シヴァリエ公国の凍てつく海風を避けるため、僕たちは鹵獲した暗夜の軍船の船室へと身を寄せていた。
外は吐く息も凍るほどの極寒だというのに、船長室として宛てがわれた狭い空間は、むせ返るような甘い香水と、異常なまでの熱気に支配されていた。
「……はぁっ……カムイ、私の可愛いカムイ……」
僕の小さな体は、完全に「捕虜」であるはずのカミラ姉さんの腕の中に囚われていた。
彼女は長椅子に深く腰掛け、僕を自分の膝の上に抱き抱えるようにして座っている。漆黒の鎧は外され、ゆったりとした薄絹の衣服に着替えた彼女の、圧倒的に豊満な双丘が僕の背中と後頭部に容赦なく押し付けられていた。
「姉さん……苦し、いよ……。一応、姉さんは僕たちの捕虜ってことに……」
「ふふっ。お姉ちゃんは、あなたが私を『欲しい』って言ってくれたから、喜んであなたの鎖に繋がれてあげたのよ? だから、こうしてずっと……お姉ちゃんの体温で、あなたの芯まで温めてあげるの」
カミラ姉さんの長い腕が僕の腰に絡みつき、骨が軋むほどの強い力で抱きしめられる。彼女の熱っぽい吐息が僕の耳朶を甘く撫で、くすぐったさと背徳的な快感が背筋を駆け抜けた。
僕の存在を自分の中に溶かしてしまおうとするような、暗く、重く、底知れない母性と独占欲。彼女の鼓動が僕の背中越しにドクドクと伝わり、僕の呼吸までもが彼女のペースに飲み込まれそうになっていた。
「……カミラ様。いくら姉君とはいえ、カムイ様にそこまで密着するのは感心しません。カムイ様が熱を出してしまいます」
スッと、氷のように冷たい声が響き、僕の頬にひんやりとした指先が触れた。フローラだ。
彼女はカミラ姉さんの威圧感にも一歩も退かず、手袋を外した白く透き通るような指で、僕の火照った頬から首筋へと、ねっとりと這わせるように冷気を流し込んできた。
「ひゃっ……ふろーら……」
「……お可哀想に。こんなに熱くされて。私の冷気で、その毒のような熱を綺麗に奪って差し上げますからね……」
フローラは僕のうなじに顔を近づけ、その冷たい唇でちゅっ、と音を立てて僕の肌に触れた。氷のような口づけが、逆に僕の体内にゾクゾクとするような別の熱を生み出していく。
「あら……生意気なメイドね。私のカムイに、勝手に氷の印をつけないでくれるかしら?」
カミラ姉さんの紫色の瞳がスッと細められ、室内の空気がビリッと張り詰めた。
「お、お兄様から離れてくださいッ!」
そこへ、サクラが泣きそうな顔で飛び込んできた。彼女は僕の右腕を力強く掴み、自分の柔らかな胸元へと強引に引き寄せる。
「お兄様のお怪我や疲れは、私が治癒します! 暗夜の……その、過激なことは、お兄様には早すぎますっ!」
サクラの小さな手から、ひどく熱を帯びた桜色の光が流れ込んでくる。母を失い、僕という存在にすべてを依存しきった彼女の治癒は、もはや純粋な祈りではなく、僕の体の隅々にまで自分の痕跡を刻み込もうとするような、ひどく執着に満ちた熱を帯びていた。
「私もいますからねっ! カムイ様、お茶をお持ちし……きゃあっ!?」
バンッ、と扉を開けて入ってきたフェリシアが、案の定、敷居に足を引っ掛けて派手に転んだ。
「わっ……フェリシア!」
ドサリ、とフェリシアの体が僕の足元に倒れ込み、彼女の豊かな太ももと柔らかな胸が僕の膝に強く押し付けられる。
「あううっ……申し訳ありませんっ! でも、カムイ様のお膝、すごく安心します……っ」
背後からはカミラ姉さんの逃げ場のない溺愛。
右からはサクラの重すぎる依存の熱。
左からはフローラの凍てつく愛撫と独占欲。
下からはフェリシアの無自覚で暴力的なまでの密着。
僕の小さな体は、四人の少女たちの極端な温度差と、それぞれのどろどろとした愛情の引力に完全に絡め取られ、頭の芯が甘く痺れて溶け落ちそうだった。
「……ちょっと、アンタたち。アタシたちのカミラ様を差し置いて、随分と勝手な真似してくれてんじゃないの……っ!」
その息の詰まるような密室に、赤いツインテールを揺らして一人の少女が踏み込んできた。
カミラ姉さんの臣下であり、凄腕の傭兵――ルーナだ。
