで。

 

期待してしまう。

 

ずっと我慢してたのに。

 

今日はこれだけで十分だって、何度も自分に言い聞かせてたのに。

 

「……朔夜」

 

自分の声が、少し震えた。

 

「ん」

 

「私ね」

 

言わないつもりだった。

 

今日を壊したくなかった。

 

重いって思われたくなかった。

 

面倒だって、困った顔をされたくなかった。

 

これからを、壊したくなかった。

 

でも。

 

もう、無理だった。

 

「もう、ないと思ってた」

 

朔夜の目が、わずかに揺れる。

 

「……何が?」

 

「こういうの」

 

声が震える。

 

胸元の月を握る指先にも、力が入る。

 

「デートに誘われたり」

 

「可愛いって言われたり」

 

「手を繋いだり」

 

「プレゼント、もらったり」

 

「そういうの全部は…………もう私には、ないんだって思ってた」

 

言葉にした瞬間、涙が滲んだ。

 

でも口が止まらない。

 

「ヤチヨには、朔夜から言ったでしょ」

 

「……」

 

「かぐやには、ライブの真ん中でちゃんと応えた」

 

「……うん」

 

「二人には、ちゃんと特別な瞬間があった」

 

声が少しずつ大きくなる。

 

分かってる。

 

落ち着かなきゃ。

 

そう思うのに。

 

ずっと積もっていたものが、もう止まらない。

 

「でも私はっ……私は、昔から近くにいすぎたから」

 

「幼馴染だから」

 

「当たり前みたいに隣にいたから」

 

「今さら、そういう言葉なんて、もらえないんだってっ……!」

 

視界が滲む。

 

朔夜の顔が、少しぼやける。

 

「今日だって!」

 

自分でも驚くくらい、大きな声が出た。

 

狭いゴンドラの中で、自分の声が跳ね返る。

 

それが頭の中で反芻されて、また自分が嫌になる、

 

「今日だって、すっごく嬉しかった!」

 

「朝、可愛いって言ってくれたのも!」

 

「服も靴も気付いてくれたのも!」

 

「水族館で手を繋いでくれたのも!」

 

「ネックレス買ってくれたのも!」

 

「全部、全部嬉しかった!」

 

涙が頬を落ちる。

 

もう止められない。

 

「でも、嬉しいたびに苦しかった!」

 

「これ以上欲しがっちゃ駄目だって思った!」

 

「私は、これで十分だって!」

 

「十分だって思わなきゃって!」

 

「だって、欲しがって、困らせたら嫌だったから!」

 

朔夜は何も言わない。

 

ただ、逃げずに聞いている。

 

その顔を見たら、余計に胸が苦しくなった。

 

「ずっと待ってたのに……!」

 

声が震える。

 

でも、止まらない。

 

「ずっと、ずっと本当は想ってたのに!」

 

「大学の時も!」

 

「その前からも!」

 

「朔夜が無茶して、私が怒って!」

 

「それでも最後は手伝って!」

 

「当たり前みたいに隣にいて!」

 

「それが嬉しくて!」

 

「でも、それだけじゃ足りなくて!」

 

喉が痛い。

 

胸が熱い。

 

涙で、息がうまくできない。

 

もう、だめだ。

 

「私だって、選ばれたかった!」

 

叫んだ瞬間。

 

自分でも、はっとした。

 

ゴンドラの中が、静まり返る。

 

言ってしまった。

 

一番、言いたくなかった言葉。

 

一番、聞いてほしかった言葉。

 

「……っ」

 

私は慌てて俯いた。

 

涙が、ぽたぽたと膝に落ちる。

 

「ご、ごめん……」

 

声が、小さくなる。

 

「こんなこと、言うつもりじゃなかった」

 

「今日、楽しかったのに」

 

「せっかく、朔夜が誘ってくれたのに」

 

「重いよね、こんなの」

 

「ごめん……」

 

胸元のネックレスを握る。

 

小さな月が、指の中で冷たく光っていた。

 

「でも……」

 

消えそうな声で、続ける。

 

「もう、抑えられなかった」

 

「私、ずっと……」

 

言葉が詰まる。

 

その先を言ったら、もう戻れない気がした。

 

でも、朔夜は静かに私の名前を呼んだ。

 

「彩葉」

 

「……なに」

 

顔は上げられなかった。

 

すると、朔夜がゆっくり立ち上がった。

 

ゴンドラが少し揺れる。

 

「ちょ、危ないよ」

 

「大丈夫」

 

「大丈夫じゃない」

 

