ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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20話

フウマ公国へと続く険しい山道は、白夜のむせ返るような湿気と強い日差しに包まれていた。

「……はぁっ、はぁ……」

 

「カムイお兄様、息が荒いです。もう少し私のほうへ……私に、寄りかかってください……っ」

 

険しい獣道を歩きながら、僕の右腕は完全にサクラの小さな両腕の中に囚われていた。

彼女は僕の腕を自分の胸元――柔らかな双丘の間に深く挟み込み、僕が歩を一歩進めるたびに、その弾力と彼女自身のひどく熱っぽい体温を押し付けてくる。

 

「サクラ、大丈夫だよ……。君も歩きにくくない?」

「いいえ……お兄様の腕を離すほうが、ずっと苦しいですから……」

 

サクラの潤んだ瞳が、僕をねっとりと見上げる。彼女から流れ込む治癒の魔力は、疲労を消し去る代わりに、僕の血管に彼女の存在をドクドクと流し込んでくるような、甘く重い錯覚を引き起こした。

 

「……サクラ殿。カムイ様があなたの熱気で汗ばんでおられます」

 

スッと、左側から氷を纏った手が伸びてきた。

フローラだ。彼女は手袋を外した白く細い指を、僕の首筋から開いた襟元へと容赦なく潜り込ませた。

 

「ひゃっ……ふろーら、冷たっ……!」

「ええ、冷たいですよ。……あなたの熱を奪い、心地よくして差し上げるのは、私の役目ですから」

 

フローラの凍りつくような指先が、僕の鎖骨をなぞり、脈打つ胸元へとゆっくり這い下りる。彼女の顔が僕の耳元に近づき、吐息が鼓膜を直接撫でた。

「白夜の生温い風など、私がすべて遮断して差し上げます。……あなたはただ、私の冷たさだけを感じていればいいのです」

 

右からはサクラの逃げ場のない熱と甘い桜の香り。

左からはフローラの凍てつく愛撫と、暗く冷ややかな独占欲。

僕の小さな体は、二つの極端な温度の板挟みになり、くらくらと理性が溶け出しそうになっていた。

 

「ちょっと、あんたたち! 行軍中に何やってんのさ!」

 

後ろから、鋭い声が飛んできた。タクミの臣下である槍術士、オボロだった。

彼女は鬼のような形相でフローラたちを睨みつけている。

 

「カムイ様もカムイ様だよ! なんで暗夜の女たちにそんなベタベタ触らせてんのさ! サクラ様も、ちょっと距離が近すぎるっていうか……!」

「オボロ、やめとけって。なんかあの人たちの間には、俺たちが入っちゃいけねえ壁がある気がするッス……」

 

ヒナタが引き攣った笑いを浮かべながらオボロを宥めている。

 

「……放っておけ、オボロ」

 

タクミが忌々しそうに舌打ちをした。

 

「あいつが暗夜の女に骨抜きにされようが、僕には関係ない。今はイザナ公王の顔を立てて同行しているだけだ。……それより、血の匂いが濃くなってきたぞ」

 

タクミの言葉に、僕たちを取り巻いていた甘い空気が一瞬にして張り詰めた。

 

「……激しい剣戟の音がします。フウマ公国の中心部……手裏剣と、絡繰の駆動音です」

 

索敵に出ていたフェリシアが、木々の間からふわりと舞い降りて報告した。

 

「間違いありません。サイゾウ殿とユウギリ殿の部隊が、フウマの忍軍に完全に包囲されています!」

「急ごう! 二人を助け出さないと!」

 

僕は夜刀神を引き抜き、急斜面を一気に駆け下りた。

 

***

 

フウマ公国の隠れ里は、凄惨な戦場と化していた。

 

「おのれ、コウタロウ……! カゲロウを攫い、白夜を裏切って暗夜の狗に成り下がったか!」

 

サイゾウが血塗れの手裏剣を構え、周囲を取り囲む無数のフウマ忍たちを睨みつける。彼の体にはすでに何本ものクナイが刺さり、息も絶え絶えだった。

 

「ああ……なんという数の敵。素晴らしいですねぇ、すべて私の獲物ということですか……ふふっ、血が騒ぎます」

 

金鵄に乗ったユウギリが、恍惚とした笑みを浮かべながら薙刀を振るうが、多勢に無勢、地に落とされようとしていた。

 

「ふん。白夜の忍目、ここで死に絶えよ。カゲロウは我がフウマが白夜に成り代わるための人質だ」

 

フウマ公国の長、コウタロウが冷酷に笑い、サイゾウの首を刎ねるべく刃を振り上げた。

 

「そこまでだッ!」

 

空気を引き裂く鋭い音と共に、光り輝く風の矢がコウタロウの足元を強かに射抜いた。

 

「ぬうっ!? なんだ!」

「サイゾウ! ユウギリ!」

 

僕が叫びながら乱戦の中に飛び込む。

 

「カ、カムイ……!? なぜ貴様がここに!」

 

サイゾウが驚愕に目を見開く中、僕は夜刀神を振るって彼を取り囲む忍たちを次々と峰打ちで薙ぎ払った。

 

「カムイ様ッ! 背後はお任せを!」

 

僕の死角から襲い来る鎖鎌を、フローラの氷の暗器が正確に弾き飛ばし、そのまま敵の足元を凍結させる。

 

「私もいますっ! ええいっ!」

 

フェリシアが踊るようなステップで敵陣を攪乱し、爆炎の暗器で煙幕を張り巡らせる。彼女たちの完璧な護衛陣形――異常なまでの過保護なバタフライエフェクトによって、僕の小さな体には敵の刃一つ届かない。

