「わ~~~い!!今日は四人で、りょ・こ・う!」
「あんまはしゃぐなよ~」「あんまはしゃがないでよ~?」
「あはは~彩葉と朔夜お揃い~」
今日は俺とヤチヨとかぐやと彩葉で旅行に来ている。
ギリギリで一泊二日だ。
研究所の皆に、なんか変な視線で見られたがなんとか休みを取れた。
皆には迷惑をかける。申し訳ない。
「うぉ~!!足湯~~!!」
今日来てるのは、温泉街。
ぶっちゃけ俺も来た事がなく、楽しみにしてた。
「癒される~………」
「朔夜おじいちゃん?」
「そんな老いてないわ」
「彩葉は来た事ある?」
「う~ん……記憶にはないけど、アルバムの写真で見た事ある気がする」
「じゃあ皆
ヤチヨもどうやらテンション爆上げのよう。
彩葉にまとめてもらった髪をぶんぶん揺らしながら足湯を楽しんでた。
「そろそろ上がるぞ」
「え~まだ浸かる~」
「屋台行かないでいいか?」
「行く~!!」
相変わらずかぐやは分かりやすい。
「何か食べたいものあるか?」
「肉!!」
「はいはい、落ち着けな。ヤチヨと彩葉は?」
「ヤッチョもいいよ~」
「私も」
「は~い了解」
少し歩いた場所に、肉!!とデカく書かれた屋台が見えた。
肉………?だけ?
「すみません。4つお願いします」
「………あいよ」
めちゃくちゃこわもてのおじさんから四本、串に刺さった牛肉ステーキをもらった。
「ほいどうぞ」
「「「ありがと朔夜」!!」」
そのまま俺達は四人同時に頬張った。
「美味しいぃ~!!!」
「うまいなこれ……」
「ふわふわ~」
「すっごい、柔らかいね………」
どうやら俺達は当たりを引けたらしい。
串に刺さった牛肉は、屋台の見た目から想像していたよりずっとちゃんとしていた。
表面は香ばしく焼けているのに、中は柔らかい。噛むと脂がじゅわっと広がって、塩と胡椒だけで十分うまい。
かぐやは一口食べるごとに目を輝かせていた。
「朔夜、これもう一本いける。かぐや、まだまだいける。今なら牛さん一頭分くらいいける気がする」
「旅館の夕飯もあるんだから、ここで腹いっぱいにするなよ」
「えぇ~。でも旅行って、食べたいものを食べたい時に食べるためのイベントじゃないの?」
「半分合ってるけど、もう半分は全く違うだろ」
俺がそう言うと、かぐやは串に残った肉を名残惜しそうに見つめた。
その横で、ヤチヨが妙にしみじみした顔で串を掲げている。
「いやぁ、屋台ってすごいねぇ。昔と全然外見は変わんないのに」
「あぁ~確かにヤチヨの記憶の中のもこんなんだったな」
屋台のおじさんが、こちらをちらっと見た。
やべっ。聞こえてたかも。
でも俺達が食べ終わるのを見て、ほんの少しだけ口元が緩んだ気がした。
「……うまかったか」
「あ、はい。めちゃくちゃ美味しかったです」
「ならよかった」
それだけ言って、おじさんはまた無愛想な顔に戻った。
かぐやが小声で俺に囁く。
「朔夜、あのおじさん、絶対いい人だよ。顔はま~じボスキャラだけど」
「聞こえたら怒られるぞ」
「でもボスキャラが作る肉って感じで、めっちゃ美味しい」
「褒めてるのかそれ」
串を返して、俺達は温泉街の通りを歩き始めた。
石畳の道には、湯気がところどころ立ち上っている。
土産物屋の軒先には温泉まんじゅうやら、地酒やら、よく分からないゆるキャラのキーホルダーやらが並んでいた。
観光客の声もそれなりにあるが、騒がしすぎるほどではない。
夕方に近い時間帯だからか、町全体が少し橙色に染まっている。
かぐやはあっちへ行き、こっちへ行き、忙しなく店を覗いていた。
