続きも書く。
R18も構成が浮べば書く。
三つともやらなくっちゃぁならないってのが、完結後の辛いところだな。
覚悟はいいか?俺はできてない。
「それじゃあ、私行くから」
「おう。向こうに着いたら連絡しろよ」
「子供じゃないんだから」
そう言いながら、彩葉はピースをこちらへ向けた。
ピースからの、ちょっきんからの、こんっ。
かぐやが考えた、仲良しの合図。
俺も同じように指を動かし、最後に彩葉の拳へ自分の拳を軽く当てる。
それが離れてから、彩葉はキャリーケースを引いて歩き出した。
少し進んで。
止まって。
だけど振り返らずに、片手だけをひらひら振る。
「朔夜も、ちゃんと自分の場所を決めなよ」
「……分かってるよ」
「分かってないから言ってる」
「最後まで厳しいなぁ」
「幼馴染だからね」
それだけ残して、彩葉は改札の向こうへ消えた。
かぐやが帰ってきて、かぐやとヤチヨのボディが完成して、二年。
俺達の生活は、あの頃とはまるで違うものになった。
彩葉は作曲家として、日本と月を行ったり来たり。
かぐやは相も変わらずライバーを続け、地球でも月でもライブを開いている。どっちで活動しても本人の騒がしさは大して変わらない。
ヤチヨも歌姫として活動を続けてる。
世界一有名な家族は、なんて聞かれたら、俺達の名前がそれなりの順位に上がるくらいにはなった。
そんでもって、俺は。
「皆~、さくよろ~。今日も適当にやっていきま~す」
『適当にやる人の大会成績じゃない定期』
『前回大会優勝おめ』
『遂に万年二位を卒業した男』
『彩葉ちゃんに報告した?』
『結婚して』
「優勝の報告はしたけど、結婚はしませ~ん」
『なんで????』
『候補三人もいて????』
『人類の敵』
「人類を勝手に背負わせんな」
かぐやとやってたのとは別のチャンネルでライバーを続けていた。
続けてはいるけど、今じゃ毎日配信するような元気はない。
学生時代なら、勉強してバイトして料理してゲームして、彩葉とかぐやのお世話まで出来た。
若さってすごい。
今は仕事が終わってベッドに倒れこめば、一時間は起き上がれない。
いや、まじで。
あの頃の俺、体力どうなってたん?
『でもマジで誰とも結婚しないの?』
『彩葉ちゃんとは幼馴染なんでしょ?』
『かぐやちゃんとはもう夫婦を通り越して家族』
『ヤチヨとはどうなってんだよ』
「三人共、大切な家族ですよ。だからこそ、そういう形にはならなかったっていうか」
結婚しなかったことを、後悔してない。
三人から離れたかったわけでもなければ、嫌いになったわけでもない。
今でも連絡はする。
彩葉とは月一くらいで、どっちが模試みたいな問題を早く解けるか競争してる。
大人になってまで何をしてんだ、俺達は。
かぐやは毎日のようにメッセージを送ってくる。内容の七割が食べた物の写真で、残りの二割がパンケーキ作って。一割が意味不明なスタンプ。
ヤチヨとは、護衛契約がなくなった今でも、たまにライブで共演する。
皆、大切だ。
何も変わってない。
ただ俺達は、結婚しなかった。
俺だけの場所に三人を引き止めるより、三人が行きたい場所へ行ける方がいいと思った。
我ながら格好つけた考えだ。
別にもっと単純に、三人の誰か一人を選ぶなんて出来なかっただけかもしれない。
全員と結婚するっていう、かぐや提案の超ハッピーエンドもあったけど。
結婚はハッピーエンドじゃない……気がした。
その後も人生は続く。
だったら、無理に物語を締めなくてもいいだろ。
「まぁ今は一人で気楽にやってるよ」
『強がり乙』
『目が死んでる』
『部屋きったな』
「人の部屋を指差すな。今日片づける予定だったんですぅ」
『予定』
『配信始めてますけど』
『誰か世話してやって』
「自分の世話くらい出来るっての」
ピンポーン。
配信部屋に、インターホンの音が響く。
何か頼んでたっけ。
まぁいいや。配信中に来るなら、大体宅配だろう。
「ちょい待ってて。多分ご飯来た」
『自炊は?』
「今日はお休み」
『昨日も聞いた』
「昨日は昨日。今日は今日」
椅子から立ち上がり、玄関へ向かう。
扉を開く。
「遅い」
「……なんでお前がいんの?」
そこにいたのは宅配の人ではなく。
黒いパーカーにキャップ。片手にはツクヨミへ入るためのデバイス。
もう片方の手をポケットへ突っ込み、いかにも機嫌が悪そうに俺を睨んでいる。
乃依だった。
「連絡したけど」
「配信中だから見てない」
「知ってる。見てたから」
「じゃあ来んなよ」
「なんで?」
「なんでって……」
俺が答えに詰まっている隙に、乃依は俺の横を通り抜ける。
おいおい。
何で当然みたいに人の家へ上がってるんだ。
「あ、ちょっと」
「うわ、きたな」
「開幕それは失礼すぎるだろ」
「さっくー、自分の世話くらい出来るって言ってなかった?」
「出来る。今日はまだやってないだけ」
「それを出来ないって言うんじゃないの」
こいつ。
本当に俺の配信を見てやがった。
「今、配信中だから静かにしろよ」
「じゃあ出る」
「おう。そうしてくれ」
乃依はそのまま、配信部屋へ入っていく。
出るというのは、家からではなく配信に、だったらしい。
待て待て待て。
そっちじゃない。
絶対荒れるって!
