銀河貨物列車の警備車掌   作:ゆうぐれ

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第3話 海賊の令嬢②

遅れて会議室を出ると、廊下の先、エレベーターホールへ駆け込んだリタの背中が見えた。

 

「待て、いったいどうするつもりだ。」

 

「逃げてから考えます!あっ……。」

 

エレベーターの到着を知らせる電子音と共に扉が開く。

 

だが、リタは後退りをした。

 

中から現れたのは、先ほど船から降りてきた一団だった。

 

無表情のスーツ姿の男と後ろに控える護衛。

 

そしてスーツの男の隣に立つリタの兄、『アリスター・K・インドミダブル』。

 

整った身なりに、隙のない立ち姿。

 

彼はリタを捉えると、目を細める。

 

「リタ。」

 

低く落ち着いた声だった。

 

怒鳴りもしない。

 

だがその一言だけで、リタの肩がびくりと震える。

 

「アリスター兄様……。」

 

「探したぞ。勝手に家を飛び出した上、こんな場所で騒ぎを起こすとは。帰るんだ。」

 

その声音は穏やかだったが、有無を言わせぬ硬さがあった。

 

だがリタは首を横に振る。

 

「……ごめんなさい、兄様。まだ私は帰るつもりはありません。」

 

「何故だ。犯罪に手を染めてまで、何をするつもりなんだ。」

 

「犯罪……罪を犯したのはそちらではないのでしょうか。」

 

リタはアリスターの隣に立つスーツ姿の男へ目を向ける。

 

形だけの笑みを貼りつけ、値踏みするような目でこちらを見ている。

 

だが男は話を逸らすように、コーイチへ顔を向けた。

 

「失礼、保安局の方ですね?そちらが預かっているという貨物について、確認したいのですが。」

 

「貨物?それなら数百とありますが……。」

 

「5日前、アトラス-アルキオネ間の跳躍ゲート付近で、銀河鉄道公社の貨物列車が海賊に襲われました。その列車に我が社の貨物が載っていたのです。」

 

「承知しました。確認させてもらいます。」

 

コーイチは表情を変えない。

 

しかし端末で調べるフリをしながら、チャットを送ってくる。

 

「……ん。」

 

シグレが網膜にチャットの内容を映してくれる。

 

『話を逸らせ。貨物をお前の機関車に載せる。』と。

 

面倒ごとが回ってきたことへの舌打ちを抑えながらも、一歩前に出た。

 

「悪いが、その貨物なら検査中だ。持ち主といえど、すぐには引き渡せない。」

 

スーツの男の視線が、ゆっくりとレオへ向く。

 

「あなたは?」

 

「銀河鉄道の警備車掌だ。それと、おたくのお嬢さんは事情聴取の最中でね。どちらにせよ、帰るのは明日以降になりそうだ。」

 

男は薄く笑った。

 

「それを決めるのは、あなたではない。」

 

「ああ、俺じゃない。上が決めたのさ。なんたって、アンタの貨物は海賊直々のご指名だったからな。そこんとこの事情を洗いざらい調べ上げにゃならん。最近は多いし……密輸とか。」

 

「……っ。」

 

ここでようやく男の表情が動いた。

 

してやったりと、嘲るような笑みを返してやれば、彼は悔しそうに引き下がる。

 

「……そうですか。では、こちらも正式な手続きを待つとしましょう。弊社の貨物が返還されるまで。」

 

「すぐに終わるよ。心配しなくてもな。」

 

男は護衛を引き連れて、エレベーターに乗った。

 

「アリスター様、参りましょう。ご滞在先は手配済みです。」

 

「……ああ。」

 

アリスターは名残惜しそうにリタを一度見るも、すぐに従う。

 

扉が閉まるまで、彼の視線はずっと妹へ注がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

視線の先でコンテナがクレーンに吊り上げられ、ゆっくりとこちらへ近付いてくる。

 

そしてスバル47号に繋げられた空のフレーム車両に収められた。

 

ガチリと四方のロックが噛み合い、積み込みが完了する。

 

しかし妙なことに編成はたったの5両だった。

 

荷物に限れば、そのコンテナ車だけだ。

 

「うわ短けっ。てか、後ろのやつ何だ?」

 

[あっ、レオ。]

 

「いつもこれくらい少なけりゃいいのになぁ……。」

 

[レオ……今のは失言だったかも。]

 

シグレがそう言った直後、脛に鋭い痛みが走った。

 

「っっっっ!!!?」

 

足を抱えて飛び上がる。

 

何事かと隣を向けば、ビシリと固まった。

 

そこにあったのは笑っていない笑みを浮かべたエリズの姿。

 

双眸から光を失った彼女は、尚もゲシゲシと脛を蹴ってくる。

 

「あっ、いたっ、す、すみません!今のは失言でした!」

 

「私は、関わるなって、言ったわよね?」

 

