なんかハッピーエンドっぽい題名ですが、ゴリゴリにバットエンドです!
まぁまぁえぐいルートを書いたので、苦手な方は見ない事をおすすめします!
分岐したのは、かぐやの卒業ライブの最後らへんからです。
「クソが!!離せ!!」
それは慈愛かあるいは侮辱か。
月人は神代朔夜の両手両足を固定し、かぐやへの道を開いた。
「………朔夜~。そんなにかぐやに会いたかった~?」
「ふざけんな!俺は勝ちに来てんだよ!!」
かぐやのこぼした笑みに、神代朔夜は怒りを隠せない。
そこには無力な自分への怒りが大部分である事は言うまでもない。
「…………ありがとね、朔夜」
かぐやは、そう言って笑う。
その笑顔はいつもと同じように、明るく、眩しく、かぐやらしさで溢れていた。
「……何笑ってんだよ」
「朔夜が、すっごい顔してるから」
「うるさい」
月人に押さえられ、膝立ちにされながら、神代朔夜は顔をしかめる。
悔しさも、怒りも、寂しさも、全てを隠さず公にしながら。
「ねえ、朔夜」
「……なんだ」
「動かないでね」
「は?」
そっと、かぐやの指が朔夜の前髪をかき上げる。
柔らかな唇が、朔夜の額に触れた。
しかしその温もりは、焼き付くように深く朔夜の脳に残った。
「——っ」
朔夜の目は大きく見開かれ、顔には興奮を示すように赤く頬を染めていく。
「な、なにして——」
朔夜が言い終わるより早く、背後の月人が静かに手刀を落とした。
「……は?」
朔夜は気絶し、そのままログアウト━━
「え…………?」
朔夜の眼前に立っているかぐやも驚きを隠せない。
急に、変わったからだ。
ツクヨミにいる筈の朔夜の服が、かぐやが何十回も見た
「え、えと………」
朔夜は、完全に気絶している。
眼を瞑り、呼吸は深く、体を完全に月人の一人へと預けている。
それに気を取られていたかぐやは、気づく事が出来なかった。
背後から、虹に輝く羽衣を着せられていた事を。
「………」
かぐやの目から光が消え、地球での記憶全てを抹消される。
「………」
その時、かすかにかぐやに羽衣を着せた月人の視線が動き、顎とみられる部位を動かした。
それに応じるかのように、朔夜を受けてめていた月人は動く。
左腕だけで、朔夜を支え。
そして右腕を天高く伸ばした後に。
□
それを、遥か下の地平から見ていた彩葉は、何が起こっているかは分からない。
よって、普通に。涙を見せないように。
「皆、ほんとにありがとう。………ごめん、先抜けるね」
そう黒鬼、真実、芦花に伝え、青い塵と共にログアウトした。
まず視界に映ったのは、肉体ごと消失したかぐやの服。
そこで改めて、彩葉は喪失を感じる。
(あれ………?)
気付けば、朔夜がいなかった。
(寝たのかな……)
そう思う他なかった彩葉は、重い足取りで朔夜の寝室に向かった。
幸いにも朔夜の部屋は、配信部屋の隣だったので、すぐに着いた。
扉を開けても、人の気配はなく、もちろん朔夜もいなかった。
一階に降りてキッチン、リビングをみた。
いなかった。
トイレの扉をひねって開けた。
いなかった。
お風呂を見た。
いなかった。
全ての部屋の扉を開けた。
どこにも朔夜はいなかった。
残る元気を振り絞り、大きな声を出して呼んでみた。
返事は、なかった。
□
それから、三日が経った。
正確には、三日分の朝と夜が過ぎた。
けれど彩葉にとって、それは時間と呼べるものではなかった。
朝になれば窓の外が明るくなる。
夜になれば部屋の隅が暗くなる。
冷蔵庫は低く唸り、時計の針は規則正しく進み、スマホには未読の通知が溜まっていく。
けれど、そのすべてが彩葉の外側を素通りしていた。
家の中には、残っているものが多すぎた。
かぐやが脱ぎ捨てた服。
ソファに置きっぱなしのクッション。
途中まで書き込まれたライブ演出案。
キッチンの棚に残ったパンケーキミックス。
朔夜が使っていたマグカップ。
彩葉が弾きかけたまま閉じたキーボード。
なくなったものは二つだけだった。
かぐや。
そして、朔夜。
たった二つだけ。
なのに、大きすぎる家は空っぽだった。
「……」
彩葉はリビングの床に座っていた。
ソファに座る気にはなれなかった。
