「では、これよりガンダムの改修を始める」
集まったメカニックを睥睨しながら、テムは厳かに告げた。
とそこで、ひとりの少年が手を挙げた。
「父さん、そのガンダムなんだけど……」
仕事でかまってやれなかった息子とコミュニケーションが取れるようになったのはいいが、まさか同じ職場の上司と部下の関係になるとは、さすがのテムも予想できなかった。
元々テムは戦争の早期終結、そしてアムロのような子どもが戦場に送られないようにするためにガンダムを開発した。
それが、何の因果か息子を軍人にするはめになってしまった。前線に出ることのない技術職だというのが、まだ救いではあったが。
「ガンダムがどうしたのだ?」
「うん。コアパーツのことなんだけど、やっぱり整備性が悪いと思うんだ。生残性を高めるためってことはわかるんだけど……」
「うむ」
たしかにアムロの言うように、コアブロックシステムは整備性が悪く、なによりコスト高だった。そんな理由もあり、ガンダムの簡易量産型となるMSには搭載されないことが決まっている。
そして、アムロは生残性を高めるためと言ったが、一番の目的は高価な学習型コンピューターを回収するためである。だがそれは、善良なアムロでは想像もできないことだった。
「一応、こんな案もある。今データを送る。みんなも目を通してくれ」
テムはタブレットを操作してデータを送った。
「コクピットブロックをそのまま脱出ポットとして射出するインジェクション・ポッドだ。コアファイターのような戦闘力はないが、コストは安くなる」
人間というのは不思議なもので、戦う手段が残されていると戦うという選択肢を頭の中に残してしまうのだ。だから武装を無くすことで、逃げることだけを考えるように誘導したのである。またこれは敵に対しても有効で、武器を持った相手なら撃墜しようと考えるが、非武装の相手を撃墜するのは心理的な抵抗を覚える。
よほどの脅威的なパイロットでなければ、見逃すか捕虜にしようと考えるのだ。
「……すごい。特にこの全天周囲モニターは今の3面モニターとは得られる情報量が全然違ってくる。すごいよ、さすが父さんだ」
「いや、これは私の発案ではないよ。ケンプ中尉のアイデアだ」
「ケンプ中尉……?」
アムロはケンプ中尉をガンダムのパイロットとしてしか認識していなかった。ガンダムについての意見交換の相手も専らテムであったし、アムロと交流する機会はあまりなかった。
とはいえ、気にはかけてくれているようで、度々声をかけてもらってはいた。
「うむ。見地が広い。やはり、手放せんな」
「え?」
「いや、後はこれだ」
テムは続けてデータを送った。
「これは、マグネット・コーティングですね。モスク・ハン博士の論文で見ました」
答えたのはオムル・ハングだった。彼は技術士官の候補生であり、テムの信頼も厚い。
「まだ理論上の段階だと聞いてましたが……すごいな。完璧じゃないですか」
その論文をより実践的にしたものが、タブレットには表示されていた。それを書いたのもケンプ中尉で、テムは急いでモスク・ハンにデータを送った。
いま彼はおっとり刀で駆けつけている頃だろう。
「これはモスク・ハン博士が到着してからの処置となる。それまでに、一通り仕上げておくぞ。手順通りにやれば何の問題もない。さあ、かかろう」
テムは手を叩いて、スタッフを作業に移らせた。
ガンダムに駆け寄るスタッフを横目に、テムは格納庫の隅にあるデスクに向かった。
学習型コンピューターの調整を行うためだ。
(実戦データが少ないのはやや不安だが、こいつは有用だ。3号機にも乗せてやらねばな。このムーバブルフレームというのも興味深い。ガンダムは完成したと思っていたが、まだまだ進化できる。ああ、やることが山積みだ。それにしても、なぜ彼はパイロットなのだ。彼は絶対に
煩悶としながらも、未来のガンダムを想像しながら、テムはキーボードを叩き始めた。
◇