「ハイ!そうです!けど仕方ないでしょ?まさかコイツが問題のど真ん中にいるなんて思わないじゃないですか!」

 

指をさした先では、申し訳なさそうに佇むリタの姿があった。

 

しかしエリズは一瞥しただけで、すぐに視線を戻してくる。

 

「私はね、あのコンテナを何も知らないまま保安局へ引き渡したかったの。けれど貴方が先に中身へ触れて、橘まで巻き込んだ。おかげで今度は、こちらが主導している形を作る羽目になったの。分かる?」

 

「わ、分かります……。」

 

「本当は面倒極まりないけれど、だからといって放り出すわけにもいかないわ。私の査定に傷がつくもの。」

 

「ハイ……。」

 

暗にこう言われた気がした。

 

巻き込んだ以上は責任を持って最後までやれ、と。

 

ここでコーイチが咳払いをして助け舟を出す。

 

「陸奥室長、保安局名義で緊急移送の手続きをしました。名目は証拠保全、及び戦略物資疑惑案件の保護です。閲覧権限は絞って、港湾側にも最低限しか流していません。」

 

「ありがとう、軍曹。相変わらず貴方は仕事が正確で早いわね。どっかの誰かさんとは大違い。」

 

「光栄です、大尉。それより急いだ方がいいかと。連中、こちらの動きに気付いたそうです。」

 

コーイチの端末には、ドローンから送られてきたのであろう映像が流れていた。

 

ホテルから慌ただしく出てきた一団が、護衛車両を引き連れてどこかへ向かい始めている。

 

彼らの走る幹線道路の先には、銀河鉄道の大きな庁舎が見えた。

 

目的地がどこなのかは言うまでもない。

 

「じゃあ、レオン。ここから先は通常通りじゃないわ。」

 

エリズの声が、一段低くなる。

 

「荷物と彼女。失ったら承知しないから。必ず連中の手が届かないところで保安局に引き渡すこと。いいわね?」

 

「了解です。」

 

「それと……今回のは貸しだから。」

 

「ハイ……あっ、あと、アレは?」

 

指を向けた先は編成の最後尾。

 

コンテナ車の後ろに接続された車両。

 

大型のブースターをフレームで4本束ねて、貨車にポン付けしたような、雑な仕上がりのそれ。

 

こちらの質問に対し、エリズは意地悪い笑みを浮かべる。

 

「離床用の特殊車両。その試作機。まあ、御守りよ。」

 

「いや、別にそんなもの……。」

 

『いらない』と言おうとした瞬間、構内のスピーカーから発車準備を告げる音声が流れた。

 

[第1055番辺境航路貨物列車スバル47号、発進を許可します。作業員は車両から離れてください。]

 

人工音声が響く中、エリズはさっさと踵を返す。

 

「管制塔へ行くわ。奴らはきっとそこを押さえに来る筈。軍曹、ついて来なさい。」

 

「はい、大尉。」

 

「えっ、ちょっ……!」

 

コーイチは軽く手を振ると、エリズの後に続く。

 

2人の背中が小さくなると、リタを連れて機関車に乗り込む。

 

彼女を寝台車のベッドに寝かせると、ベルトで固定した。

 

「あの……これは?」

 

「クルーザーと違って、ウチのはかなりGがかかる。意識を飛ばしたくなかったら、このまま大人しくしてろ。」

 

「は、はい。」

 

リタの準備を済ませると、機関車へ移動する。

 

運転席では既にシグレが発車シークエンスを進めていた。

 

[反応炉、重力制御装置、プラズマ推進器、全て正常に稼働中。あと、後ろの何?単独離床用ブースターって何?]

 

「知らん。それよりすぐ出発だ。」

 

[あっ!奴らだ!]

 

外を映した画面の中、構内へ駆け込んでくる一団の姿があった。

 

「降着装置をしまえ。発進する。」

 

[りょーかい!]

 

ファーン!と、電子音の汽笛が鳴り響く。

 

ガクンと、少しの揺れが発生し、車両全体が浮き上がった。

 

そしてゆっくりと前へ動き出す。

 

追手がホームに辿り着いた時、既にスバル47号はアーケードを抜け、加速用のマスドライバーへと向かっていた。

 

順調かと思われたが、直後、予期せぬことが発生する。

 

リニアレールの先、空に向かって斜めに伸びた射出用のマスドライバー。

 

その電源が落ち、入り口のゲートが全て閉まったのだ。

 

更には前方のポイントが切り替えられ、リニアレールが乗ったガイドレールごと方向が変わってしまう。

 

その先にあったのは退避用の支線。

 

最奥には車止めが鎮座していた。

 

シグレは急ブレーキをかけ、列車が減速する。

 

[マスドライバーが停止!ポイントも切り替わったよ!?]

 

「なっ……!?」

 

[管制官は何してるのさ!]