そこには、かぐやがよく寝転んでいたから。
テーブルの上には、スマホが置かれている。
画面には、彩葉が何度も送ったメッセージが並んでいた。
『朔夜、どこ?』
『返事して』
『お願い』
『怒らないから』
『かぐやは?』
『ねぇ』
既読はつかない。
通話も繋がらない。
ログアウト履歴もない。
ツクヨミ側の記録も、途中で途切れている。
黒鬼も、真実も、芦花も、何度も連絡をくれた。
警察に相談しようとも言われた。
でも、誰にも説明できなかった。
かぐやの肉体が消えたことも。
朔夜がログアウトしなかったことも。
月人に連れて行かれたかもしれないことも。
説明しようとすると、言葉が全部、喉の奥で崩れたから。
「……私だけ」
何度目か分からない呟き。
彩葉は、ゆっくりと立ち上がった。
キッチンへ行く。
棚を開ける。
パンケーキミックスがある。
卵もある。
牛乳もある。
フライパンもある。
作れるはずだった。
朔夜に、教えてもらった。
かぐやが、美味しいと笑っていた。
全部、覚えている。
覚えているのに。
「……わからへん」
袋を開ける手が震えた。
粉が少し、床にこぼれた。
それを見た瞬間、彩葉の中で何かが切れた。
「あ……」
小さな声が漏れる。
床に落ちた白い粉が、どうしようもなく汚く見えた。
かぐやなら笑っていた。
朔夜なら心配してくれながら、ため息をついて掃除していた。
もう、誰もいない。
「……っ」
彩葉は膝から崩れた。
床に手をつき、こぼれた粉を見つめたまま、声もなく泣いた。
涙は静かだった。
嗚咽もほとんどなかった。
ただ、目から水が落ちていくだけ。
まるで、身体が最後の余分なものを外へ出しているみたいだった。
しばらくして、彩葉は立ち上がった。
粉はそのままだった。
スマホを手に取る。
最後に一件だけ、メッセージを打った。
宛先は、朔夜。
『ごめんね』
送信。
もちろん、既読はつかなかった。
彩葉はしばらくその画面を眺めていた。
それから、スマホをテーブルに置いた。
家を出る前に、玄関で一度だけ振り返った。
「……ただいまって、言いたかったな」
その声は、誰にも届かなかった。
扉が閉まる。
家は、本当の意味で静かになった。
□
翌朝。
最初に異変に気づいたのは、芦花だった。
芦花は真実にも連絡を取らずに、一人で彩葉の家に出向いた。
郵便受けに、鍵が入ってた。
家には、いなかった。
けれどスマホはリビングに置かれたまま。
キッチンの床には、白い粉がこぼれていた。
寝室には、畳まれた制服。
配信部屋には、彩葉が書きかけた譜面が残っていた。
その曲のタイトル欄には、何も書かれていなかった。
ただ、五線譜の端に、小さく。
『三人で』
そう書かれていた。
その日の夕方、彩葉は戻らなかった。
以後も、戻らなかった。
誰かが泣いた。
誰かが叫んだ。
誰かが嘘だと言った。
けれど、家に残されたものは、何一つ答えなかった。
ただ、スマホの画面だけが暗く沈んでいた。
そこに残された最後の言葉は、たったの四文字。
『さよなら』
□
月は、静かだった。
地球の静けさとは違う。
地球の静けさには、まだ呼吸がある。
遠くの車の音。
風の揺れ。
誰かの生活。
明日へ続いてしまう気配。
だが月の静けさには、それがなかった。
すべてが整い、すべてが制御され、すべてが揺らぎを持たない。
感情が生まれる前の世界。
あるいは、感情を殺した後の世界ともいえる。
その中央に、神代朔夜は置かれていた。
膝を折り、首を垂れ、動かないまま。
胸には、穴の痕があった。
心臓は貫かれた。
けれど死なせてはもらえなかった。
月人たちにとって、朔夜は死体ではない。
記録であり、警告だった。
感情を持った存在が、地球に惹かれ、地球の者を愛し、役割を裏切った末路。
それを示すための、見せしめ。
朔夜は意識の底で、かすかに揺れていた。
痛みはあった。
だが痛みを痛みとして叫ぶ力はない。
怒りはあった。
だが怒りを怒りとして表す自由はない。
ただ、目を閉じたまま、そこにいる。
一番大切な場所へ帰ることもできず。
一番大切な名前を呼ぶこともできず。
ただ、そこに置かれていた。