「おい、乃依!」
「どーも。さっくーの家に来てま~す」
『??????????』
『乃依ちゃん!?』
『なんで!?』
『同棲!?』
「してないしてない!こいつが勝手に来ただけ!」
「俺の服あるけど」
「前に泊まった時に置いてっただけだろ!」
『泊まった????』
『詳しく』
『正座した』
「違う!作戦会議してたら遅くなったから泊めただけ!」
「同じベッドで寝たよね」
「俺は床で寝てたわ!」
「さっくー、寝相悪くて途中からベッド落ちただけじゃん」
「お前が俺を蹴り落としたから避難したんだろうが!」
『同じベッドで寝た』
『事実確認ヨシ』
『祝砲用意』
「あぁぁぁぁもう!今日の配信終わり!おつさく!」
『逃げた』
『続報待ってます』
『乃依ちゃん頑張れ』
「頑張る」
「返事すんな!」
配信終了ボタンを押し、俺は椅子へ倒れこんだ。
ほんの数分で、いつもの配信より疲れた。
明日には切り抜きが上がってんだろうな。
嫌だなぁ。
絶対、変なタイトルを付けられる。
「で、何しに来たんだよ」
「勝負」
「帰れ」
「即答?」
「俺は今、配信で疲れたの。これから飯を食って、風呂入って、寝るの」
「へぇ。一人で?」
「一人暮らしなんだから一人だろ」
「寂し」
「お前は喧嘩売りに来たのか?」
「勝負しに来たって言ったじゃん」
乃依は手に持っていたデバイスを、俺の机へ置いた。
しかも大会仕様のちょっといかついやつ。
「今日こそ決着つけるから」
「何の決着だよ」
「全部」
乃依がこちらを見る。
さっきまでの、からかうような目じゃない。
「さっくー、まだ逃げてるでしょ」
「……何から」
「いろいろ」
「雑ぅ」
「彩葉も、かぐやも、ヤチヨも選ばなかった。三人のためって顔して、一人でいる」
「別に三人のためだけじゃねぇよ」
「じゃあ何で?」
「俺がそうしたかったから」
「ほんと?」
乃依は俺の目をまっすぐ見た。
むかつく。
昔から、こいつはこうだ。
俺が嘘をつく時、相手の目を見られないことを知っている。
彩葉と一緒。
「……ほんとだよ」
「じゃあ、俺の目見て言って」
「お前、そういう圧迫面接みたいなのやめろよ」
「見れないんだ」
「見れるわ」
「じゃ、見て」
「……」
「ほら」
「近い近い近い!」
いつの間にか乃依の顔が、まじで数センチくらいの距離にあった。
俺は椅子ごと後ろに下がる。
危なっ。
「何すんだ!」
「目見てって言っただけ」
「距離感がおかしいだろ!」
「今さら?」
今さらと言われれば、確かに。
乃依とは何年も戦ってきた。
ツクヨミの大会で顔を合わせれば、必ずと言っていいほど勝負した。
俺が負ければ、次は勝つまで逃がさないと追いかけてきた。
勝ったら勝ったで、たまたまだとか、今の判定はおかしいとか文句を言って再戦を要求してきた。
乃依の中では、多分負けても勝っても次がある。
俺も、それが嫌ではなかった。
「なぁ、乃依」
「何」
「お前、俺に勝ってどうしたいの?」
「さっくーに負けを認めさせたい」
「それだけ?」
「それだけじゃ足りない?」
「いや、お前なら世界征服とか言い出しそうだし」
「失礼すぎ。ほら、早く準備して」
「本気でやんの?」
「負けた方が夕飯」
「今から作るの?」
「嫌なら買ってきて」
「結局俺が用意すんじゃん」
「俺が勝つから、さっくーが用意するんでしょ」
「もう勝った気かよ」
「負けるつもりで来るやついる?」
乃依が自分のデバイスを装着する。
俺も仕方なく、もう一つを頭へ被った。
「俺が勝ったら、片づけ手伝えよ」
「やだ」
