サイド1からジオン共和国へ、コロニーの移送が行われていた。
その途中に、事件は起きる。その予兆を真っ先に感じ取ったのは作業員の女性だった。
名をララァ・ミュラー。
彼女はコロニー公社で働く事務員だったが、MS操縦免許を取得し、繁忙期にはコロニーの再建作業を手伝っていた。
今回は育児休暇中にもかかわらず、2基のコロニーをサイド3へ移送する護衛のために一時的に復職していた。
「主任、たぶん海賊が来ます」
「なに? よし、総員全方位に警戒態勢を取れ」
彼女の勘の鋭さは、長年の付き合いから疑う余地のないところだった。彼女が来ると言ったら、本当に敵は来るのだ。
護衛部隊に緊張が走る。この危機を知らせるべく、ララァは夫を思い強く念じた。ニュータイプ同士を繋げる
(どうしたララァ、なにかあったか?)
(海賊に襲われそうなの。助けてくださる?)
不安を悟らせないように、ララァは言った。敵は、ただの海賊ではない。ただの海賊がコロニーなど襲いはしない。たとえ奪取に成功したとしても、手に余るからだ。下手をすれば、連邦軍や共和国軍まで出張ってくる。
詳しく説明する必要はない。自分と同じく勘の鋭い彼なら、言わずとも察してくれる。
(すぐに行く。無理はするなよ。そのザクレロもどきでは、大した戦力にもなるまい)
(あら、かなり改良してあるんですよ)
ララァの機体は、ザクレロの改修機だった。ザクレロとは一年戦争時にジオン軍が開発した宇宙戦用MAである。拡散メガ粒子砲とヒート・ナタを装備し、大推力のスラスターを有する。
カタログスペックだけを見れば有用なMAのように思えるが、実際は機体背部の姿勢制御バーニアをもってしても短時間での姿勢転換は難しいなどの問題点が多く、開発放棄されたMAである。
戦後は半ば押し付けられるような形でコロニー公社に払い下げられた。
だがMAは作業には向かない機体である。大推力のスラスターなど必要ないし、何よりヒート・ナタが問題だった。作業をするにはMSのような五指のアームが適切だったのだ。
スタッフがどうしたものかと思案しているところに、ララァが名乗りを上げた。このMAの奇抜な見た目が気に入ったのだ。
相談の末、ザクレロの特徴的な頭部だけを残し、ザクの胴体を取り付けることになった。
ザクレロらしさを残すために、メガ粒子砲は出力を落とした状態にして残した。ヒート・ナタは作業を邪魔しないよう、逆手に持つような形で腕部に装着した。
しかし機体のアンバランスさを完全に解消することはできず、奇妙なグロテスクさは残されたままだった。だがララァはそれすらも気に入っていた。
(では、なるべく早くお願いしますね)
(ああ、本当に無理はするなよ。ヤバくなったら逃げろ)
(それは先ほど聞きましたよ)
ララァは小さく笑った。
その時、MSの接近を告げるアラームがコクピットに鳴り響いた。
◇
時を同じくして、サイド3でも異変が起こっていた。
「長距離センサーに反応! 10時の方向、光学センサーが捉えました!」
ジオン共和国軍本国防衛隊司令官、ダグラス・ローデン少将は、オペレーターの叫ぶような報告を冷静に聞いていた。
「スペクトルの解析は?」
「点滅する蒼い光……旧ジオン公国軍で使用されていた、出撃の信号弾です」
「ふむ。まあ、ありがちだな」
すべてが上手くいく。天に愛されている。そんな自分本位の考え。自分たちの正義を疑わないテロリストの考え方だった。
「我々の正義の前に、この程度のことが看破されるはずはない。とでも思っているのだろう」
「……はぁ。それが、テロリストの思考なのでしょうか?」
「酔っているのだよ。自分たちの正義にな。ランバ・ラル大佐に出撃するよう伝えろ」
「了解しました!」
命令からしばらくして、MSが宇宙に放たれた。統制の取れた動きは美しくもあった。
