銀河貨物列車の警備車掌   作:ゆうぐれ

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第2話 偽りの金塊①

「『レオン・A(アトラス)・天城』さん、パスの確認が完了しました。車両を15番線路に進めてください。」

 

「了解。」

 

海賊の襲撃から5日が経った。

 

貨物列車スバル47号の姿は、プレアデス星団アトラス星系、惑星スバルⅢにあった。

 

窓から見える星の表面は、相変わらず極端なものだった。

 

恒星スバルに照らされた昼の側は、砂漠の灼熱地獄。

 

反対に夜の側は、氷雪に閉ざされた極寒の世界。

 

だがその狭間、光と闇の境界に沿って、人の住む都市が帯のように伸びている。

 

「相変わらず変な星だ。」

 

[僕は好きだよ。星空よりこっちの方が賑やかで。美味しそうな電気も通ってるし。]

 

「AIらしい感想だな。」

 

終戦後に銀河鉄道が本格的に開通してから、この星はアトラス星系の物流拠点として発展した。

 

まだ戦争の傷はあちこちに残っている。

 

だが少なくとも表向きには、もう誰でも星々を行き来できる時代らしい。

 

[レオ、早く中に戻って。圧縮熱でベーコンになるよ?]

 

「はいよ。」

 

大気圏と雲海を抜けると、地表のビル群が見えてくる。

 

その中でも、ひときわ威容を放っていたのが、銀河鉄道公社アトラス支部の庁舎だった。

 

それを目にして心が一層重くなる。

 

わざわざあそこへ説教されに行くのだから。

 

「はぁ……。」

 

オレンジ色の陽光に照らされながら、スバル47号はリニアレールに降り立つ。

 

そのまま庁舎脇の貨物ターミナルへ滑り込み、ゆっくりと速度を落としていった。

 

構内には様々な星域からの貨物列車が停まっており、積み下ろしの車両がせわしなく行き来している。

 

そんな景色を憂鬱な気持ちで眺めていると、遂に列車が音を立てて停止した。

 

僅かに浮かんでいた車両が降着装置を展開し、地面に接触する。

 

[ねえ、いつまで眺めてるのさ。報告しに行かないとでしょ?]

 

「分かってる……分かってるよ、あーもう……。」

 

シグレが手直ししてくれた報告書を手に、列車を後にする。

 

作業区画から隣の庁舎へ入ると、周囲が真っ白なオフィスへと変わった。

 

エレベーターで上階に向かい、目的の部屋をそっと覗き込む。

 

広い室内には大勢の事務職員が机を並べ、その最奥にはドアで隔てられた個室があった。

 

そこへ続く一本道が、やけに遠く見える。

 

渋々と足を踏み出しかけたが、その途中で近くの女性職員に声をかけた。

 

ほんのわずかな、一縷(いちる)の望みにすがって。

 

「なあ、大尉……じゃなかった。室長は居る?もしかして今、外してる?」

 

「あっ!天城さん!聞きましたよ!また海賊を撃退したんですよね!」

 

「え、あ……ま、まあね。」

 

彼女の言葉に周りがざわめき出し、いくつもの視線がこちらへ集まる。

 

通常、海賊相手となれば降伏か逃走の二択だ。

 

撃退したというケースは珍しい。

 

他の女性職員にも次々と声をかけられ、目立っていることへの焦りと、もてはやされていることへの照れで顔を変に歪ませる。

 

その瞬間だった。

 

ガチャリと扉が開く音がしたかと思えば、誰もがサッと口を閉じる。

 

そして何事もなかったように、いそいそと仕事へ戻っていく。

 

何事かと怪訝に思っていると、背後から覚えのあり過ぎる声が響いた。

 

「あらあら、ヒーローちゃんの凱旋かしら?少し遅かったみたいだけど。」

 

「うぐっ。」

 

理性より先に体が反応した。

 

勝手に背筋が伸び、踵が揃う。

 

恐る恐る後ろを向くと、ニコニコと笑みを浮かべた上司の姿があった。

 