「朔夜、これ見て!温泉まんじゅう!さっき肉食べたけど、甘いものは別腹だよね?」
「旅館の夕飯があるって言ったばっかだろ。買うなら一個を四人で分けるくらいにしとけ」
「四人で一個!?それはもう儀式じゃん!」
「何の儀式だよ」
彩葉が笑いながら、かぐやの袖を軽く引いた。
「かぐや、旅館に着いてからお茶と一緒に食べる分だけ買おう。今ここで食べたら、ほんとに夕飯入らなくなるよ」
「彩葉がそう言うなら我慢する。かぐや、旅館で食べる温泉まんじゅうに期待を込める」
「期待込めすぎて箱ごと買おうとするなよ」
「朔夜はかぐやを何だと思ってるの?」
「食べ物絡むと判断力が下がるやつ」
「正解!」
「自覚あるなら直せ」
結局、温泉まんじゅうは八個入りを一箱買った。
かぐやは「これで夜と明日の朝とお土産までいける」と言っていたが、たぶん夜のうちに半分は消える。俺はもう予想している。
そこから少し歩くと、目的の旅館が見えてきた。
古い木造の建物だった。
入口には大きな暖簾がかかっていて、左右に提灯が灯っている。
派手さはないが、落ち着いた雰囲気で、温泉街の中でも少し奥まった場所にあるせいか、通りの喧騒から離れている。
かぐやが立ち止まって、ぽかんと口を開けた。
「……旅館だ」
「そりゃ旅館に来たからな」
「違う違う。かぐやが思ってた旅館そのものって感じ。木!暖簾!提灯!お出迎えされそうな玄関!」
「語彙が観光パンフレットみたいになってるよ」
ヤチヨも横で腕を組み、うんうんと頷いている。
「これはいいねぇ。温泉旅館っていうのは知ってたけど、実物はやっぱり違うよねぇ。空気がもう、休めって言ってる」
「ヤチヨは普段からかなり休んでる気がするけど」
最近、ヤチヨはよく研究所のソファでゴロゴロしてる。
管理人、仕事しなさい。
「失礼な。ヤッチョは、休んでいるように見えて世界の癒しを担当してるのです!」
「自分で言うと急に胡散臭いな」
暖簾をくぐると、玄関にいた仲居さんが丁寧に頭を下げた。
「いらっしゃいませ。ご予約の神代様でございますね」
「あ、はい。神代です」
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
名前を呼ばれた瞬間、かぐやが俺の背中をつついた。
「神代様だって。朔夜、様付けされてるよ。えらい人みたい」
「予約名だからだよ。変に反応するな」
「神代様~、お荷物をお持ちいたしましょうか~?」
「かぐやがやると煽ってるようにしか聞こえない」
彩葉が横で笑いをこらえている。
こういう時、彩葉は止める側に回ることも多いが、面白いと思ったら普通に傍観する。裏切り者である。
ロビーは畳敷きの一角と、低いソファが置かれた休憩スペースに分かれていた。
奥には小さな庭が見え、石灯籠と池がある。池の水面に夕方の光が映っていて、思ったよりずっと静かな場所だった。
チェックインを済ませる間、かぐやとヤチヨは庭に釘付けだった。
「見てヤチヨ、鯉いる!鯉!めっちゃ悠々としてる!」
「ほんとだ~いいな~ヤッチョも鯉になってみたい」
「ヤチヨはもうだいぶ鯉寄りだと思うよ」
「彩葉、今の褒めてる?」
「半分くらいは」
「半分かぁ」
部屋へ案内される途中、かぐやは廊下のあちこちを見回していた。
木の床。壁に飾られた季節の花。窓の外に見える中庭。少しだけ香る畳と檜の匂い。
月にも、ツクヨミにも、美しい場所はいくらでもあった。
けれど、こういう少し古くて、少し不便で、でも人の手が隅々まで入っている場所は、かぐやにとって新鮮なのだろう。
「朔夜、ここ、静かだけど寂しくないね」
「ん?」