防衛隊のMSはザクで統一されている。ジオニック社が誇る傑作機であり、ジオンを象徴するMSであるザクにこだわったのだ。
だが旧式というわけではない。一年戦争の後期に開発されたR型をベースに近代化改修された機体である。推進系統が大幅に強化され、ジェネレーターも高出力化されている。
さらに操作性や生産性も高く、ゲルググに比べて扱いやすい機体に仕上がっていた。
青い巨星とソロモンの悪夢。激突の時はすぐそこまで迫っていた。
◇
「外したか」
爆発光を睨みながら、ランバ・ラルは小さくつぶやいた。
爆発の大きさは炉心のものではないと判断したのだ。
ランバ・ラルの
その分、狙撃には高い射撃精度が求められるのだが、いかに高い技量を持つランバ・ラルといえども、この距離で目標に命中させることは難しかった。
だが核を射出する砲身を撃ち抜くことはできた。臨界状態なら敵部隊をまるごと巻き込んで消滅させていただろうが、そう上手くはいかなかった。
「来るぞ! 油断するなよ!」
「大佐! まずは私に説得させてください!」
「正気か? 相手はテロリストなのだぞ」
背後から語りかけてきたのは、ケリィ・レズナー大尉だった。
先の大戦で左腕を失っており、その負傷が原因でMSの搭乗資格を剥奪されかけた。それを取りなしてくれたのが、防衛隊のランバ・ラル大佐だった。
片腕で操作できるように改造された専用機さえ用意してくれたのだ。そんなランバ・ラルに、ケリィは恩義を感じていた。
しかし、袂を分けたとはいえ、ガトーも共に戦場を駆けた戦友なのだ。
「……そう長くは待てんぞ」
「感謝します、大佐」
正面のガンダムに向けて、ケリィは機体を真っ直ぐに進めた。
「もうやめるんだ! ガトー!」
「その声はっ!? ケリィ・レズナー、君かっ!?」
共に戦場を駆けた友の声に、ガトーの身は一瞬強張った。だがそれも、すぐに怒りへと変わる。
「君も私の邪魔をするのかっ!? 偽りの平和を受け入れ、連邦政府の傀儡となり果てたかっ!?」
「ガトー! もう戦争は終わったんだ! 大義のためであれば無差別に人の命を奪ってもいいという考えは間違っている! 武装を解除しろ! 今ならまだ間に合う!」
その無思慮な言葉が、ガトーの癇に障った。
「間に合う、だと? わかったような物言いはやめてもらおうか!」
「祖国に核を撃ち込むことが、おまえの大義か!?」
「真のジオンの旗を掲げるためだ! 目的達成のための必要な犠牲だ! 大事の前の小事にすぎん! それがなぜわからぬ!」
「おまえは……そこまで……」
ケリィの心中に絶望が押し寄せる。以前から融通の利かないところはあったが、民間人を巻き込むことをよしとするような男ではなかった。4年という歳月は、誇り高き武人をテロリストへと変貌させてしまった。
「もはや、貴様などと話す舌は持たぬ。大義の意味すら理解できぬ輩など!」
「ガトー! 俺は……」
「退がれ、ケリィ大尉!」
半ば反射的に、ケリィは機体を滑らせていた。一条の光が機体をなめるように過ぎ去っていく。
「説得は無理のようだな。落とすぞ」
「大佐……了解しました」
ケリィは歯噛みしながら、かつての戦友を見つめた。その瞳に宿るものは、同情か憐憫か。
ランバ・ラル隊は24機。対してガトーが率いるのは総計40機の大部隊である。
乱戦になる。だがランバ・ラル隊は、乱戦の中でこそ真価を発揮するのだ。
ガンダムMk-Ⅷがスラスターを噴かして宇宙を駆ける。耐核装備の重装甲だが、大推力のスラスターで機動性を補っているのだ。とても4年前の機体とは思えないほどの俊敏さだった。
ガトーの卓越した操縦技術、そしてひたむきな意志と確固たる信念がガンダムを駆けさせている。
「腐ってもガンダムというわけか。だがこのザクも、捨てたものではないぞ。相手をしてやろう、若造!」
ガンダムを追い、ランバ・ラルは機を推し進めた。