ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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25話

シヴァリエ公国の凍てつく海を越え、僕たちは陸路で南下を続けていた。

目指すは、かつて芸術と音楽で栄えたという中立の港町、アミュージア。

 

ギュンターやアクアの進言により、軍の前衛には、降伏したばかりのカミラ姉さんとルーナ、ベルカの部隊が配置されている。万が一の寝返りを防ぐための監視という名目だったが、その実態は、僕の精神をじわじわと甘く侵食する「終わらない包囲網」の様相を呈していた。

 

「……はぁっ、はぁ……」

 

起伏の激しい山道を歩く僕の小さな体は、汗でじっとりと濡れていた。

 

「……カムイ。お疲れのようね。少し休む?」

 

前衛にいるはずのカミラ姉さんが、いつの間にか隊列を離れ、僕のすぐ隣を歩いていた。彼女は妖艶な微笑みを浮かべながら、手甲を外した滑らかな指先で、僕の額に浮かんだ汗をそっと拭う。

 

「カ、カミラ姉さん……先頭にいなくて大丈夫なの?」

「うふふっ。お姉ちゃんは、可愛いカムイの顔が見えないと不安で死んでしまいそうなの。……ほら、こんなに汗をかいて。お姉ちゃんの胸で、少し休んでいきなさいな」

 

カミラ姉さんは僕の肩を抱き寄せ、その圧倒的に豊満な双丘の谷間へと、僕の顔を強引に引き込んだ。

 

「んっ……!」

 

むせ返るような甘い香水の匂いと、鎧の下から伝わる柔らかな熱。歩みを止めることなく、僕の頭は彼女の胸にすっぽりと埋め込まれ、呼吸をするたびに彼女の体臭と体温が肺の奥深くまで入り込んでくる。

 

「……カミラ様。いくらお姉様とはいえ、行軍中にカムイ様に過剰に触れるのはおやめください。カムイ様が息苦しそうです」

 

スッと、氷のように冷たい声が割って入った。

左側から歩み寄ったフローラが、僕の首筋にその凍えそうな指先を滑り込ませたのだ。

 

「ひゃっ……ふろーら……っ」

「……汗ばんだ肌に風を当てると風邪を引きます。私の冷気で、表面の熱だけを心地よく奪って差し上げますから……」

 

フローラの指が、僕の鎖骨から衣服の奥深くへとねっとりと這い下りる。カミラ姉さんのむせ返るような熱と、フローラの背筋を凍らせるような冷たい愛撫。

 

「だ、だめですッ! お兄様のお疲れは、私が治癒しますからっ!」

 

そこへサクラが右腕にすがりつき、僕の腕を自身の柔らかな胸元にきつく抱き込んだ。彼女から流れ込む桜色の魔力が、僕の体温をさらに引き上げ、彼女の存在を血肉に刻み込もうとしてくる。

 

「私もいますっ! カムイ様、私がおぶって差し上げましょうか!?」

 

フェリシアが背後から僕の背中にぽすんとぶつかり、その豊かな体を押し付けてくる。

 

「ちょっと……アンタたち、行軍中によくそんなベタベタできるわね……っ」

 

前衛から振り返ったルーナが、顔を真っ赤にして僕たちを睨みつけていた。

 

「ル、ルーナ……ごめん、僕もどうにかしたいんだけど……」

 

僕がカミラ姉さんの胸の谷間から助けを求めるように視線を送ると、ルーナはビクッと肩を震わせ、さらに顔を赤くした。

 

「べ、別にアタシは気にしてないわよっ! アタシは一流の傭兵だから、アンタが誰に甘やかされてようが……そ、その……っ。でも、もしアンタがどうしてもっていうなら……ア、アタシが手を引いてあげなくもないわよっ!」

 

ツンケンした態度を取りながらも、ルーナはそっと手を差し伸べようとしてくる。

その不器用な優しさに僕が微笑みかけた瞬間、カミラ姉さんの紫色の瞳がスッと細められ、僕を抱きしめる腕の力がギリッと強くなった。

 

「……ルーナ? あなた、私のカムイに色目を使っているのかしら? 悪い子には、お仕置きが必要ね……?」

「ひぃっ!? ち、違いますカミラ様ッ!」

 

「……前方、アミュージアです。しかし、様子がおかしい」

 

タクミの鋭い声が、その息の詰まるような甘い修羅場を断ち切った。

彼と並んで前方を警戒していたベルカが、無表情のまま頷く。

 

「……街が、ひとりでに壊れている」

 

僕たちが丘の上から見下ろしたアミュージアの都は、恐ろしい光景に包まれていた。

美しい彫刻や劇場が、兵士が戦っているわけでもないのに、次々と破壊され、崩れ落ちていく。そして、街全体が透魔王国特有の禍々しい瘴気に覆われている。

 

「そこの人たち……来ちゃ……ダメだ……」

 

重傷を負って倒れていたのは、狼のような姿の獣人(ガルー)と、狐の尾を持つ獣人(妖狐)だった。

 

「わわっ……! し、しっぽの生えた人がいます……!」

「サクラ、早く治癒を!」

 

