銀河貨物列車の警備車掌   作:ゆうぐれ

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第4話 スバルⅡ到着①

眼下にスバルⅢの夜景が広がっていた。

 

燃料を使い切ったブースター車両を切り離し、近傍の軌道ステーションの回収圏へ流しておく。

 

スバル47号は巡航用のプラズマ推進へ切り替わると、虚空の中を進み始めた。

 

「ふぅ……打ち上げは成功だったな。」

 

[ここからどうする?近場の保安局といっても色々あるよ?]

 

「一番近いのは?」

 

[スバルⅣだよ。]

 

「嘘言え。」

 

[バレた?今の公転位置からして、一番近いのはスバルⅡだね。]

 

「そっちに針路を向けてくれ。俺はお嬢様の様子を見てくる。」

 

[はーい。]

 

重力制御が戻ったのを確認すると、機関車から寝台車へと移動する。

 

部屋のひとつでは、リタがベッドの上で呻いていた。

 

「おう、打ち上げはどうだったよ。太古の人類は慣性軽減も無しに、Gを食らいながら宇宙へ上がってたらしいぜ。」

 

「か、限られた人しか……宇宙に行けなかった理由が分かりました……。」

 

「ダルいのは今だけだ。すぐに良くなる。」

 

「はい……。」

 

リタに水のボトルを手渡すと、キッチンで私物のコーヒーを淹れる。

 

無重力下仕様のパック飲料ではなく、地上と同じように砕いた豆を濾したものだ。

 

合成品とは違う、香ばしい良い匂いが室内に立ち込める。

 

水を飲んでいたリタは漂う匂いに鼻を鳴らした。

 

「これは……スバル・ブルームですか?」

 

「おっ、流石はお嬢様。コーヒーが分かるとは。飲むか?」

 

「ええ、お願いします。私の星でも豆の栽培は盛んですから。父や兄たちも愛飲していますよ。」

 

「そうかい。なら是非とも味わってみたいもんだな……。」

 

リタの分も注いで手渡すと、マグカップのコーヒーを口に運ぶ。

 

一服ついたところで、話を切り出した。

 

「で、話の続きをいいか?あのパラジウムは何なんだ?」

 

「はい……あれは非常時に備えた備蓄です。お祖父様の時代から何十年もかけて、コツコツと貯めてきた資産なんです。」

 

「備蓄ってのは、貴金属としてのか?」

 

「星間取引の担保です。ケラエノの通貨、ケラエノクレジットが暴落した際に備えての。」

 

「暴落?」

 

通貨価値の暴落。

 

戦争中ならまだしも、今の平和な時代にそうそう起きるものではない。

 

——よほどの悪政でもない限り。

 

「お前さんのとこ……大丈夫なのか?」

 

思わずそう聞くと、リタは慌てて手を振った。

 

「ち、違いますよ?治政は至ってまともです。安定した産業だってあります。問題は……『災害』なんです。」

 

「それは、地震や津波のことか?」

 

リタは首を振る。

 

「もっと大規模です。地殻変動や磁気嵐、隕石の落下なども起きます。」

 

「災害っつうか、世界の終末じゃねえか。」

 

「まさしくその表現が当てはまるでしょう。ケラエノ星系では……正確には、ケラエノβ星系ではその終末が30年おきに発生するのです。」

 

「冗談だろ……?」

 

腕の端末を操作し、シグレを呼び出す。

 

機関車から寝台車のシステムを介して、ベッドわきのモニターに光が入った。

 

[呼んだ?]

 

「ひゃあっ!?」

 

突然の声にリタは肩を震わせる。

 

[あ、驚かせてごめんね。僕、シグレっていうんだー。]

 

「機関車の専用AIだ。システムに繋がってる。」

 

「な、なるほど……随分と高性能なものをお使いなんですね。民間でAIは厳しく制限されてるのに……。」

 

[そりゃ僕は軍よ……。]

 

「んんっ!げほっ、ごほっ!」

 

激しく咳払いをすると、慌ててシグレは言葉を切った。

 

すかさず話題を逸らす。

 

「シグレ、ケラエノ星系について教えてくれ。災害って何なんだ?」

 

[はーい。]

 

勝手に頭上の照明が落ち、部屋の真ん中に星図のホログラムが浮かび上がった。

 

プレアデス星団の七つの恒星が映ると、七姉妹の一人であるケラエノへズームしていく。

 

すると、不思議な星系が現れた。

 

二つの恒星が、互いの共通重心を中心に回っていた。

 

「なんじゃこりゃ?太陽が二個あるじゃねえか。」

 

[連星ってやつだね。宇宙じゃ珍しくはないけど、人が住んでるのは単独星が大半だから人類圏では珍しいかも。]

