ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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17話

風の部族の村は、その名の通り、絶え間なく吹き荒れる空っ風の中にあった。しかし、僕たちに宛てがわれた族長の館の客間だけは、外の喧騒が嘘のように静まり返り、ひどく甘く、そして重たい空気が滞留していた。

 

「……ん……」

 

薄い霊鳥の羽毛で織られた寝台の上。僕が微かに身じろぎをして目を覚ますと、すぐ真横で、薄桃色の髪がふわりと揺れた。

 

「……あ……カムイお兄様。お目覚めになられましたか……?」

 

至近距離。まつ毛が触れ合いそうなほどの距離で、サクラが僕の顔を覗き込んでいた。彼女は僕の右腕に自分の両腕をきつく絡ませ、まるで抱き枕のようにして自身の体を密着させている。視線が交差する。白夜の正義と母の死という絶望から僕の胸の中に逃げ込んだ彼女の瞳は、かつての恥じらいに満ちた妹のそれではなく、僕の存在そのものを貪るような、底知れない熱と依存の色を帯びていた。

 

「サクラ……ずっと、起きてたの?」

「はい……。お兄様の寝息を聞いていないと、また……お兄様が、ふっと消えてしまうのではないかと、怖くて……」

 

サクラの桜色の唇から、甘く熱っぽい吐息が漏れ、僕の首筋を直接撫でる。彼女の小さな手が僕の胸元をそっと探り、心臓の鼓動を確かめるようにぴたりと当てられた。手首から流れ込む治癒の光は、僕の体温を急激に引き上げ、彼女の存在を僕の体の奥底にまで焼き付けようとしているかのようだった。

 

「お兄様の鼓動……温かいです。私、これがないと……もう、息の仕方もわかりません……っ」

「サクラ……っ」

 

彼女の柔らかな膨らみが僕の腕に強く押し付けられ、甘い花の香りが鼻腔を塞ぐ。僕の小さな体は、彼女の情熱的で逃げ場のない治癒の檻に完全に囚われていた。

 

「……サクラ様。そのあたりにしておいてください。カムイ様の熱が上がりすぎてしまいます」

 

静かな、けれど絶対零度の冷気を孕んだ声が、その甘い空間を切り裂いた。寝台の反対側。音もなく歩み寄ってきたフローラが、僕の左側のシーツにスッと膝をついた。

 

「あっ……フローラ……」

「お目覚めですね、カムイ様。……サクラ様の過剰な『治癒』のせいで、少し汗をかいておられる」

 

フローラは手袋を外し、凍傷の痕が残る白く冷たい指先を、僕の額からこめかみへと滑らせた。サクラの熱で火照りきっていた肌に、氷のような冷たさが浸透していく。

 

「ひゃっ……つめ、たい……」

「ええ。私が冷やして差し上げます……。あなたの火照りを奪えるのは、暗夜の闇を知る私だけですから」

 

フローラはサクラへ向けて冷ややかな牽制の視線を投げながら、そのまま指先を僕の頬、顎のライン、そして首筋へとゆっくりと這わせる。彼女の顔が近づき、その冷たい吐息が僕の耳朶を撫でた。

 

「あの……フローラさん。私はただ、お兄様のお体を……っ」

「言い訳は不要です。カムイ様のお世話は、私たちメイドの仕事。……さあ、カムイ様、起き上がれますか?」

 

フローラに肩を抱かれ、僕が身を起こそうとしたその時だった。

 

「お待たせいたしましたーっ! カムイ様、風の部族特製の、滋養強壮のお茶をお持ちしましたっ!」

 

バンッ!と勢いよく襖が開き、お盆を手にしたフェリシアが飛び込んできた。しかし、案の定、敷居に足を引っ掛ける。

 

「きゃあっ!?」

 

お盆が宙を舞い(奇跡的に中身はこぼれなかったが)、フェリシアの体がそのまま寝台の上の僕へと覆い被さってきた。

 

「も、申し訳ありませんカムイ様っ!」

 

ドンッ、と僕の胸の上に、フェリシアの豊かな双丘が強烈な存在感を持って押し付けられる。暗夜のメイド服越しでもわかるその圧倒的な柔らかさと、彼女自身のむせ返るような体温。涙目のフェリシアが至近距離で見つめてくる。彼女の甘い汗の匂いが僕を包み込み、僕の背中はサクラの体に、胸はフェリシアに、そして首元はフローラの冷気に挟まれるという、息も絶え絶えになるほどの極限状態に陥った。

 

「フェリシア、退きなさい。カムイ様が潰れてしまいます」

「ううっ……でも、カムイ様からすごくいい匂いがして、離れがたいです……っ」

「……随分と、賑やかな朝ね」

 

部屋の隅、風通しの良い日陰で静かに本を読んでいたアクアが、パタンと本を閉じて歩み寄ってきた。彼女の金色の瞳が、もつれ合う僕たちを静かに見下ろす。アクアはため息をつくと、フェリシアの襟首を軽く引いて僕から引き剥がし、自らが僕の目の前に座った。

 

「体の具合は? 幻術を解くために、随分と魔力を消耗していたけれど」

「うん、もう平気だよ。サクラがずっと治癒してくれていたし、みんながいてくれたから……」

 

