戦闘シミュレーターのコクピットに座ったアルマは、まず機体の仕様を再確認した。この機体を一言で言うなら、化け物だ。スペックがMSを超えているどころか、MAすら超えている。
コアとなる機体はごく平凡な(それでも高水準の性能である)MSだが、外付けの支援機がおかしい。推力もおかしいし武装もおかしい。
(博士は一体どんな敵を想定してこんなもの造ったんだろう)
とはいえ、まだ実機が建造されているわけではない。あくまでシミュレーターに落とし込むデータが完成しただけだ。実際の機体は、もっとおとなしくなっているかもしれない。
「アルマ姉、がんばろうね」
「攻撃は任せて」
左右のシミュレーターにイリアとレシアが腰を沈める。
「うん。じゃあ行こうか」
シミュレーターをリンクさせ、アルマはハッチを閉じた。全天周囲モニターが作動し、周囲が宇宙に包まれる。
(宇宙か。やっぱり博士は先を見てるんだな)
ブレックス准将のおかげか、革命以後地上で大きな戦いは起きていない。ジオン軍も本気で攻めてくることはなかった。革命軍はどちらかと言えばジオンよりの組織だからだ。ジオンよりというよりは、スペースノイドよりだろうか。そんな組織を、連邦軍の准将が支援しているというのだから、世の中の構造というのは複雑怪奇である。
ブレックス准将は、地球のすべての人間を宇宙に上げたい。
強硬派の人々は、ジオンの人間を宇宙に追い出したい。
連邦政府の高官たちは、権力の維持と復権。そのためには再び戦争を起こすことも視野に入れている。
ジオンの内情も複雑だ。ギレンは炭酸の抜けたジンジャーエールのようになっていると言う人間もいれば、キシリアに悟られないように暗躍しているという人間もいる。
キシリアは遠大な計画を持っていると多くの人間が囁いているが、その具体的な内容は誰も知らなかった。
様々な思惑が絡まり合い、今のような状態となっている。
ともあれ、本格的な戦いは宇宙にあると博士は判断したのだろう、とアルマは思った。
アルマはフットペダルを踏み込んだ。宇宙を駆け、
視線を散らしていると、モニターの隅に表示された重力加速度が目に入り、アルマはギョッとした。
「18G!?」
シミュレーターゆえに、実際にそのGが体にかかっているわけではない。だがこの殺人的な加速は、耐G訓練を受けた軍人でも厳しい数値だ。瞬間的にならば、人体はこれ以上のGにも耐えられるが、継続的にこのGがかかるとなれば話は別だ。
パイロットスーツやリニアシートにより多少は軽減されるだろうが、それでも楽なものではない。
しかも今の速度は"
(ジラソーレと同じ感覚で操縦してたら死んじゃうな)
自分もそうだが、イリアとレシアが気にかかった。体は鍛えていたようで、あの頃の自分よりもずっと逞しい体格をしていた。それでも、まだ14歳だ。
妹分のふたりと、かつての愛機を気にかけていると、モニターに敵機を見つけた。その姿を見て、アルマは息を呑んだ。
(シミュレーターとはいえ、かつての愛機と戦うことになるとはね。そりゃあデータは揃ってるんだろうけどさ)
スラスター解放。アポジモーター噴射。敵機の下側に潜り込む。
今! と叫ぼうとした瞬間、2門のビーム砲が火を噴いた。両方とも直撃コース。あっという間に勝負はついた。
と思った瞬間、2つの光芒は光の飛沫となって飛び散った。
アルマは一瞬なにが起こったかわからなかったが、すぐに気づいた。この機体にも搭載されている防御機構だ。
「Iフィールド! なんでぇ!?」
当然だが、アルマが操縦していた頃のジラソーレには、Iフィールド・バリアなど積まれていなかった。
(データだからって好き勝手やりすぎ! 博士は一体なにと戦うつもりなの!?)
すれ違いざま、ジラソーレが攻撃を仕掛けてくる。ビットとミサイルの混合攻撃だ。
(Iフィールドじゃ対処できない。なら振り切る!)
急加速して距離を取り、旋回して敵機を正面に見据える。
その瞬間、増援を知らせるアラームが鳴った。
『あはははははっ!!』
「それはおかしいでしょっ!」
現れたのはズゴックが4機とグフが4機。設定フィールドは宇宙にも関わらず、それぞれがフォーメーションを組んでこちらに向かってくる。
(グフはハイパーライフルとバズーカ装備。ズゴックは内蔵ビームライフル、だっけ?)
