同じ
誰かが、自分の意識に干渉している。不快だった。この不快の元を排除しなければならない。
胸に黒い穴が開いている。記憶がどこか他人のようなものに感じる。それのせいで、シャアは常に渇きを覚えていた。
この不快の元を排除すれば、少しは満たされるかもしれない。
敵機に向けてビームライフルを発射しながら、シャアは機体を前に推し進めた。
シャアの駆るMS、ベリアルはガルバルディタイプの機体だった。ガルバルディとは一年戦争の末期に、ジオン軍が開発した機体である。ゲルググの射撃性能とギャンの格闘性能の融合を目指したハイブリッド機として開発された。
従来のMSを凌駕する運動性と機動性を実現するに至ったが、その高性能ゆえにパイロットの肉体的な負担が大きく、限界性能を引き出せずに終戦を迎えた不運の機体だった。
そして時は流れ、MSの技術も進化し、空間戦特化型の高機動型ガルバルディが造られた。それをさらにブラッシュアップした機体がシャア専用ガルバルディ、ベリアルだった。
「しかし、この距離で私の射撃をかわすとは、何者だ? まさか、噂に聞くウィリー・ケンプか?」
テネス・A・ユング、リド・ウォルフ、シャルル・キッシンガム、ルース・カッセル、フォルド・ロムフェロー。
シャアは頭の中で連邦軍のエースの名を思い浮かべた。その筆頭が、一年戦争の英雄とも呼ばれる、ウィリー・ケンプだった。
「――むっ!?」
接近する白銀の機体から、なにかが射出された。数は6。その正体を、シャアはすぐに見抜いた。
「ファンネルか。その対処法は、心得ている!」
全方位から撃ちかけられるビームを、シャアは驚異的な反応速度でかわした。さらにその間隙をついて反撃まで行っている。
「並のパイロットであれば、何をされたかもわからず落とされていただろう。しかし、このシャア・アズナブルは違う!」
しかし相手もさる者だった。シャアの反撃を軽やかにかわしている。ファンネルを操作している間は機体制御がおろそかになるものだが、そんな様子は全く見えない。
「まさか本当に、ウィリー・ケンプなのか?」
一度目の攻勢にも、二度目の攻勢にも、エースパイロットと呼ばれる者はいた。だがシャアの相手にはならなかった。だがこの敵は違う。これまでに相対したエースパイロットとは一線を画す強さだ。シャアの額に冷たい汗が流れる。
「しかし、相手が英雄だとしても、負けるわけにはいかんのだ!」
シャアは飛び回るファンネルを狙い、ライフルの引き金を引いた。しかしその光芒は虚しく宇宙に消えるだけだった。ファンネルは的としては小さすぎて狙いにくく、動きを予測することさえ難しいのだ。
そしてそちらに注意がそれた隙に、敵機は目の前に迫っていた。
衝撃が機体を襲う。
「くっ、蹴られたのかっ!?」
咄嗟に腰部からミサイルを放つが、それは敵機に突き刺さることなく虚空に消えて行った。
「上かっ!」
敵はすでにライフルを構えている。シャアはサーベルを抜き、迫りくるビームを切り裂いた。
その光の飛沫に隠れて、敵は目前まで接近していた。
サーベルが振り下ろされる。シャアはバーニアを前方に噴かし、全速で後退した。そこに、ビームの雨が降り注いだ。
ファンネルによるビーム砲だ。6条の光が、ベリアルを貫いた。
「もう眠れ。シャア・アズナブルの亡霊よ」
その声は、優しさと温かさと、そしてわずかな
死の間際、彼は本当の記憶を思い出した。そして同時に、気づいた。
(そうか……彼が……本物の……)
偽者が、本物の手によって討たれる。それは彼にとって、最後の慰めであったのかもしれない。
◇
パプテマス・シロッコは謎の多い男だった。
地球連邦軍に所属し、階級は大佐。一年戦争後に木星船団へと出向し、0087に地球圏への帰還を果たした。
しかし、彼が木星出立前にどのような活躍をして、大佐にまで出世したのか、その記録のほとんどはデータに残っていなかった。
そしてまた、彼自身も自分の過去を語るようなことをしなかったのだ。
