眼下にスバルⅢの夜景が広がっていた。
燃料を使い切ったブースター車両を切り離し、近傍の軌道ステーションの回収圏へ流しておく。
スバル47号は巡航用のプラズマ推進へ切り替わると、虚空の中を進み始めた。
「ふぅ……打ち上げは成功だったな。」
[ここからどうする?近場の保安局といっても色々あるよ?]
「一番近いのは?」
[スバルⅣだよ。]
「嘘言え。」
[バレた?今の公転位置からして、一番近いのはスバルⅡだね。]
「そっちに針路を向けてくれ。俺はお嬢様の様子を見てくる。」
[はーい。]
重力制御が戻ったのを確認すると、機関車から寝台車へと移動する。
部屋のひとつでは、リタがベッドの上で呻いていた。
「おう、打ち上げはどうだったよ。太古の人類は慣性軽減も無しに、Gを食らいながら宇宙へ上がってたらしいぜ。」
「か、限られた人しか……宇宙に行けなかった理由が分かりました……。」
「ダルいのは今だけだ。すぐに良くなる。」
「はい……。」
リタに水のボトルを手渡すと、キッチンで私物のコーヒーを淹れる。
無重力下仕様のパック飲料ではなく、地上と同じように砕いた豆を濾したものだ。
合成品とは違う、香ばしい良い匂いが室内に立ち込める。
水を飲んでいたリタは漂う匂いに鼻を鳴らした。
「これは……スバル・ブルームですか?」
「おっ、流石はお嬢様。コーヒーが分かるとは。飲むか?」
「ええ、お願いします。私の星でも豆の栽培は盛んですから。父や兄たちも愛飲していますよ。」
「そうかい。なら是非とも味わってみたいもんだな……。」
リタの分も注いで手渡すと、マグカップのコーヒーを口に運ぶ。
一服ついたところで、話を切り出した。
「で、話の続きをいいか?あのパラジウムは何なんだ?」
「はい……あれは非常時に備えた備蓄です。お祖父様の時代から何十年もかけて、コツコツと貯めてきた資産なんです。」
「備蓄ってのは、貴金属としてのか?」
「星間取引の担保です。ケラエノの通貨、ケラエノクレジットが暴落した際に備えての。」
「暴落?」
通貨価値の暴落。
戦争中ならまだしも、今の平和な時代にそうそう起きるものではない。
——よほどの悪政でもない限り。
「お前さんのとこ……大丈夫なのか?」
思わずそう聞くと、リタは慌てて手を振った。
「ち、違いますよ?治政は至ってまともです。安定した産業だってあります。問題は……『災害』なんです。」
「それは、地震や津波のことか?」
リタは首を振る。
「もっと大規模です。地殻変動や磁気嵐、隕石の落下なども起きます。」
「災害っつうか、世界の終末じゃねえか。」
「まさしくその表現が当てはまるでしょう。ケラエノ星系では……正確には、ケラエノβ星系ではその終末が30年おきに発生するのです。」
「冗談だろ……?」
腕の端末を操作し、シグレを呼び出す。
機関車から寝台車のシステムを介して、ベッドわきのモニターに光が入った。
[呼んだ?]