□
その前を、一人の月人が通りかかった。
白い衣。
感情のない瞳。
規定された歩幅。
揺らぎのない呼吸。
かぐや。
いや、もうそう呼ばれることのない存在。
地球での記憶を奪われ、役割だけを戻された器。
その歩みが、止まった。
止まるはずがないというのに。
視界の端に、何かが映った。
本来なら意味を持たない対象。
処理して、通過すればいい。
しかし、目が離れなかった。
「……」
近づく。
一歩。
また一歩。
そこにいる存在の、顔が見えた。
黒い髪。
伏せられた目。
血の気の薄い頬。
それでも、かつて何度も見上げた顔。
「……」
名前は、削除されている。
記録は、抹消されている。
存在の意味は、封じられている。
なのに。
「……さくや」
口が、勝手に動く。
その瞬間、世界が割れた。
記憶が戻る、なんて優しいものではなく。
それは正しく洪水だった。
電柱の光。
小さな身体。
初めて食べたパンケーキ。
配信のコメント欄。
彩葉のピアノ。
ヤチヨの歌。
朔夜の呆れた顔。
朔夜の手。
朔夜の声。
朔夜の「おかえり」。
そして。
最後に見た、朔夜の怒った顔。
月人に押さえつけられながら、それでもかぐやへ手を伸ばそうとしていた顔。
「——っ」
かぐやは崩れ落ちた。
膝が床につく。
手が震える。
目の前の朔夜へ、そっと手を伸ばす。
頬に触れた。
温かい。
生きている。
生きているのに、いない。
「……ねぇ」
声が震えた。
「起きてよ」
返事はない。
「朔夜」
返事はない。
「ねぇ、朔夜」
返事はない。
かぐやは笑った。
笑おうとした。
でも上手くいかなかった。
口角だけが上がって、涙だけが落ちた。
「……なに、これ」
視線が、朔夜の胸元へ落ちる。
そこにある傷。
貫かれた痕。
かぐやは理解した。
理解してしまった。
朔夜はログアウトしなかったのではない。
できなかったのだ。
月に捕らえられた。
破壊された。
生かされたまま、晒された。
かぐやのために。
「……嘘」
出た言葉は否定だった。
けれど心はもう、全てを受け入れていた。
「朔夜、かぐやに会いに来てくれたんだよね」
違う。
勝ちに来た、と朔夜は言った。
「かぐやを連れ戻しに来たんだよね」
違う。
守りに来た。
「なのに」
声が、低くなる。
「なんで、こんなことになってるの?」
周囲の月人が動き始める。
異常を検知したのだ。
記憶復元。
感情再燃。
役割逸脱。
即時修正対象。
だが、もう遅かった。
かぐやの中で、何かが完全にプツンと切れ、何かが死んだ。
それは月の姫としての役割だった。
同時に、何かが生まれた。
それは、怒りだった。
純粋で、黒く、底のない怒り。
「……ヤチヨ」
その名を呼んだ瞬間。
遠く、地球側の仮想空間で、異変が起こった。
□
ツクヨミ。
月見ヤチヨは、ステージの上にいた。
誰もいないステージ。
けれど彼女は、いつものように調整をしていた。
かぐやが戻るはずだった場所。
朔夜が守ろうとした場所。
彩葉の音が残っている場所。
その足元が、ふっと透けた。
「……え?」
ヤチヨは自分の手を見た。
指先が、光の粒になってほどけていた。
「なに、これ」
消失ではない。
停止でもない。
もっと根本的な切断。
輪廻の輪が、外れている。
かぐやとヤチヨ。
本来なら繋がり、巡り、補い合い、いずれどちらかの形で再び出会うはずだった存在。
だが今、かぐやが選ぼうとしているのは、その輪の外だった。
帰還でも。
継承でもなく。
破壊。
ヤチヨはすぐに理解した。
「……かぐや」
声は震えなかった。
代わりに、笑ってしまった。
「そっかぁ」
ステージの背景が崩れていく。
満月のホログラムが欠ける。
水面がノイズになる。
観客席のデータが白く抜け落ちる。
ツクヨミそのものが、根からほどけていく。
ヤチヨは、そこでようやく少しだけ泣きそうな顔をした。
「八千年、待ったんだけどなぁ」
誰も聞いていない。
それでも彼女は口にした。
「やっと、みんなで歌えそうだったんだけどなぁ」
足が消える。
腰が消える。
声だけが残る。
「でも、そうだよね」
ヤチヨは、月の方角を見た。
