TSしたら監獄の管理人だった 作:ひんやりエルフの耳
今の俺の気持ちを端的に表したらどうなるか?
至ってシンプルである。
―――――――寝たい。
とにかく、寝たい。
「まぁ無理だろうけど」
無駄に大きな机に突っ伏したまま、ぼそりと呟く。
机の両側には書類、書類、書類。
山。エベレスト山脈である。
「なんでただの刑務官がこんな仕事してるんだよ……これじゃただの事務職じゃねぇか……」
ペンを握る手が止まる。ペンだこができたので持ち替えたが、既にまたたこが出来始めているし、その上指もインクで汚れている。
ふとすると意識が止まりかける。
―――――あ、夢の世界に……
「管理人様」
「……今いいところだったのに」
顔も上げずに返す。
近くから紙束をトントンと整える音。
「意識が途切れかけていたので声をかけました」
「せめて途切れてから起こせよ……」
のそのそと声を上げると、視界に入ったのは刑務官の制服を闇の組織感を出した服を纏う整った顔立ちの女性。やたらと胸の主張が強い。
俺は視線を自身の小さな体へと下げ、今世新たに増えた膨らみを見た。
「……これが貧富の差か」
「何のことでしょうか?」
訳知り顔で微笑む秘書。不本意だが腹が立つ。実に、不本意だが、色んな意味で。
「……で、何か用があるのか。俺はそろそろ人類の限界を突破するが?」
「限界は突破してなんぼのものです。で、今日の新規収容者についてです。」
「あー……あいつか」
先ほどのことを思い出す。
うるさかった記憶しかない。言っていた内容はなんだったか。最近頭の働きがスローモーションになっており、一々言っていたことなど覚えれようか。
「一々確認にいかなきゃならないのが嫌で嫌で仕方がない……」
「規則ですから」
「どこの規則だよ。ここどの国にも属してないだろうが」
そんな規則をぶっ壊さないやつ、いねぇよなぁ?
マジで。
前世の会社の上司ずっと席に座って俺らを見つめていただけだぞ?
「……で、そいつどうなったん?さっき一度ボコボコにした記憶があるが」
「現在は二階の収容区画の牢に入れています」
「ふーん……」
一応聞いているが、正直どうでもいい。この牢獄には千人近い犯罪者が収容されている。
そんなの覚えろというのは不可能だ。しかも毎年面子が変わるのだから。
上層階のヤバいやつらはともかく、下の階のやつらは問題を起こさなきゃそれでいい。
「暴れてなきゃいいよ。いつも通りで」
「分かりました」
「それでいい。何も起こさない、向かわない、フラグを立てない。まとめて”フムナ”だ」
「はぁ……」
理解していない様子の秘書。戦闘力はあるし真面目なくせにこういう所は理解に疎い。
俺はぐっと体を動かし、秘書を指さす。
「とにかく、平穏が一番。これが仕事を最小限にするベスト。ユーコピー?」
真顔で本気の意を込めて問いかける。社畜の格言だ、二度と忘れるな。
「……分かりました。というか管理人様は一体何を目指しているので?」
「働かない未来」
「はい?」
俺の即答ぶりに秘書が目をぱちぱちと瞬かせる。
「だから働かない未来」
「はい?」
「サボりたい」
俺は机上の書類をバンバン叩いた。
「これを三人で回すってのがまずおかしいわ。一人ほぼやってないし」
「そうでしょうか……?妥当では」
「……君たち日本人を超えた社畜になれるよ。きっと」
「二ホンというものは知りませんが、お褒めに預かり光栄です」
褒めてねぇよ……
「とにかく、俺達は仕事を減らさなければならない」
「私はいいんですが……どのように減らすんですか?」
俺は指でトントンと机を叩きながら考える。
減らす減らす減らす……うぅむ、あ、そうだ。あんなこといいな。できたらいいな。
「そうだ。ここに罪人を送れないような状況にしてやったらいいんだ」
「……はい?」
首を傾げる秘書に、俺は自身の即興プランを話す。
「ここの周囲をもっと魔獣地獄にすれば来ないし逃げないし、万事解決じゃん」
「……馬鹿じゃないですか。犯罪者を道程で諸共処刑にするだけじゃないですか」
誰が馬鹿だ。送り込むのが命がけなら誰も送ろうとせんじゃろうが。
やーい、お前んち、命がけの屋敷~。
「……しかし、ここは各国のお金で成り立っています。もし送れないとなれば金が入らないのでは?」
「そこは白々しく、魔獣が増えたので仕方ありません、多いので対処もできませんって答えればいい。うんそれがいい。最高だ」
「……ついに頭がおかしくなったんですね。可哀そうに……」
「何のせいだと思ってるんだ」
椅子から立ち上がると凝り固まった関節がバキバキと嫌な音を立てる。
エコノミークラス症候群?知るか。脳の疲労の限界の方が早い。
「取り敢えず俺は寝る。起こすなよ?起こすなよ?」
「ですが……」
「魔王が復活しても起こすな」
「それは……」
「世界が滅びそうになっても起こすな」
「それは困ります。一応魔王軍の幹部を収監しているんですから」
「じゃあ滅びればいい」
未だパキパキと音を鳴らす関節を動かし、ふらふらと歩く。
マジで限界である。
じっと見てくる秘書を置き、俺は一人自室への道を歩く。
道中、囚人たちの牢を通る。
左右が牢の廊下へ出た瞬間、囚人たちの気配がざわつく。
今の俺は不機嫌であるため、きっと彼らから見たら閻魔のようだろう。
ふと右の牢の中へを見やる。格子が魔法で透明化されているので見やすい。
「……あーお前は……」
さっき気絶させていたやつだ。困惑した表情で俺を見てくる。
そりゃそうか。
「……次は静かにしろよ。俺も後始末は嫌いだ」
あぁもう眠い。意識がマリアナ海溝に沈んでいる。
返事を待たず歩き去る。
今は寝ることだけが、俺の脳内で実行されているプログラムなのだ。