ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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28話

「エリーゼ様ッ! なぜあなたが、暗夜を裏切ったその男に加担するのですか!」

 

馬上のサイラスは、完全に混乱していた。

 

無理もない。ガロン王から「裏切り者を捕らえろ」と命じられてやって来た先で、あろうことか暗夜の第一王女(カミラ)と末っ子王女(エリーゼ)が、僕の小さな体を奪い合うようにして抱きしめ、頬ずりし、互いにむせ返るような体温と香りを押し付け合っているのだから。

 

彼の目には、僕が恐ろしい洗脳魔法で王女たちを虜にした、稀代の悪党にしか見えていないだろう。

 

「サイラス! カムイお兄ちゃんは裏切り者じゃないってば! だから、武器を下ろして!」

 

エリーゼが僕の胸の中から叫ぶ。しかし、サイラスは悲痛な顔で首を振った。

 

「……できません。これは騎士としての誓い。俺は、俺の親友であったカムイを、正しい光の下に連れ戻すッ! 全軍、突撃!」

 

サイラスの号令と共に、暗夜の重装騎士たちが一斉に倉庫の中へと雪崩れ込んできた。

 

「させませんっ!」

 

フローラが一歩前に出た。彼女の白く透き通る指先から放たれた絶対零度の冷気が、入り口付近の床を分厚い氷の壁へと変え、先頭の騎士たちの足を縫い止める。

 

「わわっ、私も行きます!」

 

フェリシアが氷の壁の向こうへ爆炎の暗器を投げ込み、視界を奪う。

 

「……フウマの忍に後れは取らん」

 

ベルカが無表情のまま、飛竜と共に暗闇から手斧を投擲し、敵の武装を正確に弾き飛ばしていく。

 

「よし、僕たちも出るよ!」

 

僕はカミラ姉さんとエリーゼの甘い拘束から強引に抜け出し、夜刀神を引き抜いた。

 

「サイゾウ! フランネル! 右翼の敵を頼む!」

 

「言われなくとも!……行くぞ、毛深いの」

 

「誰が毛深いだ! オレの自慢の毛並みをバカにするな!」

 

フランネルの獣化の咆哮と、サイゾウの鋭い手裏剣が、暗夜軍の右翼を崩していく。

 

僕はその混乱の隙を突き、真正面からサイラスへと駆け出した。

 

「カムイッ!!」

 

サイラスが馬を降り、長剣を構えて僕に斬りかかってくる。

 

「くっ……!」

 

重厚な騎士の剣閃を、僕は夜刀神で受け流す。腕が痺れるほどの一撃だが、サクラの治癒の光が背後から僕を支え、即座に筋肉の痛みを和らげてくれる。

 

ガキィィィンッ!

 

「なぜだ、カムイ! なぜ白夜の者たちと手を組み、暗夜に剣を向ける!」

 

「暗夜に剣を向けているんじゃない、サイラス! 僕は、本当の敵を倒すために、どちらにもつかない道を選んだんだ!」

 

「本当の敵だと……? ふざけるな! そんな見えない敵の話など、誰も信じない!」

 

「……信じさせるさ。僕の、この剣で!」

 

僕はサイラスの剣を弾き上げ、その懐へと一気に踏み込んだ。

 

夜刀神の柄で、彼の胸当ての隙間――鳩尾を強かに突き上げる。

 

「がはっ……!」

 

サイラスが息を詰まらせ、膝をついた。その首元に、僕は夜刀神の切先をピタリと寸止めした。

 

「……殺せ」

 

サイラスが苦しげに目を閉じ、静かに言った。

 

「王女殿下たちを奪われ、敗北した。……俺に、生き恥を晒させる気か」

 

「殺さない。君は、僕の大切な親友だから」

 

僕は夜刀神を鞘に収め、彼に向かって手を差し伸べた。

 

「サイラス。僕の言葉が信じられないなら、君の目で確かめてほしい。……お願いがあるんだ。暗夜に帰り、マークス兄さんたちに『伝言』を届けてくれないか」

 

「……伝言?」

 

サイラスが怪訝な顔で僕を見上げる。

 

「ああ。……『白夜と暗夜の空が入れ替わる日、無限の渓谷の吊り橋に来てほしい』と。……そこで、すべてを話す。本当の敵の姿も、僕がなぜこの道を選んだのかも」

 

「白夜と暗夜の空が入れ替わる日……」

 

サイラスは僕の差し出した手を見つめ、やがて、深く息を吐いてその手を握り返した。

 

「……分かった。お前のその真っ直ぐな目は、昔……俺を庇ってくれた時のままだ。その伝言、確かにマークス様に届ける」

 

「ありがとう、サイラス」

 

サイラスは立ち上がり、周囲の暗夜兵たちに撤退の指示を出した。

 

「……カムイ。次に会う時、お前が本当に『真実』を見せてくれなければ、俺は二度と親友とは呼ばない。……死ぬなよ」

 

「君もね」

 

サイラス率いる暗夜軍が港町から姿を消し、静寂が戻った。

 

「ふぅ……」

 

僕が安堵の息を吐いた瞬間、ドスッ!という音と共に、背後から猛烈な勢いでエリーゼが飛びついてきた。

 

「わわっ! エリーゼ!」

 

「カムイお兄ちゃん、かっこよかったぁ! さすが私のお兄ちゃんだねっ!」

 

エリーゼの小さな体が僕の背中にしがみつき、彼女の柔らかい頬が僕の後頭部にスリスリと擦り付けられる。彼女の純粋で屈託のない体温と、甘い香りが僕の心を急速にほぐしていく。

 