「何でだよ!」
「夕飯を賭けるんでしょ。勝手に条件増やさないで」
「ほんっとに性格悪いな!」
「さっくーに言われたくない」
視界が暗くなる。
浮遊感の後に、全身の感覚が切り替わる。
目を開けると、そこは月夜に照らされた闘技場だった。
観客はいない。
配信も切ってある。
誰も座っていない観客席を、白い明かりが静かに照らしている。
その中央で、俺と乃依が向かい合った。
武器を選ぶ。
足元から光が伸び、俺の手へ馴染んだ銃が現れる。
乃依も装備を呼び出し、軽く振って感触を確かめていた。
「疲れてるなら、今から言い訳しといていいよ」
「配信終わりの人間へ押しかけてきたやつが言う?」
「負けた時に使えるでしょ」
「心配しなくても、負けねぇよ」
「それでこそ」
開戦を知らせる光が落ちる。
乃依が地面を蹴った。
速い。
分かっていたはずなのに、その初速へ反応が一瞬遅れる。
「よそ見してる場合?」
「してねぇよ!」
紙一重で攻撃を避け、こちらも撃ち返す。
乃依は身を捻りながら回避する。
そのまま床へ片手をつき、勢いを殺さず俺の死角へ回る。
相変わらず無茶苦茶な動きだ。
でも、長く戦ってきた分だけ分かる。
次は右。
その次は上。
右から来た攻撃を受け流し、跳び上がった乃依の着地点へ弾丸を置く。
乃依は空中で軌道を変えた。
化け物か。
「読めてないじゃん」
「読んで避けられたんだよ!」
「それ、読めてないって言うけど」
乃依は笑っていた。
俺が逃げずに撃ち返した時だけ見せる、楽しそうな笑い方だった。
結局。
俺は負けた。
いや、言い訳させて。
ほんのちょっと配信疲れがあったんですよ。
あと乃依のやつ、こっちの反応を覚えすぎ。
何で数年前の大会で一度使った回避癖まで対策してんの?
ゲーム終了の表示が消え、俺達は元の部屋へ戻った。
デバイスを外した乃依が、得意げに俺を見る。
「俺の勝ち」
「はいはい。何食べたい?」
「パンケーキ」
「夕飯っつってんだろ」
「じゃあオムライス」
「子供か」
「かぐやには作ってたじゃん」
「……見てたん?」
「昔の配信。かぐやのチャンネルに残ってた」
「お前も暇だな」
「暇じゃない。さっくーのこと調べてただけ」
冷蔵庫を開ける手が止まる。
「……怖」
「何で?」
「俺が同じこと言ったら、普通に通報案件だろ」
「俺はいいの」
「何で」
「俺だから」
「無敵かよ」
卵はある。
ご飯も、冷凍してるのが残ってる。
玉ねぎと鶏肉も、ぎり。
「手伝え」
「勝者なんだけど」
「なら座って待ってろ」
「それはそれで暇」
「我儘だなぁ」
乃依はダイニングの椅子に座り、頬杖をつきながら俺を眺める。
視線がうざい。
包丁を動かす手元を、じぃっと見てくる。
「何」
「別に」
「見すぎ」
「見てない」
「目ぇ合ってるけど」
「さっくーが見てきたんじゃん」
「お前が先だろ」
「証拠は?」
「この会話いる?」
フライパンに具材を入れて炒める。
卵。
牛乳。
少しだけマヨネーズ。
かぐやに初めて作った時より、手際は良くなってる。
そりゃ何年も経ってるしな。
「ねぇ、さっくー」
「ん?」
「三人のうち、誰が一番好きだった?」
卵を溶く手が止まった。
「全員」
「逃げた」
「逃げてねぇよ。ほんとに全員大事だった」
「じゃあ、俺は?」
「は?」
「俺はどのくらい?」
「何が?」
「さっくーの中で」
乃依の声は、いつもの調子だった。
冗談みたいに軽くて、でもその目は笑ってない。
「……比べるもんじゃないだろ」
「また逃げた」
「じゃあ何て言えば満足なんだよ」