彼女は腰に手を当てて怒鳴り込んできたものの、僕と視線が交差した瞬間、ピタリと動きを止めた。
先程の甲板での戦い。宙から落ちてきた彼女を、僕が剣を捨てて下敷きになって受け止めた時の記憶が蘇ったのだろう。
「る、ルーナ……怪我は、なかった?」
僕がカミラ姉さんの腕の中から、息も絶え絶えに問いかけると、ルーナの顔が耳の先まで一気に真っ赤に染まった。
「なっ……! べ、別にっ! アタシは一流の傭兵なんだから、アンタなんかに庇われなくたって平気だったんだからねっ!」
強がる彼女の言葉とは裏腹に、その視線は僕の顔から離れず、落ち着きなく彷徨っている。
「でも……その、あんた……苦しくないの? カミラ様だけじゃなく、そんなに周りからベタベタされて……」
ルーナが一歩、僕の方へ近づいてくる。
「……アタシが、少し代わってあげようか? ほら、アンタ、アタシの下敷きになって怪我してるかもしれないし、アタシがちゃんと見てあげるから……っ!」
ルーナはツンケンした態度を取りながらも、その手は僕の服の裾をそっと掴み、ほんの少しだけ僕を自分のほうへ引き寄せようとしていた。彼女から漂う、微かに甘い女の子の匂いと、不器用な優しさ。
「……あらルーナ。私のカムイに、随分と興味があるのね?」
カミラ姉さんがクスリと笑うと、ルーナは「ひぃっ! ち、違いますカミラ様!」と飛び上がって後ずさった。
「……そこまでにしておけ。軍議を始めるぞ」
部屋の入り口に、冷ややかな視線を向けるタクミが現れた。その後ろには、静かに寄り添うアクアと、険しい顔をしたギュンター、そしてタクミを無表情で見つめる暗殺者・ベルカの姿があった。
「……話を戻しましょう」
アクアが、その透き通った声で場を静めた。彼女は僕の真正面に歩み寄ると、僕を縛り付ける少女たちを一瞥し、そして僕の瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「カミラ姉様と、ルーナ、ベルカの部隊が自ら降伏し、私たちの軍に加わることになった。……でも、彼女たちをどう配置するかが問題よ」
「それについては、私が進言いたします」
ギュンターが重々しく口を開いた。
「カミラ様の部隊は、あえて我が軍の『先頭(前衛)』に配置すべきです。万が一の寝返りや暴走の際、後方にいられては対処が遅れます」
「うふふっ……いいわよ。お姉ちゃん、愛するカムイのためなら、どんな敵でも先陣を切って血祭りにあげてみせるわ。……それに、私が先頭にいれば、カムイが傷つくことは絶対にないもの」
カミラ姉さんが僕の首筋に頬を擦り寄せながら応えた。
「決まりね」
アクアが静かに頷く。
「私たちはこのまま、星界(マイキャッスル)には戻らず、次の目的地へ進軍するわ」
「……次の目的地は?」
「凍った海を越えた先にある中立の港町、『アミュージア』へ向かいます」
ギュンターが手元の地図を広げた。
「そこで物資の補給と情報収集を行いつつ、各地の諸侯に我々の大義を示さねばなりません。……それに、白夜の主力軍や、リョウマ殿の動向も気になりますからな」
「アミュージア……」
新たな地の名前に、僕の鼓動が少しだけ早くなる。
「大丈夫よ、カムイ」
アクアが細く冷たい指を伸ばし、僕の頬をそっと撫でた。
「私たちが、あなたをどこまでも導いてあげるから」
「お姉ちゃんも、ずっと一緒よ。……ふふっ、夜の営みも、戦場も、ね」
カミラ姉さんが僕の耳元で甘く囁き、首筋にちゅっと熱い口づけを落とす。
「カ、カミラ様ッ! それ以上は許しません!」
「カムイ様は私のものですっ!」
フローラとサクラが激しく抗議し、フェリシアが「私も負けませんっ!」とさらに体を押し付けてくる。
ルーナは「も、もう! アタシも……アタシだって、そのうち……っ!」と顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいた。
彼女たちの重く、甘く、息の詰まるような愛憎と執着の渦に完全に囚われたまま。
僕たちは休むことなく、新たな出会いと見えざる敵の破壊が待ち受ける港町アミュージアへと、凍てつく海を背に出陣するのだった――。