「……あらあら。エリーゼったら、お姉ちゃんを差し置いて、随分とカムイを独り占めするのね?」

 

そこへ、カミラ姉さんが愛斧を引きずりながら、妖艶な微笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「いいのよ、エリーゼ。お姉ちゃんは心が広いから。……でもね、カムイの正面は、私の指定席よ?」

 

カミラ姉さんは僕の正面に立つと、エリーゼを背負ったままの僕の体を、そのまま自分の圧倒的に豊満な胸の谷間へと深く抱き込んだ。

 

「んんっ……!?」

 

「あぁ……カムイ。戦いの後の、あなたの汗の匂いと熱……。これだけで、お姉ちゃん、頭がおかしくなってしまいそうだわ……」

 

前からはカミラ姉さんのむせ返るような大人の熱と香水。

 

後ろからはエリーゼの純粋で甘い体温。

 

暗夜の姉妹による、逃げ場のない二重の抱擁。僕の顔は完全にカミラ姉さんの胸に埋もれ、息をするたびに彼女の体臭を肺の奥深くまで吸い込まされてしまう。

 

「……あの、お兄様。少し、離れていただけませんか……っ!」

 

その息の詰まるような甘い地獄に、サクラが涙目で割り込んできた。

 

彼女は僕の腕を必死に引っ張り、カミラ姉さんの胸から僕を引き剥がそうとする。

 

「お兄様のお怪我を治癒するのは私です! 暗夜の過激なスキンシップは、お体に毒ですっ!」

 

「あら、白夜の可愛いお姫様。私のカムイの治癒なら、私が自分の体温でたっぷりとしてあげるわよ?」

 

「い、嫌ですッ! お兄様は私のお兄様ですっ!」

 

サクラが僕の右腕にしがみつき、治癒の光を注ぎ込みながら、自分の胸を押し付ける。

 

そこにフローラが冷気を纏いながら左側にスッと入り込み、僕の首筋に氷のような指を絡ませた。

 

「……カムイ様がのぼせてしまいます。カミラ様もエリーゼ様も、そのあたりにしておいてください。……あなたの熱を奪うのは、私だけの特権ですから」

 

フローラの凍てつく吐息が僕の耳元を撫でる。

 

「私も、カムイ様をお守りしますからねっ!」

 

フェリシアが下から僕の膝に抱きつき、

 

「あ、アタシだって……! ちょっとくらい、寄りかからせてあげなくもないわよっ!」

 

ルーナが顔を真っ赤にして僕の背中にそっと背中合わせで寄りかかる。

 

そして、そのカオスな状況を、アクアが少し離れた場所から、すべてを見透かすような金色の瞳で静かに見つめていた。

 

「……あ、あのさ。カムイの奴、なんか凄いことになってないか?」

 

フランネルが目を丸くして呟き、ニシキが「ああ、あの中に入ったら、僕の尻尾が全部抜けちゃいそうだよ」と九つの尾を震わせている。

 

オボロは「ふ、ふしだらな……ッ!」と顔を真っ赤にしてヒナタの後ろに隠れてしまった。

 

「……タクミ。白夜への伝言だが」

 

僕は、六人の少女たちの重すぎる体温と冷気に挟まれながら、なんとか顔だけを出してタクミに声をかけた。

 

「ああ。サイラスに託したのと同じ、『白夜と暗夜の空が入れ替わる日に、無限の渓谷へ来い』という伝言だな。……誰に頼む?」

 

「……サイゾウ。頼めるか?」

 

僕の言葉に、サイゾウは鋭い眼光を向けた。

 

「俺はリョウマ様の臣下だ。お前の使い走りになる義理はない」

 

「……だが、お前の素早さと隠密術なら、確実にリョウマ兄さんの元へ辿り着ける。僕たちの言葉を、正確に伝えてくれるのは、お前しかいないんだ」

 

僕が真剣な眼差しで訴えかけると、サイゾウはチッと舌打ちをした。

 

「……リョウマ様が、お前のその狂った言葉を信じるかは分からんぞ。だが、伝言だけなら届けてやる」

 

サイゾウはそう言うと、煙玉を地面に叩きつけ、瞬く間に姿を消した。

 

これで、白夜と暗夜、両国の兄たちに「無限の渓谷」への呼びかけは済んだ。

 

「……エリーゼ。どうして、僕たちに協力してくれたの?」

 

僕はエリーゼの腕をそっと解き、彼女の顔を見つめた。

 

「んーとね! お父様(ガロン王)が、カムイお兄ちゃんを殺せって言ったの。でも、そんなの絶対におかしいもん! 私のお兄ちゃんは、誰よりも優しくて、暗夜の光なんだから!」

 

エリーゼは純粋な瞳で僕を見上げる。

 

「それに、カミラお姉ちゃんも一緒にいるし……私も、カムイお兄ちゃんが信じる道を、一緒に歩きたいって思ったの!」

 

エリーゼの言葉に、僕は胸が熱くなるのを感じた。

 

「ありがとう、エリーゼ。……でも、ここは過酷な道だよ」

 

「平気だよ! ハロルドもエルフィもいるし、私だって魔法で戦えるもん!」

 

「……さあ、出会いの時間はこれくらいにして。次へ向かうわよ」

 

アクアが静かに歩み寄り、僕の手を取った。彼女の指先の水のような冷たさが、僕の体の火照りをスッと静めてくれる。

 

「ノートルディア公国へ。虹の賢者に会い、あなたの剣を『炎の紋章』へと覚醒させるために」

 

僕たちは、エリーゼという新たな光(と、さらなる愛憎の火種)を軍に加え、北のノートルディア公国へと歩みを進めるのだった。

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