ちょっと変わったガンダム世界を行く   作:乾燥海藻類

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幕間 「姉妹」

『イリア! 前に出過ぎよ!』

 

僚機からの通信を無視して、イリアはフットペダルを踏み込んだ。不意打ちのように建物の陰から出てきたザクにジム・ライフルを発射する。

弾丸がザクに命中するのとほぼ同時に、ライフルを上方に向けて再度トリガーを引く。奇襲をかけてきたザクが空中で爆散した。

スラスターを噴かして建物の屋上に着地する。

 

『そんな目立つ場所に! 良い的だわ!』

 

別の僚機から警告の通信が入る。イリアは助走をつけて中空に躍り出た。ジムに飛翔能力はない。スラスターを噴かして無理矢理機体を前に進めているだけだ。

飛来してくるミサイルやライフルを強引な機体操作でかわす。

前進しながら固定砲台をライフルで潰していく。

 

「見えた!」

 

イリアは快哉の声を上げた。制圧目標である敵司令部は目前に迫っていた。

一気に近づき、司令部の上方から全弾発射。司令部は沈黙した。

 

「よし、ミッションコンプリート!」

 

モニターが暗転し、戦闘シミュレーターの天井が開いた。

 

「この、バカ野郎!」

 

そして聞こえてきたのは、教官の罵声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死の恐怖を知らない、新兵らしい特攻だな」

「まあ、シミュレーターですから」

「実際に戦場を経験しないとわからないか」

 

実技教官を務めるニコルソン・スルーノーは肩を竦めながら言った。

 

「戦場は死であふれている。その一歩手前で踏みとどまれないやつは死ぬ」

「初陣では、そこを見極められずに死んでしまう新兵が多いですからね」

 

初陣では生き残ることだけを考えろ。ふたりとも、上官から口を酸っぱくして言われたことだ。

 

「腕はいいんだ。なにを焦ってるのか」

「妹の方は、優等生のようですが……」

「あっちの方も、がんばりすぎるタイプのように思えるがな。まあ、誰だって色々抱えているか」

 

首をひねり、教練場を見やる。そこでは懲罰としてイリアが走らされていた。だが苦しさの表情は見えない。

 

「しかしわかりませんね。あのふたりは何故軍人になろうと思ったのか。平穏なサイド6で、名門のハイバリーに通い、義父(ちちおや)はコロニー公社の資材部部長。生活は安定しているはずなのに……」

「さっきも言っただろ? 誰だって色々と抱えてるってな」

 

実技の成績はトップ。だからこそ、僚機との連携を覚えてほしい。でなくては、ただのエースパイロットで終わるだろう。

いや、初陣で真っ先に死ぬかもしれない。連邦軍は昔から連携を大事にしてきた。そのおかげで、ニコルソンはここまで生き残れた。

過酷な一年戦争を潜り抜けてきたニコルソンは、それこそが戦争を生き抜くための重要な要素だと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(空が蒼い……)

 

作り物(コロニー)の空を眺めながら、イリアはひたすらに走っていた。士官学校に入ってから3ヵ月ほど。イリアはここの(ぬる)さに飽き始めていた。

シミュレーターとはいえ、ガンダムMk-Ⅷを操縦していたイリアにとって、訓練用のジムは遅すぎた。Mk-Ⅷは8年前の機体とはいえ、当時最高峰と言える機体だった。対して訓練用のジムは、初期生産型のジムを改修したジムⅡで、性能はかなり低い。

シミュレーターの内容も、イリアには不満だった。それは難易度に限った話ではない。

 

(お父さんの作ったシミュレーターは"血"が通っていた。成長してほしいという"願い"と、この程度の試練は乗り越えられるはずだという"期待"が込められていた。でもここのシミュレーターにはそれがない。ただの的当てゲームだ)

 

連邦軍人になって父を守る。それがふたりの目的だった。父がウィリー・ケンプであることは母から聞いた。そして、軍人を辞められないのは、おそらく連邦軍に弱みを握られているのだ。

だからふたりは連邦の軍人になり、出世して父を守ろうと決意したのだ。

とはいえ、ふたりともが優等生というのもどうかと考え、レシアは"王道"を、イリアは"覇道"を進むことに決めた。

パイロットとして、レシアとは違う道で出世するのだ。

 

(と思ったんだけど、ちょっと早まったかも。戦争もないのに、パイロットとして出世できるのかな?)