「俺が一番って」
「無茶言うなって」
「無茶じゃない」
乃依は椅子から立ち上がり、俺の隣へ来た。
狭い。
包丁を持ってるから近づくな。
「危ないって」
「彩葉とは幼馴染」
「そうだな」
「かぐやとは家族」
「うん」
「ヤチヨとは護衛と歌姫。ずっと前から知ってる」
「……まぁ」
「俺は?」
「ライバル?」
「疑問形なの、むかつく」
「いや、お前が一番ライバルだろ。何年勝負してると思ってんだ」
「それだけ?」
「……友達」
「それだけ?」
「しつこい!」
「だって、さっくーがずっと逃げるから」
乃依は伸ばした手で、俺の服の裾を掴んだ。
指先だけ。
いつもみたいに腕を引くでもない。
ただ、逃がさないように少しだけ掴んでいる。
「俺、三人の代わりじゃないから」
「……代わりにする気なんかねぇよ」
「ほんとに?」
「彩葉みたいに俺の考えてること全部分からないし、かぐやみたいに簡単に笑わないし、ヤチヨみたいに優しくもねぇ」
「喧嘩売ってる?」
「最後まで聞け」
俺は火を止めた。
このままだと卵が焼けすぎる。
「お前はお前だよ。いつまでも勝負挑んできて、俺が嫌がっても追いかけてきて、嘘ついたらすぐ見抜いて」
「うん」
「人ん家に勝手に来て、配信を荒らして、飯まで作らせてる」
「うん」
「反省しろや」
「やだ」
「そこはしろ!」
乃依は、少し笑った。
いつもの、人を馬鹿にするような笑い方じゃない。
「なら、それでいい」
「……何が」
「俺は俺って分かってるなら」
「だから何の話だって」
「そのうち分かる」
「お前、ほんと説明下手だな」
「さっくーが鈍いだけ」
俺はオムライス作りを再開した。
どうして乃依があんな話をしたのか、この時はまだ分からなかった。
いや。
本当は、少し分かってたのかもしれない。
分かったら、また選ばなくちゃいけなくなる。
そんな気がして、考えないようにしていた。
乃依は、それから頻繁に俺の家へ来るようになった。
最初は勝負。
次は配信の作戦会議。
その次は、近くまで来たから。
さらに次は、帰るのが面倒になったから。
理由なんて、日に日に雑になっていった。
俺達の勝負は、いつもツクヨミで行われた。
乃依が玄関から入ってくる。
俺が夕飯の支度をしている間に、乃依が勝手に準備する。
食事と風呂を済ませたら、二人でログイン。
月明かりの下で、互いの武器を向け合う。
勝負を口実に会っているのか。
会うために勝負をしているのか。
途中からは、俺にもよく分からなくなった。
乃依が勝てば、次の日も勝負。
俺が勝っても、納得するまで再戦。
どっちが勝っても何も終わらない。
「お前また靴下置いてってる」
「洗っといて」
「自分で洗え」
「もう洗濯機回してるでしょ」
「俺の洗濯物と一緒にすんなよ!」
「何で?」
「何でって……何でだよ」
洗濯をして。
「また俺のプリン食っただろ!」
「名前書いてなかった」
「二人しか住んでないみたいな言い方すんな!」
「二人しかここ使ってないじゃん」
「住んでんのは俺だけ!」
冷蔵庫の食べ物を奪われ。
「あれ、俺のパーカー知らん?」
「これ?」
「何で着てんだよ!」
「寒いから」
「自分の服あるだろ!」
「これの方が楽」
服を奪われ。
乃依が帰った後も、家の中にあいつの物が残るようになった。
歯ブラシ。
着替え。
ツクヨミへ入るためのデバイス。
乃依が好きな炭酸飲料。
冷凍庫には、あいつが勝手に買ってきたアイス。
何ならツクヨミの対戦設定まで、乃依用のものが保存されている。
これ、半分住んでない?
