TSしたら監獄の管理人だった 作:ひんやりエルフの耳
――――最悪だ。
それが、俺がこの場所に連れられて最初に抱いた感想だった。
足枷が鳴る。鉄と石が擦れ、地面を巻き込む音が耳に響く。
「おい、さっさと歩け」
前を歩く兵士に引っ張られ、視線を上げる。
目一杯飛び込んでくるのは、白亜の巨塔。白が薄雲から突き抜けた淡い陽光を反射する。
壁はどこまでも続き、窓はない。
綺麗に見えるが、外界を拒むように聳え立っている。
言いようもない空気が漂っていた。
風もなく、音も遠い。
数人の護衛の兵士も口を開こうとしない。黙々と俺という”囚人”を運んでいる。
無言で引っ張られるのが、ひどく気味が悪かった。
やがて巨塔へと続く巨大な門が目に入る。
一見ただの門見えるが、パッと見るだけでもおかしいレベルの魔法が掛けられている。
「……ここが例の監獄かよ」
吐き捨てる。
各国が重罪の犯罪者を送る場所。巷では”帰れない監獄”。
一説によれば、上層階では神さえも封じれるなどと言われている。
まさしくの雰囲気を目の前の建物は醸し出していた。
「とまれ」
兵士がようやく声を出す。
「オーバック王国より犯罪者を送りに来た!!」
兵士が声を張り上げると、軋む音と共に門が開く。
中は暗く、魔法で生み出された光だけが照らしている。
「入れ」
背中を強く押される。
俺は舌打ちしながら足を踏み入れた。
中は静寂に包まれていた。
続く牢の列。何の素材か分からない白い床。魔法の灯。
そして牢越しの視線。
魔法であろう透明な格子の奥から、いくつもの視線がこちらを覗いていた。
値踏みするような目。諦めきった目。愉快そうな目。
胸糞悪い。
「チッ……捕まらなきゃよかった」
組織め……俺に罪をまとめて押しつけやがって。
そう思っている時だった。
コツ、コツ、と奥から足音が響いた。
やけに響き、妙に軽い。
兵士たちが一斉に表情を引き締める。
俺は理解した。――――ここの”上”の人間だ。
どんなやつかと冷や汗を流しながら視線を向ける。
現れたのは―――
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
「護送ご苦労。後はこちらで対処しよう」
現れたのは、黒髪を揺らす黒の軍服似の服を纏った少女。
それも随分と小柄で、細い。力を入れればすぐに折れてしまいそうなほど頼りない外見。
場違いだ。
だが少女の隈のある眠たそうな目がこちらを捉えると、なぜか背筋がざわつく。
「お、お願いします」
「ああ」
俺のことが興味ないと言わんばかりに一瞥だけしてすぐに背を向ける。
「こい、お前の牢はこっちだ」
その不躾な態度が、癪に障る。
俺の方が年上で、舐められるべき存在じゃない。
「……舐めんなよガキ」
気づけば呟いていた。
「あ?何か言ったか?」
こちらを向いた少女が眉を顰める。
小さな体躯から漂う剣呑な雰囲気に、兵士達が喉を鳴らす。
だが俺は気づけなかった。いや、気づかなかった。
「ガキがしゃしゃり出てくんなって言ってんだよ。」
兵士が息を呑む気配。だが何を言わない。
俺は調子にのって続けた。
「子供が舐めたことすんなよ。犯してやろうか?」
わざと挑発するように言う。
すると少女は面倒くさそうに大きな溜息を吐いた。
「……あのさ」
「あ?」
次の瞬間だった。
視界がぎゅるんと回転する。
訳が分からないまま、何かにぶつかり、激痛が走る。
気づけば、床に叩きつけられていた。
「―――――が、は……ッ?!」
肺が衝撃で息を吸わない。
何をされた?何も見えなかった。
気づけば、俺は床に転がっていた。
「余計な面倒増やすなよ。ただでさえ睡眠不足なんだ。お前こそしゃしゃり出んな」
上から男口調の声が落ちてくる。
見上げると、目の前に少女が立っていた。
平然とした顔で、こちらを見下している。
もう苛立つ余裕もない。”格”が違うのだ。
「もういいわ。お前は気絶させて運ぶわ」
訳も分からないまま、俺の意識は途切れた。
目を覚ました時、俺は牢の中にいた。
硬い白色の床。透明な格子。
打たれた場所が、じくりと痛み出す。
「……チッ」
身体を起こす。痛みはあるが、動けないほどではない。
「よう、新入り。」
声がかかった。視線を動かすと、隣の牢の細身の男がニヒルな笑みを浮かべている。
「派手にやられてんな」
「……誰だ」
「ただの先輩だ。ここでのな」
くっくっと苛立つ笑い方をする男。
「で? 何やらかした?」
「……別に。ガキに喧嘩売っただけだ」
その瞬間、男は目を見開いて暫く固まった後、突然大きな声でゲラゲラと笑い出した。
それに連れて、他の牢のやつらも笑い出す。
周囲の嘲笑いっぷりに思わず舌打ちする。
「そのガキって黒髪の小さいガキだろ?」
「そうだ」
「ハハハハハッ!あいつに喧嘩売るやつがいるんだな!」
「?何なんだよあいつは」
「知らねぇのか?」
男が深い笑みを浮かべながら俺を見つめる。
「そのガキこそが……この監獄の”管理人”だ」
「……は?」
背筋に冷たいものが走る。
「因みに一番つえぇ」
冗談だろ、とは言えなかった。
身をもって味わったことだからだ。
固まる俺を横目に、男は楽しそうに笑い続ける。
「最近の賭けはあのガキがいつ負けるかってのが流行ってんだ。ま、実際あの体は堪能しがいがありそうで――――――」
コツン、と廊下の奥から靴音が響く。その瞬間スン、と無表情で静かになる男。
それで理解した。
―――――最悪だ。