「戻りましたー!」
「おせーよ、また人助けしてたのか?」
「はい!新しいNPCを助けてきました!」
それぞれの街に備え付けで置かれている転移門の前に立つヘイルは仲間たちの呆れた視線を受けながら胸を張っていた。
いつものことだと言わんばかりの反応に、彼女はむしろ誇らしげですらある。
「で、そのNPCはどこにいるんだ?」
パーティメンバーの一人、盾役のゴードンが重厚な鎧をガチャリと鳴らしながら問いかける。
「え?すぐ後ろに……」
ヘイルが振り返る。
誰もいない。
「……あ」
「あ、じゃねえよ」
魔法使いのミリアが額に手を当てて天を仰ぐ。
彼女のローブが風もないのにふわりと揺れたのは、課金して購入したエフェクトである漏れ出た魔力のせいだろう。
「クイックワープ使ったのか?」
「う、うん……」
「人を連れて行くときに使うもんじゃねえだろ、あれは」
弓使いのシンが苦笑いを浮かべながら矢筒を背負い直す。
イケメンにエディットされたアバターだが、どうもニヤケ顔を隠せず笑いをこらえている。
「だって! 街までの道のりって意外と長いし、モンスターも出るし!」
「そのモンスターから守るのも含めての“連れて行く”なんじゃないのか?」
ゴードンの正論に、ヘイルは言葉を詰まらせる。
「うぐ……確かに」
「まあ、ヘイルらしいっちゃらしいけどな」
シンがポンと彼女の肩を叩く。
「で、どんなNPCだったんだ? クエストに関係ありそうか?」
「えっとね、レイさんっていう男性で……あれ? そういえば変だったかも」
ヘイルは首をかしげた。レイと話し合った時、NPCにしては違和感を感じる登場の仕方でもあったのを思い出す。
「変?」
「うん。マーカーがついてなかったの。名前も自分で名乗ったし」
パーティの空気が少し変わった。
「……マーカーなし? このゲームでか?」
「このゲーム、NPCにもちゃんと識別マーカーついてるはずよ。たとえ名前がなくても《???》って表示される仕様でしょ」
「そうそう。なのにレイさん、本当にマーカーがなくて」
「バグか? それとも……」
ゴードンが言葉を濁す。
「……プレイヤー?」
シンが口にした可能性に、全員が押し黙った。
「いやいやいや、プレイヤーなら普通にワープ使えるでしょ! っていうかプレイヤーなら自分で街に行けるし!」
「じゃあ運営側の人間とか?」
「それこそマーカーつけるだろ、普通」
「うーん……」
ヘイルは腕を組んで考え込む。あの時感じた妙な違和感の正体が、少しずつ形を持ち始めていた。
「でもさ、レイさん、普通の人っぽくなかったんだよね」
「どういう意味だ?」
「なんていうか……襲われた時にさ?狼たちに全然ビビってなかったし、むしろ自分から戦おうとしてた感じ? 私が飛び込んだときも全然慌ててなかったし」
「熟練プレイヤーか、あるいは高レベルNPCか……」
「でも装備は初期装備みたいな感じだったよ? 武器も持ってなかったし」
彼女の言葉を聞きながら、ミリアは何かを考え込むように杖を握りしめる。
「……ねえ、そのレイって人どこから来たか言ってた?」
「えっと、世界各地を回ってるって……この街に近いって聞いてショートカットしようとしたら迷子になったって」
「世界各地を回る? このゲーム、まだ全マップ解放されてないのに?」
ミリアの指摘に、ヘイルの目が大きく見開かれた。
「あ」
「また『あ』かよ」
シンが呆れたように笑う。
「え、ちょっと待って! それってつまり……」
「少なくとも、普通のNPCじゃないってことだな」
ゴードンが重々しく言う。
「バグか、未実装の隠しNPCかあるいは……本当に運営のテストプレイヤーか。いずれにしても、お前が置き去りにしたのはマズかったんじゃないか?」
「うわあああ! どうしよう! 今から森に戻る!?」
「落ち着け。もう移動してるかもしれないし、そもそもあの森広いんだぞ。どこにいるか分からない相手を探すのは無理だ」
ミリアが冷静に諭す。
「それに、本当に世界各地を回れるようなキャラなら自力でこの街に来れるでしょ。常識的に考えて」
「そ、そうかな……」
「まあ、待ってみようぜ。来なかったら来なかったでまたどっかで会えるかもしんないし」
シンの楽観的な言葉に、ヘイルは少しだけ安心したように息をついた。
「そっか……うん、そうだね!」
「でも次からは人を置き去りにするなよ」
「はい……」
ヘイルがしゅんとうなだれた、その時だった。
街の門の方から、どよめきが聞こえてきた。
「……ん? なんだ?」
地獄耳故に気配を察知して先手を取れる弓使いの長所を持つシンがいつもと違う雰囲気を感じている。
「なんか門の衛兵が慌ててるみたいだけど」
背の高いアバターであるゴードンが背伸びして門の方を見やる。
「何かあったのかな?」
「見に行ってみるか」
パーティが門の方へ歩き出そうとしたときヘイルの視界に映る人垣の向こうから、見覚えのある姿がスッと現れる。
「あ」
ヘイルが三度目の「あ」を口にする。
そこには、服についた葉っぱをパタパタと払いながら平然とした顔で歩いてくるレイの姿があった。
「結構早かったな。この街で合ってたみたいだ」
まるで何事もなかったかのように話しかけてくるレイに、ヘイルは目を丸くする。
「え、え、レイさん!? どうやって!?」
「走ってきた」
「は?」
「いやだから走って」
「どんな速度で!? あの森からここまで普通なら徒歩で十分はかかる距離だよ!?」
「ちょっと体力には自信があってな」
さらりと言ってのけるレイに、パーティメンバー全員が言葉を失った。
ミリアが小声でシンにささやく。
「…………これ、絶対普通のNPCじゃないわ」
「だな…………」
シンもまた、弓を握り直しながらレイをじっと観察する。
「ま、まあとにかく! ちゃんと合流できてよかった!」
ヘイルが無理やり明るく話をまとめようとする。
「次からは置き去りにするなよ」
「うっ……レイさんにも言われちゃった……」
「当然だろ」
レイは苦笑しながら、パーティの面々を見回した。
「ヘイルの仲間か?この感じだと俺のことは聞いてるらしいが、一応名乗っておく。俺はレイ、よろしく」
「…………ゴードンだ。盾役をやってる」
「シン。弓使いだ」
「私はミリア。魔法使いよ」
三者三様の警戒を孕んだ視線を受けながらも、レイは気にした様子もなくうなずく。
「なるほど、典型的なパーティ編成だな」
「典型的って……」
ミリアが何か言おうとしたとき、街の中から鐘の音が響いた。
「お、イベント発生か?」
ゴードンが即座に反応する。
「この音はゲリライベントだ!行こう! 今回は遅れないようにしなきゃ!」
「誰のせいで遅れそうになったと思ってんだ」
シンのツッコミを背に受けながら、ヘイルはレイの袖を引っ張った。
「レイさんも来てください! 何があるか分からないし!」
「いいのか? 俺、何も分からないから何もできないかもしれないぞ」
「大丈夫ですって! 私が守りますから!」
自信満々に言い切るヘイルに、レイは小さく笑った。
「……分かった。付き合うよ」
鐘の音が街全体に響き渡る中、レイは空を見上げた。
ゲームの世界に迷い込んだ神殺しの英雄は、新たな物語の鐘の音を今、確かに聞いたのだった。
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