漆黒の宇宙に、2機のガンダムが噴射光を帯びて飛び立って行く。
どちらもゾディアック計画で建造された最新鋭の機体だ。
ひとつは"アリエス"。
最初からパイロットは決まっていて、彼のために設計・建造された機体である。白をベースとし、鮮やかな赤・青・黄を配した
簡易型サイコミュであるバイオセンサーが搭載されているニュータイプ用の機体である。このバイオセンサーも彼専用に調整されたもので、圧倒的なまでの反応速度と追従性能を獲得するに至った。
武装はシンプルなもので、ガンダムの代名詞とも言える頭部バルカン、ビームサーベル、ビームライフルである。
もう一方は"ジェミニ"。
こちらもニュータイプ用の機体であり、遠隔誘導兵器である「ファンネル」を搭載している。オールレンジ攻撃を可能とするファンネルであるが、パイロットに対する負荷が高いという欠点があった。そのため機体の性能をフルに発揮するには高いニュータイプ能力を持ったパイロットを必要とする。
この2機が模擬戦を行う。ブランリヴァルの乗員のほぼすべてがモニターを注視していた。伝説のガンダムパイロットはどんな戦いをするのか。そして彼が連れてきた協力者がどれほど食い下がれるのか。
時間は30分。獲物はアリエス、狩人はジェミニ。
「この条件では、ウィリー少佐が圧倒的に有利だが……」
ココノエ艦長はぼそりと呟いた。
この一帯はデブリが多い。身を隠す場所には事欠かないだろう。30分という時間は、長いようで短い。だが戦いは、そう単純ではなかった。
デブリの陰から放たれたビームがジェミニを襲った。
「なるほど。獲物が狩人を襲うこともある……か。しかし腕は鈍っていないようだ」
「試験部に移されて軟禁状態だとは聞いていましたが……」
「そこからいきなりクランバトルだからな。お偉いさんの考えることはわからんよ」
ライフルの一撃をかわしたジェミニは、すぐさま応射に転じた。
さらに6基のファンネルが猟犬のように獲物を追い立てる。
格納庫から歓声の声が沸いた
理論上動くとはわかっていても、実際に見ると違うものだ。しかも6基のファンネルがそれぞれ意思を持ったように動いている。コンピューターの補助があるとはいえ、これは6つのことを同時に作業しているのに等しい。いや、機体制御も含めれば7つの同時作業といえる。並のパイロットであれば頭がパンクしているところだろう。
「何者なのですか? あのシロウズというパイロットは……」
「ふむ」
問われたココノエは、手元のコンソールを操作してデータをオペレーターに送った。いくら英雄の推薦といえども、身元不明の人間に新型を任せるほどゴップは甘い男ではない。その素性は調査済みだった。
シロウズ・シノミヤ。
元々は
その後はゲリラとなりジオンと戦っている。連邦軍がゲリラに物資を流してジオンを疲弊させるというのは、地上の各地で行われた戦略だった。
戦後は難民支援団体を設立し、その代表となる。代表ながら
「腰の軽い代表ですね」
「中小企業の社長だとてそんなものだ。にしても、只者ではないな」
その技量は、多くのパイロットを見てきたココノエの目から見ても際立ったものだった。攻防は一進一退で、狩人は獲物を仕留めることができず、また獲物も狩人に嚙みつくことができない。
(なるほど。あの英雄が推薦するだけのことはある)
ココノエは心中で称賛の声を漏らした。
「ただの
シロウズはデブリを蹴ることで加速を生み出し、推進剤の節約に努めていた。しかも障害物が多い宙域にもかかわらず、衝突に怯えた様子もなく、速度もほとんど落としていない。
残骸の中を疾駆するシロウズの技量は神業に近い。そしてそれを事もなくいなしているウィリー少佐も。
ニュータイプ……という言葉を、寸でのところでココノエは呑み込んだ。この程度のことは、経験則と訓練によって身に付けることができるものだ。ベテランのMS乗りならば誰もが持っている能力のひとつに過ぎない。
操縦技能の高さ=ニュータイプではないのだ。
それにしたところで、あのふたりの技能の高さは異様でもあった。