過酷な木星圏での生活で、シロッコは己のニュータイプ能力を覚醒させた。その気になれば、相手のすべてを見透かすことも可能だったが、シロッコはあえてその能力を封印した。すべてが判ってしまうというのも、存外に味気ないものだと、シロッコは思ったのだ。そういった傲慢なところがある男だった。
地球圏へと帰還する旅程で、シロッコは多数のMSを設計した。特にPMXシリーズは、地球圏のMSの10年先を行く傑作機だと自負していた。
しかし、シロッコが思っていたよりも地球圏のMS技術は発展していた。それでもシロッコの設計したPMXシリーズは引けを取るものではなかったが、おそらく3年後には追い抜かされているだろうと感じた。
特にテム・レイという男は、ことMS開発に関しては自分に並ぶであろうと認めたほどだった。それからシロッコはPMXシリーズをさらに発展させ、追随を許さぬMSとして完成させた。
帰還後に士官学校の校長に就任した理由は2つある。ひとつは、MSを開発するための時間を確保すること。通常の業務に忙殺されぬために、あえて閑職とされる教官を希望したのだ。
もうひとつは、若い才能の発掘だった。育てるのではなく、見つけるのがシロッコの狙いだったのだ。凡才を嫌い、天才を愛するのがシロッコという男だった。
ブリーフィングルームには、シロッコとイリア、ジュドーの3人がいた。第一戦闘配備がかかっているが、シロッコは平然とした様子でくつろいでいる。
「校長……じゃないや、大佐、いいんですか? 俺たちこんなところにいて」
「もちろんだジュドー。我々の仕事は露払いではない。敵の首魁を仕留めることだ」
「……はぁ」
シロッコの言葉に、ジュドーは気の抜けたような返事を返した。隣に座るイリアの方に目を向ける。彼女は平静を装っているようにも見えて、少し落ち着かないようにも見えた。
「首魁って、敵の大将のことですよね。連邦軍が敵の本拠地まで攻め込むのを待つってことですか?」
「いや、戦況が悪くなれば、出てくるさ」
「ええ? でも大将ってのは、後ろでどっしり構えているモンでしょ?」
「普通ならばな。だが士気を上げるため、大将が前線に立つということもある。ジオンは特にその気風が強い。敵がジオンを名乗る以上、出てくるさ」
焦りの見えるジュドーに対して、シロッコはなお落ち着いた様子で足を組み替えた。
「少佐のお手並みを拝見させていただこう」
シロッコは冷笑のような笑みを浮かべたが、その内心にイリアもジュドーも気づくことがなかった。
(所詮は凡人に使われることをよしとする程度の器だ。あれではまるで家畜だな。まあいい、それよりも気にかかるのは……)
シロッコはウィリー・ケンプの隣りにいた金髪の男を思い出した。
(あの民間人……シロウズといったか。挑発するようなプレッシャーを私にぶつけてきた。不遜な男だ。軍に重用されて図に乗ったか)
軍が民間人をMSに乗せるというのは、異例のことだった。武器や兵器というものは、そんなに甘いものではない。軍人だから信用して任せているのだ。そして軍人でも、武器の使用やMSの出撃には制限がかけられている。無断使用や無断出撃などは厳しく罰せられるのだ。
それを考えると、シロウズは軍から特別扱いされるほどの人間なのだろうとシロッコは察した。
とそこで、室内の通話機がなった。
「私だ」
「大佐、赤い彗星が沈みました」
「ほう、ならば事態が動くな。MSの準備を頼む」
「了解しました」
シロッコは背後を振り返り、緊張した様子のふたりに向けて口を開いた。
「出撃だ」
◇
戦争は終わった。残党軍の話も、最近はさっぱり聞こえてこなくなった。もう戦争はない。そんな甘い考えがなかったとは言えない。まさか自分が、こんな殺戮の場に出るとは、思ってもいなかった。
この戦場で、爆発光がひとつ発生する度に、ひとつの命が消えている。その現実が、ジュドーの心に重くのしかかった。危険手当につられて参加したことを後悔していた。豪放磊落のように見えて、意外にナイーブなところがあるのがジュドーという少年だった。