そんな疑問を抱いた頃。
久しぶりに、皆で集まることになった。
「ただいま朔夜ぁぁぁぁ!」
「うおっ!」
扉を開けた瞬間、かぐやが飛びついてきた。
相変わらず勢いがおかしい。
もういい大人なんだから、人へ突進するのはやめなさい。
「おかえり。元気だったか?」
「ちょ~~元気!パンケーキ作って!」
「会って早々それ?」
「朔夜のパンケーキは別腹だから!」
「まだ何も食ってないだろ」
かぐやの後ろから、彩葉とヤチヨも入ってくる。
「久しぶり。片づけたんだね」
「俺を何だと思ってる?」
「片づけ出来ない人」
「出来るわ!」
「ヤチヨも久しぶりに朔夜のお料理食べたいな~」
「はいはい。今日は腕を振るいますよ」
「……勝手に話を進めないでもらえる?」
背後から、乃依の声。
三人の視線が、一斉に俺の後ろへ向いた。
乃依は俺のパーカーを着ていた。
片手には俺のマグカップ。
まずい。
これはとてもまずい。
「乃依?」
「久しぶり、かぐや」
「何でいるの?」
「泊まってたから」
「言い方!」
彩葉の目が細くなる。
「朔夜」
「違う。いや違わないけど、そういう意味じゃなくて」
「何も聞いてないけど?」
「あ、はい」
彩葉さんの圧、昔より増してない?
かぐやは俺から離れ、乃依の周りをくるくる回り始めた。
何を調べてるんだ。
「乃依、朔夜のこと好きなの?」
「うん」
即答。
「おい!」
「隠す必要ある?」
「俺が知らなかったんですが!」
「さっくーが鈍いだけ」
「いや待て待て待て。いつから?」
「昔から」
「雑!」
「俺はずっと勝負しろって言ってたじゃん」
「それを告白として受け取るやついねぇよ!」
「さっくーに勝ったら、さっくーを貰うつもりだった」
「初耳だよ!」
「今言ったから」
「乃依」
彩葉が静かに、俺達の間へ入った。
乃依は俺から目を外し、彩葉へ向く。
「朔夜は、誰かの代わりをあなたにさせてない?」
「してない」
「即答なんだ」
「さっくーは、そんな器用じゃないでしょ」
「……それもそうだね」
「納得早くない?」
「朔夜だから」
彩葉はどこか、安心したように笑った。
かぐやは、乃依と俺の顔を交互に見ている。
ヤチヨは何も言わず、ただその様子を見守っていた。
「ねぇ、乃依」
「何」
「朔夜、連れていくの?」
かぐやの声は、少しだけ震えていた。
あの頃と同じ。
ハッピーエンドの話をして、月には帰りたくないと駄々をこねた頃。
置いていかれるのが怖くて、俺に嫌いにならないでと泣いた頃。
「かぐや」
「い、いや別に!朔夜が乃依を好きならいいんだよ!かぐやもう大人だし!ハッピーエンドなら全然!」
「かぐや」
「でも、朔夜がいなくなるのは……ちょっと、やだなって」
乃依はしばらく、何も言わなかった。
こういう時、こいつは意外と不器用になる。
ツクヨミの中なら、どれだけでも俺を挑発出来るくせに。
乃依が、かぐやへ手を伸ばす。
慰め方も分からないのか、頭の上に置いただけ。
「連れていかない」
「……ほんと?」
「さっくーが勝手についてくるかもしれないけど」
「そこは言い切ってよぉ!」
「顔近い。泣きつかないで」
「乃依ぃぃぃぃ!」
「ちょっ、服で涙拭かないで」
「それ俺の服!」
かぐやが乃依へ抱き着き、乃依が心底嫌そうな顔をして、彩葉が二人を見て笑う。
ヤチヨも静かに、俺の隣へ来た。
「朔夜」
「ん?」
「今度は、ちゃんと選んでね」
「……何を?」
「自分のハッピーエンド」
ヤチヨは、いつものように笑った。
