列車が加速し、ガタガタと床が大きく揺れた。
「……ふがっ。」
微睡んでいた意識が現実へ引き戻され、ハッと顔を上げる。
眼球の網膜に投影された時刻を見る。
そこには『地球標準時間:午後3時27分』の文字。
最後に確認した時よりも10分ほど進んでいた。
「なんだよ……。」
定期連絡を寝過ごしていなかったことに安堵の息を吐く。
もう数分遅れていれば、上司からの小言を聞く羽目になっていただろう。
「ふぅ……仕事しますか。」
目の前のコンソールを操作し、スピーカーマイクを手に取る。
通信に異常は見受けられない。
「こちら第1055番辺境航路貨物列車『スバル47号』。現在、プレアデス星団に向けて走行中。今しがたルートの半分を超えたところだ。」
[承知しました。引き続き安全な走行を心掛けてください。]
「へいへい……通信終了。」
返ってきた無機質な声に適当な応対をすると、早々に席を立つ。
持ち場を離れても誰も咎める者はいない。
エアロックを抜けると、機関車を覆う人工大気の内側に出る。
空気が循環し、風が吹き抜けた。
「はぁ……暇だ。」
車両の側面通路の手すりにもたれかかる。
目の前にうっすらと見えるのは機関車の周りに空気を押し留めている大気保持フィールド。
この先は真空だ。
音も空気も存在せず、X線や荷電粒子の降り注ぐ危険な世界。
しかし同時に魅入られるほど美しい場所でもある。
フィールドの向こうには、息を呑むような光景が広がっていた。
黒い布に宝石を散りばめたような、幻想的な景色。
あのひとつひとつが核融合の塊なのだ。
「……シグレ、今日はよく見えるな。」
[そうだね。後ろのガス惑星のおかげで影になってる。スイングバイが終わるまでの景色だ。]
こちらの呟きに、腕の端末から声が響く。
もう1人の車掌である
どうやら眼球のインプラントにアクセスしているようで、視界が一瞬カクついた。
それからも満天の星空に黄昏ていると、星の一部がチカチカと明滅していることに気付く。
最初は人工大気の揺らぎかと思った。
だがそれにしては規則的で、不自然なまでに明るい。
自分の頭が警鐘を鳴らすのと、シグレがアラート音を発したのは、ほぼ同時だった。
「海賊か?」
[かもしれない。あっ、母艦から小型艇を分離した! 向かってくるよ!]
「数は?」
[4つ!]
急いで機関車の中に戻り、防衛システムを起動させる。
まあシステムと言っても、機関車に接続された戦闘車両と防護シールドだけなのだが、無いよりはマシだ。
制服の外套を脱ぎ捨てると、慣れた動きで宇宙服に腕を通し、頭にヘルメットを被る。
すると、通信機のスピーカーから誰かの声が聞こえてきた。
いかにも悪そうな男の声だ。
[そこの列車、聞こえるか?]
「ああ、よく聞こえる。運んでる荷物が欲しいのか?」
[話が早くて助かる。大人しく貨物車両を切り離しな。ただ全部とは言わねえ。7両目だけだ。それで手を打ってやる。]
「7両目?」
思わず聞き返す。
いつもなら貨物を丸ごと寄越せと言ってくるところだ。
わざわざ車両を指定してくることは妙だった。
[聞こえなかったのか? 7両目を切り離すんだ。]
「分かっている。おたくは海賊ってことでいいんだな。」
[それ以外あるか?]
「いや、ログに残すために形式上な。相手が海賊と確定してた方が正当防衛になりやすい。」
[てめっ……舐めてるのか!?『コンツェルン』を敵に回して、タダで済むと……!]
ブツンと、通信のスイッチを切る。
これから起こるであろうことを考えて、思わず溜め息が漏れた。
「はぁ……軍が恋しいよ。護衛にコルベットの1隻でも居れば、こんなことにはならないのに……。」
[なら軍に戻れば?]
「冗談、もうこりごりだよ。」
その時、ズン!と、列車全体が揺れた。
「被害は?」
[機関車に直撃弾、防護シールドの減衰率が11%。もし機関をやられたら僕たちオシマイだよ。]
「説教に始末書、最悪の場合は減給か首切りか?」
[あと僕の解体?]
「かもな。」
貨物を奪われることはマズい。
だが、それ以上にマズいのは、スイングバイの途中で機関車が推力を失うことだ。
最接近時の加速をしくじれば、跳躍ゲートへの到着が大幅に遅れる。
単なる遅延では済まないだろう。
[主機に負担がかかってる。重力制御と大気保持フィールドを切るよ。]
「いつでもどうぞ。」
次の瞬間、ふわりと部屋の物が浮き上がり、全身に浮遊感を覚えた。
しかし身体は磁力ブーツのおかげで床に張り付いたままだ。
感覚の変化に慣れる暇もなく、新たなアラート音が鳴る。
[敵の小型艇が接近してくる!交差は3分後!]
「連中、乗り移ってくる気か……軌道の変更は?」
[可能だけど、ここで軌道をズラすと跳躍ゲートの到着が7日遅れるよ?ちなみに期日まではあと3日ね。]
「あぁ……クソッタレの期限ノルマめ……!」
[口が悪いなぁ。そもそも余裕が無いのは前の駅で寄り道してた君のせいでしょ?]
「うるせっ。てか、降猟隊訛りのスラングばっか連呼してたお前に言われたくない。」
[もう音声ソフトは軍用じゃないもん。今は清楚系ボクっ子だから。]
「調子狂うぜ……とにかく迎撃しろ。俺は外に出る。」
手に取ったのは銀色の輝きを放つ細長い銃。
良く言えば、信頼性のある古き良き道具。
悪く言えば、時代遅れで灰被りのポンコツ。
小さな鉄球を火薬で飛ばす、昔ながらのポンプアクション式ショットガンだ。
レシーバーの裏側に位置するローディングポートを押し込むと、奥に弾丸の鈍い輝きが見える。
[ちゃんとフラジブル弾を使ってよ?また徹甲スラグ弾とか持ってないよね?]
「分かってる。列車に穴を空けて良いことは無いからな。」
シグレからの小言を適当に流しつつ、エアロックから外に出る。
戦いの前だというのに、胸の中では敵の数や戦力よりも、別のことが引っかかっていた。
連中は最初から7両目を狙っていたことだ。