 

「管制塔、聞こえるか!このままだと飛べないぞ!」

 

通信機に向かってそう叫ぶと、すぐに返事が戻ってくる。

 

しかしそれは聞き慣れたオペレーターのものではなかった。

 

画面に映ったのは、武装した兵士を背にしたスーツ姿の男。

 

あろうことか、管制官に銃を突きつけている。

 

[列車を停止しなさい。今ならまだ間に合いますよ。]

 

「げっ!てめぇ!何しやがった!」

 

[これは明確な法律違反です。分かっているのですか?]

 

「ああ!民間人を銃で脅すことがな!」

 

[何を……。]

 

ブツンと、通信を切る。

 

「シグレ、ケツの車両は使えるのか?」

 

[う、うん、さっきシステムを繋げたけど……まさかやる気?]

 

「大尉たちの復旧を待ってられない!連中、線路にまで降りて来てる!」

 

後部カメラには、速度を落とした隙に列車へ乗り移ろうと、追手がすぐそこまで迫ってきていた。

 

「よし……アレをするぞ。」

 

[アレってのは……。]

 

「昔もやっただろ?ギャング連中に襲われそうになった時。」

 

[だけど、あれは誰もいない田舎だったから出来たことで……。]

 

「行くぞ!タイミング合わせろよ!」

 

[ああもう!重力制御装置、用意よし!]

 

推進器のスロットルを上げ、姿勢制御用のスラスターを全てマニュアル操作へと切り替える。

 

スバル47号は加速すると、ポイントを通って退避線へと入っていく。

 

もちろんこの先は行き止まりだ。

 

しかし速度は上げ続ける。

 

[カウント開始。点火まであと……6、5、4……!]

 

ぐんぐんと車止めが迫ってくる。

 

操作レバーを握る手がじんわりと汗で濡れる。

 

[3、2……出力最大!]

 

「おらっ!」

 

ふわりと、列車全体が浮いた気がした。

 

直後、今度はゴッ!!!っと、車体が激しく揺れる。

 

機関車から貨車まで、全ての車両に装備された姿勢制御用スラスターが一気に点火した。

 

吐き出された炎の濁流にレールは焦げ、衝撃波でコンクリートにヒビが入り、信号や標識が爆風で吹き飛ばされる。

 

水や泥を蹴立てて、カエルがジャンプするように。

 

スバル47号は()()()

 

列車の軌跡は放物線を描き、その頂点で車止めを飛び越える。

 

そしてそのまま、敷地外の野原へ落ちていった。

 

「もっかい!」

 

墜落直前、スラスターを再び点火する。

 

青白い炎は次に雑草を焼いた。

 

「おうえっ!?」

 

ガクン!と、上下に揺さぶるような揺れが襲ってくる。

 

弱めた衝撃を重力制御装置が受け止め、僅かに腹を擦りながらも着地に成功した。

 

スバル47号は線路の無い野原を爆走していく。

 

「やった!成功したぞ!」

 

[も、もうやらない……絶対に……!]

 

「さあ、次だ!海に出るぞ!」

 

眼下の野原が途切れ、黒い海に切り替わる。

 

水しぶきを散らしながら、列車は外洋へと出ていく。

 

そして背後のビル群が小さくなった時、シグレはブースターユニットに火を入れた。

 

[準備はいい?]

 

「Gの制御を頼む。特に寝台車にはな。」

 

[分かってる。行くよ!]

 

連結器に次いで、車両間が追加でロックされる。

 

列車が1本の長い構造体となった時、最後尾のブースターの固体燃料に点火した。

 

機関車のスラスターを吹かし、水平だった機首を、斜め上方へと向け直す。

 

凄まじい爆煙と、海水の蒸発による湯気が発生し、列車全体を包み込む。

 

そして次の瞬間、白煙を突き破るようにスバル47号は離床した。

 

凄まじい轟音と衝撃波を撒き散らしながら。

 

「ぐおぉぉぉ!!」

 

少しは軽減されてるとはいえ、全身に凄まじいGがかかる。

 

あっという間に音速を超え、ソニックブームを撒き散らしながら上昇していく。

 

分厚い雲を抜け、空がオレンジから黒へと変わっていく。

 

遂に列車は大気圏を越え、星のひとつとなった。

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

「……行ったわね。」

 

「ええ、行きましたね、大尉。」

 

「軍曹……ちなみに被害は?」

 

「概算ですが、リニアレールの破壊、舗装の亀裂、標識と信号の損傷、敷地外でのボヤ、ソニックブームによる窓ガラスの破損、それと騒音被害です。」

 

「アイツ……帰ってきたら絶対コロス……!」

 

「まあ、仕方ないでしょう。それに、ある程度は連中のせいに出来ます。」

 

「保安局からのフォロー頼むわよ……ホントに。」

 

「はい大尉。レオの飼育代ですから。」

 

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