 

アルテイシア大統領が任期の間は、よほどのことがない限りジオンとの戦争にはならないだろう。火星にジオン(ザビ家信者)の残党が残されているが、これは連邦軍の都合という面が大きい。軍を維持するためには、敵が存在していた方が良いのだ。

 

(戦争を望んでいるわけじゃあないけど、いまさら路線変更するのもね……)

 

サイド3はイリアの故郷でもある。さすがに全面戦争は望んでいなかった。

とその時、手首に付けていた端末のアラームが鳴った。

 

「っと、もうこんなに走ってたのか。考え事してるとあっという間だね」

 

イリアはアラームを止め、ふっと息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、おはよう、ジュドー」

「ん? レシアか。おはよう」

 

朝のジョギングの途中で同輩に出くわし、レシアは気さくに挨拶した。

 

「またバイトかい?」

「ああ」

 

士官学校の訓練は厳しいが、規則はさほど厳しくはない。休日の外出は自由だし、アルバイトも認められている。

 

「ずいぶんと副業に勤しんでいるようだけど、給料だけじゃ足りないの?」

 

士官学校は学費免除がされ、給料も出る。ジュドーが士官学校に来ようと思ったのも、給料が出るからだった。地元でジャンク屋をやっているより安定して収入が得られると判断したのだ。

あまり学校に通っていなかったジュドーは、仲間たちに教えてもらいながら必死に勉強した。

 

「……まあ、そういうことかな」

 

こめかみをポリポリとかきながら、ジュドーは言葉を濁した。

 

「もしかして借金かい? それなら債務整理をした方がいいよ。教官たちも協力してくれると思うし」

「いやちげぇよ!」

 

レシアの失礼な予想に、ジュドーは思わず声を荒げた。

 

「それならいいんだけどね。余計なお節介かもしれないけど、バイトで小金を稼ぐより、今しっかり勉学に励んだ方が結局は稼げると思うよ」

「言ってることはわかる。でもな、俺は10年後の大金より、いま金が必要なのさ」

「その心は?」

「……妹をさ、山の手の学校に通わせたいんだよ」

 

ジュドーは逡巡の後、観念するように告げた。

 

「へぇ、いいお兄ちゃんだ」

「よせやい。ここもさ、妹に勧められたんだ。まっとうな道を歩いてほしいってな」

「へぇ、いい妹さんだ」

「へへ、まあな」

 

照れ臭そうに、ジュドーは鼻の下を指でこすった。

 

「そうだ、こっちも余計なお節介を言わせてもらうぜ。その優等生キャラ、無理してないか?」

「……どうしてそう思うんだい?」

「どうしてって、なんからしくないって思っただけさ」

 

レシアは少なからず瞠目した。たしかにこのキャラはレシアの"素"ではない。しかし決して無理しているわけではなかった。

 

「口調にはちょっと気を遣っているけどね。でも無理をしているわけではないよ。それに教官たちのウケがいいんだ。配属先に希望があってね」

「やっぱ地球とかか?」

「そうだね。ジャブロー勤務が理想だね」

 

この返事には、ジュドーも呆気に取られた。ジャブロー勤務はエリート中のエリートの証だからだ。

 

「そういえば、結構話し込んでしまったけど、時間は大丈夫なのかい?」

「えっ? やべっ! んじゃな、レシア!」

 

ジュドーは時間を確認すると、慌てて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休憩の食堂は常にごった返していた。腹をすかせた餓鬼のような成長期の少年少女が、午後からの訓練に備えて飯をかっ込むのだ。