見えるはずのない場所を。
「朔夜をあんなふうにされたら、かぐやは許さないよね」
笑う。
今度は、ちゃんとヤチヨらしく。
「いいよ」
ツクヨミの空が落ちる。
星が消える。
ステージが割れる。
「かぐや」
最後の瞬間、ヤチヨは笑って優しく言った。
「壊しちゃえ」
その言葉を最後に、月見ヤチヨは消えた。
同時に、ツクヨミの全域から光が失われた。
配信者たちのアバターが消え、ライブ会場が消え、ゲームフィールドが消え、膨大な思い出の記録が白紙になっていく。
誰かが悲鳴を上げる暇もなかった。
ただ世界から、月へ繋がる夢だけが消えた。
□
月で、かぐやはそれを感じ取った。
ヤチヨが消えたこと。
ツクヨミが消えたこと。
ヤチヨが自分であった事。
自分が、輪廻の外を選んだこと。
本来なら、そこで泣くべきだった。
謝るべきだった。
止まるべきだった。
でも。
かぐやはもう、止まれなかった。
「……そっか」
短く呟く。
「ヤチヨも、消えちゃったんだ」
声は静かだった。
静かすぎた。
周囲の月人たちが距離を詰める。
かぐやの記憶を再び消し、役割へ戻すために。
けれど、かぐやは動かなかった。
朔夜の頬に触れたまま、ただ俯いていた。
「ねぇ、朔夜」
返事はない。
「かぐやね」
返事はない。
「ハッピーエンドにしたかったんだよ」
返事はない。
「彩葉と、ヤチヨと、朔夜と」
返事はない。
「みんなで、ただいまって」
返事はない。
かぐやは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳に、もう涙はなかった。
光もなかった。
ただ、感情だけがあった。
濃すぎるほどの、感情の洪水。
「でも、もういいや」
月の床に、亀裂が入った。
物理的な亀裂ではない。
秩序の亀裂。
世界を世界として保っていた定義そのものが、かぐやの感情に侵食されていく。
「ハッピーエンドにならないなら」
空間が歪む。
月人たちの身体が、一瞬だけ輪郭を失った。
「こんな世界、いらないよね」
一人の月人が、かぐやへ手を伸ばした。
その手が、触れる前にほどけた。
光の粒になって、消えた。
かぐやはそれを見ても、瞬き一つしなかった。
「朔夜を返して」
二人目が消える。
「彩葉を返して」
三人目が消える。
「ヤチヨを返して」
月の空が、黒く染まる。
「ツクヨミを返して」
遠くの塔が崩れる。
「かぐやの、全部を返して」
その瞬間。
月全体が鳴いた。
それは崩壊音だった。
長く、冷たく、完成されていた世界が、初めて感情によって悲鳴を上げた。
月の民たちは理解した。
自分たちが、何を生んだのか。
感情を排した世界が、感情を得た存在を消そうとした。
その結果、感情そのものに滅ぼされる。
あまりにも当然の報いだった。
「……朔夜」
かぐやは、崩れていく世界の中心で、朔夜を抱きしめた。
動かない身体。
返事のない声。
それでも、手放せなかった。
「ごめんね」
今さら届かない謝罪。
「かぐや、もういい子にできない」
月の床が抜ける。
空が割れる。
かぐやの背後で、かつて彼女に羽衣を着せた月人が崩れ落ちた。
その姿を見ても、かぐやはもう何も思わない。
「全部、壊しちゃう」
それは怒りではなかった。
悲しみでもなかった。
祈りだった。
壊せば戻ると信じているわけではない。
壊しても何も戻らないことくらい、分かっている。
それでも壊す。
残しておけないから。
この世界が続くことだけは、許せないから。
「ハッピーエンドじゃないなら」
かぐやは、最後に笑った。
いつものように明るく。
眩しく。
かぐやらしく。
完全に壊れた笑顔で。
「バッドエンドごと、なくなっちゃえ」
そして月は、光を失った。
地球から見上げる夜空に、月はまだ浮かんでいた。
けれど、その内側で。
かぐやという少女が愛したものは、すべて砕け散った。
朔夜も。
彩葉も。
ヤチヨも。
ツクヨミも。
帰る場所も。
ただいまも。
何一つ、戻らなかった。
それでも最後まで、かぐやは朔夜を抱きしめていた。
まるで、まだ間に合うと信じるように。
まるで、「おかえり」と言ってくれるのを待っているように。