「彩葉」

 

もう一度、名前を呼ばれる。

 

今度は、すぐ近くから。

 

気付けば朔夜は、私の隣に座っていた。

 

向かい側じゃない。

 

隣。

 

いつもの場所。

 

でも、今までとは違う距離。

 

朔夜の手が、私の手に触れる。

 

胸元のネックレスを握っていた指を、そっと解かれた。

 

「……ごめん」

 

その声が、あまりにも真剣で。

 

私は、ようやく顔を上げた。

 

朔夜は、痛そうな顔をしていた。

 

私が泣いていることが、自分のことみたいに苦しいみたいな顔。

 

「そう思わせたのは、俺だ」

 

「……違う」

 

「違わない」

 

朔夜は、静かに首を振る。

 

「彩葉がずっと隣にいてくれることに、甘えてた」

 

「何も言わなくても分かってくれるって、どこかで思ってた」

 

「怒ってくれるのも」

 

「止めてくれるのも」

 

「最後に手伝ってくれるのも」

 

「全部、当たり前にしてた」

 

「……」

 

「でも、当たり前じゃなかった」

 

朔夜の指が、私の手を包む。

 

少し冷えていた指先に、熱が戻ってくる。

 

「彩葉は、ずっと選んでくれてたんだよな」

 

「俺の隣にいることを」

 

涙が、また落ちる。

 

「……私は」

 

「うん」

 

「選んでたよ」

 

声が震えた。

 

「ずっと」

 

「知るのが遅くて、ごめん」

 

「遅いよ……」

 

「うん」

 

「遅すぎるよ……」

 

「うん」

 

「ばか……」

 

「うん」

 

「ほんとに、ばか……」

 

「ごめん」

 

朔夜は、何度でも受け止めるみたいに頷いた。

 

それが余計にずるい。

 

「でも」

 

朔夜が、私の手を少しだけ強く握る。

 

「今日誘ったのは、流れじゃない」

 

「……」

 

「彩葉に、ちゃんと言うためだった」

 

息が止まる。

 

「水族館も」

 

「ご飯も」

 

「ショッピングモールも」

 

「この観覧車も」

 

「全部、彩葉と来たかった」

 

「……ほんとに?」

 

「ほんと」

 

「私に、言うため?」

 

「うん」

 

ゴンドラが、頂上に近づいていく。

 

窓の外いっぱいに、夕焼けが広がる。

 

街の向こうに、薄い月が見えた。

 

胸元の小さな月と、空の月。

 

その両方が、どこか滲んで見える。

 

「彩葉」

 

朔夜は、逃げなかった。

 

私の手を握ったまま。

 

私だけを見て。

 

 

「好きだ」

 

 

時間が止まったみたいに、私の頭も止まった。

 

「幼馴染だからじゃなくて」

 

「長く一緒にいたからだけでもなくて」

 

「彩葉がいい」

 

涙が、また一粒落ちる。

 

でも今度は、悲しいだけじゃなかった。

 

「怒ってくれるところも」

 

「面倒見が良すぎるところも」

 

「本当は不安なのに、最後まで平気な顔しようとするところも」

 

「俺の無茶を止めるくせに、最後は一緒に背負ってくれるところも」

 

「全部、大好きだ」

 

「……っ」

 

息が詰まる。

 

言葉が、出ない。

 

ずっと欲しかった。

 

ずっと聞きたかった。

 

でも、聞けないと思っていた言葉。

 

それが今、私だけに向けられている。

 

「だから」

 

朔夜は、少しだけ息を吸った。

 

緊張しているのが分かる。

 

手のひらから、伝わってくる。

 

それが、どうしようもなく嬉しい。

 

「これから先も、俺の隣にいてほしい」

 

「当たり前じゃなくて」

 

「流れでもなくて」

 

「俺が、彩葉を選びたい」

 

涙で、視界がぐちゃぐちゃになる。

 

「俺と」

 

朔夜は、私の手を両手で包んだ。

 

不器用で。

 

でも、とても丁寧に。

 

「結婚してくれ」

 

声が出なかった。

 

ゴンドラが、ちょうど頂上へ辿り着く。

 

夕焼けと夜の境目で、街の灯りが一つずつ点き始める。

 

水族館の青。

 

モールの明かり。

 

胸元の小さな月。

 

そして今、この空。

 

全部が、今日という一日に繋がっている。

 

「……ほんとに?」

 

やっと出た声は、情けないくらい震えていた。

 

「ほんと」

 

「私で、いいの?」

 

「彩葉がいい」

 

