「レオ、実際のところ、お前は何をやらかしたんだ?」
「やらかしてねえよ。コイツの言う同衾ってのは、車両の居住区画で寝たってだけだ。道中で警備隊に引き渡すまでな。」
「それでも同じ部屋に寝たんだろう?」
「アホ、海賊の隣で寝る馬鹿が居るかってんだ。部屋は複数あるよ。で、その1つにコイツを缶詰にしてた。」
「ふむ……期待していたほど面白くはないな。」
「おい。」
会議室に入ると、適当な椅子へ腰を下ろす。
だが少女はまだ外套にしがみついたままで、振り払おうとしても頑として離れなかった。
「いい加減離れろって。」
「い、嫌です。離したら私のこと、置いていく気でしょう?」
「分かった、置いてかねえよ。話くらいは聞いてやるから。」
そう言うと、少女はようやく外套から手を離してくれた。
「で?どうしてここにいる?普通は拘置所行きだろう?」
「えと……釈放されました……。」
「釈放?おいおい、雇われとはいえ海賊だろ?なんのお咎めも無いのかよ。」
コーイチへ視線を向けると、彼も肩をすくめる。
そして懐の端末を手に取ると、少女へ顔を寄せた。
「お嬢さん、まずは名前をいいかな?こちらの記録を見たい。」
「は、はい……名前はリタです。『リタ・
リタと名乗った少女は被っていたフードを下ろす。
真っ白な白磁の肌に水色の瞳、長い金髪。
全体的に色素が薄く、体躯も華奢。
どう見たって海賊船に乗るような人物ではない。
「ふーん……
軽口のつもりでコーイチを見た瞬間、背筋が冷えた。
彼が端末を手に固まっていたからだ。
驚愕に目を見開き、言葉を詰まらせている。
冷静沈着な親友がそんな風になるのはおかしい。
すぐに異常と判断する。
「どうした。ヤバい組織でも出てきたか。」
さりげなくコーイチの傍へ行き、リタから距離を取る。
そして外套の内側、脇のホルスターに手を伸ばし、留め具を親指で弾いた。
「待て。」
しかしグリップを握る前にコーイチの手がそれを押さえてきた。
「すまない。大物が出てきて、少し驚いただけだ。」
「大物?」
「ああ、ケラエノ星系は知っているか?」
「名前だけは。加工産業で有名だな。」
「そこの首都星、ケラエノβⅢの開拓を数世代に渡って推し進めたのが、インドミダブル家だ。」
「へぇ……えっ。」
思わず変な声が漏れてしまう。
「嘘だろ?海賊船に乗ってたアイツが……まさかお嬢様?」
「彼女のIDは名家のひとり娘を指している。保安局のデータが間違っているはずがない。」
「まじかよ……なら圧力がかかったって線もあるか。」
「いや、違う……。」
コーイチは動揺したように言葉を続ける。
「彼女は最初から逮捕されていない。事件記録に残っていないんだ。」
「海賊船に囚われていたところを偶然にも保護されたってことか?」
「それも違う、リタという名前すら無いんだ。海賊の生存者もゼロという扱いになっている。」
「おいおい……。」
保安局の捜査記録が改竄されている。
それも雑な改変ではなく、最初から何も無かったことにされている。
その事実が、コーイチからいつもの冷静さを奪っていた。
「大丈夫か?」
「……問題ない。こういうのは軍でも経験済みだ。」
「そうか。」
コーイチの肩を軽く叩くと、リタの向かいに腰を下ろす。
「で?そんな箱入りお嬢様が、どうしてケラエノからアトラスに?それも海賊船で。」
「えと……それは……その……。」
「助けてはほしいが、事情のひとつも話さないってか?随分と身勝手なもんだな。」
「うぅ……。」
リタは俯き、膝の上で指を絡める。
見かねたコーイチが助け舟を出そうとしたが、それを手で制した。
「レオ……。」
「コーイチ、コイツはお嬢様でも、海賊船を動かしていたことは事実だ。レールガンの弾幕を回避し、貨車にアンカーを打ち込むだけの腕はある。ただのおてんば娘ってわけじゃない。」
「だが17の子供だ。」
「分かってる。」
改めてリタの方へ向き直るが、彼女はすっかり小さくなっていた。
だが、目の奥だけは依然として折れていなかった。
喉まで出かかった言葉を飲み込み、小さく溜め息を吐く。
「せめて、どうして助けて欲しいのかくらいは話してくれ。保安局では駄目な理由も。」
「……はい。」
リタは消え入りそうな声で話を切り出す。
「あの貨物……覚えていますか?」