ウィリー少佐はまだわかる。V作戦のテストパイロットを務め、一年戦争という激戦を潜り抜けてきた古強者だ。
だがあのシロウズという若者は、連邦軍のベテランパイロットと比べても遜色ない動きだった。
(いかんな、戦場で疑問を持つとは。閣下が認め、何かあればウィリー少佐が責任を取るとまで言っているのだ)
艦内に小さくアラームが鳴り響いた。気づけば、30分が経過していた。
「時間です。模擬戦終了。帰投してください」
オペレーターがふたりに指示を出す。
模擬戦の結果は、ウィリー少佐の逃げ切り勝ちだった。
◇
「ガンダムの奪取に成功したか。さすがはソロモンの悪夢だな」
アクシズの執務室で報告を受けたチャップマン・ジロムは、小さく笑みを浮かべた。
チャップマンは元ジオン公国軍の将官で、ソーラ・レイの管理者およびその作戦管理を行っていたジオン第58大隊の司令だった。
ギレンの真意を知る唯一の「共犯者」である。ギレン派の筆頭とも言える男だが、ギレンが死亡し、さらにはアルテイシアが戦争を収めたことを知り、このままでは未来がないと悟ってアクシズに逃亡した。
幸いなことに、自身の周りにはギレンの信奉者が多く、彼の戦略的撤退に異議を挟む者はいなかった。
それよりも問題なのは、アクシズの統括責任者であるマハラジャ・カーンだった。彼はダイクンのコントリズムに賛同しており、サイド3がジオン共和国だった頃からその政治中枢にいた男である。
だがチャップマンには勝算があった。
マハラジャの性格は穏健的であり、悪く言えば過激なことを
彼はすぐにでもアルテイシア政権に参画したかったのかもしれない。しかしアクシズには反対派も少なからずいて、彼は全員の賛同を得ようとしたのだ。そして次々と訪れるジオン兵を受け入れていくうちに、強硬派の勢力はどんどん増していった。だが彼はその政治手腕で徹底抗戦を主張する強硬派を抑え、なんとか現状維持に成功していた。
流れが変わったのは0084年。マハラジャが過労で入院した。これを機にチャップマンは大きく動き出した。
マハラジャの容体は次第に悪化していき、ついには死去するに至った。
「急がねばならんな。ハマーンがマハラジャの死に気づく前に……」
ハマーン・カーンはマハラジャの次女である。
妙に勘の鋭いところのある少女だった。まるでこちらの考えが読まれているような気すらした。次第にチャップマンは彼女を避けるようになり、視察という名目でサイド3へと向かわせることに成功した。
ハマーンはサイド3と共に消えてもらう。チャップマンの直感が、今後の統治においてあの女は邪魔になると告げていたのだ。
その時、執務室の扉がノックされた。入室の許可を出す。入ってきたのは立派な髭をたくわえた禿頭の男だった。
「閣下、これより地球圏に向けて出立いたします」
「うむ。頼むぞ、デラーズ少将。ジオン再興が成るか否かは、諸君らの働きにかかっている」
「ハッ、必ずや任務を達成して見せます! ジーク・ジオン!」
見事な敬礼を返し、エギーユ・デラーズは退室していった。扉が閉まる音を聞きながら、チャップマンは鼻で嗤った。
「あれも、哀れな男だな」
ジオン共和国が認められないという意味では志を同じくしている同志であるが、その心中にあるものはまるで違った。デラーズは地球にコロニーを落とそうとしているのだ。
地球連邦政府と、もう一度戦争するつもりでいるのだ。
「現状が見えていない。いや、見ようとしていないのか」
たしかに今の連邦政府は腐り始めている。戦後に始まった派閥争いは収まる様子を見せない。
デラーズが連邦政府を侮る気持ちもわからないではない。
「やはり組織というのは腐るものだな。元々その土壌はできていたが……戦争が終わってさらにひどくなった。まあ敵のことばかり言えんが……」
こちらもダイクン派とザビ派で争っている。戦中でさえ、ギレン派、キシリア派、ドズル派があった。そしてギレンとキシリアは、戦中でありながら戦後に訪れるであろう権力闘争にまで思考を巡らせていた。
「連邦軍がまとまる様子はない。やはり共通の敵がいないとこんなものか」