ブライト・ノアは19歳で士官学校を卒業し、地球連邦軍士官候補生としてホワイトベースに乗りこみ、サイド7へと向かった。この時の軍歴はわずかに6ヶ月である。
だがサイド7に到着した早々にシャアの強襲に遭い、正規軍人のほとんどを失ったホワイトベースの艦長代理に任命される。
その際、跳躍昇進措置により中尉に昇進した。
その後、シャアの補給部隊を襲撃し、大気圏突入でシャアと交戦した。どちらもケンプ中尉の活躍で乗り切れたとブライトは思っており、自己評価はそれほど高くなかった。
それでもホワイトベースとガンダムをほぼ無傷でジャブローにまで運んだ功績を認められ、大尉に昇進し、正式にホワイトベースの艦長を命じられた。
そんな彼は今、部下のリュウ・ホセイ曹長から、休暇中の報告を受けていた。
「親戚の子を保護。偽りはなかったようだな」
「なんだよブライト、知ってたのかよ」
リュウは砕けた口調で言った。ふたりは共に士官候補生であり、付き合いもそれなりに長い、気安い関係だった。
「で、なんだってケンプ中尉に……あっ、昇進して大尉になったんだっけか。大尉に監視なんぞ付けたんだ? 護衛と言ったが、一時も目を離すな、なんてそりゃあ監視だろう」
不貞腐れたように、リュウは愚痴を零した。仲間を疑うというのは、リュウには耐え難いストレスだったのだ。
「そんなことは、俺が知りたいよ」
ブライトもまた、肩をすくめた。現状、彼がウィリー・ケンプではないことを知っているのは、ワッケインとテム、そしてジャブローにいる一部の高官だけである。
「ジオンのスパイだとでも思ってるのかね、お偉いさん方は」
「スパイってのは、もっとコソコソするものだ。彼は、目立ちすぎる」
「……だな」
ふたりは揃って苦笑した。
「保護した子は、医療ボランティアとしてホワイトベースに乗せると言っていたが……」
「ああ、俺が許可した。準軍属だから、大尉も安心なのだろう」
準軍属とは、軍人や軍属の業務を補完する立場の人々で、南極条約により安全は保証されている。とはいえ、艦そのものが撃沈された場合は、その限りではないが。
「んで、ホワイトベースの次の任務は決まったのか?」
「いや、まだだ」
「ふーん。なら、もうしばらくは地下暮らしか」
「あまり体をなまらせるなよ」
「了解。んじゃま、
リュウは肩を回しながら、部屋を出て行った。
一方その頃、ジャブローの大会議室では、将官たちが宇宙より帰還したホワイトベースについて話し合っていた。
「ホワイトベースは、オデッサで使った方がよろしいのではないですか?」
地球連邦軍大将、レビルの決定に、ひとりの将官が疑問を呈した。
原作と違い、この世界のホワイトベースはさしたる活躍をしていない。
赤い彗星を撃退し、大きな損傷を受けずに艦とMSをジャブローまで運んだという功績はあるが、敵のエースを次々と撃破したわけではない。
またペガサス級はすでに4隻が実戦投入できる準備が整っており、V作戦の要とも言える量産型MSも順調に生産が開始されている。
ホワイトベースにこだわる理由はほとんどなくなっていた。
「ジオンの、ジャブロー攻撃隊の司令官を知っているかね?」
「ガルシア・ロメオでしょう。ああいった小物には、長く司令官でいて欲しいものですな。だからこそ、泳がせておいたのでしょう?」
と、将官は鼻を鳴らした。
ガルシアはジャブローに対して嫌がらせをする程度で、本格的な攻勢を行ったことはなかった。ジャブローの進入口が突き止められなかったという理由もあるが、積極的に攻略しようという意思が見られなかったため、連邦軍もMSの生産の目途が立つまで放置していたのだ。
「潮目が変わったのだ」
厳かに、レビルは告げた。
居並ぶ将官たちが息を呑む。
「オデッサが陥落すれば、ジオンも焦る。乾坤一擲とジャブローに戦力を集められても面白くない。無論、撃退はできようが、要らぬ犠牲を払う必要もない」
