グレミー率いる新生ジオン公国の拠点である火星に、連邦軍は2度の攻撃を仕掛けた。
しかし、いずれも失敗した。最初は威力偵察を兼ねた攻勢であったが、2度目は本腰を入れた攻略作戦だった。
だがこれも失敗した。
「まさか、サイコ・ガンダムを運用しているとはな」
しかも、確認されたのは2機だった。初戦は1機だけだったので、2機目が出てきたところで連邦軍に焦りが見え、縦横無尽に飛び回る赤い彗星に陣形はズタズタにされ、撤退を余儀なくされた。
共和国との共同作戦も、現実的ではなくなった。
グレミーが連邦政府に宣戦布告した時、セイラさんは連邦政府に協力を打診したらしい。セイラさんもザビ家信者にはうんざりしているようだからな。
だが連邦政府はこれを断った。自分たちだけでなんとかできると判断したのだろう。しかし、2度にわたる失敗。
ここで共和国に泣きつけば、連邦政府の権威は失墜する。
こうして連邦軍の尻に火が付いたわけで、ありったけの戦力を集め始めた。つまり、俺にも召集がかかったのだ。
そんなわけで俺は今、ルナツーにいる。
「久しぶりだね、少佐。壮健かね?」
「はい。テム博士もお元気そうで。アムロたちはどうですか?」
「ああ。オーガスタ基地に異動になってからは、あまり会えていないが、元気にやっているようだ」
ジャブローは軍事基地だから、子どもを育てるのには向いてないからな。一応、託児所のようなところはあるが。
「私の機体は、アリエスの改修機ということですが」
「うむ。基本性能を向上させた機体だ。ファンネルは積んでいない。少佐は、苦手なようだからな」
「恐縮です」
ファンネルはなぁ、使えないことはないんだが、やはり意識が逸れるんだよ。機体制御がおろそかになる。あんなモンを5つも6つも飛ばして、格闘戦までやっていたシャアやアムロはやはりおかしい。
「機体名は"ステラ"だ。良い名前だろう?」
「そう……ですね」
名前自体は良い名前だと思うが、あまり縁起が良いとは言えないような? 最後は死んで水に沈められそうな名前だ。まだルナマリアの方が……いや、それも肝心なところで射撃をミスりそうな名前ではあるが。
「それと、実はひとつだけ特殊兵装を積んである。切り札的なものだが、システムがまだ未完成でね。だが念のため、解除コードは渡しておく」
「……わかりました」
正直不安定なものは使いたくないんだが、いざという時は使うしかないだろう。切り札的なもの……トランザムみたいなものだろうか。トランザムは使うなよ、と。
「ところで、隣の機体はジェミニの改修機ですか?」
「そうだ」
デラーズの一件以降、シロウズは連邦軍の要請を受けて、ジェミニのデータ取りに協力していた。そこで軍から派遣されてきたナナイ・ミゲルと知り合い、いい感じになっているらしい。
頼むからそのまま落ち着いてくれ。
「機体名はサザビーというらしい」
「サザビー!?」
なんでサザビー? ファンネル搭載機というところくらいしか共通点ないだろ。赤くもねぇし。そもそもガンダムにサザビーと名付けるのがおかしいだろ。ゲルググをジムにするくらいの尊厳破壊だぞ。
誰だよそんなふざけた名前をつけたやつは。
「やあ少佐、今回もよろしく頼むよ」
背後から声が聞こえた。気さくに挨拶してきたのは、シロウズだった。
「ああ、期待している」
そう言って、握手をかわす。
今回もシロウズには俺の監視下で働いてもらうことになった。
「では、機体は艦に運んでおくよ。健闘を祈るよ、少佐、シロウズくん」
テム博士とも握手をかわし、俺たちは艦に向かった。
その途中で、シロウズに尋ねる。
「おまえの機体、なぜサザビーという名前なんだ?」
「なぜと言われてもな。ナナイに、ジェミニ改という名前では味気ないので、良い名前はないかと訊かれたのでな。思い浮かんだ名前を言ったまでさ」
大丈夫かそれ? 別世界のシャアに意識引っ張られてないか?