それでも、連邦の軍事力は侮れるものではない。ガンダムを3機奪った程度で、その差が覆るとも思えない。
デラーズの計画した「星の屑」は、おそらく失敗するだろう。だがそれでいい。
どれほどの犠牲を払っても、最後に自分が勝てばいい。自分だけが勝てばいい。
チャップマンはそういう男だった。
「精々派手に踊ってくれ」
そのつぶやきは誰の耳にも入ることなく小さく消えた。
◇
アクシズから艦隊が出撃した。旗艦は他の艦艇よりも二回りは大きい真紅の巨艦だ。艦の名はグワデン。ジオン公国軍最強の戦艦と謳われたグワジン級戦艦の1隻である。
艦隊は静かに地球圏へと向かい、辺境の宙域にて1隻のムサイ級巡洋艦と合流した。
ムサイからグワデンに移ってきた銀髪の勇士が、絨毯張りの中央通路を力強い足取りで進んで行く。その先にある樫で作られた大扉を押し開き、白亜の大ホールへと足を踏み入れる。
壁面に掲げられたジオン軍旗。その下には、今は亡きギレン・ザビ総帥の胸像。さらにその胸像の下の椅子には、眼光の鋭い男が悠然と座していた。
「アナベル・ガトー少佐、ただいま帰還しました!」
「報告は聞いている。ご苦労だった」
デラーズは満足気に口角を上げた。
「核弾頭だけではなく、新型を2機も奪ってくるとは、さすがはソロモンの悪夢」
「……いえ、閣下。凌雲の志を共にする、戦士たちの労苦と挺身あればこそ、です。が、閣下、僭越ながら申し上げたいことが……」
「言わずともよい。リリア・フローベール中尉のことであろう?」
「……お気づきであられましたか」
リリア・フローベールは本作戦に参加したジオン兵士である。ミチェル・カノと共に、新型ガンダムの奪取に成功している。
ミチェルは反連邦思想の強い少女だった。あのような信念を持った若者を、ガトーは好ましく思い、目をかけていた。しかし、リリアは違っていた。彼女の心底にあるものに、ガトーは気づいていた。
「あれは、大義ではなく復讐心で動いております。それも立派な動機でありましょうが、それだけでは……」
「ガトーよ、飲み込め」
「それは……」
「貴公の、穢れなき清流のような目には、復讐心は汚濁のように映るのやもしれぬ」
デラーズはガトーの肩にそっと手を置いた。
「あの日、儂が貴公を生まれ変わらせたように、貴公もあの娘を導いてやれ。それが年を経た者の務めだ」
あの偽りの終戦の日、ガトーはデラーズの熱意を感じ取り、その身を預けることを決意したのだ。
「本義のために、たとえ畜生道に落ちようとも、我々は目的を達しなければならない。真のジオンの誇りは、後の人々が受け継ぐ。あの娘も、いずれ目覚めるであろう。いや、貴公が目覚めさせるのだ」
「……閣下!」
若者を導く。そのなんと尊きことか。ガトーは改めてデラーズの偉大さを知った。もはやガトーの目に一点の曇りもなかった。
「ゆくぞ、ガトー」
「はい!」
地球圏全域に、真の正義を知らしめるために、ふたりの武人は進み続ける。
◇
一方その頃、地球圏のとある宙域に、静かに身をひそめた一個大隊があった。
旗艦はザンジバル級機動巡洋艦リリー・マルレーン。
ムサイ級巡洋艦7隻に、補助艦が3隻。
保有MSはゲルググ型が30機以上。
ジオンの残党軍としては最大級の機動艦隊だ。
それを率いるのはシーマ・ガラハウという女傑だった。
190cmに届こうかという長身に、長い黒髪。
豪奢な椅子に座したまま、シーマは手元の扇子を弄んでいる。
彼女はアクシズの
それはデラーズの計画を地球連邦政府に流すことである。
問題は、それを誰に流すかということだった。
シーマは熟考の末、候補を3人にまで絞った。
ひとり目は地球連邦軍大将、グリーン・ワイアット。連邦軍の主導者のひとりで、自らの派閥を持つ人物である。
軍人でありながら政治的な視野の広さも持ち、交渉相手には申し分ない。
問題は彼がタカ派の人間であることであった。スペースノイド、しかも海賊との密約など反故にされるのではないかという懸念があったのだ。
