ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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14話

星界の光の扉を抜け、再び紫色の霧が立ち込める透魔王国の深淵へと足を踏み入れた瞬間、空気がビリッと張り詰めた。

 

「……来ます、カムイ様!」

 

ギュンターの鋭い警告と同時だった。足元の崩れた石畳から瘴気が噴き出し、実体を持たない透魔兵たちが次々と姿を現した。

僕が夜刀神を抜き放とうとしたその時、ひんやりとした冷気が僕の頬を撫でた。

 

「カムイ様は、無闇に剣を振るわないでください。……お怪我が開いてしまいます」

 

スッと僕の前に出たフローラが、氷の暗器を残酷なまでに正確な軌道で放つ。空気を凍らせる破砕音と共に、先頭の透魔兵が氷柱に閉じ込められ霧散していく。

 

「私もいますっ! カムイ様には、指一本触れさせませんっ!」

 

フェリシアが逆側から飛び出し、爆炎の暗器を投擲して敵を的確に燃え上がらせる。ギュンターの豪快な槍捌きも加わり、星界の扉周辺の安全はあっという間に確保された。

 

「ふぅ……終わったね。ありがとう、フローラ、フェリシア」

 

僕が夜刀神を鞘に収めた直後だった。

 

「カムイ様……お顔に、返り血が……っ」

 

フェリシアが、弾かれたように僕の胸元へと飛び込んできた。ドンッ、と彼女の豊かな双丘が押し付けられる。戦闘で上がった彼女の体温はむせ返るほどに高く、甘い汗の香りが僕の鼻腔を痺れさせた。

 

「だめです、お顔が汚れて……私が、綺麗にしますからっ」

 

彼女のエプロンで頬を拭われるが、距離が近すぎる。熱い吐息が唇にかかり、潤んだ瞳が至近距離で僕を射抜く。看病を大義名分にした、暴力的な情欲の押し付けだった。

 

「……フェリシア。あなたが密着しすぎては、カムイ様の熱が上がってしまいますよ」

 

氷のように冷たいフローラの手が、僕の首筋にスッと差し込まれた。

 

「ひゃっ……!」

「汗をかきましたね、カムイ様。……私の冷気で、火照りを鎮めて差し上げます」

 

フローラは背後から僕の体に寄り添い、凍傷の痕が残る指先を鎖骨へと深く滑り込ませた。脈打つ頸動脈に、彼女の氷のような唇がそっと押し当てられる。 背中から注ぎ込まれるフローラの暗い執着と、正面から押し包むフェリシアの熱。

 

「あ……ふたりとも、ちょっと……戦場、だよ……?」

「ここにはもう、私たちしかいません。……それに、あなたを誰にも渡したくないという気持ちは、どこでも変わらないのです」

 

フローラの吐息が耳元をくすぐり、僕は声にならない吐息を漏らした。

そこへ、静かに歩み寄ってきたアクアが、僕の手に自分の冷たい指を絡ませた。

 

「……戦いの熱を冷ますのはこれくらいにして。カムイ、これからのことよ」

 

アクアは真剣な瞳で僕を見つめた。

 

「透魔の真実を伝えるためには、まず白夜と暗夜のきょうだいたちを説得し、協力を取りつけなければならないわ」

「……ああ。そのためには、まず白夜の皆に会いに行こう。言葉を尽くせば、きっと分かってくれるはずだ」

「リリス殿、星界の扉を、白夜王国の国境……『テンジン砦』の周辺へと繋ぐことは可能か?」

 

ギュンターの問いに、リリスが静かに頷き、新たな光の扉を開いた。

***

紫色の霧を抜け、扉から一歩を踏み出した瞬間。 僕の視界は、暴力的なまでの「白」に染め上げられた。

 

「う、あ……っ」

 

容赦なく降り注ぐ、白夜の青空と強烈な太陽の光。透魔の薄暗さに慣れ始めていた僕の体に、それは劇毒のように作用した。 足元がぐらりと揺れ、鉛のような気怠さが全身を蝕んでいく。

 

「カムイ様ッ!」

 

崩れ落ちそうになった僕の体を、両脇からフローラとフェリシアが瞬時に支え上げた。

 