「ヤチヨ達のためとか、乃依のためとかじゃなくて」
「朔夜が、一緒にいたい人を」
その言葉が。
胸の奥へ、ゆっくりと沈んでいった。
三人が帰った後。
乃依も帰ろうとしていた。
靴を履き、玄関の扉に手を掛ける。
「乃依」
「何」
「……お前、俺のこと好きなの?」
「さっき言ったよね」
「いや……ちゃんと」
「ちゃんと言わせたいんだ」
「そういうわけじゃ……」
「好きだよ」
乃依は振り返らなかった。
「最初は、ただ勝ちたかった」
「うん」
「いつも二位で、あと一歩で勝てるのに、自分で止まって。嘘ついて誤魔化して、誰かのためみたいな顔してるさっくーがむかついた」
「悪口しか出てこないじゃん」
「でも、俺が負けた時に笑わなかった」
扉に掛けていた手が離れる。
「俺が勝った時も、言い訳しなかった」
「次は勝つって、ずっと追ってきた」
「俺も追いかけた」
「気づいたら、勝っても負けても、次にさっくーと戦えるのが楽しみだった」
乃依が、こちらを見る。
「三人を選ばなかったから俺、は嫌」
「……」
「一人で寂しいから俺、も嫌」
「俺は彩葉でも、かぐやでも、ヤチヨでもない」
「さっくーが三人を好きなままでもいい。忘れなくていい」
「その横に入れろとも言わない」
「俺とさっくーで、別の場所を作ればいいでしょ」
言葉が出なかった。
乃依は俺の返事を待っている。
ここで誤魔化したら、こいつは怒る。
それでも何度だって、また聞いてくる。
そういうやつだ。
「……俺さ」
「うん」
「お前といると、疲れる」
「知ってる」
「すぐ勝負を挑んでくるし、勝手に家へ来るし、俺の飯食うし」
「うん」
「でも、お前が帰った後って、なんか静かすぎるんだよ」
「……うん」
「配信してても、料理してても。次にお前が来るの、ちょっと待ってる」
「ちょっと?」
「かなり」
「それで?」
「……好き、なんだと思う」
「思う?」
「こういうの慣れてないんだって!」
「三人も候補いたのに?」
「候補って言うな!」
乃依は満足してない顔だった。
しょうがない。
もう一度、ちゃんと言う。
「好きだよ、乃依」
乃依は目を丸くした。
それからほんの少しだけ、頬を赤くして。
「遅い」
「ごめん」
「でも、許す」
「そりゃどうも」
「じゃあ勝負しよ」
「今から!?」
「まだ決着ついてないから」
「何のだよ!」
「全部」
結局、俺達はもう一度デバイスを装着した。
ログイン先は、いつもの闘技場。
告白した後だろうと、俺達の立ち位置は変わらない。
互いに武器を持ち、月明かりの下で向かい合う。
乃依が武器を構える。
「手加減したら別れるから」
「まだ付き合って一時間も経ってないんだけど?」
「じゃあ始まる前に終わるね」
「縁起でもないこと言うな!」
「あ、俺が勝ったら告白やり直し」
「さっきので終わりだよ!」
「下手だったから」
「お前なぁ!」
開戦の光が落ちた。
乃依が踏み込む。
今までと同じ速さ。
同じ鋭さ。
でも、さっきまでとは違って見えた。
俺はこいつを傷つけないために、手を止めなくていい。
中途半端に譲った方が、ずっと傷つける。
乃依はそういうやつだ。
一発。
二発。
乃依の攻撃を避けながら撃ち返す。
俺の弾丸が頬をかすめ、乃依の刃が肩を切り裂く。
互いの残り体力が、少しずつ削れていく。
乃依には俺の癖を読まれている。
でも、それは俺も同じだ。
乃依は追い込まれると、最後に必ず正面から来る。
俺が逃げると考えているから。
だとしたら。
今回は、逃げない。
乃依が視界から消える。