サクラの祓串の光が彼らを包み込み、傷がみるみるうちに癒えていく。

 

「へへ……生き返った気分だ。俺はフランネル。こっちはニシキだ」

「ありがとう、親切な人! この恩は必ず返すよ!」

 

彼らは立ち上がると、信じられないことを口にした。

 

「この街は危険だ。誰もいないのに、建物がどんどん壊れていくんだ! 俺たちも止めようとしたんだけど、姿の見えない……人みたいな奴に攻撃されちまって」

「姿の見えない人……やっぱり、透魔兵ね」

 

アクアが静かに呟き、僕も頷いた。

 

「彼らには、あのバケモノの姿が見えていないんだ」

「助けよう! 彼らのためにも、この街を壊させるわけにはいかない!」

 

僕は夜刀神を引き抜き、丘を駆け下りた。

 

「カムイ様ッ! 私がお供します!」

「お姉ちゃんも行くわよ、カムイ!」

 

僕の小さな体を守るように、カミラ姉さん、フローラ、フェリシア、ルーナが同時に飛び出す。サクラも祈りの杖を掲げ、僕の背中にぴったりとついてくる。

 

「タクミ、ベルカ! 上空の警戒を頼む!」

「言われなくとも!」

「……了解」

 

「……アクア! 歌を!」

「ええ。……私の声で、幻を打ち払うわ」

 

アクアが戦場の中央に進み出、その清冽な歌声を響かせた。

 

『ユラリ ユルレリ…… 泡沫の……』

 

水滴が広がるような歌声の波紋が、アミュージアを覆う紫の瘴気を一気に晴らしていく。

それと同時に、今まで彼らには見えていなかった透魔兵たちの醜悪な実体が、白日の下に晒された。

 

「なんだこいつら!? バケモノじゃねえか!」

 

フランネルが驚きの声を上げる。

 

「姿が見えればこっちのものだよ! さあ、反撃だ!」

 

ニシキが九つの尾を逆立て、一気に敵陣へと飛び込んだ。

 

「僕たちも続くよ!」

 

僕は夜刀神の鋭い斬撃で透魔兵の胴体を両断する。そのまま流れるような動きでルーナの背中を守り、彼女の剣が敵の急所を突くのを援護した。

 

「……っ、ありがと、カムイ! ア、アタシ一人でもやれたけどね!」

 

ルーナが顔を赤くしながら背中合わせに叫ぶ。

 

その直後、カミラ姉さんの巨大な愛斧が、僕たちに群がろうとしていた透魔兵をまとめて粉砕した。

 

「うふふっ……私のカムイに触れようとした罪、万死に値するわ。粉々になって消えなさい」

 

圧倒的な連携と、見えない敵を可視化した僕たちの力の前に、透魔兵の群れはあっという間に霧散し、全滅した。

 

「……ふぅ。終わったね」

 

僕が剣を収めると、戦いの熱も冷めやらぬうちに、カミラ姉さんが背後から僕を力強く抱きしめた。

 

「よく頑張ったわね、カムイ。お姉ちゃん、あなたの凛々しい姿に……もっともっと、あなたが欲しくなっちゃったわ」

「カミラ様ッ! カムイ様にベタベタしないでくださいッ!」

 

フローラが冷気を纏いながら牽制し、サクラが僕の腕を奪還しようと引っ張る。ルーナは「も、もう! アタシも混ぜ……じゃなくて、少しは離れなさいよ!」と地団駄を踏んでいる。

 

「……おや?」

 

そんな僕たちの異様な光景を見て、フランネルが鼻をヒクヒクと動かしながら近づいてきた。

 

「お前……暗夜の王族の格好をしてるが、暗夜の腐った匂いがしねえな。むしろ、なんだかすごく……懐かしくて、いい匂いがするぞ」

「ああ、本当だ! すごく綺麗で、澄んだ匂い! 僕、こういう匂いの人、大好きだよ!」

 

ニシキも尾を揺らしながら、僕の顔のすぐ近くまで鼻を寄せてすんすんと匂いを嗅ぎ始めた。

 

「わっ……二人とも、近いよ」

 

しかし、その和やかな空気を、タクミの緊迫した声が引き裂いた。

 

「喜んでいる場合じゃないぞ、カムイ! 前方を見ろ……ッ!」

 

タクミの指差す先。

アミュージアのさらに奥、広大な中央広場へと続く大通り。

そこには、互いに血走った目を向け合う、二つの巨大な軍勢が布陣していた。

 

「あれは……」

「暗夜王国第一王子、マークス兄様……。そして、白夜王国第一王子、リョウマ兄様……!」

 

アクアが静かに、だが震える声でその名を口にした。

 

見えざる敵(透魔兵)によって街が破壊されたことを互いの仕業だと誤認し、怒りに燃える両国の最強の軍勢が、今まさに、このアミュージアで最終決戦を行おうと対峙していたのだ。

 

「マークス兄さん……リョウマ兄さん……!」

僕の小さな手が、夜刀神の柄を強く握りしめた。

ついに激突してしまう、二人の誇り高き王位継承者。

彼らの戦いを止め、真実の道へと引きずり込むための、最も過酷な試練が幕を開けようとしていた。

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