通信が入った。
「ジュドー、訓練通りにやればいい。あんたの機体は中長距離支援用だ。前衛は私と大佐が務める。緊張しなくていい。大佐も百発百中なんて期待はしていないさ」
「……おまえは、怖くないのかよ。俺たちはこれから、人を殺す。俺たちだって、死ぬかもしれない」
「そんなものは、軍人になると決めた時から覚悟していたよ」
「そうか。強いな、イリアは」
「そうでもないよ。私も人を殺したことはない。あんたと同じ、童貞さ。いや、女の場合は処女って言うのかな?」
「しょっ!? おまえ、女の子がそういうこと言うなよ!」
思いがけず大きな声が出た。それを聞いたイリアはほほを緩めた。
「弾切れには注意しなよ。じゃないと、最後は自分のふた玉を宇宙に放り出すことになるからね」
「だからやめろって、そういうのは!」
いつもの調子を取り戻してきたジュドーの声を聞いて、イリアは快闊に笑った。
とそこで、ふたりのやりとりに通信が割り込んできた。
「イリア少尉、発進準備お願いします」
「了解です!」
オペレーターの指示を受け、イリアは機体をカタパルトに移動させた。
「OKです。発進どうぞ」
「イリア・ミュラー、タイタニア、出ます!」
漆黒の宇宙に、純白の機体が舞う。まるで花嫁ドレスを彷彿とさせるような優美なデザインの機体だった。
「ジュドー・アーシタ、パラス・ティフォン・フルロード、行きまーす!」
続いて射出されたのは、重武装のMSだった。単機で複数の戦闘艦艇を撃破することも可能な重MSである。
「パプテマス・シロッコ、オーヴェロン、出る!」
最後に射出されたのは、シロッコが最高傑作と自負するMSだった。
隊列が入れ替わり、シロッコが先頭に立つ。その斜め後ろにイリア、その後ろにジュドーが並んだ。
「さて、まずはどこから行くか……うん?」
タイタニアの手が、オーヴェロンの肩に触れた。接触回線でイリアが語りかけてくる。
「た、大佐。向こう……10時の方向です。命が……多くの命が消えていっています」
「イリア。戦場の空気に呑まれるな。死者の念を拾い過ぎると、心が壊れてしまうぞ。気をしっかり持て」
「は、はい」
タイタニアの手がオーヴェロンから離れる。
(感性の鋭い娘だと思っていたが、ここまでとはな)
シロッコは素直に瞠目した。たしかにイリアの示した先からは、ほかよりも多くの爆発光が見えた。
「私に続け!」
フットペダルを踏み込みながら、シロッコは不敵な笑みを浮かべた。
◇
『勇敢なる新生ジオンの兵士たちよ!』
それは、広域のオープンチャンネルから聞こえてきた。ミノフスキー粒子の影響で、戦場の隅々までは行き渡らないだろうが、周辺の兵士たちを鼓舞するための演説であろう。
シロッコの口角がわずかに上がった。
『我らの力を示すのだ! 宇宙に出たスペースノイドこそが、新たなる時代の担い手であるということを、ヤツらに思い知らせてやるのだ!』
シロッコは速度を緩め、ハンドサインで周辺警戒の合図を出した。しかしその真の意味は別にあった。道化の芝居を、最後まで見てやろうと思ったのだ。
演説は続く。シロッコの笑みがさらに深くなる。
(貴様では無理だな。地球圏の統治者になることも、重力に魂を引かれた人々を開放することも)
と、シロッコはグレミーを見下すような言葉を、心中で放った。
オーヴェロンのモニターが、敵MSの実像を捉えた。
「あれは……ジオングタイプか? 脚はあるようだな。ファンネルではなくビットか。なるほど、あれならば戦艦だろうと一撃だな」
ファンネルは小型ゆえに火力が低い。戦艦を沈めるには、エンジン部を正確に貫かない限りは不可能だろう。
「まずは挨拶をせねばな。ジュドー、撃て!」
「りょ、了解!」
ジュドーはハイパー・メガ・ランチャーを構え、前方へ向けて発射した。
しかしその巨大な光芒が目標物を捉えることはなく、こちらの位置を敵に知らせただけだった。
敵のジオングタイプがこちらを向き、背部のビットを射出させた。