背後。
振り向く。
刃が目の前まで迫る。
避けずに一歩を踏み込み、銃口を乃依の胸へ押し当てる。
乃依の刃が俺へ届くより。
ほんの僅かに早く。
引き金を引いた。
光が乃依の胸元を貫く。
勝敗を告げる文字が、月夜へ浮かんだ。
俺の勝ち。
乃依が仰向けに倒れる。
俺は銃を消し、乃依の前へ歩いていった。
昔の俺なら、勝ったことを謝っていた。
運が良かったとか。
たまたまだとか。
次なら負けるとか。
相手が傷つかないための言葉を並べて、自分が勝った事実から逃げていた。
でも。
乃依が欲しかったのは、そんな俺じゃない。
「俺の勝ち」
乃依は地面に倒れたまま、悔しそうに俺を睨んだ。
「……むかつく」
「知ってる」
「次は俺が勝つ」
「それも知ってる」
乃依へ手を伸ばす。
「好きだよ、乃依」
「……勝った方が告白するの、意味分かんない」
「お前がやり直せって言ったんだろ」
「こういう時だけ俺のやり方を使うの、ほんと性格悪い」
「乃依に言われたくないなぁ」
乃依は俺の手を取った。
引き起こすつもりだったのに、そのまま強く引かれる。
体勢を崩した俺を、乃依が片腕で受け止めた。
顔が近い。
でも今度は、椅子ごと逃げることも出来ない。
「でも、これは俺が勝ち取ったの」
「負けたくせに?」
「次は勝つから」
「じゃあ、その次は俺な」
「ずっと続けるつもり?」
乃依が笑う。
「そのために好きになったんだけど」
その日から、俺達は付き合い始めた。
乃依との関係は、付き合う前と大して変わらなかった。
少なくとも、最初のうちは。
乃依は相変わらず、何の連絡もなく家へ来る。
当然のように夕飯を要求して。
俺の服を勝手に着て。
夜になれば、二人でツクヨミへ入る。
一つだけ変わったとすれば、勝った方に要求出来る内容が増えた。
「俺の勝ち」
「……今日は調子悪かった」
「言い訳?」
「事実確認ですぅ」
「じゃあ、勝者のお願い」
「何だよ」
「明日休みでしょ。出かける」
「いいけど、どこに?」
「買い物」
「何買うんだ?」
「行けば分かる」
こいつがそういう言い方をする時は、大体ろくでもない。
けれど翌日、乃依が俺を連れていったのは、家具屋だった。
二人で使える大きさのテーブル。
乃依が気に入ったソファ。
食器棚。
何故か二人分の食器。
そこまで選んでから、さすがの俺も気づいた。
「乃依」
「何」
「これ、どこに置くの?」
「さっくーの家」
「俺の家、そんなに広くないけど」
「引っ越せば?」
「誰が?」
「俺達」
「……俺達?」
「うん」
また、こいつは。
大事な話をする時ほど、何でもないみたいに言いやがる。
「それ、同棲ってこと?」
「他に何があるの」
「もうちょっと段階とか、相談とかあるだろ」
「今してるじゃん」
「家具を全部決めてからする相談じゃねぇんだわ」
「嫌?」
問われて、言葉が止まる。
乃依と一緒に住む。
毎日起きたらいて。
帰ってきたらいて。
飯を食べて。
ツクヨミへ入って。
勝負して。
喧嘩して。
ログアウトすれば、また隣にいる。
想像してみても、不思議なくらい違和感がない。
「……嫌じゃない」
「じゃあ決まり」
「いや、でも仕事とか場所とか」
「候補は調べてある」
「早いな!」
「さっくーが遅いから」
「それ便利な言葉じゃないぞ!」
それから三か月。
仕事から帰った俺は、新しい家の前に積まれた段ボールを見て立ち尽くしていた。
部屋番号は合ってる。
引っ越しの日も今日で合ってる。
でも聞いてた量の倍くらいない?