まあいいか。言ってもどうにもならんし。
「そうか。さて、この艦も久しぶりだな」
「ああ。まさかまだ現役でいるとはな」
俺たちが乗り込む艦はブランリヴァルだ。ペガサス級ではあるが、さすがに旧式の艦になってしまった。2度の失敗で、艦も足りてないのかもしれない。
艦長も変わらずココノエ艦長だ。あの人も結構な年のはずだが、まだ頑張っているようだ。もしかしたら、予備役から駆り出されてきたのかもしれないが。
艦長室は、落ち着いた雰囲気だった。
「ウィリー・ケンプ少佐、着任の挨拶に参りました」
「同じく、シロウズ・シノミヤであります」
「ご苦労様です。歓迎しますよ」
紳士然とした初老の男は、以前と変わりなく見えた。
「今さら艦の説明もないでしょう。ご自由におくつろぎください。ただ、ひとつだけ。急ですが、もうひとチーム受け入れることになりましてね」
もうひとチームということは、別行動ということか? まあ急に部下を付けられても困るしな。
「そろそろ到着すると……きましたな」
入ってきたのは3人の……ゲッ!?
「お初にお目にかかる、少佐殿。パプテマス・シロッコ大佐だ」
「イリア・ミュラー少尉であります」
「ジュ、ジュドー・アーシタです。あ、少尉です!」
なんやこの厨パァ!!
◇
青みがかった紫色の髪。自信に満ち溢れた瞳。あまりプレッシャーは感じないな。まあ平時だからかもしれないが。
「ウィリー・ケンプ少佐であります。パプテマス大佐は、たしか士官学校の校長であったと記憶しておりますが?」
「少佐と同じだよ。私も駆り出されたのさ」
嘘つけ! 絶対志願しただろ。面白そうだから首突っ込みに来ただけだろ。と思うのは邪推なのかね。
「そちらのふたりは? いささか若すぎるように見えますが、まさか学生を連れてきたのですか?」
イリアは堂々とした態度でこちらを見つめている。逆にジュドーはビクッと肩を震わせ、おどおどしていた。
おかしいな、ジュドーはもっとこう……陽キャというか
「ただの学生ではないよ。首席と次席だ。多少卒業が早まっただけのことだよ。ここで戦果を上げれば、出世も早くなる。縛り上げて連れて来たわけではない」
「……ならば、よいですが」
よくないよ。無理やりにでも連れて帰りたい。しかしウィリー・ケンプとイリア・ミュラーは他人だ。どうすることもできない。
とりあえずその場は顔合わせだけで終わった。
自室に戻った俺はイリアに会いに行こうと考えたが、見方を変えれば中年のおっさんが、士官学校を出たばかりの
もやもやとした気持ちを抱えているうちに、艦隊は火星に向けて出港していた。
◇
それから、イリアとはロクに話もできないまま火星に到着してしまった。どこに人の目があるかわからないので、プライベートの話をするわけにはいかない。俺の部屋に呼ぶわけにもいかないし、イリアの部屋に行くわけにもいかない。
クソッ、シロッコめ!
第一戦闘配備がかかり、俺はステラのコクピットに潜り込んだ。
前方の宙域では、すでに戦闘が始まっているらしい。俺たちは、その横っ腹を突くという作戦だ。
ブリッジから通信が入る。相手はオペレーターではなく、ココノエ艦長だった。
「少佐、行けますか?」
「ええ、いつでも」
気遣いのできる男だな、ココノエ艦長は。部下に謀殺されたジャマイカンとはひと味違う。
「では、お願いします」
「了解しました」
機体をカタパルトデッキに移動させる。
「ウィリー・ケンプ、ガンダムステラ、発進する!」
操作感はアリエスとほとんど変わらない。これならいけるだろう。ほどなくして、シロウズのサザビーが射出された。
俺たちの仕事は、遊撃隊として戦場をかく乱することだ。まずは……ん?