即答だった。

 

「……ずるい」

 

「うん」

 

「そんなの……ずるいよ」

 

「ごめん」

 

「謝らないで」

 

「……うん」

 

「嬉しいから………ほんとに」

 

また涙が落ちる。

 

私は、朔夜の手を握り返した。

 

ぎゅっと。

 

逃がさないみたいに。

 

逃げられないように。

 

「なる」

 

声が震える。

 

でも、ちゃんと届くように。

 

「私は、朔夜の家族になる」

 

朔夜の表情が、少しだけ緩んだ。

 

その顔を見た瞬間、胸がいっぱいになって。

 

私はもう一度、少しだけ大きな声で言った。

 

「なるから!」

 

「ちゃんと、なるから……!」

 

「だからもう、私のこと当たり前みたいにしないで!」

 

「ちゃんと見て!」

 

「ちゃんと選んで!」

 

「ちゃんと、可愛いって言って!」

 

朔夜が、少し目を丸くする。

 

それから、困ったように笑った。

 

「……分かった」

 

「遅かった分、いっぱい言って」

 

「うん」

 

「いっぱい埋め合わせして」

 

「うん」

 

「逃げないで」

 

「逃げない」

 

「ほんとに?」

 

「ほんと」

 

「約束」

 

「約束する」

 

私は泣きながら、少しだけ笑った。

 

「……今日の私、可愛い?」

 

朔夜は一瞬だけ照れたように視線を逸らした。

 

でも。

 

すぐに、ちゃんと私を見た。

 

「可愛いよ」

 

「もう一回」

 

「可愛い」

 

「もう一回」

 

「……可愛い」

 

「もっと」

 

「要求多くないか?」

 

「遅かった分」

 

「……そうだった」

 

朔夜は観念したように息を吐いて。

 

でも、どこか優しく笑った。

 

「今日の彩葉は、すごく可愛い」

 

「髪も、服も、靴も」

 

「そのネックレスも」

 

「全部似合ってる」

 

「でも、多分」

 

一拍。

 

「今、笑ってる顔が一番可愛い」

 

「…………っ」

 

また泣いた。

 

もう、どうしようもなかった。

 

涙が止まらないのに、笑ってしまう。

 

嬉しくて。

 

悔しくて。

 

やっと届いて。

 

やっと言ってもらえて。

 

「……ばか」

 

「うん」

 

「ほんと、ばか」

 

「うん」

 

「でも、好き」

 

小さく言うつもりだった。

 

でも、少し声が大きくなった。

 

「私も、朔夜が好き!」

 

「ずっと好きだった!」

 

「ずっと、ずっと!」

 

「もう、本当に、ずっと!」

 

言ったあと、顔が一気に熱くなる。

 

「……っ、い、今のなし」

 

「なしにはしない」

 

「して」

 

「しない」

 

「朔夜」

 

「嬉しかったから、しない」

 

その言い方が、あまりにも真っ直ぐで。

 

私は、また何も言えなくなった。

 

ゴンドラは、ゆっくりと下り始める。

 

夕焼けの空から、夜の街へ。

 

私達を乗せたまま、少しずつ。

 

私は朔夜の肩に、そっと額を預けた。

 

「……降りたら、顔ひどいかも」

 

「泣いたからな」

 

「誰のせい?」

 

「俺です」

 

「分かってるならよし」

 

「……メイク直す時間、取るか」

 

「うん」

 

「あと、何か甘いものでも食べる?」

 

「食べる」

 

「即答」

 

「今日は埋め合わせの日だから」

 

「今日だけで済む?」

 

「済まない」

 

「だよな」

 

朔夜が小さく笑う。

 

その振動が、肩越しに伝わってくる。

 

私は目を閉じた。

 

胸元の月が、微かに揺れる。

 

当たり前だと思っていた隣。

 

ずっと言葉にされなかった場所。

 

でも今日、ようやく名前がついた。

 

私は朔夜の手を、もう一度強く握った。

 

今度は、昔からの距離じゃない。

 

ちゃんと改めて選ばれた距離。

 

ちゃんと言葉にされた場所。

 

観覧車が地上へ戻っていく。

 

扉が開いて、地上に降りても。

 

私はその手を、絶対に離さなかった。

 

 

 

 

 




甘すぎる。おかしい。ここらでバランスを取るか………
あと次話から頻度がちょっと落ちると思います。
ご了承ください~。

IFバットエンド見たいっすか?

  • 黙れ、純愛しか認めんぞ
  • 来い!来てみろ!かかってこい!!
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