ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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13話

「……カムイ。もう、痛むところはない?」

 

マイキャッスルの私室。外界の脅威から完全に切り離されたその空間で、僕の小さな体は、アクアの膝の上にすっぽりと収まっていた。フローラの冷たい指先と、フェリシアの温かい手によって全身の汚れと火傷の熱を拭い去られた後、僕はアクアの腕の中に引き寄せられていたのだ。

 

「うん……みんなのおかげで、すごく体が軽いよ」

 

仰向けになった僕の顔を、アクアが長い髪を揺らしながら覗き込む。彼女から漂う清らかな蓮の香りと、泉の水気を帯びた吐息が、僕の鼻先を優しく撫でた。アクアの細く冷たい指が、僕の額から頬、そして顎のラインをなぞる。

 

「……よかった。あなたの顔色が戻って」

 

彼女の濡れたような唇が、僕の額にそっと触れた。チュッ、という小さな音。それだけで終わらず、彼女の唇は僕のまぶた、そして頬へと、確かめるようにゆっくりと落ちてくる。

 

「あっ……アクア……」

「白夜の太陽も、暗夜の冷たい風も、ここには届かない。……あなたはもう、無理をして光の下を歩かなくていいのよ」

 

彼女の金色の瞳が、至近距離で僕を射抜く。その視線には、同じ日陰を愛する者としての深い共鳴と、僕のすべてをこの深淵に沈めてしまいたいという静かで底知れない独占欲が揺らいでいた。

 

「カムイ様……お着替え、終わりましたよ」

 

背後から、新しい衣服――透魔の意匠を取り入れた、動きやすく肌触りの良い服――を手にしたフェリシアが、僕の肩越しに身を乗り出してきた。彼女の豊かな双丘が、僕の頭にふわりと押し付けられる。

 

「あ、フェリシア、ありがとう。……でも、少し近い、かも……」

「ふふっ。カムイ様から、私たちが用意した甘い花の香りがします……。なんだか、私色に染まったみたいですごく嬉しくて……っ」

 

フェリシアの体温は相変わらず高く、彼女が身を寄せるだけで、僕の体にまた別の熱がじんわりと灯り始める。

 

「フェリシア、カムイ様が息苦しそうです」

 

フローラが静かに歩み寄り、フェリシアをたしなめつつも、僕の首元に新しい服の襟を合わせるふりをして、その凍えそうな指先を僕の鎖骨に滑り込ませた。

 

「……私の冷気、忘れないでくださいね。あなたがどこにいても、私が必ず熱を奪って差し上げますから」

 

四人の甘く、重く、息の詰まるような愛情。白夜と暗夜、両国から「裏切り者」の汚名を着せられた僕にとって、彼女たちが与えてくれるこの濃密な体温と接触だけが、自分が存在していいのだという唯一の証明になっていた。

 

***

 

「――お加減はいかがかな、カムイ様」

 

私室での甘い呪縛からなんとか抜け出した僕は、マイキャッスルの軍議の間へと足を運んでいた。巨大な円卓には、透魔王国の遺跡群の周辺地図が広げられており、甲冑姿のギュンターが静かに僕を待ち受けていた。

 

「うん、もうすっかり良くなったよ。ギュンター、待たせてごめん」

 

僕が円卓につくと、右隣にはアクアが座り、卓の下で僕の左手をそっと握り、自分の冷たい指を絡めてきた。背後には、フローラとフェリシアが護衛としてぴたりと身を寄せて立っている。

 

「まずは、我々の置かれている状況と、今後の戦略目標を明確にしておきましょう」

 

ギュンターは、卓の上の地図を指し示した。

 

「カムイ様は、白夜と暗夜の双方から敵と見なされました。しかし、真の敵は、両国を裏で操り、争わせている『透魔王国』の狂王ハイドラです。我々の最終目標は、その真の敵を討ち、世界に平和を取り戻すこと」

「……そのためには、両国のきょうだいたちの力が必要だわ」

 

アクアが、僕の手を握る力を少し強めながら静かに言った。

 

「白夜と暗夜の戦いを止め、彼らをこの透魔王国へ導き、真実を伝える。……とても困難な道だけれど」

「ええ。ですが、決して不可能ではありません」

 

ギュンターの鋭い眼光が、僕の背後に立つフローラとフェリシアに向けられた。

 

「カムイ様。本来であれば、あの吊り橋から落ちたのは、私とカムイ様、そしてアクア殿の三人だけになるはずでした。戦う力も乏しく、物資もない……絶望的な状況です」

 

ギュンターはそこで言葉を区切り、深く頷いた。

 

「しかし、今回は違う。フローラとフェリシア、そして星界の管理者であるリリス殿が、最初からお側にいる。……これは、戦術・兵站の両面において、計り知れないほどのアドバンテージをもたらしています」

「私たちのアドバンテージ……ですか?」

 

フェリシアが目を瞬かせる。

 

「左様。戦において最も恐ろしいのは、敵の刃ではなく『飢え』と『疲労』です。この星界という絶対の安全地帯をリリス殿が維持してくれているおかげで、我々は常に万全の状態で休息がとれる。さらに、フローラの氷の魔力は食料の長期保存に有効であり、フェリシアには少し……いやかなりそそっかしい面はありますが暗夜のメイドとして仕込まれた暗器の技術と応急処置の知識がある」

「は、はいっ! 戦闘と治療なら、お任せください!」

 

フェリシアが誇らしげに胸を張る。その反動で彼女の胸が僕の背中にぽすんと当たり、僕は内心で少しだけ焦った。

 

「つまり、我々は少数ながらも、すでに『自給自足が可能な独立遊撃部隊』として完成しているのです。これほど心強いことはありません」

 

ギュンターの言葉に、僕の心の中にあった重い不安が、少しずつ希望へと変わっていくのを感じた。

 

「ありがとう、ギュンター。みんながいてくれるから、僕は戦える」

「……ですが、喜んでばかりもいられません」

 

ギュンターが地図の一点を指差す。それは、僕たちが最初に落ちてきた透魔の廃墟周辺だった。

 

「星界から現実の透魔王国へ出撃するためのルート周辺に、実体を持たない『透魔兵』の群れが集結しつつあります。放っておけば、この透魔王国を安全に探索・行軍することができなくなるでしょう。……最初の作戦は、我々の進路を塞ぐ透魔兵を掃討し、安全な行軍ルートを確保することです」

「……分かった。行こう、みんな」

 

僕は夜刀神の柄を握りしめ、立ち上がった。

 

「カムイ様。くれぐれも、ご無理はなさらないでくださいね。あなたが傷つけば……私の氷で、敵を根絶やしにするしかなくなりますから」

 

フローラが僕の首元に冷たい息を吹きかけながら、手にした氷の暗器を弄ぶ。

 

「私がカムイ様のお背中をお守りします! もう、絶対に痛い思いなんてさせませんっ!」

 

フェリシアが僕の腕に自分の腕を絡ませ、その柔らかな熱を押し付けてくる。

 

「私も共に戦うわ、カムイ。……私の歌は、あなたの痛みを溶かし、そして敵の心を狂わせるから」

 

アクアが僕の左手に自分の手を重ね、潤んだ瞳で僕を見つめ上げた。白夜でも暗夜でもない、誰にも語られざる世界。裏切りの汚名を着せられた僕の小さな背中には、もう迷いはなかった。息の詰まるほど重く、甘く、そして頼もしい彼女たちの愛情を背負い、僕は真の敵を討つための最初の戦いへと足を踏み出した――。

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