『ボクが美少女になっちゃって、魔法のタロットで放課後探偵団!? ~中身はガチの秀才男子だけど、身体が勝手にドキドキしちゃう 作:夏目陽光
第八回:栄光(ホド)の毒液(どくえき)
嵐のような本能の暴走が、嘘のように引き潮となって去っていった。
部屋を支配しているのは、鏡のように滑らかで、それでいて底の知れない冷徹な静寂である。私は、ベッドの端に腰を下ろし、自分の――いや、この十五歳の少女の白い手首を、ただ無機質に眺めていた。
不思議なことに、あれほど私を苛(さいな)んだ拒絶の念も、肉体の熱に対する嫌悪も、今は霧が晴れたように消え去っている。私の知性は、かつてないほどに研ぎ澄まされ、この「異常な事態」を、一つの完成された芸術作品、あるいは「栄光(ホド)」ある神の摂理として受け入れ始めていた。
「……ああ、なんと明晰(めいせき)なのだ」
私の喉から漏れた声は、もはや震えてはいなかった。それは、真理を悟った預言者のような、静かで、透き通った響きを湛(たた)えていた。
だが、この静寂こそが、サマエルのもたらした「毒」の正体であった。
知性は死んだのではない。ただ、毒液によって歪められ、自らを滅ぼすための「偽りの論理」を、狂おしいまでの美しさで編み上げ始めたのである。
私は、鏡の中に映る自分を見つめた。
そこにいる少女は、完成された「美(ティファレト)」を纏いながら、その瞳の奥に、絶対的な虚無を宿している。私はその虚無こそが、私という探偵が辿り着くべき「栄光」であると確信した。少年の自意識も、少女の肉体も、この毒に浸(ひた)され、一つに溶け合うことでしか、この密室の謎は解けないのだ。
扉の傍らで、男が私を観察している。
彼は、かつてのような嘲笑(ちょうしょう)を浮かべてはいない。ただ、完成間近の毒薬を検分する化学者のような、冷ややかな感嘆をその眼差しに込めていた。
「美しい。君の知性は、ついに『サマエル』の接吻を受け入れた。毒を神と呼び、死を栄光と呼ぶ。その歪んだ論理こそが、君をこの器の真の主(あるじ)へと変えるのだ」
男の言葉が、私の脳内に甘い毒として浸透していく。
私は、自分の指先が、男を殺すためでも、愛でるためでもなく、ただ「完成」を確認するために彼の頬に触れるのを許した。
熱い。だが、その熱さはもはや不快ではない。
私は、この「人の温もり」を、私の意識を焼き切るための「聖なる火」として理解し始めていた。毒が回るにつれ、私の少年の知性は、少女の肉体という檻を愛で始め、このまま二人で、美しく腐朽(ふきゅう)していくことこそが、至上の幸福であるという幻想を紡ぎ出す。
栄光は、破滅の別名に過ぎなかった。
私は、偽りの神が差し出した杯を飲み干し、自らの終わりを「祝福」として予感した。意識の最奥で、死へと続く静かな毒の歌が、絶え間なく鳴り響いていた。