ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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23話

凍てつく海風が吹き荒れる甲板の上。

暗夜の第一王女・カミラの放つ、むせ返るような甘い香水と血の匂いが、氷の冷気を塗り潰すように僕たちを包み込んでいた。

 

「カムイ……私の、可愛いカムイ……」

 

カミラ姉さんは、手にしていた禍々しい愛斧をゆっくりと持ち上げた。

紫色の瞳孔は極限まで開かれ、僕の背後に立つサクラや、両脇を固めるフローラとフェリシアを、まるで羽虫でも見るかのような冷酷な視線で射抜く。

 

「お姉ちゃんの大切な宝物をたぶらかした、泥棒猫ちゃんたち……。安心なさい、苦しむのは一瞬よ。あなたたちの首を綺麗に刎ねて、この暗くて冷たい海の底へ沈めてあげる」

「カムイ様に指一本、触れさせません……ッ!」

 

フローラが一歩前に出た。彼女の白く透き通るような指先から、周囲の海風すらも凍りつくような絶対零度の冷気が放射され、分厚い氷の防壁が僕たちの前に展開される。

 

「あら、フローラ? フェリシアも。暗夜のメイドでありながら、私に刃を向けるのね……ふふっ、本当に悪い子。でも、あなたたちのその程度の氷で、私の愛が止められるかしら?」

 

カミラ姉さんが斧を無造作に振り下ろした瞬間。

凄まじい衝撃波が甲板を駆け抜け、フローラの氷壁がガラスのように粉々に砕け散った。

 

「きゃあっ!」

「フローラお姉様ッ!」

 

砕けた氷の破片が舞う中、さらに濃い霧の中から、暗夜の軍船が僕たちの船に横付けするように現れた。

 

「隙だらけよ、裏切り者ッ!!」

 

頭上から、鋭い声と共に赤いツインテールの影が降ってきた。

カミラ姉さんの臣下であり、凄腕の傭兵――ルーナだ。彼女は僕ではなく、体勢を崩したサクラとフローラを標的にして、鋭い剣を振り下ろしてきた。

 

「サクラッ! フローラ!」

 

僕は考えるより先に、小さな体をバネにして飛び出した。

夜刀神を抜き放ち、ルーナの剣を横から下からかち上げるようにして弾き飛ばす。

 

「ッ……!? な、なにっ!」

 

空中で武器の軌道を逸らされたルーナは、バランスを崩して甲板へと落下してきた。僕は彼女が怪我をしないよう、咄嗟に夜刀神を捨てて、彼女の体を受け止めようと両手を広げた。

 

ドンッ!という鈍い音と共に、ルーナの体が僕にぶつかる。

 

「うわっ……!」

 

彼女の勢いを殺しきれず、僕は甲板の冷たい板の上に仰向けに倒れ込み、僕の上にルーナが馬乗りになる形で重なった。

 

「い、痛ぁ……ちょっと、なんなのよアンタ! バカじゃないの!?」

 

ルーナが顔をしかめながら、僕の胸ぐらを掴み上げる。

 

しかし、その直後。彼女の怒気に満ちた赤い瞳が、至近距離で僕の目と真っ直ぐに交差した。

 

「……ルーナ、怪我は……ない?」

「へ……?」

 

ルーナの動きが、ピタリと止まる。

彼女の顔と僕の顔は、互いの鼻息がかかるほどに近い。僕の小さな体の上に乗り上げているため、彼女のしなやかな太ももが僕の脇腹をぎゅっと挟み込み、革の鎧越しでも彼女の温かい体温と、微かに甘い女の子の匂いが伝わってくる。

 

敵である自分を斬るのではなく、身を挺して受け止めた僕の行動。

そして、下から見上げてくる僕の瞳に一切の敵意がないことに気づき、ルーナの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。

 

「な、ななな……っ! アタシを子ども扱いしてんじゃないわよっ! べ、別にアンタに助けられなくたって……っ」

「ごめん、でも……君を傷つけたくなかったんだ」

 

僕が静かに告げると、ルーナは「っ……!」と息を呑み、掴んでいた僕の服からスッと力を抜いた。彼女の心臓が、僕の胸板越しにドクドクと激しく早鐘を打っているのがわかる。敵陣の真ん中だというのに、彼女の視線は僕の唇から離せなくなっているようだった。

 

「……ルーナ。私のカムイに、何をしているのかしら?」

 

その時、地獄の底から響くような、甘く、そして決定的に冷たい声が降ってきた。

カミラ姉さんだった。

彼女は愛斧を引きずりながら、僕たちを見下ろしていた。その紫色の瞳には、嫉妬という言葉では片付けられない、ドロドロとした暗黒の殺意が渦巻いている。

 

「ひぃっ!? カ、カミラ様! これは違くて、アタシはただ……!」

 

ルーナが慌てて僕の上からどこうとした瞬間。

 

「……ユウギリ! サイゾウ!」

 

少し離れた場所から、タクミの鋭い声が響いた。

 