地球降下作戦に参加していないアルマは、地上侵攻用に造られたMSの知識に乏しかった。グフは革命軍にもあったが、ズゴックはデータでしか見たことはない。
前門のジラソーレ、後門のズゴックとグフ。
ジラソーレから放たれる砲弾をかわし、ビームはIフィールドで弾く。
グフの放つバズーカは無照準のようだが、狙いはまずまず正確のようだ。動いていないと当たりそうな雰囲気はある。
「まずはグフを!」
フットペダルを踏み込み、グフの編隊に向かって飛ぶ。バズーカとライフルの弾幕をなめるようにかわして突っ込む。
距離が詰まった頃合いに、今度は蛇のようなものが突っ込んできた。
「あれは! 痺れるやつ!」
その狙いの正確さに、アルマは舌を巻いた。
旋回してズゴックの編隊へと向きを変える。
頭頂部から射出されたミサイルをかわし、伸びてくるアイアン・ネイルはビットで撃ち落とす。下方に向けられたビーム砲が火を噴き、4機のズゴックが爆散した。
「残りひとつ!」
グフやズゴックと戦っている間にも、ジラソーレは艦砲射撃よろしくメガ粒子砲を撃ってきていたが、Iフィールドの前では無意味だ。
だがそれは向こうも同じことで、ミサイルを撃つしかない。近距離からビットのビームを叩き込む方法もあるが、向こうの機動力も侮れるものではない。
またIフィールドはビームを防げても、衝撃や電磁干渉までは防げない。かわすに越したことはないのだ。
(てかこの動きは……)
アルマは気づいた。これは自分の動きだと。考えてみれば、ジラソーレを実際に動かしたのはふたりしかいない。アルマとシャアだ。だがシャアが動かしたのは一度だけで、シミュレーターに落とし込むにはデータが不足しているだろう。
「ならば! イリアちゃん、接近して叩っ斬るよ! レシアちゃんは援護射撃よろしく」
『了解!』
全スラスターを解放して突っ込む。ミサイル群は機銃で落とす。こちらのミサイルもジラソーレは軽やかにかわした。
「そう! そっちにかわすよね! 私なら!」
旋回、突進して対艦ビームソードを展開する。ふたつの機体が十字に交差する。ジラソーレは避ける間もなく、ジェネレーターごと上下に分断された。
ジラソーレが爆散する姿を背景に、モニターに「Mission Complete」と表示され、ファンファーレが鳴った。そういえば、こういう遊び心を仕込む人だったな、とアルマは懐かしく思った。
◇
システムエンジニアとは、MSの駆動ソフトウェアと
(ニュータイプの権威などと呼ばれているから、どんな思想家かと思っていたら、彼は徹底したリアリストだな。いや、理系の人間などそんなものか)
並び立つ3機のMSを見上げながら、ナガノは苦笑した。
自分が手掛けた
これは外装と骨格を独立させた画期的な構造だった。ナガノはいずれ、このムーバブルフレームがMSの主流になると確信していた。
(このムーバブルフレームとマグネット・コーティングを組み合わせれば、より実戦的な可変機を造ることもできる。だが可変機は整備士泣かせだ。それにギミックの多い機体は脆い。宇宙では変形する意味もないし、やはりSFSを使う方が現実的か。悲しいが、ロマンだけでは戦争はできんのだ)
この金色の機体は、ナガノの集大成とも言える機体だった。
だからこそカミシロもマリーゴールドの開発には口出しせず、搭載する
ブルーウィッシュは彼自らが設計した機体で、元ジオンだけあってゲルググの仕様も把握していたのだろう。1ヵ月とかからず2機は改修を終えて、新たな機体へと生まれ変わった。
と言っても、ブルーウィッシュは戦後に何度か手を加えられていたらしく、ほとんどイジるところはなかったらしい。
逆に連邦軍の機体である軽キャノンには手こずっているようだった。他のスタッフに任せてはどうかと言ったが、せっかくだからイジッてみたいと言い、カジマ小隊の3機を受け持つことになった。
年の割に、タフでパワフルな人間なのだと、ナガノは感心した。
(いや、あれは知識欲なのかもしれないな)
自分にもそういったものはあるが、どうしても目の前のことに集中しすぎてしまう。いまさらその性格を変えることはできなかった。
連邦系の技術とジオン系の技術、彼がそれを融合させたなら、面白いものができるかもしれないとナガノは思った。
軽キャノンは肩部キャノンを外して軽量化を図った。その代わりに増加装甲を装着し、脚部にスラスターユニットを追加した。結果的に重量は増加したが、推進力と防御力は上昇し、バランスの良い機体に仕上がっていた。
「ナガノ博士、機体はどうでしょうか?」
背後から声がかかり、ナガノは振り返った。
「ああ、カジマ中尉。キミの要望にはすべて応えたよ。インコムは、やはり重力下での運用は難しそうかね」
結局、彼が思い描いていたリレー・インコムを使った形式は見直され、射出式のキャノンという方式に変更された。動きが二次元的にはなるが、単機で多重攻撃ができるという強みはある。
「……難しい、というよりは、メインにするには動きが単調すぎます。補助的に使う分には、問題ありません」
「ふむ。まあ今回の模擬戦では外しておこう。では、始めようか」