「カムイ様、私の冷気を感じてください。太陽の熱など、私がすべて奪い去って差し上げます」

 

フローラは僕の腰を強く抱き寄せ、もう片方の手で極寒の魔力を空へ放ち、僕たちの頭上に分厚い『氷の天蓋』――巨大な日傘を作り出した。 急激に周囲の温度が下がり、肌を刺していた不快な熱がスッと引いていく。

 

「はぁ……はぁ……ありがとう、フローラ。僕、本当に……お日様が、だめみたいだ……」

「お気になさらないでください。あなたが光に弱ければ弱いほど……私は、あなたのお役に立てるのですから」

 

フローラの瞳の奥底で、嗜虐的とも言える暗い喜びが燃えているのが見えた。

 

「……カムイ。テンジン砦に着いたわ。でも……」

 

アクアの言葉に前を向くと、巨大な砦の門は固く閉ざされ、異様な静寂に包まれていた。

 

「やけに静かだな……誰も、いないのか?」

「よくも抜け抜けと顔を見せられたものですね……裏切り者のカムイ様」

 

ギィィ……と重い音を立てて門が開き、中から現れたのは、白夜の軍師ユキムラだった。彼の背後には、サイゾウやオロチといった精鋭たちが、血走った目で僕を睨みつけている。

 

「! ユキムラさん……」

「……アクア様、貴方も同じです。有事になればあっさり背を向けてしまわれるとは」

「ち、違うんだ、ユキムラさん! 僕たちはこの国を裏切ってなんかいない! 本当の敵は、別にいるんだ!」

 

僕は必死に叫んだ。

 

「だからどうか、話を聞いて……っ」

「無駄ですよ、言い訳など!」

 

ユキムラの怒号が、僕の言葉を冷酷に切り捨てた。

 

「貴方が仲間を見捨て、裏切ったせいでリョウマ様は行方知れずとなり……タクミ様は暗夜に捕らえられてしまったのですよ! ミコト様も……貴方のせいで、私たちの大切な人はみんな……っ!」

「え……リョウマ兄さんと、タクミが……?」

「リョウマ『兄さん』……? まだ家族のおつもりですか」

 

ユキムラの軽蔑しきった視線が、氷の刃となって僕の心臓を抉った。

 

「謝罪の言葉など不要です。私たちはただ、貴方を厳罰に処するのみ。……兵たちよ、裏切り者を捕らえなさい!」

「お前たちのせいで、リョウマ様は……! 絶対に許さんぞ!!」

 

サイゾウが殺気を爆発させ、手裏剣を構えて飛びかかってくる。

裏切り者。 その言葉が、頭の中で何度も反響する。 違う、僕は裏切っていない。みんなを救うためにこの道を選んだのに。 でも、彼らの目には、僕はただの「敵」でしかなかった。

 

「……っ、あ……」

 

太陽の光を遮る氷の天蓋の下で、僕の心は真っ暗な絶望に染まり、膝の力が抜けていく。 同胞と信じた者たちからの、完全な拒絶。

 

「……カムイ様」

 

ガクンと崩れ落ちそうになった僕の背中を、フローラとフェリシアが同時に抱きとめた。

 

「泣かないでください……。あんな奴らの言葉、聞かなくていいんです。カムイ様の本当の優しさは、私たちが一番よく知っていますから……っ」

 

フェリシアは僕の顔を自分の胸元に引き寄せ、その豊かな柔らかさと、ドクドクと脈打つ激しい心音で僕の視界と聴覚を塞いだ。

 

「……ええ。あなたが世界中から憎まれたとしても、私だけは、あなたの熱を奪い、そして守り抜いてみせます。……あの者たちの口は、私が永遠に凍らせて差し上げましょう」

 

フローラが背後から僕を抱きしめ、僕のうなじにその冷たい頬をすり寄せながら、もう片方の手で氷の暗器を構えた。

容赦ない白夜の光の下。 僕は、彼女たちの甘く、重く、そして狂おしいほどの愛情の檻の中で、戦うことの絶望と、「彼女たちに依存するしかない」という残酷な安堵感に、ドロドロに溶かされようとしていた。

 

 

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