「月の静かさと違う。ここは、誰かがちゃんと掃除して、誰かがちゃんとお客さん待ってて、誰かがちゃんとお茶淹れてくれそうな静かさ」
かぐやの言葉に、俺は少しだけ黙った。
横を見ると、彩葉も同じような顔をしていた。
ヤチヨは少し目を細めて、廊下の先を見ている。
「かぐやの言う通り。ヤッチョもこういうの好き」
「……そうだな。俺も好き」
部屋は、広めの和室だった。
畳の匂いがして、窓際には椅子と小さなテーブルが置かれている。障子を開けると、温泉街の屋根と、遠くの山が見えた。夕暮れの空が薄紫に変わり始めている。
「うわぁぁぁぁ!!畳!!」
かぐやは荷物を置くなり、畳へ飛び込もうとした。
俺と彩葉の声が同時に飛ぶ。
「あんま暴れるなよ!」「あんま暴れないでよ?」
かぐやが畳に手をついたまま振り返る。
「またお揃い!」
「かぐやが毎回暴れようとするからだろ」
「だって畳だよ?これは転がるためにあるんじゃないの?」
「半分くらい違うと思う」
ヤチヨは部屋の真ん中で、ゆっくりと畳に座った。
そして、両手を畳につける。
「おぉ……これが畳。お久しぶりだ~」
彩葉は笑いながら、荷物を端へ寄せた。
仲居さんがお茶と茶菓子を用意してくれた後、部屋には俺達だけが残った。
途端に、かぐやの目が温泉まんじゅうの箱へ向く。
「朔夜、旅館に着いたよ」
「着いたな」
「お茶もあるね」
「あるな」
「つまり?」
「夕飯前だから一人一個まで」
「読まれてる!」
「読まれるような顔してるからだよ」
結局、一人一個ずつ温泉まんじゅうを食べることになった。
かぐやは小さなまんじゅうを両手で持って、やけに大事そうに眺める。
「旅行ってすごいね。足湯に入って、肉食べて、旅館来て、畳に座って、温泉まんじゅう食べるだけで、もうかなり幸せ」
「まだ温泉も夕飯も残ってるぞ」
「え、旅行って強すぎない?」
ヤチヨがまんじゅうを一口で半分ほど食べ、幸せそうに目を細めた。
「これは配信したら絶対に怒られるやつだねぇ。『こっちは仕事なのに旅行見せつけるな』って言われる」
「今日は配信なしって決めたでしょ。ちゃんと休む日」
彩葉が釘を刺す。
ヤチヨは肩をすくめた。
「分かってるよ。今日は記録に残さない日。コメント欄じゃなくて、自分の目で見る日。……まあ、ちょっとだけ写真は撮るけど」
「それくらいはいいんじゃないか。後で見返したいだろ」
「朔夜がそういうこと言うの、ちょっと珍しいね」
「そうか?」
「うん。前なら、記録なんて残さなくても覚えてるだろって言いそうだった」
そう言われて、俺は窓の外へ視線を向けた。
夕暮れの山の稜線が、障子の向こうで少しぼやけている。
「最近、覚えてるだけじゃ足りないこともあるって思っただけだよ。見返せるものがあると、安心する時もある」
誰もすぐには茶化さなかった。
かぐやはまんじゅうを頬張りながら、少しだけ嬉しそうに笑っていた。
彩葉はお茶を一口飲み、静かに頷く。
「じゃあ後で写真撮ろ。四人で。ちゃんと旅行っぽいやつ」
「浴衣着てからにしようよ。絶対その方が旅館っぽい!」
かぐやが身を乗り出す。
その言葉に、ヤチヨの目が輝いた。
「浴衣! そうだ、旅館といえば浴衣だよね。ヤチヨちゃん、浴衣で温泉街を歩くやつやりたい。あと卓球。あと枕投げ」
「温泉旅館への期待が昭和なんだよ」
「データベースが古いのかも」
「枕投げはダメ。旅館に迷惑かかる」
かぐやが即座に手を上げる。
「じゃあ、静かな枕投げなら?」
「静かな枕投げって何だよ」
「心で投げる」
「もう投げてないだろ」
彩葉が棚を開けると、人数分の浴衣が畳まれて置かれていた。