短めに整えた、落ち着いた色合いの黒髪。

 

スラリとした体躯をシックなデザインのスーツに包んだ、大人の女性といった雰囲気を持った人物。

 

彼女は自室のドア枠にもたれ、小さく手招きをしてくる。

 

もちろん従わない選択肢はない。

 

まるで処刑台に登る罪人の如く、ゆっくりとした足取りで部屋に入る。

 

背後で扉が閉じられ、フロアから隔離される音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

貨物統制室長『エリズ・陸奥』の部屋は殺風景なものだった。

 

支給品のデスクと椅子。

 

資料の詰まったキャビネット。

 

飾り気の無い電気スタンド。

 

せっかくの個室だというのに私物はほとんどない。

 

しかしそれが彼女らしさを表している。

 

相手に情報を見せない、与えない。

 

隙を作らない。

 

それは軍を辞め、銀河鉄道に再就職しても尚、変わらないようだ。

 

「さ、座って。」

 

「……どうも。」

 

エリズは椅子をデスクの前に置く。

 

彼女がわざわざ部屋の端から引っ張ってきた——つまりは立ち話では終わらないということだ。

 

背もたれに手をかけたままでいると、デスクを挟んだ向かいに腰を下ろしたエリズと目が合う。

 

色気を帯びながらも、捕食者じみた危うさを宿した双眸と。

 

「天城、座ってくれる?それとも……大尉として命令した方がいい?」

 

「っ……分かりましたよ。」

 

大人しく席に座る。

 

すると腕の端末からシグレの声が小さく響いた。

 

[ワンワン!]

 

「静かにしてろ……!」

 

「あら、相棒ちゃんはしっかり身をわきまえてるじゃない。感心だわ。」

 

「これっ……今回の報告書です。」

 

話を誤魔化すように電子ペーパーの報告書を押し付ける。

 

退出の指示を期待したが、あいにくとエリズは目の前で読み始めた。

 

緊張に耐えながら待つこと数十秒。

 

文面と、そこに添付された記録映像に目を通したのか、彼女は顔を上げた。

 

何も知らなければ、見惚れそうなほどの眩しい笑顔が映る。

 

「海賊の小型艇を3隻撃沈、1隻を拿捕、7人を射殺、1人を拘束。一方で積荷に損害は無し……まさに一騎当千の活躍ね。流石だわ。」

 

口調だけは完全に相手を褒め称えるものだった。

 

しかし今までの経験上、その言葉に賞賛なんて微塵も含まれていないことは明白だ。

 

「そうですね……そうなります。」

 

当たり障りのない返事をし、表情はできるだけ動かさない。

 

すると案の定というか、エリズの声色がワントーン下がる。

 

「あとは、遅刻が無ければベストだったわね?」

 

「て、敵の接触で軌道が逸れました。仕方のないことです。」

 

「そもそも、ドンパチしなければ遅れなかったんじゃない?」

 

「届ける荷物が無くなりますよ。」

 

「通話記録では、7両目だけを要求されてたみたいだけど?最初から敵の言う通りにしていれば穏便に済ませられたかもしれないわ。」

 

「相手は海賊ですよ?大人しく積荷を明け渡せと?」

 

思わずムッとして、そう返してしまう。

 

すると彼女は呆れるように目を細めた。

 

「あのねぇ……なんの為の保険か分かっているのかしら?たとえ積荷を全て奪われても、荷主には保険が降りるようになっているわ。例外なく、全ての場合でね。」

 

「で、でも……!」

 

「けれど、貴方が行った戦闘行為。それと遅刻。これに保険は無いの。幸いにも貨物は無事だったからまだ良かったけど、もし爆散してたら弁償はココ持ちよ?分かってる?」

 

「むぅ……。」

 

エリズの正論にぐうの音も出なかった。

 

もうここは軍隊ではない。

 

優先すべきは敵の排除ではなく、ひとつでも多く荷物を無事届けること。

 

そして会社の利益を守ることだ。

 

