ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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26話

アミュージアの中央広場は、凄絶な魔力と覇気の衝突によって、もはやかつての美しい景観を留めていなかった。

紫色の瘴気が渦巻く中、二つの巨大な軍勢が血を流し、そしてその中心で、二人の王位継承者が文字通り命を削り合っていた。

 

「……はぁっ……はぁっ……! 貴様ら暗夜の卑劣な幻術、これ以上好きにはさせんッ!」

 

雷光を纏う絶刀『雷神刀』を構え、白夜の第一王子リョウマ兄さんが吠える。その肩で息をする姿は、見えない敵(透魔兵)との連戦でひどく疲弊していることを物語っていた。

 

「ふん……。幻術に頼っているのはそちらだろう、白夜の腑抜け共が。我が暗夜の誇りにかけて、ここでお前を討つッ!」

 

漆黒の闇を纏う神剣『ジークフリート』を構える暗夜の第一王子マークス兄さんもまた、黒鎧のあちこちに傷を負い、その息は荒かった。

 

互いに「見えない敵」の存在に気づかず、相手の罠だと勘違いしたまま、最悪の同士討ちを行おうとしている。

 

「だめだ……あの二人がぶつかったら、本当にどちらかが死んでしまう……!」

 

広場を見下ろす物陰に潜みながら、僕の小さな体は、二人の兄が放つ圧倒的な殺気と重圧に小刻みに震えていた。

 

その震えを察知した瞬間、僕の背後から、むせ返るような甘い香水と血の匂いが、音もなく覆い被さってきた。

 

「……可哀想なカムイ。あんな恐ろしいお兄様たちを見て、震えているのね……」

 

カミラ姉さんの長くしなやかな腕が、僕の腰から胸元へと回り込み、背骨が軋むほどの強い力で抱きしめられる。

 

「カミラ、姉さん……っ」

「大丈夫よ。お姉ちゃんが、あなたをずっと守ってあげる。あんな野蛮な争い、見なくていいの。……ほら、お姉ちゃんの胸の奥で、目を閉じていなさいな……」

 

僕の頭が、背後から彼女の圧倒的に豊満な双丘の谷間へと深く引き込まれる。薄絹の衣服越しに伝わる彼女の高い体温と、ドクドクという重い心音が僕の背中を打ち、肺の奥まで彼女の甘い匂いで満たされていく。捕虜という立場などとうの昔に忘れ去った、狂気的なまでの母性と独占欲の檻。

 

「……カミラ様。カムイ様を恐怖から救うのは、あなたのような重苦しい熱ではありません」

スッと、氷のように冷たい指先が、僕の額から滑り落ちる汗を拭った。

左側に身を寄せていたフローラが、手袋を外した白く透き通る指を、僕の首筋から鎖骨へと這わせる。

 

「ひゃっ……ふろーら……冷たい……」

「……ええ。私の冷気で、戦場の熱も、恐れも、すべて麻痺させて差し上げます。あなたはただ、私の氷の奥で心地よい痺れに身を委ねていればよいのです」

 

フローラの顔が極端に近づき、凍てつくような吐息が僕の耳朶を撫でる。

それに抗議するように、右側からはサクラが僕の腕を自身の柔らかな胸元にきつく抱き込んだ。

 

「お兄様の震えは、私が止めますっ! お兄様、私の体温を感じてください……私、お兄様のためなら、あの恐ろしい戦場にだって……っ」

 

サクラの潤んだ瞳が、僕の顔を至近距離で見上げる。彼女の治癒の魔力が僕の血管に直接流れ込み、体の芯からドクドクと甘い熱が湧き上がってくる。

 

「私も、カムイ様のお背中をお守りしますからねっ!」

 

フェリシアが背後から、カミラ姉さんの抱擁の隙間に無理やり入り込むようにして、その豊かな体を僕に押し付けてくる。

 

「ち、ちょっと! アンタたち、こんな緊迫した状況で何やってんのよッ!」

 

その甘く、息の詰まるような密室状態の空気を、赤いツインテールを揺らしたルーナが声を潜めて切り裂いた。

彼女は顔を真っ赤にして僕たちを睨みつけながらも、僕のすぐ隣――フローラとのわずかな隙間にスッと入り込み、僕の肩と彼女の肩が触れ合うほどの距離に陣取った。

 

「る、ルーナ……?」

「べ、勘違いしないでよねっ! アタシは一流の傭兵として、アンタの死角をカバーしてあげてるだけなんだから! あと、ちょっとくらい……その、アタシの体温も分けてあげなくもないわよ……っ!」

 