「空の飛竜どもは僕たちが落とす! その隙に、カムイ! カミラを捕らえろ!」

 

タクミの風神弓が唸りを上げ、暗夜の飛竜たちを次々と牽制していく。

その中の一騎――無表情な暗殺者ベルカの飛竜に、タクミの矢が迫る。

 

「……白夜の王子。隙あり」

 

ベルカは空中で竜から飛び降り、タクミの死角を取って手斧を振り下ろすが、

 

「舐めるなッ!」

 

タクミが弓を盾にしてそれを受け止め、二人の間で火花が散った。

 

「アクア! サクラ!」

 

僕の叫びに、後方で待機していた二人が動いた。

サクラが祈りの杖を掲げ、風を操ってカミラ姉さんの足元に吹き付ける。そして、アクアが海へ向かって清冽な歌声を響かせた。

 

『ユラリ ユルレリ……』

 

アクアの歌に呼応して、凍てつく海の海水がうなりを上げ、巨大な水の触手となってカミラ姉さんへと襲いかかった。

 

「あら……? 小賢しい真似を……」

 

カミラ姉さんが斧で水を斬り裂こうとするが、

 

「……私の、冷気を!」

 

フローラがその水に極寒の魔力を叩き込んだ。

一瞬にして海水は分厚い氷の檻へと姿を変え、カミラ姉さんの斧と、その豊満な体を甲板に縫い止めた。

 

「カミラ姉さんっ!」

 

僕は立ち上がり、氷の檻に囚われたカミラ姉さんの元へと駆け寄った。

 

「……カムイ? お姉ちゃんを、こんな氷に閉じ込めて……どうするつもり?」

 

氷に四肢を封じられながらも、カミラ姉さんは微塵も焦る様子はなく、ただ艶然と微笑んでいた。

 

「僕たちの軍に、来てほしいんだ。姉さんたちの力が必要なんだ」

「……ふふっ。お姉ちゃんを『捕虜』にするのね? いいわよ、お姉ちゃんはいつでもカムイのものだもの。……でもね」

 

パキンッ!

カミラ姉さんが少し力を込めただけで、フローラの氷の檻にひびが入った。

 

「あなたが私を捕まえるんじゃないわ。……私が、あなたを捕まえるの」

 

バキィィンッ!!

氷の檻を内側から粉砕したカミラ姉さんが、その反動を利用して、僕の小さな体を正面から抱きすくめた。

 

「わっ……!」

 

ドンッ、と。

彼女の圧倒的に豊満な胸の谷間に、僕の顔がすっぽりと埋められる。

氷の檻の中にいたとは思えないほど、彼女の体は異常なほどに熱かった。硬い漆黒の鎧の感触の奥にある、むせ返るような柔らかさと、沸騰するような熱。彼女の甘い香水の匂いが、肺の奥深くまで侵入してくる。

 

カミラ姉さんの長い腕が僕の背中に回り、骨が軋むほどの強い力で、決して逃がさないとばかりに抱きしめられた。

 

「あぁ……カムイ……私のカムイ。ずっと、こうして抱きしめたかったのよ……」

「姉、さん……熱い、苦し、い……っ」

「いいのよ、このままお姉ちゃんの胸の中で、ドロドロに溶けてしまえばいいわ……。もう誰にも、あなたを渡さない。白夜の虫けらにも、あの生意気なメイドたちにも……」

 

カミラ姉さんの熱い唇が、僕の耳たぶを甘く噛むように擦り寄る。

彼女の吐息は、凍てつく海の寒さを完全に狂わせるほどに熱く、そして重かった。

 

「降参するわ、カムイ。お姉ちゃんを、あなたの好きにしていいのよ……? その代わり、あなたのすべては……私のものだからね……?」

 

僕の小さな体は、彼女の歪んだ母性と暴力的なまでの肉体の海に完全に飲み込まれ、身動き一つとれなくなっていた。

 

「カミラ様ッ! カムイ様から離れてくださいッ!」

 

フローラとフェリシアが、嫉妬と焦燥に顔を歪めて駆け寄ってくる。

 

「お兄様……だめ、お兄様は私の……私のなのにっ……!」

 

サクラが涙目になりながら、カミラ姉さんの腕から僕を引っ張り出そうとすがりつく。

 

「……ちょっと、なんなのよこれ……」

 

先程まで僕の下敷きになっていたルーナは、顔を真っ赤にしたまま、その異様な光景を呆然と見つめていた。僕の温もりがまだ体に残っているのか、彼女は自分の腕をそっと抱きしめ、視線を泳がせている。

ベルカもタクミとの交戦を止め、「カミラ様が降伏したのなら、私も刃を引く」と無表情に武器を下ろした。

 

凍てつく海での激突は、カミラ姉さんを「捕虜」にするという形で幕を下ろした。

しかしそれは、彼女の逃げ場のない狂気的な愛情という、最も恐ろしく、そして甘い呪縛を、自ら拠点(マイキャッスル)の奥深くへと招き入れることを意味していたのだった――。

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