「あ、帰ってきた」
「乃依?」
乃依が部屋の中から出てきた。
後ろでは、雷さんが段ボールを運んでいる。
「雷さん、何してるんですか」
「乃依の引っ越しを手伝っている」
「それは分かるんですけど、この荷物の量は?」
「半分はツクヨミの機材だ」
「どんだけ持ってきたの!?」
「今のだと同時に入った時、ちょっと遅延するから」
「大会でも開く気か!」
乃依がポケットから紙の束を出した。
「賃貸の契約。住所変更も済ませた」
「話が早すぎる!」
「さっくーが遅いから」
「やっぱり便利に使ってるだろ!」
「彩葉達にも挨拶を済ませた」
「え?」
「かぐやからこれ」
乃依がスマホを出す。
そこに映った動画の中で、かぐやが両手を振っていた。
『朔夜ぁ!乃依とお幸せに!でもパンケーキ作りに行くし、朔夜のも食べに行くからかぐやの部屋も用意してね!』
「用意しねぇよ!」
『彩葉もヤチヨも一緒だから、四部屋いるね!』
「もう家を買わなきゃ無理だろ!」
『超ハッピーエンドぉぉぉ!』
動画はそこで終わった。
乃依がスマホをしまう。
「だって」
「だって、じゃないよ……」
「嫌なら出ていくけど」
乃依が、段ボールの一つに手を置く。
表情はいつも通り。
でも、少しだけ不安そうだった。
俺に嫌われると言って泣いた、かぐやほど分かりやすくない。
それでも。
何年も見てきた俺には分かる。
「……乃依」
「何」
「荷物、どれから運べばいい?」
「ゲーム機材」
「先に服とか日用品だろ」
「ツクヨミ」
「はいはい」
「あと、今日の夕飯は俺が作る」
「大丈夫?」
「失礼すぎ」
「何作んの?」
「オムライス」
「……そっか」
「さっくーが作ったやつ」
「お前に最初に作ったのは別の料理だろ」
「知ってる。かぐやに作ったやつ」
乃依が段ボールを持ち上げる。
「でも今日からは、俺達のだから」
「……おう」
乃依のオムライスには卵の殻が入っていた。
ケチャップは多すぎるし、ご飯の味は場所によって違う。
多分、途中で調味料を入れるのが面倒になったんだろう。
「どう?」
「卵の殻が入ってた」
「細か」
「ケチャップ多すぎ」
「細か」
「でも、美味かった」
「当然」
乃依は満足そうに笑って、皿を俺の方へ押した。
「負けた方が皿洗いね」
「いつ勝負したんだよ」
「オムライス早食い」
「聞いてない!」
「俺が勝った」
「卑怯だろ!」
「勝ちは勝ち」
俺は文句を言いながら、二人分の皿を持って立ち上がった。
洗い場に立つ。
後ろでは、乃依がもうツクヨミの機材を準備している。
「さっくー、早く」
「皿洗わせたのお前だろ」
「待ってる」
「先に入ってろよ」
「一緒に入るから待ってる」
「はいはい」
皿を洗い終わり、乃依の隣へ座る。
二人同時にデバイスを被る。
接続を開始。
暗闇が晴れると、見慣れた月夜が広がっていた。
目の前には乃依がいる。
現実では隣にいて。
ツクヨミでは、こうして向かい側にいる。
変なの。
「今日も俺が勝つから」
「昨日は俺が勝っただろ」
「今日は俺」
「じゃあ明日は俺な」
「明日も俺」
「明後日は?」
「俺」
「ずっと続くじゃん」
「うん」
乃依は武器を呼び出し、俺へ矢先を向ける。
「そのために来たから」
開戦の光が落ちた。
俺達は地面を蹴り、いつものように本気でぶつかり合った。
今日の勝者は乃依だった。
最後の最後で読み負けて、俺の体力が先に尽きた。
勝負が終わり、同時にログアウトする。
視界を覆っていた月夜が消え、まだ段ボールだらけの部屋へ戻った。
隣では乃依もデバイスを外している。
「今日、俺の勝ち」
「はいはい。明日は俺が勝つ」
「明日も俺」
「じゃあ明後日」
「明後日も」
「ずっと続くじゃん」
「さっきも同じこと言ってた」
乃依は立ち上がり、床に置いていた飲み物を拾った。
そのまま新しく用意した自分の部屋へ行こうとして、途中でこっちを振り返る。
「さっくー」
「何?」
「言って」
「何を」
「分かるでしょ」
「……おかえり、乃依」
「玄関で言ってない」
「今でいいだろ」
「もう一回」
「はいはい。おかえり、乃依」
「ん」
それから乃依は、少しだけ笑って。
「ただいま、朔夜」
明日も、その次の日も。
俺達はきっと、ツクヨミで戦う。
勝っても負けても、次の一戦がある。
戦いが終われば、同じ場所へ帰ってくる。
彩葉も。
かぐやも。
ヤチヨも。
これから先、ずっと大切な家族だ。
忘れることなんてない。
その思い出の空いた場所に乃依を押し込むんじゃない。
俺と乃依は、俺達の場所を新しく作っていく。
物語の終わりなんて、まだ決めなくていい。
俺達の最初の一戦は、ここから始まるのだから。
次回!!遂に地球に登場!朧ちゃん!!
作者が構成考えるの遅すぎて朧ちゃん不機嫌だぞ!