『ボクが美少女になっちゃって、魔法のタロットで放課後探偵団!? ~中身はガチの秀才男子だけど、身体が勝手にドキドキしちゃう 作:夏目陽光
第六回:美(ティファレト)の相食(あいは)む
その朝、鏡のなかに立っていたのは、もはや「記号」などではなかった。
完成された一幅の絵画のごとき、完璧な調和を保った「美」そのものが、そこに君臨していた。
少女の肌は、内側から発光するかのような透明な白さを湛(たた)え、頬には、十五歳の生命力だけが許された淡い桜色の熱が宿っている。瞳は深く、濡れた黒真珠のように光を吸い込み、私の――いや、この少女の視線一つで、世界のすべてを跪(ひざまず)かせることができるような、傲慢なまでの輝きを放っていた。
私の知性は、その圧倒的な「美」の前に、戦慄(せんりつ)とともに深い絶望を覚えた。
この肉体が美しくなればなるほど、私の少年の自意識は、その眩(まぶ)しさに焼かれ、影のように薄れていく。完成された調和(ティファレト)のなかで、不純物である「私」という異物は、排除されるべき汚れとして、絶え間なく攻撃を受けているのだ。
「……消えろ。私から、出ていけ」
私は、鏡の中の自分に向かって、血の滲むような呪詛(じゅそ)を吐いた。
だが、その瞬間、私の内側で「争う者(タギリオン)」が牙を剥(む)いた。
少女の肉体が、私の言葉をあざ笑うかのように、自らその美しい指先で自身の喉元を愛撫し始めたのである。
熱い。指先が触れるたびに、意識の底からせり上がってくるのは、自己を呪う冷徹な思考ではなく、この美しさを享受し、他者に誇示したいという、泥濁りした「女」の本能であった。
私の理性は、必死に抵抗を試みる。私は一人の探偵であり、この怪奇な事件の被害者であるはずだ。こんな浅ましい肉体の快楽に、自分を明け渡してはならない。
しかし、肉体は私の倫理を「争い」の火種として利用し、より激しい熱狂へと変質させていく。抗えば抗うほど、少女の拍動は高まり、肺を満たす空気は甘美な毒となって、私の脳を麻痺させていく。
それは、一つの頭蓋のなかで、二つの獣が互いの喉笛を噛み切り合うような、悲惨な内戦であった。
扉の影から、あの男が静かに現れた。彼は、鏡の前で己の肉体に翻弄され、悶絶する私を見て、この世で最も美しい旋律を聴くような、恍惚とした表情を浮かべた。
「実に見事だ。君のなかの『争い』が、この肉体を磨き上げ、究極の美へと昇華させている。美とは、調和ではない。矛盾する二つの魂が、互いを喰らい尽くそうとする瞬間の、あの残酷な閃光(せんこう)のことだ」
男の言葉が、私の「争い」に終止符を打つ、最後の一撃となった。
私は、自分の指が、男を拒絶するためではなく、彼を招き寄せるために、優雅な弧を描いて伸びていくのを見た。
私は、私を殺す。
この「美」という名の怪物に、私の少年の知性を、最後の一片まで捧げ尽くす。
争いの果てに見えたのは、救いではなく、ただ自分という存在が「美しさ」という名の虚無に溶けて消えていく、冷徹な完成であった。