ツンケンした口調とは裏腹に、ルーナの体は僕にぴたりと寄り添い、彼女の革鎧越しに伝わる温かい体温と、微かに甘い女の子の匂いが僕の鼻腔をくすぐった。

 

右からはサクラの重篤な依存熱。

左からはフローラの凍てつく愛撫と、ルーナの不器用な密着。

背後からはカミラ姉さんの逃げ場のない溺愛と、フェリシアの無自覚な情欲。

僕の小さな体は、五人の少女たちの極端な温度差と愛情の圧力に完全に絡め取られ、戦場の恐怖など別の意味で吹き飛んでしまいそうだった。

 

「……そろそろ、行くわよ。カムイ」

 

僕の真正面に歩み寄ったアクアが、その深く濡れた金色の瞳で僕を見つめ、そっと僕の唇に彼女の冷たい人差し指を当てた。

 

「彼らの争いを止めるのは、あなたしかいない。……さあ、私が幻を払うわ」

「……うん。行こう、みんな!」

 

僕は彼女たちの甘い拘束から強引に抜け出し、夜刀神を引き抜いて広場へと飛び出した。

 

「タクミ、ベルカ! 上空の敵を!」

「指図するな! 行くぞ、暗殺者!」

「……了解。右の死角は私が潰す」

 

タクミの風神弓とベルカの飛竜が上空を制圧し、フランネル、ニシキ、クリムゾンの三人が側面の透魔兵をなぎ倒していく。

 

僕が広場の中央に躍り出たのと同時に、アクアの清冽な歌声が響き渡った。

『ユラリ ユルレリ…… 泡沫の……』

透き通るような水の魔力が波紋となって広がり、アミュージアを覆っていた紫の瘴気が一瞬にして浄化されていく。

霧が晴れたことで、マークス兄さんとリョウマ兄さんの目に、彼らの間を取り囲むように蠢いていた「異形のバケモノ(透魔兵)」たちの姿がはっきりと映し出された。

 

「な、なんだこのバケモノどもは!?」

「我らは、こいつらの幻術を見せられていたというのか……ッ!」

驚愕する二人の兄の間を縫うように、僕の夜刀神が閃いた。

 

ガキィィィンッ!!

「……ッ!?」

「カムイ!?」

 

マークス兄さんのジークフリートと、リョウマ兄さんの雷神刀。交差しようとしていた二振りの神剣の間に、僕の夜刀神が下から滑り込み、火花を散らして強引に弾き返した。

僕の小さな体では到底受け止めきれない重撃だったが、背後からカミラ姉さんの巨大な斧が僕の剣を支え、サクラの治癒の光が僕の腕の筋肉の断裂を瞬時に修復したことで、見事に相殺してみせたのだ。

 

「そこまでだ、マークス兄さん、リョウマ兄さん! 本当の敵は、僕たちが今倒したこいつらだ!」

 

僕の叫びに、二人の兄は武器を下ろし、信じられないものを見るように目を丸くした。

 

「カムイ……お前、なぜここに……! それに、その後ろにいるのは暗夜の魔女(カミラ)ではないか! やはりお前は暗夜に寝返ったのか!」

 

リョウマ兄さんが激昂しかけるが、その後ろから現れたタクミとサクラの姿を見て絶句した。

 

「タクミ!? サクラまで……ッ! なぜお前たちが、カムイや暗夜の者たちと共にいる!」

「……事情は複雑なんだ、兄さん。でも、カムイは敵じゃない。僕は、僕の目で真実を確かめるために、こいつらと同行しているだけだ」

 

タクミが風神弓を降ろし、静かに答える。

 

「馬鹿な……。カミラ、お前はカムイを捕らえるためにシヴァリエへ向かったはず。なぜカムイの背後で、そのような……まるで恋人のような顔をして寄り添っているのだ?」

 

マークス兄さんが、僕の背中にぴたりと張り付き、僕の肩に顎を乗せて艶然と微笑むカミラ姉さんを見て、戸惑いの声を上げた。

 

「うふふっ……ごめんなさいね、マークスお兄様。私、可愛いカムイの捕虜になっちゃったの。カムイがいないと、息もできない体になっちゃったから……もう、暗夜には戻れないわ」

 

カミラ姉さんが僕の首筋にちゅっとキスを落とし、マークス兄さんを挑発するように笑う。

 

「カミラ様ッ! それ以上は……ッ!」

 

フローラとフェリシアが両脇から僕を守るように立ち塞がり、サクラも「お兄様は渡しませんっ!」と僕の腕にしがみつく。

白夜と暗夜が入り混じり、しかも王族たちが僕の小さな体を巡って異様な執着を見せている光景。

 