アクアは微かに微笑むと、僕の額に、濡れたような唇でチュッと軽い音を立ててキスを落とした。

 

「さあ、着替えて。……私たちが、あなたをどこまでも支えてあげるから」

 

***

 

族長の館、中央の広間。荒々しい彫刻が施された円卓を囲むように、風の部族の長であるフウガ、客将のリンカ、そして僕の軍師であるギュンターが顔を揃えていた。僕はアクアを隣に、背後にフローラとフェリシア、腕にサクラを絡ませたまま、その席に着いた。

 

「……おい。なんだ、その陣形は」

 

部屋の隅から、呆れたような声が降ってきた。見ると、頭に呪符を巻いた背の低い少年――風の部族の呪い師、ツクヨミが、腕を組んでこちらを睨んでいた。

 

「お前、いくらなんでもそれは異常だぞ。病気なのか?」

「ツ、ツクヨミ殿。これは病気ではなく……」

 

僕が言い訳をしようとすると、フローラがすかさず氷のように冷たい視線をツクヨミに向けた。

 

「子供には分からないでしょうが、カムイ様には私たちの体温と冷気による『調整』が必要不可欠なのです。……それ以上無礼な口を利くなら、その小さな口を凍らせて差し上げますよ」

「こ、子供ではない! 私はれっきとした大人だ! それに……別に、羨ましいわけではないぞ! ふんっ」

 

ツクヨミは顔を真っ赤にしてそっぽを向いたが、その生意気な態度が少しだけ場の空気を和らげてくれた。

 

「……よく休めたようだな、カムイ」

 

フウガが、豪快に笑いながら口を開いた。

 

「はい。フウガ殿、この村に匿っていただき、本当にありがとうございます」

「礼には及ばん。だが、カムイよ。お前たちが世界中から『裏切り者』の汚名を着せられているのは事実。このままでは、各地の諸侯も協力することはなく、ただ討伐の対象として追われるのみだ」

 

ギュンターも深く頷いた。真の敵の存在を伝えるにしても、僕の言葉を信じてくれる大国がなければ、軍は動かせない。

 

「……何か、あてはあるの?」

 

アクアが静かに問うと、フウガが腕を組んで深く頷いた。

 

「ある。……中立国、イズモ公国だ。あそこの公王イザナは、古き神々の血を引く末裔。奴ならば、お前たちの歩む道が真実かどうか、私情を挟まずに見極める力を持っているはずだ」

「イザナ公王……」

 

僕がその名を口の中で反芻すると、サクラが僕の腕をぎゅっと握りしめた。

 

「イザナ様……お母様も、生前よくイズモを訪ねていらっしゃいました。とても不思議で、心優しいお方だと聞いています」

「ああ。イザナに『カムイの道は神意に反していない』と宣言させることができれば、風向きも大きく変わるだろう」

 

フウガが地図の上の、国境付近にあるイズモ公国の位置を指差した。

 

「それに、あの国は涼しくて温泉地としても有名だ。お前のその……少しばかり過剰な護衛の女たちを休ませるのにも、ちょうどいいだろう」

「……よし、決まりですね」

 

ギュンターが力強く頷く。

 

「カムイ様。次の目的地は、イズモ公国。我々の無実を証明するための、重要な布石となります」

「分かった。イズモへ行こう。……フウガ殿、この恩は必ず返します」

 

僕が頭を下げると、フウガは豪快に笑い飛ばした。

 

「恩などいらん! だが、俺が軍を整えて星界へ合流するまでの間、村の若い者を一人、お前たちに同行させよう。……おい、ツクヨミ!」

「はっ、はいっ! 族長!」

「お前が行け。お前のその呪いの力、カムイの助けになるはずだ。……それに、少し外の世界を見て、大人になってこい」

「……わ、分かった。族長がそう言うなら、この私が特別に力を貸してやろう」

 

ツクヨミは咳払いを一つして、僕の方へ歩み寄ってきた。

 

「カムイ。私は成長期だからな、お前の星界とやらで、ご飯はお椀に三杯は食べさせてもらうぞ。……それから、お前は取り囲んでいるその女たちから、たまには離れることも覚えるのだな!」

「あはは……よろしくね、ツクヨミ」

 

こうして、僕たちの次なる目標は定まった。神々の声を聞く公王、イザナが治める中立国イズモへ。

 

「カムイ様、出発の準備を整えましょう。……白夜の太陽の下を歩くのですから、私の氷の結界を、もっと強固に張らねばなりませんね」

 

フローラが僕の首元に冷たい息を吹きかけ、暗く微笑む。

 

「お荷物は私にお任せください! カムイ様は、ただ私に寄りかかっていてくだされば大丈夫ですから!」

 

フェリシアが僕の背中にふわりと抱きつく。

 

「お兄様……私、ずっと……ずっとお兄様から離れませんから……」

 

サクラが僕の腕を胸元にきつく抱き込み、その瞳を甘く濁らせる。

 

「……さあ、行きましょう。光の差さない、私たちだけの深淵を広げるために」

 

アクアが僕の手に、自らの冷たくしなやかな指を絡め、誘うように微笑んだ。彼女たちの重すぎる愛情の重力に囚われたまま、僕はツクヨミという新たな仲間を加え、イズモ公国への道を歩み始めたのだった――。

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