 

「こちらの大きい星がケラエノα、小さい星が私たちのケラエノβです。」

 

リタは星図を指さす。

 

姉妹の片割れ、穏やかな光を放つ恒星、ケラエノβだ。

 

星図が更に拡大されると、ケラエノβの周囲を回る5つの惑星が現れる。

 

そのうちのひとつ、ケラエノβⅢがズームされ、実際の写真も隣に表示される。

 

「ここが私の故郷です。」

 

「ほぉ……。」

 

見えてきたのは、人類発祥の地である地球を更に磨き上げたような、鮮やかな色合いの星だった。

 

星の過半数を青い海が占め、陸地には緑が広がっている。

 

とても災害とは無縁なように見えた。

 

「良い星じゃないか。住みたいくらいだ。こんなところで本当に大災害が起きるのか?」

 

[それが起きちゃうんだよねー。こんな感じに。]

 

シグレは星図をズームアウトし、ケラエノ星系全体に戻した。

 

すると時間を早送りするように2つの恒星、ケラエノαとケラエノβが動き出す。

 

そして2つが最も接近する地点で止める。

 

[ここまで近付くと、ケラエノαの影響がケラエノβ星系に強く及ぶんだ。気温上昇や異常気象、磁気嵐に通信障害、果ては地殻活動と隕石群まで誘発する。まさしく天災のフルコースだね。]

 

「それで次はいつ来るんだ?」

 

[計算上は今年だね。]

 

思わず顔に手を当てて、天を仰ぐ。

 

「……前言撤回だ。いくら綺麗でも住みたくねえ。」

 

「けれど、私達はお祖父様の、さらにお祖父様の世代から開拓を続けてきました。」

 

リタはカップを握る指先に力を込める。

 

「災害で沢山の人が亡くなりました。けれど、その度に対策を練ってきたんです。」

 

「で、その(かなめ)がパラジウムだったと。」

 

「そうです。それがあれば、災害後も安定して経済を回していける……はずでした。」

 

リタは力なく俯いた。

 

「このままでは、ケラエノの復興は大きく遅れてしまいます。」

 

「心配すんな。パラジウムはもう俺たちの手にあるんだ。あとは保安局に通報して、返してもらえばいい。」

 

そう元気付けるが、リタは首を横に振る。

 

「ダメなんです。おそらく……それだけでは。」

 

「どういうことだ?」

 

「奴ら……企業は姑息です。今までもそうでした。やること全てが合法なんです。パラジウムだって、共同管理という名目で金庫から取り上げて……だからきっと何か仕掛けてくるはず。」

 

「そんなにか?まず企業ってのは、どこのやつなんだ?」

 

[多分、これでしょ。]

 

質問にシグレが再び答えてくれる。

 

すると星図の代わりに、とある企業ロゴが浮かび上がった。

 

思わず顔をしかめてしまう。

 

「……げぇ。」

 

それは古代の大陸をモチーフにした幾何学模様。

 

生活のどの場面においても必ず目にするそれ。

 

「嘘だろ……よりにもよって『パンゲア』かよ……。」

 

[うん、ケラエノへの出資は今のところ、この企業がほぼ独占しているね。]

 

宇宙開拓時代の最初期から続く、地球発の超老舗複合大企業『パンゲア・ユナイテッド・ホールディングス』。

 

インフラや金融、物流などあらゆる分野を扱うモンスター企業で、銀河鉄道公社も世話になっている相手だった。

 

エリズからの関わるべきではないという忠告が、見事現実になったことに頭を抱える。

 

そんなこちらの反応を前にしてか、リタは肩を落とした。

 

「……やはり、無謀でしたでしょうか。」

 

「馬鹿言うな。相手が誰であろうと、所詮薄汚い泥棒に変わりない。必ずブタ箱にブチ込める。」

 

「でも……。」

 

「国家の戦争犯罪よっか、遥かに()()()なもんだ。企業は裁判所に引きずり出せるからな。」

 

そう言って、指先で自分の瞼を上下に開く。

 

「あ……。」

 

リタの目に映ったのは、僅かな継ぎ目が走った白目と、角膜の奥で動くレンズユニット。

 

両目とも作り物だった。

 

「それは……?」

 

「ちょっと、やらかしちまってな。」

 

コーヒーを飲み干し、時計を見る。

 

視界の端に映った時刻は既に夜を指していた。

 

「それより、あと18時間でスバルⅡに着く。休息と睡眠はちゃんと取っておけよ。」

 

「わ、分かりました。」

 

機関車に戻ると、運転席に腰掛ける。

 

何故か知らないが、目の奥が痛んだ気がした。

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