半官半民とはいえ、銀河鉄道も赤字が続けば潰れてしまう。

 

「……すみませんでした。考えが甘かったです。」

 

素直に頭を下げると、意外にも説教が止まる。

 

そっとエリズの顔を伺うと、彼女は溜め息を吐いていた。

 

「まったく……ここまでは室長としての話よ。それでこれからは貴方の元上官、一個人としての話。」

 

「は、はい。」

 

「レオン、もう戦争は終わったの。銀河鉄道は前線へ物資を届ける補給部隊じゃない。英雄ぶる必要はないわ。無事に帰って、給金を受け取る。それが今の貴方の仕事よ。」

 

「……はい。」

 

「もっとも、個人的にはスカッとしたけどね。保険があるとはいえ、責任を被せられるのはこっちだもの。みんなも戦果を聞いて拍手喝采だったわ。」

 

「そ、そうですか……。」

 

照れ臭さに頭をかいていると、ビシリと指をさされる。

 

「でも、今後の身の振り方は考えるように。海賊の撃滅は宇宙軍の仕事よ。」

 

「はい、以後気をつけます。」

 

「よろしい。じゃあ、今日はもう帰っていいわよ。少し休暇をあげる。次の貨物はまだ集荷中だから。」

 

「了解です。」

 

ホッと安堵の息を吐くと、席を立つ。

 

そこで癖なのか、それとも眼前の人物を前にして刷り込みが発動したのか、気付けば敬礼をしていた。

 

慌てて手を引っ込める。

 

「ふふ……ご苦労、伍長。」

 

「し、失礼します……大尉。」

 

エリズに背を向けると、扉に手をかける。

 

だがその時、背後から待ったがかかった。

 

「?何か。」

 

「いえ、少し確認よ。この『7両目』のことについて。」

 

ドクンと、心臓が跳ねた。

 

しかしどうにか平静を保ち、何事もないように口を開く。

 

「ええ、海賊が狙っていたコンテナ車ですね。」

 

「報告書にはビーコンが仕掛けてあったと書いてあるけど、貴方が除去したの?」

 

「はい、まだ海賊の母艦が残っていましたから、追跡をかわすために。」

 

「なるほどね。他におかしなところは見られなかった?」

 

エリズの質問に一瞬、思考が割れた。

 

彼女に何もかも打ち明けて、楽になりたいという気持ち。

 

一方で、あの宝の山を見過ごすべきではないという野心。

 

そして自分の理性は欲に勝つことが出来なかった。

 

あの時のように。

 

「いいえ、特にありませんでした。俺が見落としている可能性もありますが。」

 

「そう、嘘ね。」

 

「……えっ。」

 

ガタンと、エリズは席を立った。

 

そのままツカツカとこちらへ歩み寄ってくる。

 

思わず固まっていると、目の前まで迫ってきた。

 

後退りしても、すぐに彼女も歩を詰めてくる。

 

「逃げないで。それともまた縛られたい?」

 

「な、何ですか?いきなり。」

 

「とぼけないでほしいわね。」

 

背丈は僅かにエリズが低い。

 

こちらを見上げる目は獲物を狙う捕食者のそれだった。

 

左右の壁に彼女の手が置かれ、いよいよ逃げ場が無くなってしまう。

 

「レオン、最後のチャンスをあげる。7両目におかしなところはあった?」

 

「だ、だからビーコンが……!」

 

「それは分かっているわ。他に、あったんでしょう?」

 

「っ……。」

 

甘い香りが鼻をかすめるが、胸は高鳴らない。

 

代わりに背中へじっとりと汗が滲んでいく。

 

結局、恐怖が全てを上回った。

 

「……き、金塊がありました。」

 

「それで?」

 

「けど、表面に金が塗布してあるだけで、中身は別物でした。」

 

「ふーん……その中身ってのは?」

 

「分かりません。銀色だったから銀とかロジウムとか……あるいはパラジウムかも。」

 

そう白状し切ると、眼前の双眸が少しだけ柔らかくなった気がした。

 