「ひゃあっ!?」
突然の声にリタは肩を震わせる。
[あ、驚かせてごめんね。僕、シグレっていうんだー。]
「機関車の専用AIだ。システムに繋がってる。」
「な、なるほど……随分と高性能なものをお使いなんですね。民間でAIは厳しく制限されてるのに……。」
[そりゃ僕は軍よ……。]
「んんっ!げほっ、ごほっ!」
激しく咳払いをすると、慌ててシグレは言葉を切った。
すかさず話題を逸らす。
「シグレ、ケラエノ星系について教えてくれ。災害って何なんだ?」
[はーい。]
勝手に頭上の照明が落ち、部屋の真ん中に星図のホログラムが浮かび上がった。
プレアデス星団の七つの恒星が映ると、七姉妹の一人であるケラエノへズームしていく。
すると、不思議な星系が現れた。
二つの恒星が、互いの共通重心を中心に回っていた。
「なんじゃこりゃ?太陽が二個あるじゃねえか。」
[連星ってやつだね。宇宙じゃ珍しくはないけど、人が住んでるのは単独星が大半だから人類圏では珍しいかも。]
「こちらの大きい星がケラエノα、小さい星が私たちのケラエノβです。」
リタは星図を指さす。
姉妹の片割れ、穏やかな光を放つ恒星、ケラエノβだ。
星図が更に拡大されると、ケラエノβの周囲を回る5つの惑星が現れる。
そのうちのひとつ、ケラエノβⅢがズームされ、実際の写真も隣に表示される。
「ここが私の故郷です。」
「ほぉ……。」
見えてきたのは、人類発祥の地である地球を更に磨き上げたような、鮮やかな色合いの星だった。
星の過半数を青い海が占め、陸地には緑が広がっている。
とても災害とは無縁なように見えた。
「良い星じゃないか。住みたいくらいだ。こんなところで本当に大災害が起きるのか?」
[それが起きちゃうんだよねー。こんな感じに。]
シグレは星図をズームアウトし、ケラエノ星系全体に戻した。
すると時間を早送りするように2つの恒星、ケラエノαとケラエノβが動き出す。
そして2つが最も接近する地点で止める。
[ここまで近付くと、ケラエノαの影響がケラエノβ星系に強く及ぶんだ。気温上昇や異常気象、磁気嵐に通信障害、果ては地殻活動と隕石群まで誘発する。まさしく天災のフルコースだね。]
「それで次はいつ来るんだ?」
[計算上は今年だね。]
思わず顔に手を当てて、天を仰ぐ。
「……前言撤回だ。いくら綺麗でも住みたくねえ。」
「けれど、私達はお祖父様の、さらにお祖父様の世代から開拓を続けてきました。」
リタはカップを握る指先に力を込める。
「災害で沢山の人が亡くなりました。けれど、その度に対策を練ってきたんです。」
「で、その
「そうです。それがあれば、災害後も安定して経済を回していける……はずでした。」
リタは力なく俯いた。
「このままでは、ケラエノの復興は大きく遅れてしまいます。」
「心配すんな。パラジウムはもう俺たちの手にあるんだ。あとは保安局に通報して、返してもらえばいい。」
そう元気付けるが、リタは首を横に振る。
「ダメなんです。おそらく……それだけでは。」
「どういうことだ?」
「奴ら……企業は姑息です。今までもそうでした。やること全てが合法なんです。パラジウムだって、共同管理という名目で金庫から取り上げて……だからきっと何か仕掛けてくるはず。」
「そんなにか?まず企業ってのは、どこのやつなんだ?」
[多分、これでしょ。]
質問にシグレが再び答えてくれる。
すると星図の代わりに、とある企業ロゴが浮かび上がった。
思わず顔をしかめてしまう。
「……げぇ。」
それは古代の大陸をモチーフにした幾何学模様。
生活のどの場面においても必ず目にするそれ。
「嘘だろ……よりにもよって『パンゲア』かよ……。」
[うん、ケラエノへの出資は今のところ、この企業がほぼ独占しているね。]
宇宙開拓時代の最初期から続く、地球発の超老舗複合大企業『パンゲア・ユナイテッド・ホールディングス』。
インフラや金融、物流などあらゆる分野を扱うモンスター企業で、銀河鉄道公社も世話になっている相手だった。
エリズからの関わるべきではないという忠告が、見事現実になったことに頭を抱える。
そんなこちらの反応を前にしてか、リタは肩を落とした。
「……やはり、無謀でしたでしょうか。」
「馬鹿言うな。相手が誰であろうと、所詮薄汚い泥棒に変わりない。必ずブタ箱にブチ込める。」
「でも……。」
「国家の戦争犯罪よっか、遥かに
そう言って、指先で自分の瞼を上下に開く。
「あ……。」
リタの目に映ったのは、僅かな継ぎ目が走った白目と、角膜の奥で動くレンズユニット。
両目とも作り物だった。
「それは……?」
「ちょっと、やらかしちまってな。」
コーヒーを飲み干し、時計を見る。
視界の端に映った時刻は既に夜を指していた。
「それより、あと18時間でスバルⅡに着く。休息と睡眠はちゃんと取っておけよ。」
「わ、分かりました。」
機関車に戻ると、運転席に腰掛ける。
何故か知らないが、目の奥が痛んだ気がした。