「……理解できん。だが……お前たちが、あの見えざる敵を払い、我々の同士討ちを止めたのは事実だ」

 

マークス兄さんは深くため息をつき、ジークフリートを鞘に収めた。

 

「今の疲弊した我々の軍では、お前たちのその奇妙な軍勢を相手にする余力はない。……退くぞ、暗夜軍!」

「お待ちください、マークスお兄様!」

 

エリーゼの声がした気がしたが、暗夜軍は足早にアミュージアから撤退していった。

 

「くっ……! 我らも退く! だがカムイ、サクラとタクミをたぶらかしたこと、決して許さんぞ!」

 

リョウマ兄さんもまた、傷ついた兵たちを連れて反転し、撤退の準備を始めた。

その時だった。

 

「……おい、白夜の長男坊!」

 

反乱軍の竜騎士・クリムゾンが、真紅の鎧を鳴らしてリョウマ兄さんの前に立ち塞がった。

 

「なんだ、お前は。道を開けよ」

「アタシはシュヴァリエ公国で反乱軍を率いてるクリムゾンだ。……アンタ、自分の弟が命がけで争いを止めようとしてるのに、頭ごなしに否定して帰る気かい? 随分と、背中が寂しい男だね」

「……何が言いたい」

 

リョウマ兄さんが鋭く睨むが、クリムゾンは全く動じず、ニヤリと笑った。

 

「アタシら反乱軍は、一時的にアンタら白夜軍に手を貸すよ。暗夜の領地内で戦い続けるなら、地の利を知ってるアタシらがいたほうがいいだろ? それに……アンタのその不器用で頑固な背中、放っておけないからね」

 

クリムゾンはそう言うと、こちらを振り返り、僕に向かってパチンとウィンクをした。

 

「ってわけだ、カムイ! アタシはあのお堅い白夜の王子様を説得しつつ、暗夜の目を引きつけてやる。アンタの魅力なら、いつか全員をまとめ上げられるさ! また会おう!」

 

そう言って、彼女は呆気にとられるリョウマ兄さんの軍勢に、半ば強引についていってしまった。

 

「……嵐のような人だね」

 

僕が苦笑すると、背後からギュンターが歩み寄ってきた。

 

「彼女がいれば、リョウマ殿も少しは歩み寄る余地が生まれるかもしれませんな。……しかし、カムイ様。これで白夜と暗夜の両軍に、我々の存在と『見えざる敵』の片鱗を見せつけることができました」

「ああ、すげえ戦いだったぜ! オレも手伝ってやるよ、カムイ!」

 

フランネルが尻尾を振りながら近づき、

 

「僕も僕も! 恩返しはいっぱいしないとね!」

 

ニシキが人懐っこく笑いかけてくる。

 

新たな仲間が加わった喜びの反面、僕は二人の兄と刃を交えたことへの重圧を感じていた。

 

「……でも、本当の敵を倒すには、まだ何も足りない。炎の紋章について、もっと深く知らなければ」

「それなら、ツクヨミが言っていたわね」

アクアが静かに頷いた。

「ええ。ノートルディア公国に住むという『虹の賢者』。神さえも滅ぼせるという炎の紋章の伝承を知る、唯一の存在。……次はそのノートルディア公国へ行きましょう。あなたの剣の、真の意味を知るために」

 

「わかった。行こう、ノートルディア公国へ」

 

僕が力強く宣言した瞬間。

 

「……どんな険しい道でも、私があなたの熱を奪い、お守りします。……ずっと、そばで」

 

フローラが僕の首筋に冷たい指を絡め、

 

「私がお荷物を全部持ちますから! カムイ様は私に寄りかかっていてくださいっ!」

フェリシアが僕の背中に柔らかな体を押し付け、

「お兄様……私、絶対に離れませんから……っ」

 

サクラが僕の腕をきつく胸に抱き込み、

 

「お姉ちゃんが、全部の敵をバラバラにしてあげるわ。だから、安心して愛されなさいな……」

カミラ姉さんが僕の後頭部を豊かな胸の谷間に引き寄せ、

 

「……な、何かあったら、アタシが一番に助けてあげるから! 感謝しなさいよねっ!」

 

ルーナが顔を真っ赤にして僕の袖を軽く引っ張った。

 

そして、アクアが僕の真正面で、そのすべてを支配するような静かな微笑みを浮かべている。

息の詰まるような、逃げ場のない愛の牢獄。

その圧倒的な熱量と冷気の中で、僕たちは次なる真実――虹の賢者を求めて、新たな旅路へと歩みを進めるのだった。

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