ふたり目はジーン・コリニー提督。階級は大将。グリーン・ワイアットと同じくタカ派の人物であるが、派閥が違う。思想は同じでも、権力闘争で派閥争いが起きるのだ。
老獪極まる人物であり、どうにも信用しきれない。何より高齢のため、その権力がどこまで持続するかという不安もあった。普通なら退役している年齢なのだ。
最後のひとりは、連邦議会総務議員ゴップ。元地球連邦軍大将であり、軍人を辞めて政治家になった人間だ。
あの一年戦争を生き抜いたというだけでも評価できる。次期議長に最も近い人物とも噂されている。さらにシーマが注目したのは、ゴップが
(ソロモンでドズルを、ア・バオア・クーで赤い彗星を葬ったガンダムパイロット。クランバトルでの無双ぶりを見るに、腕は鈍っちゃあいないようだね)
シーマはパイロットとしても一流だった。だからこそわかる。あのガンダムには勝てない。乗機であるゲルググ
アナハイムは金さえ払えば、たとえ相手が海賊であっても仕事をしてくれるのだ。
シーマが海賊稼業で今まで生き残れたのは、機を見極めてきたからだ。退くべきところで退く。勝ち馬に乗る。勝てない相手とは戦わない。
そういう意味では、あれは敵に回してはいけない男だ。シーマの直感がそう告げていた。
紛争は続く。強力なMSパイロットは有用なカードになる。ゴップはそれがわかっている。だからこそ彼は、自分を手元に置きたがるだろう。それがシーマの狙いだった。
飼われるのは癪だが、仮にゴップが議長にでもなれば、その後ろ盾は強力なものとなる。
マハラジャは作戦成功の報酬として、シーマ艦隊をアクシズに招き、相応の地位を用意すると言った。しかしシーマはこの報酬に何の魅力も感じていなかったのだ。そんな田舎に招かれたところでどうだというのか。しかもアクシズは、一度ケチのついた場所である。さらには、終戦時に亡命したアサクラ大佐もいる、彼はシーマと因縁のある人物だった。
(今度会ったら殺しちまうかもしれないからねぇ。まあそれも一興だが……)
シーマの狙いは別にあった。連邦軍に自分たちの戸籍を用意してもらうことだ。
ジオンのコロニー落とし、そして地球侵攻作戦によって、連邦軍は様々な軍事資料を失った。部隊の人員構成や個人記録なども。
人知れず壊滅した部隊、行方不明の部隊。そういったものに、なりすます。要するに別人になるのだ。これは原作で「クワトロ・バジーナ」が用いた手法でもある。
シーマとて、このまま海賊を続けていても
ジオン共和国への帰順を考えたこともあった。アルテイシア大統領は人道的であると評判であり、恩赦も期待できた。
しかしシーマは決断できないでいた。帰順を考える度に、戦犯として縛り首にされる夢を見る。
そしてずるずるとここまで来てしまった。今回の
(そもそもマハラジャ・カーンが信用できるかどうかはわからないからねぇ)
シーマは直接マハラジャの顔を見たことがなかったのだ。情報のやり取りは、彼の秘書を介して行われた。
そんな相手を信用しろというのは、彼女には無理なことだった。
(まったく、狸ばかりで嫌になるよ。その中でもマシな狸を選んだと思いたいねぇ)
手元の扇子をパチリと鳴らし、シーマは笑みを浮かべた。
そして、デラーズという男が哀れに思えてきた。2年ほど前、デラーズが茨の園から姿を消したことは知っている。あの狂信者も、2年の月日でようやく目が覚めたのかと思ったが、何のことはない。残党の集まりが悪いため、アクシズに泣きついただけだったのだ。
戦後の混乱で残党軍に
それでも、残党軍に残った者もいる。スペースノイドの独立、連邦への怨嗟、理由は様々だ。しかしそれも、時間が経つにつれ薄れていく。平和の味を思い出す。郷愁に駆られる。
4年という時間は長すぎた。連邦は力を取り戻し、残党軍は衰退を続けている。
アクシズは共和国につくことに決めたのだ。だからデラーズが邪魔になった。
デラーズは、アクシズに厄介払いされようとしている。
「マハラジャ・カーン……こんな方法で強硬派を一掃するとはねぇ。それにしても……ふふっ、デラーズめ。時世が読めないからこうなるのさ」
嘲笑するように、シーマはさらに口角を上げた。