それぞれ柄が少しずつ違う。
かぐやは真っ先に駆け寄って、浴衣を一枚広げた。
「見て見て!これ、月っぽい柄ある!かぐやこれがいい!」
「それ、たぶん普通に花柄やけどね」
「かぐやには月に見えるから月!」
「雑」
ヤチヨも別の浴衣を手に取って、身体に当てる。
「ヤッチョはこれかな。ちょっと大人っぽいやつ。どう?似合う?」
「似合うと思うよ。ヤチヨは落ち着いた色も合うし」
彩葉が自然にそう言うと、ヤチヨがぱちぱち瞬きをした。
「のさらっと言ったけど、ヤチヨちゃん普通に照れるよ?」
「ほんとのこと言っただけや」
「そういうのが一番照れるんだってば」
俺は自分の浴衣を手に取った。
紺色の、かなり普通のやつだった。
「俺はこれでいいか」
「朔夜、浴衣似合いそう。旅館の若旦那みたいになりそう」
「別にそんなんじゃないだろ」
かぐやが俺の浴衣と自分の浴衣を並べる。
「よし。朔夜とかぐや、いい感じ。彩葉とヤチヨもいい感じ。これは写真撮るしかない」
「着替えてからな。あと、ちゃんと男女で部屋分けて着替えるぞ」
「えー、かぐやは朔夜に帯やってもらいたい」
「彩葉に頼め」
「彩葉もヤチヨも可愛くしてくれるけど、朔夜にやってもらうのも旅行っぽいじゃん」
「どういう旅行だよ」
彩葉が苦笑しながら、かぐやの背中を軽く押した。
「はいはい、かぐやはこっち。帯くらい私が綺麗にしてあげるから、朔夜に変な負担かけない」
「変な負担じゃないもん。愛情表現だもん」
「その愛情表現は、また
「むぅ……じゃあ後で、浴衣姿を朔夜に褒めてもらう」
「それは自分で交渉して」
かぐやは振り返って、俺を指差した。
「朔夜、後でちゃんと褒めてね。適当に『似合ってる』だけじゃなくて、どこがどういいか言うんだよ」
「注文が具体的すぎる」
「かぐやは雑な褒め言葉では満足しない女なので!」
「はいはい。ちゃんと考えとく」
そう言うと、かぐやは満足そうに頷いた。
ヤチヨがその横で、にやにやしながら俺を見る。
「朔夜、大変だねぇ。女の子三人の浴衣姿をちゃんと褒めなきゃいけないんだよ?」
「なんで三人分になってるんだよ」
「え、ヤッチョの事は褒めなくていいの?」
「いや、そういう意味じゃないけど」
「彩葉は?」
ヤチヨがわざとらしく彩葉へ振る。
彩葉は少しだけ目を逸らし、浴衣を抱え直した。
「わ、私は別に、無理に褒めてもらわなくてもいいけど………」
「………彩葉」
「な、なに朔夜?」
「正直に」
「っ~~!!わ、分かった!褒めて!ちゃんと可愛いって言って!!」
「はいはい。分かった。三人ともちゃんと褒める。これでいいか?」
「よき!」
「よきかな~」
「……じゃあ、期待しとく」
三者三様の返事が返ってくる。
その賑やかさに、旅館の静かな部屋が少しだけ家みたいになった。
窓の外では、温泉街に灯りが増え始めている。
夕飯までは、まだ少し時間がある。
温泉に入って、浴衣に着替えて、夕飯を食べて、たぶんまたかぐやがはしゃぐ。
研究所でも、月でも、ツクヨミでもない場所。
ただの旅行先。
それが今は、妙にありがたかった。
俺はお茶を飲みながら、三人が浴衣を持って隣室へ向かうのを見送った。
かぐやの声が、襖の向こうからすぐに聞こえる。
「彩葉、帯ってどうやるの?」
「まだ着替え始めてもないじゃん。まず浴衣を広げて」
「これ前と後ろどっち?」
「ヤチヨも分かってないのね」
にぎやかな声が、畳の部屋に響く。
俺は思わず笑った。
旅館に来て、まだ一時間も経っていない。
それなのに、もう来てよかったと思っていた。