 

「レシア、今日のB定食スシみたいよ」

「へぇー、お寿司。珍しいっていうか、初めてね」

 

レシアは日本食が好きだった。主に父親の影響だったが、寿司も好物のひとつだった。時には父が手ずから握ってくれたこともある。

この食堂では様々な国の料理が出てくる。天ぷらや煮物が出てきたこともあった。だが寿司が出てきたのは初めてだった。レシアは迷わずB定食を注文し、それを受け取った。そして、困惑した。

 

「あたしスシ食べるの初めてなんだー」

「そう」

 

友人は無邪気にはしゃいでいたが、レシアはそれどころではなかった。

これは本当に寿司なのか。少なくとも自分が想像していた寿司とは全く違っていた。

 

(巻き寿司の亜種……なの?)

 

普通の巻き寿司と違うのは、海苔が内側に巻かれていることだ。いわゆるカリフォルニアロールであるが、イリアはそれを見たことがなかった。

 

(お父さんが見たらなんて言うかな?)

 

父は温厚で、感情をあらわにすることは滅多になかった。だが食べ物に関しては、並々ならぬこだわりを持っていた。

 

――この寿司は出来そこないだ、食べられないよ

 

もしかしたらそんなことを言うのかもしれないとレシアは思った。

意を決して、その寿司を口に運ぶ。

 

(……悪くない。このムニュっとしたのはなんだろう? トロのような……合成魚肉?)

 

咀嚼(そしゃく)しながら食材の見当をつけていたところ、急に食堂がざわついた。周囲を見渡せば、皆は一点を注視している。食堂に設置されている大型のテレビだ。いつもならニュースが流れているはずだが、そこにはふたりの男が映し出されていた。

仮面の男と、まだ少年と言っていいくらいの優面の男。

ふたりともが、ジオン公国(・・・・・)の軍服に袖を通している。

 

優男の方は知らない。だが仮面の男の方は知っていた。レシアだけではなく、この場にいる全員が知っているだろう。なにせ、戦史教本に載っている男だ。

その男が、優雅な仕草で仮面を外した。

 

「私の名は、シャア・アズナブル。かつて赤い彗星と呼ばれた男だ」

 

男が実際に名乗ったところで、ざわめきはさらに広がった。

シャア・アズナブル。ジオン公国のトップエース。

一年戦争で彼が活躍した戦場は、大きく3つある。

ルウム戦役、オデッサの戦い、ア・バオア・クー攻防戦、この3つだ。

 

ルウム戦役では、単独で5隻の戦艦を撃沈させ、連邦軍から赤い彗星と呼ばれ、恐れられた。

オデッサの戦いでは、八面六臂の活躍を見せ、連邦軍兵士にとって恐怖の存在となった。

そしてア・バオア・クー攻防戦では、新型のMAを駆り、2時間にも満たないわずかな時間で、MS42機、戦艦7隻という驚異的な撃墜スコアを叩き出している。

 

「シャアって死んだんじゃなかったのか?」

「行方不明だったんじゃ?」

「死亡発表はされたはずだ」

「じゃあ偽者?」

「火傷の跡があるぞ。そういう噂、あったろ?」

「じゃあ本物?」

 

食事を中断した士官候補生たちが口々に騒ぎ立てる。

レシアは彼らを睥睨し、再びテレビに視線を戻した。

 

(あのジオングも、赤い彗星のデータを使ったと言ってたな。本物よりも相当弱く設定したって言ってたけど、それでもあの強さ。本物はきっと、化け物だ)

 

何度となく殺された。勝てた1回だって、奇跡のようなものだ。上手いこと攻防が絡み合い、直感的に撃ったライフルに吸い込まれるように敵機が当たりに来た。

偶然の勝利だ。父はその直感が大事だと言って、クリアを認めてくれたが。

そんな苦い思い出がよみがえってきて、レシアは顔をしかめた。

 

 

 

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