「はっ、外した!? でもこれって……」
幻聴ではない。その声を、たしかにジュドーは聞いた。
「子どもの声だ! 大佐! こ、子どもが……!」
「落ち着けジュドー。たとえ子どもでも、戦場に出てきたのならば撃つしかあるまい」
その正体にはシロッコも気づいていた。あのビットひとつひとつに、子どもが
「でも大佐、あの子たちは泣いています!」
「泣いている……だと? 私には
イリアは子どもたちが泣いていると言った。この娘は、自分とは違う感じ方をしている。
「面白い。面白いぞ、イリア。ならば本体を仕留めようか。本体さえ仕留めれば、子機には何もできまい」
「ありがとうございます! 大佐!」
「ふたりとも援護しろ。私が仕留める。ビットの位置確認を怠るな。落とされるなよ」
シロッコはビーム・ライフルを構え、ジオングタイプに向けて発射した。オーヴェロンのビーム・ライフルは通常の物と比べて、集束率や命中精度が高く、メガランチャー級の高出力ビームを発射かつ連射できる逸品だ。
ビームは一直線に敵機へと向かい、命中する直前で飛散した。
「ふん、やはりか」
敵のジオングタイプは、50mはある大型機である。分類としてはMAになるのだろう。こうした大型機にはIフィールド・バリアが搭載されていることが多かった。
6基のビットがオーヴェロンを囲む。
「操作を分担しようと考える時点で、能力の低さを露呈しているようなものだ」
シロッコはビットを振り切るほどの速度でジオングタイプへと迫った。ビットは慌ててオーヴェロンを追おうとするが、タイタニアから放たれたファンネルにけん制されて近づけない。
敵のジオングタイプは接近戦を嫌い、MA特有の大出力のスラスターで距離を取ろうとしている。
「このオーヴェロンを甘く見てもらっては困るな!」
シロッコが最高傑作と自負するこのオーヴェロンは、そこらのMAを凌駕する推力のスラスターを有している。運動性も高く、各スラスターはあらゆるベクトルに対応しており、MSでありながらMAに近い特性を持つ機体だった。
逃げるジオングタイプ、追うオーヴェロン。その時、大出力のビーム砲がジオングタイプを襲った。
Iフィールドはビーム砲を完全に遮断する防御兵装ではあるが、着弾の衝撃や電磁干渉までもを完全に防げるわけではない。
「良い援護だ、ジュドー」
動きの鈍ったジオングタイプに、オーヴェロンの牙が襲いかかる。ジオングタイプがビームサーベルを抜き、迎撃の構えを取る。サーベル同士がぶつかり合い、火花を散らした。
その直後、オーヴェロンの左手からもう1本のビームサーベルが伸び、ジオングタイプの頭部を貫いた。と同時に、膝部から突き出たビーム刃が腹部を貫く。
「ジオングはコクピットが頭部にあったからな。どちらにしても、これで終わりだ」
己の最期を悟ったグレミーの意識がシロッコの中に流れてくる。
(まだ……終わらん。我々の怒りは、アレースの槌となって、連邦政府を打ち砕くだろう)
漏れ出た推進剤が炎を巻き上げ、主スラスターが断末魔のような咆哮を上げた。そして、巨大な機体は火球となって宇宙に消えた。
その瞬間、6つの意識が宇宙に弾けた。
――守れなかった。グレミー様を守れなかった!
――わたしたちどうなっちゃうの? 今度こそ処分されちゃうの!?
――落ち着けよジェシカ。でもまあ、あの女ならそうするかもな
――所詮あたしら出来損ないだしね
――ふん! どうせ死ぬならあの女に一矢報いてやる! ぶっ殺してやる!
――よく言ったわタケル! あの女に思い知らせてやるのよ! 命はおもちゃじゃないってことをね!
うおおぉぉっ! と雄たけびを上げながら、6つのビットが渦を巻いて火星に向かっていった。
「ふむ。使われるだけの哀れな存在だと思っていたが、最後に意地を見せたな」
シロッコは感心したように呟いた。
イリアとジュドーは、何とも言えない表情を浮かべ、彼らを見送っていた。
火星の向こうに潜む邪悪な影に、3人はまだ気づいていなかった。