「金塊が載っていたやつか。海賊が狙ってた。」
「はい、あれは偽造されています。金ではありません。」
「だろうな。塗装が剥げてた。」
会話の内容にコーイチが反応する。
「待て。偽装って、密輸じゃないか。銀河鉄道からはそんなこと上がっていないぞ。」
「ああ、報告してないからな。」
「何?」
コーイチからの視線が懐疑に包まれる。
すかさず、おどけるように両手をあげた。
「仕方ないだろ。大尉から黙っとけって言われたんだから。」
「陸奥室長が?そうか、あの人が……。」
「もういいか?」
「ああ……話を折ってすまない。」
端末を操作し始めたコーイチを横目に、言葉を続ける。
「それで、何を金に偽装したんだ?予想はつくが。」
「……お察しの通り、パラジウムです。あれは私たちの星系で採れたものでした。」
「50トンのパラジウム……密輸ってレベルじゃねえぞ。」
「惑星ひとつ分の重要戦略物資じゃないか。」
コーイチは端末でパラジウムの価格を調べる。
「1gあたり4万クレジット……また値上がりしてるな。」
「えっと、それが50トンだから……。」
「2兆クレジットだ。アトラスクレジットに直すと、だいたい6兆だな。」
「ろくちょう……!?」
およそ身近ではない金額に目を回す。
「ま、まさかそれを奪う……いや、取り返すために海賊へ潜り込んだと?」
リタはこくりと頷いた。
「じゃあ、コンテナを奪えたとして、どうやって海賊から逃げるつもりだったんだ?」
「えと……小型艇ごと奪って逃げるつもりでした……。」
「ワープも出来ない化学ロケット艇でか?漂流して終わりだよ。」
令嬢らしからぬ大胆で無謀な作戦に呆れざるを得なかった。
コーイチも同じだったようで、頭に手を当てている。
「それはいいとして、いったい誰がパラジウムを君の星から持ち出したんだい?それも銀河鉄道を用いての密輸という形で。」
「それは……。」
リタは一度口を閉じた。
小さく息を吸い、何かを決意したように顔を上げる。
「あの、実は私の星は……。」
だが、その言葉は最後まで続かなかった。
会話をかき消すように、ガタガタと地響きが部屋全体を揺らす。
耳を澄ませば、廊下の側から職員の慌ただしい声が聞こえてきた。
「何だ?」
「地震……ってわけではないよな。」
その時、部屋に大きな影がさし込んだ。
窓の外に見えたのは建物の上を跨ぐ巨大な宇宙船。
なめらかな流線型の船体にデルタ翼を有した、優雅さと高級感を押し出したような船。
それを見た瞬間、リタはポツリと呟いた。
「……兄様。」
「え?兄様って……迎えが来たってことか?」
「レオ、船体を見ろ。あのロゴ、インドミダブル家の家紋だ。」
「ほーん。良かったな。これで帰れるぞ。」
「だ、ダメです!ここで帰っても意味がありません!」
リタはこちらを見上げてくる。
その双眸には怯えを含みながらも、凛とした強さがあった。
「……なら、兄様に直談判しろ。例の貨物を見せて欲しいのなら、俺に言え。まだ積み下ろしはしてない筈……だよな?」
「ああ、海賊に襲われたってことで、本来なら明日に検査の予定だったんだが……パラジウムとバレた場合、大ごとになるぞ?」
「そこはまあ……頑張ってや。お前のシマだろ?」
「まったく、手柄になるとはいえ、また問題を抱えてきたな。」
「今回は俺のせいじゃない……って、降りてきたぞ。」
話している間にクルーザーは発着場に着陸していた。
タラップが展開すると、中から数人の人影が現れる。
身なりからしてケラエノの人間だろうか。
そして後ろに続くのは黒いスーツ姿の人物と、物々しいライフルを装備した兵士の集団。
こちらは役人というより企業の人間に思えた。
「……ダメ。」
特に後者の一団を目にして、リタはサッと顔色を変える。
その細い肩は僅かに震えていた。
「大丈夫か?」
「に、逃げないと……!」
リタの声が裏返る。
「逃げましょう!彼らに捕まったらおしまいです!」
「予想してたのとは違う兄貴が来たのか?」
「いいえ、兄様ではなく、あのスーツの人たちです!あの人たちに見つかったら終わりなんです!」
言うが早いか、リタは踵を返して会議室の扉へ飛びついた。
「お、おい!」
「君!待ちなさい!」
コーイチの制止も聞かず、リタは廊下へ飛び出す。
後を追わないわけにはいかなかった。