「……賢明な選択ね。ちゃんと話してくれて嬉しいわ。」

 

「なら、あれはいったい……むぐっ。」

 

唇に人さし指が添えられる。

 

エリズは何も言わなかったが、それだけで十分だった。

 

これ以上触れるべき案件ではない。

 

降参と了解の意味を込めて、両手を上げ、首を縦に振る。

 

「良い子ね。」

 

エリズの纏う空気が、二段ほど柔らかくなった。

 

彼女が一歩下がり、ようやく拘束から解放される。

 

「……最初から知ってたんですか?」

 

「全部じゃないわ。怪しい貨物だとは思っていただけ。コンテナの情報、閲覧権限のかかり方……引っかかる点がいくつかあったのよ。」

 

「だから、俺が何か隠してると?」

 

「ええ、そこへ海賊が7両目を名指しして、追跡ビーコンまで見つかった。何もないと思う方が無理でしょう?」

 

エリズは薄く笑った。

 

「ただ……もし黙ったままだったら、また私のペットになってたかも。」

 

「冗談キツいです……。」

 

重圧から解放され、浅く息を整えていると、再び椅子に腰を下ろしたエリズが手であしらった。

 

「今度こそ行っていいわよ。羽目を外して体調を崩さないように。」

 

「はい室長閣下、失礼します。」

 

部屋を出る。

 

扉を閉じた途端、ドッと疲れが襲ってきた。

 

時刻を見ると、まだ5分も経っていない。

 

[僕、やっぱりあの人嫌い。みんなが怖がる理由が分かったよ。]

 

「そう言ってやるな。ああでも、色々と世話になった人なんだ。」

 

[それ、思い出補正かかってない?]

 

「お前の存在だって、あの人あってだぞ。普通、軍用AIの所有なんて許されないんだからな?」

 

[ふーん……人ってよく分かんないや。]

 

オフィスを後にすると、携帯端末にひとつの通知が入る。

 

同期させた網膜に投影させると、それはアトラス中央保安局からのものだった。

 

一瞬、心が縮みかけたが、どうやら射殺した海賊の1人が指名手配中の賞金首だったようで、褒賞が出るとのことらしい。

 

それも中々の額だ。

 

「おっ、顔が潰れてないやつだったか。ラッキー。」

 

[いいね。臨時ボーナスだ。]

 

「今回はカスタムは無しだぞ。音声ソフトを変えたばっかなんだから。」

 

[えー、けちー!]

 

「最高級品を買ってやっただろうが。我慢しろ。」

 

[どうせ夜の街で使う気でしょ。あ、上司さんに位置情報をリアルタイムで送っとくね。]

 

「馬鹿、冗談でもやめてくれ。」

 

褒賞金を何に使おうかと考えながら、地下鉄の駅へ向かった。

 

だが、気分は完全には晴れなかった。

 

例の7両目のことが、頭の隅にこびり付いて離れない。

 

そのことを察したのか、シグレがわざとらしく囁いてくる。

 

 [やっぱり盗っちゃう? 5本くらい盗って、機関車で逃げれば……。]

 

「やめろ。関わるなって言われたばっかだろ?」

 

 [はいはーい。]

 

ホームから電車に乗り込み、しばらくして列車が地上に出ると、ビル街越しに赤い光が差し込んできた。

 

夕焼けに見えるが、まだ昼過ぎだ。

 

恒星スバルは地平線からずっと動かず、常に位置を保っている。

 

それは故郷のスバルⅣから見た時よりも明らかに巨大で、どこか禍々しい。

 

慣れ親しんだ景色が脳裏をよぎり、つい感慨に浸りそうになる。

 

 [ふるさとに帰りたい?]

 

「……無理だってことくらい分かるだろ。」

 

 [なんで? 家族はみんな生きてるよ? 星も戦争に巻き込まれなかったし。]

 

「今さら田舎に帰りたくない。もうこの話は無しだ。」

 

それから電車が止まるまで、会話は無かった。

 

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