なんだこの……ザラついた感覚は。呼んでいる? とりあえず、機体をそちらに向かわせた。とその時……。
「おっと!」
ビームが機体の横をかすめた。範囲外からの攻撃。戦艦のメガ粒子砲ではないな。高速で接近する機体、撃ったのはこいつか。だが、ザラついた感覚のやつではない。
「アレの相手は私がやろう」
「ああ、任せる」
敵MSは間違いなく高機動型だろう。高い確率でエースのはずだ。エースにはエースをぶつける。俺はこのザラついた感覚の正体を確かめねばならない。
「……こっちか。近づいてきているな」
向こうも、こちらを察知している感じがする。共鳴のようななにかを感じる。
……来る!
「やっと見つけた! お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!?」
開幕お兄ちゃんはさすがにビビる。だが、お兄ちゃんだと? まさか……。
「瞳か!? おまえもこっちの世界に!?」
「ヒトミ! それがあたしの本当の名前ね! ステキ!」
んん? なにか会話が嚙み合っていないような……そうか、このザラついた感覚の正体は、強化人間か!
ええい! お兄ちゃんはカミーユの役目だろうに!
そういえばこの世界のカミーユは何をやっているんだろうな。
「遊ぼう、お兄ちゃん!」
「なにっ!? チイィッ!」
ビーム砲とミサイルの一斉射撃。ビームはかわし、ミサイルはライフルで撃ち落と……なんだとっ!?
ミサイルがビームをかわした? この意思を持ったような動きは……ファンネルミサイル!?
抜けてきたミサイルをバルカンで撃ち落とす。こういう時に頭部バルカンは便利だ。ガンダムタイプに標準装備される理由がよくわかる。
「あははははははっ、まだまだいっくよーっ!」
ファンネルが飛んでくる。
殺気が読めない。いや、殺気がないのだ。子どもがボールをぶつけるような感覚で、ファンネルをぶつけている。無邪気さすら感じる無垢なる殺意だ。
「くっ、やりにくいな」
敵のMSは大型だ。サイコ・ガンダムほど巨大ではないが、25mくらいはありそうだ。データにはない。新型なのだろう。なんとなくだが、クィン・マンサとかクシャトリヤみを感じるデザインだ。
「しかし、やりようはある」
こちらのビームが敵MSの肩をかすめた。どうやらIフィールドは搭載していないようだ。
「あはっ、やるね、お兄ちゃん!」
「そりゃどうも」
どうにもやる気が削がれる。殺したくないと思ってしまう。カミーユやジュドーもこんな気持ちだったのだろうか。
ならば、やってみるか。攻撃は苛烈だが、単純で荒い。実戦経験が足りていないのだろう。隙はある。
ビームの弾幕をくぐり抜け、扇状に放たれたファンネルミサイルをギリギリですり抜ける。ファンネルミサイルは、ファンネルやビットのように自在に動かせるわけではない。
距離が詰まる。ビームサーベルを抜く。
その瞬間、敵機のハネが開いた。背筋にヒヤリとしたものを感じて、俺は咄嗟にシールドを構えた。
散弾がシールドに激突する。一瞬の衝撃。しかし盾を貫通するほどの威力はない。
盾を構えたまま突進し、シールドバッシュを叩き込む。
怯んだところにサーベルを振り下ろし、コクピットの入り口を切り裂く。その穴から中に飛び込み、ヘルメットをぶつけて、接触回線で語りかける。
「よし、ちゃんとノーマルスーツは着ていたな。えらいぞ、いい子だ」
「あはっ、捕まっちゃった。じゃあ今度はお兄ちゃんが鬼ね」
鬼ごっこをやっているわけじゃない。それに普通は捕まった方が鬼だろう。ルールはどうなってるんだ?
「鬼ごっこは、おしまいだ。一緒に帰って、アイスでも食べよう」
たしか強化人間はアイスが好きだったはずだ。
「アイス!? やったー、あたしアイス好き。ウニアイスが一番好き!」
「ウニアイス!?」
かわいそうに、味覚障害まで発生しているのか。治療には時間がかかりそうだな。
この子を乗せたままでは戦えない。一度ブランリヴァルに戻ろう。
そう思った瞬間、機体の頭上をビームが過ぎ去っていった。どうやら休ませてはくれないようだ。