「ハッ!」
ユウ・カジマは敬礼し、その後ろに立つ3人の少女もそれに倣った。
◇
「今日こそは、一矢報いたいな」
まだそばかすの残る白髪の少女――ツムギは《ビスカリア》のコクピットの中でつぶやいた。カジマ小隊の3人娘に与えられた軽キャノンのカスタム機は、ビスカリアと名付けられた。
ツムギは、かつてムラサメ研究所にいた実験体である。その頃は番号で呼ばれていた。だが革命軍に所属を移して、生活は変わった。
名前が変わり、食事が変わり、薬も変わった。最初の頃は、ソワソワしたりイライラしたり落ち着かなかったものだが、今ではそれも抑えられている。
しかし、MSに乗らなければならないという強迫観念のようなものは、いまだに残っていた。コクピットの中にいると、妙に落ち着くのだ。
「行くよ。アオイ、カナデ」
『了解』
『あいあい』
無線を開き、僚機に伝える。ふたりもムラサメ研究所の出身だったが、付き合いはほとんどなかった。顔を知っている、その程度でしかなかった。
まじめな方がアオイ、調子のいい方がカナデ、それがツムギの覚え方だった。
そもそも、こっちに来るまでツムギは連携など全く知らなかった。ムラサメ研究所で教わったのは、サイコミュ兵器の扱い方と、サイコガンダムの操縦法だけだ。サイコガンダムの戦い方は、僚機との連携はまるで考えていない。単機で任務を遂行できる機体なのだ。
(けどこれはサイコガンダムじゃない。ちゃんと連携しないと、勝てない)
敵は彼女たちの隊長、ユウ・カジマだった。機体性能はあちらの方が上だが、圧倒的な差というわけではない。なにより、こちらは数の有利がある。
とはいえ、今のところ全敗ではあるのだが。
「――ッ!?」
視界の端に光を感じて、ツムギはスラスターを噴かした。金色の機体は陽光を反射して、ひどく目立つ。何を考えてあんな機体色にしたのか、ツムギには理解できなかった。
金色の機体が岩陰に隠れる。
「やっぱり速いな。機動性では敵わない。囲んで叩くよ。カナデは援護よろしく」
『了解』
『あいあい』
3人の機体の特性はそれぞれ違う。アオイの機体は装甲とスラスターを増設した強襲型、カナデの機体はセンサーとカメラユニットを追加した狙撃型、そしてツムギの機体はスタンダードのバランス型だった。
ユウ機が隠れたあたりに、カナデのライフルが飛ぶ。
「よし。カナデはそのまま続けろ。ボクが注意を引く。隙を突いてアオイが仕留めろ」
『了解』
『コソコソ作戦だね』
「変な名前を付けるな! 神経が苛立つ!」
ツムギは加速しながら、丘から姿を現したユウ機にマシンガンで弾幕を張る。しかし弾はユウ機にかすりもしない。
アオイから通信が入る。
『そのまま追い込め。西の48で待ち伏せする』
「了解」
カナデのライフルとツムギのマシンガンが、十字砲火でユウ機を攻め立てる。いまだに命中はないものの、確実に目標ポイントへ追い込んでいる。
そう思った瞬間、金色の機体が天高く舞い上がった。ビームライフルを3連射。3つの光芒が空を裂く。
『グェー、死んだぁ。あとよろしく』
モニターの隅に、カナデ機の撃墜が表示された。
「あのバカ、支援機が真っ先にやられやがって!」
と悪態をつく。だが抑えきれなかった自分にも責任はあるか、と思い直す。しかし前に出すぎたアイツも悪いな、とさらに思い直して舌打ちした。
「でもチャンスだ!」
敵が姿を現したのだ。しかし空中でも高速機動を行っているユウ機に対して、モニター内のレティクルは乱れっぱなしだった。そうこうしているうちに、ユウ機のビームライフルの銃口がこちらに向いた。ロックオン警報は出ていない。
だがツムギは射撃を中止して機体を横に滑らせた。元いた位置を光芒がすり抜けていく。
『せめて盾くらいは使わせよーよ』
「うるさい! 死人がしゃべるな!」
視線を戻すと、追い込むのは無理だと判断したアオイがユウ機と空中戦を繰り広げていた。
援護をしようとライフルを向けるが、トリガーにロックがかかっている。友軍が近すぎるため、フレンドリーファイア防止のシステムが働いたのだ。
(クソッ、これもアイツのせいだ!)
以前の模擬戦で、カナデの援護射撃をユウはツムギの機体を盾にして撃破判定をもぎ取った。ユウの動きに翻弄されたツムギにも非はあるが、やはり味方に撃たれるというのは納得できるものではない。
それ以降、フレンドリーファイア防止の処置がとられた。
ユウのビームサーベルがアオイ機のコクピットを貫いた。
『ごめん、やられた』
モニターの隅に、アオイ機の撃墜が表示される。これで数的優位はなくなった。
(けど、隊長は初っ端からピーチャカと動き回っていた。推進剤はもう少ないはず)
さて、どう攻めるか。そう思案していると、ユウ機から通信が入った。
『模擬戦は中止だ。帰還するぞ』
『なにかあったんですかぁ~?』
のんびりした調子で答えたのは、撃墜されたカナデだった。
『ジオン軍のソドンが大気圏に突入してきたようだ。念のため、基地にて待機する』
通信が切れた。
(ソドンってなんだろう)
ツムギはソドンを知らなかった。