レビルの言葉に熱が入る。V作戦は彼の肝煎りの作戦だったのだ。だからこそ、ホワイトベースには活躍してもらいたいという私情も多少は入っていた。
「南米全域を我が連邦軍の勢力下とする。そのために、ホワイトベースには役立ってもらおう」
そう締めくくられ、会議は終了となった。
◇
「作戦は極めて単純だ。我々は正面から進軍し、カラカスを制圧する」
床に表示された電子地図の一点を差し棒で示しながら、ブライトは告げた。南米の都市カラカス、かつてはベネズエラの首都だった街だ。そこはジオンのジャブロー攻撃軍の司令部がある場所である。
「制圧する必要はない。いや、できるようならやってみるが、主目的は時間稼ぎだ」
「時間稼ぎって、何のためにですか?」
とハヤトが疑問を口にする。
「ハヤトくんってば
とカイがおどけたように答える。
「……その通りだ。我々は敵のMS部隊を引き付け、可能ならば殲滅する。俺たちが敵部隊を引き付けている間に、迂回した友軍がカラカスを制圧する」
「カイさんの言った通りですか……」
不安そうにハヤトがこぼす。ジャブローにいる間、シミュレーターはみっちりとこなしたが、いかんせん実戦経験が足りていない。
「そして、聞いている通り連邦軍の主目的は、オデッサの奪還だ。カラカスへの進軍は、北米部隊の目を引き付けるという理由もある」
ホワイトベースがジャブローに直行した影響か、ガルマが生存し、北米の混乱はなく、戦力も安定している。キャリフォルニアベースの工廠ではグフやドムが生産され、各地の戦線に投入されている。
「では、各員配置に付け。定期便が帰り次第、攻撃を開始する」
こうして、カラカス奪還作戦が開始された。
◇
「へへっ、こりゃすげえや。撃てば当たるってモンだな」
ジャブローのMS射出台から姿を現したカイは、ガンキャノンの正面モニターを見ながらつぶやいた。
整然と帰路を飛ぶガウの編隊は美しくもあったが、狙いを付ける必要もないくらいの的である。
合図のアラームが鳴り、カイはトリガーを引いた。
ガンキャノンの両肩に装備された240mm低反動キャノン砲が火を噴く。本来なら装備されているのはビームキャノンであるが、地上で運用するにあたり実弾兵器に換装されたのだ。
同時にジョブの乗るガンキャノン、リュウとハヤトの乗るガンタンクからも砲弾が発射される。さらにはジャブロー部隊の量産型ガンタンクも攻撃を加えている。
数機のガウが後部から煙を上げながら墜落した。
「反撃してはこねぇか」
ガウの編隊はいつもの定期便である。MSなど搭載してはいないだろう。反転することなく、ガウは速度を上げて空域を離脱していった。
キャノンとタンクはガウが射程外に出るまで攻撃を続けた。そして砲撃音が止んだ頃、ホワイトベースから通信が入った。
「キャノン、タンクは所定の位置に移動してください。回収後、追撃に入ります」
「あいよ。よろしく、セイラさん」
カイは軽快に返答した。
キャノンとタンクを回収したホワイトベースはカラカスを目指して進軍する。メガ粒子砲でガウに追撃をかけるが、弾薬も空でMSも積んでいないガウには追いつけるはずもなかった。
しばらくすると、ガウと入れ替わるように陸上部隊が南下してきた。
MSの編隊もあり、戦闘はここからが本番と言える。
ブリッジでオペレーターを務めるセイラ・マス曹長は、格納庫のガンダムに通信を繋げた。
「ケンプ大尉。敵の陸上部隊の排除をお願いします。揚陸艦が3隻、MSは60機ほどが確認されています」
「了解だ、セイラさん」
飄々とした返答が返ってきた。
付き合いはまだ半年にも満たないが、彼は終始こんな調子だった。とはいえ、軟派者というわけではない。ジャブローまでの道中は民間人や子供たちにも気を遣っていた。
これは余裕というものだろう、とセイラは感じていた。
「ウィリー・ケンプ。ガンダム、発進する!」
カタパルトに押し出され、ガンダムがジャブローの空に舞った。