 

「タクミ様!? サクラ様まで!」

 

ユウギリが驚きの声を上げる。

崖の上から、風神弓を構えたタクミと、オボロ、ヒナタが一気に雪崩れ込んできた。

 

「オボロ、ヒナタ! ユウギリたちを援護しろ! 僕は後方から敵の指揮官を射抜く!」

「承知ッス!」

「任せな、暗夜の狗ども!」

 

「バ、バカな……! 白夜の王子たちに、なぜ暗夜の裏切り者が加勢しているのだ!?」

 

コウタロウが狼狽え、後退しようとする。

 

「逃がさないよ、コウタロウ! カゲロウはどこだ!」

 

僕は一気に距離を詰め、コウタロウの刃を夜刀神で絡め取ると、柄で彼のみぞおちを強打した。

 

「がはっ……!」

 

コウタロウが崩れ落ちる。長が討ち取られたのを見たフウマの兵たちは、一斉に戦意を喪失し、武器を捨てて降伏した。

 

「……助太刀には感謝する。おかげで、奥の牢に捕らえられていたカゲロウも無事に救出できた」

 

戦闘が終わり、傷ついたカゲロウを助け起こしながら、サイゾウが僕の方へと歩み寄ってきた。しかし、その手にはまだ警戒を解かずにクナイが握られている。

 

「だが、お前はミコト様を……白夜を裏切った男だ。サクラ様を人質にとり、今度は俺たちに何の用だ?」

「サイゾウ、武器を収めろ」

 

タクミが歩み寄り、サイゾウの前に立った。

 

「タ、タクミ様! なぜ、この裏切り者と行動を共にしているのです!」

「イザナ公王の神託が下った。……カムイの道は、白夜に仇なすものではないと。そして、こいつは実際に、見返りも求めずお前たちとカゲロウを救った」

 

タクミは僕を横目で睨みながらも、はっきりとそう告げた。

 

「まだ完全に信用したわけじゃない。だが、今は白夜の戦力をこれ以上減らすわけにはいかない。お前も、ユウギリも、カゲロウも……一時的に、こいつの軍に身を置け」

「……タクミ様がそう仰るのなら。俺は主君の命に従うまで」

 

サイゾウは渋々といった様子でクナイを収めた。

 

「あらあら、私は構いませんよ? カムイ様のもとにいれば、またこうして……たくさんの血湧き肉躍る戦いが楽しめそうですからね」

 

ユウギリは頬の返り血を拭いながら、妖しく微笑んだ。

 

「……終わったね」

 

張り詰めていた空気が緩み、僕が夜刀神を鞘に収めた瞬間だった。

 

「カムイ様っ!」

 

ドスッ!という音と共に、背後からフェリシアが凄まじい勢いで僕に抱きついてきた。

 

「わっ……フェリシア!」

「ああ、カムイ様! お怪我はありませんか!? 私、カムイ様のお背中を守りきれましたか!?」

 

戦いの興奮で火照ったフェリシアの体が、僕の背中を完全に覆い尽くす。彼女の豊かな胸が背骨に押し付けられ、甘く汗ばんだ香りがむせ返るように僕を包み込む。

 

「フェリシア……ちょっと、苦しい……」

「だめです、まだ心臓がドキドキしています……カムイ様の体温を感じていないと、私……っ」

「……フェリシア。あなたが密着しすぎて、カムイ様が息苦しそうですよ」

 

正面から、フローラが静かに歩み寄り、僕の頬を両手で挟み込んだ。

 

「んっ……」

「戦いの熱で、お顔が火照っておいでです。……私が、綺麗に冷やして差し上げます」

 

フローラの顔が近づき、彼女の氷のように冷たい唇が、僕の額、そして火照った頬にちゅっ、と音を立てて触れた。

 

戦場で、しかも白夜の将たちの目の前での、あからさまな口づけ。

僕の顔が一気に朱に染まる。

 

「なっ……!? き、貴様ら、白昼堂々何を……ッ!」

 

サイゾウが目を見開き、オボロは顔を真っ赤にして「ふしだらなッ!」と目を逸らした。タクミは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえている。

 

「お兄様から離れてくださいッ!」

 

そこへサクラが割って入り、僕の腕を奪い返すようにきつく抱きしめた。

「お兄様の熱は、私が治癒します! 暗夜の冷たい氷なんて必要ありませんっ!」

サクラは僕の胸に顔を埋め、まるで自分の縄張りを主張するように、その甘い香りを僕の衣服に擦り付けてくる。

 

「……随分と、愛されているのね。カムイ」

 

少し離れた場所から、アクアが静かに歩み寄ってきた。

彼女の金色の瞳は、僕を絡め取る三人の少女たちを一瞥した後、真っ直ぐに僕の目を見つめた。

アクアはスッと細い指を伸ばし、僕の唇の端についたわずかな土埃を、彼女自身の冷たい指の腹でゆっくりと拭い去った。

 

「あ……」

 

ただそれだけの、静かな接触。なのに、彼女の指先から伝わる水のような冷気と、視線の奥にある絶対的な支配欲が、僕の背筋に一番強い電流を走らせた。

 

「さあ、星界(マイキャッスル)へ戻りましょう。……あなたには、深い休息が必要よ」

 

フウマ公国を平定し、新たな同盟者を得た戦場の真ん中で。

僕は、彼女たちの逃げ場のない愛憎と独占欲の鎖にがんじがらめにされながら、ただ頷くことしかできなかった。

僕の心に築かれていた防壁は、彼女たちの極端な体温と吐息の前に、とうの昔にドロドロに溶け落ちてしまっていたのだ。

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